高速ランニングフォームのエピソード(53)
ランニングスピード生成のメカニズムが成立するための4つ目の条件

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「高速ランニングフォームのエピソード(52)ランニングスピード生成のメカニズム」では、大きなランニングスピードを生み出すための条件として、「膝をロックしたキック」と「重心直下でのキック」と「力強いキック」という、3つがあると述べました。
 「膝をロックしたキック」というのは、(真正)クランクキックというフォームのことです。このようなフォームがなぜ優れているのかということについては、あまり詳しく論じていなかったようです。
 「重心直下でのキック」と「力強いキック」を組み合わせて考えることにより、ランニングスピード生成のメカニズムとなる、推定速度dJ=dGO×(b/a) を導くことができました。ここでdGOは、身体重心Gとキック脚の足底支点Oを結ぶ、キック軸GOに沿った身体重心Gの速度で、b/aはキック軸方向(a)と水平方向(b)における、速度の変換比です。
 しかし、ここでの「力強いキック」という言葉は、「力」ではなく、「(キック軸に沿った方向での)速度」に由来したものでした。生み出されている「力」だけですむのではなく、それが、キック軸という向きでの「速度」とならなければ意味がなかったのです。
 「膝をロックしたキック」の意味も、これまでは、「力」に強く関係しているのだと考えてきました。たとえば、キック脚の膝から上がよく動くことになるハムストリングスキックでは、文字どおり、太もも裏側の、ハムストリングスでの出力がスピードの元となります。このような、キック脚の一部だけの筋肉に頼るより、キック脚全体の筋肉に頼ったほうが、より大きな力を生み出すことができるはずです。このような理由づけを考えて、「膝をロックしたキック」の有利性を述べてきたのでしたが、はたして、これが正しいのか、再考すべきだと思います。

 ランニングスピード生成のメカニズム

 ランニングスピードは、キック軸に沿った速度dGOが、幾何的な速度変換比b/aと組み合わさって、dJ=dGO×(b/a) として見積もることができると見なすことができるケースがあります。このようなとき、これが、ランニングスピード生成のメカニズムとなります。


図1 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY3_1)

 「エピソード(52) ランニングスピード生成のメカニズム」では、XTTY選手の3回のRUNについて、dJ=dGO×(b/a)を調べました。
 観測された重心水平速度をdG、推定値としての重心水平速度をdJとしたとき、2回目と3回目のRUNにおけるキックフォームでは、dGとdJの平均値が同じくらいになりましたが、1回目のRUNでは、dGに比べdJのほうが大きくなってしまいました。
 よって、2回目と3回目のRUNにおけるキックフォームでは、dJ=dGO×(b/a) として見積もる方法が「ランニングスピード生成のメカニズム」と考えることができます。
 しかし、1回目のRUNでは、何か不十分な点があるということになります。

 ランニングスピード生成のメカニズムが成立しているケース

 次の図2と図3は、ランニングスピード生成のメカニズムがほぼ成立しているケースにおける、キック区間のフォームと重心速度グラフなどをまとめたものです。
 G(kp)キックポイントにおける身体重心で、G(s)はキック開始フォームと見立てている、キックポイントのフォームより、5/300秒前のものです。詳細フォーム(1/300秒単位)の5つ前ということになります。
 グラフのdxとdyは、重心の水平速度dxと鉛直速度dyを表わしています。
 赤いプロットは、上半身の前傾角∠TWNです。グラフの上下に、身体各部の動きを調べた、角速度の値が添えてあります。しかし、ここでは、ほとんど意味がないようです。


図2 XTTY2_1(dG=7.2, dJ=7.2)


図3 XTTY2_4(dG=8.1, dJ=8.9)

 ランニングスピード生成のメカニズムが成立していないケース

 次の図4は、ランニングスピード生成のメカニズムがまったく成立していないケースにおける、キック区間のフォームと重心速度グラフなどをまとめたものです。


図4 XTTY1_1(dG=8.4, dJ=11.7)

 2つのケースの違いはどこにあるのか

 ランニングスピード生成のメカニズムがほぼ成立しているケースと、まったく成立していないケースとの違いはどこにあるのか。このような視点で、いろいろな要素を調べたところ、重心の鉛直速度dyの値が違うということが分かりました。図2〜図4においてdyは緑色のプロットです。これについての座標値は右側に示してあって、0が真ん中にあります。
 図2と図3では、赤い縦線で示したキックポイントのところでdy=0あたりですが、図4ではdy=0.7あたりにあります。右にある2つのフォームにおける重心Gも、G(s)からG(kp)に向かって、やや上向きに動いています。
 次の図5で、「ランニングスピード生成のメカニズム」のモデルをまとめましたが、このとき、△G(kp)G(s)Oと△OOGは同じ形なので、G(kp)G(s)はOOと平行となります。つまり、「ランニングスピード生成のメカニズム」のシミュレーションdJ=dGO×(b/a)が成立するためには、「重心が地面と平行に動く」という前提条件が必要だったのです。
 ところが、図4のケースでは、「重心は地面と平行に動いていない」ので、シミュレーションdJ=dGO×(b/a)が成立するために必要な前提条件が満たされていません。


図5 「ランニングスピード生成のメカニズム」のモデル
※△G(kp)G(s)Oと△OOGは同じ形なので、G(kp)G(s)はOOと平行となる

 キック軸速度dGOを有効に変換したときの水平速度du

 「ランニングスピード生成のメカニズム」のシミュレーションdJ=dGO×(b/a)が成立するためには、「重心が地面と平行に動く」という前提条件が必要であるにもかかわらず、ときとして、鉛直速度成分dyが生み出されることがあります。そのようなとき、どのような損失を生み出しているのかということを見るため、次の図6に示した解析システム(初期の試作版)を作りました。


図6 キック軸速度dGOを有効に変換したときの水平速度du

 図6においてGOは、キック開始時でのキック軸です。そして、水平速度dGが最大値となる、キックポイントにおけるキック軸がPOです。GOからPOへの長さの変化(差 [m])を、このときの時間(5/300[秒])で割ると、キック軸速度dGO [m/秒]が得られます。このキック軸速度dGOの値は、@かかとの浮きによる、キック脚の膝の押し、Aハムストリングスによる、太ももの前方への振り、Bスウィング脚による、腰の前方への引き、などが組み合わさって生み出されます。
 さて、図6のQOは、POと同じキック軸速度dGOのまま、鉛直速度をdy=0としたものです。幾何的には、このように大きな速度duとなります。できるだけ鉛直速度dyを小さくして、キック軸速度dGOを有効に水平速度へと変換すると、大きな水平速度が得られる可能性があるわけです。実際に、このような値が生み出されるためには、おそらく、Bスウィング脚による、腰の前方への引きが、もっと大きなものでなければならないことでしょう。

 ランニングスピードを高めるための4つの条件

ランニングスピードを高めるための4つの条件として、次のようにまとめることができます。

 (1) 膝をロックしたキック(真正クランクキック)
 (2) 身体重心直下でのキック(大きな変換比b/aの利用)
 (3) キック軸速度を大きくするキック(dGO)
 (4) 上へ跳びあがらないキック(dy=0)

 これらについて解析している過程で、(1) 膝をロックしたキック(真正クランクキック)についての意味を再考するようになりました。
 (1) 膝をロックしたキック(真正クランクキック)は、(3) キック軸速度を大きくするキック(dGO)という要素にたいして、それほど有効なものではないようです。
 いろいろと観察してみると、(3) キック軸速度を大きくするキック(dGO)にもっとも合っているのは、キック脚の膝の角度を大きくしつくす、ピストンキックや、その過程にあるデルタクランクキックだということが分かります。しかし、実際には、ピストンキックやデルタクランクキックでは、そのランナーのトップスピードは生み出されていません。
 多くのすぐれたランナーにおいて、トップスピードが生み出されているのは、ガンマクランクキックやベータクランクキックにおいてです。これらは、大きな変換比b/aを利用することができる、身体重心直下に近いキックです。
 これらのガンマクランクキックとベータクランクキックのどちらのほうが優れているのかというと、ランナーによってまちまちで、統一的な結論が生み出せない状態にあります。大きな変換比b/aを、よりうまく利用できるのはベータクランクキックなのですが、上へ跳びあがらないキックを生み出しやすいのは、膝をロックした真正クランクキックとなるガンマクランクキックのほうです。
 また、図4で示されているような、ハムストリングスを利用したデルタランクキックも、上へと跳び上がるようなフォームとなってしまいがちです。
 これらのことから、真正クランクキックの代表的なガンマクランクキックは、 (2) 身体重心直下でのキック(大きな変換比b/aの利用)と(4) 上へ跳びあがらないキック(dy=0)の両方を適度に満たすことにより、トップスピードを生み出しやすいフォームとなっていると考えられるわけです。

 上へ跳びあがらない、もっと柔らかいキック

 ランニングスピードを大きくするために心がけることとして、身体重心直下でのキックや、より力強いキックが重要だと、これまで私は主張してきました。
 これは、身体重心直下でのキックのほうが、身体重心直下から後方に遅れたキックより、大きな変換比b/aを利用することができるからです。
 また、より力強いキックのほうが、より大きなキック軸速度dGOを生み出すと考えてきたからでもありました。しかし、いろいろと調べてゆくと、キックの力強さと、キック軸速度dGOが、うまく対応していないケースがたくさんあるということが分かりだし、「力」と「速度」が、物理学の教科書のようには、ストレートに結びついていないという、スプリントランニングにおける、微妙な問題に突き当たることとなりました。ただ単に、キック脚で大きな力を生み出せばよいというものではなく、実際に、キック軸に沿った重心Gの速度dGOが大きくなるように、効果的に、うまく力を生み出さなければならないということなのです。
 このことを理解して、いろいろな動きを試みてみると、身体重心直下に近いところで力を加え始めるのですが、その力によって、身体重心が、よりスピードを増して、水平な前方へと、前進する感覚をイメージすることがよいようです。
 キック脚のスパイク面が地面に吸いつくように接地し、短いけれども、もうすこし柔らかく、しっかりと地面をとらえて力を生み出し、そこを支点として、身体が前進してゆくという、速度の変化を感じるようにすべきだったのです。
 もちろん、このとき、上へと跳び上がってしまわないように心がけることが大切です。この技術のためには、キック脚の膝の角度をほとんど変えず、膝をロックした状態の、曲がったままのキック脚で地面を後方へと送る動きが有効なものとなります。
 このような、キック脚の使い方を、車のタイヤの動きとイメージすることができます。30年ほど前のことですが、このようなイメージで走っていたことがありました。しかし、決して速くは走れていませんでした。それはなぜかということを、今は理解することができます。その当時は、タイヤのように動いている、キック脚のスパイク面と、車の本体と見なされる、身体重心との、間にあるものが、うまくつながっていなかったのです。だから、地面での動きと、身体重心との動きが、完全に対応しておらず、いろいろなところで、力が逃げてしまっていたのです。うまく動いていたのはキック脚の足先だけで、それが全体へとつながっていなかったのです。
 地面にスパイク面が吸いつくということと、ここを支点として、身体重心の水平速度が高まるということが、同時に感じとれるとき、力と速度の変換が、ロスなく行われるようです。おそらく、これまで、速く走れているランナーは、このような動きと感覚を、体験的にとらえていたものと考えられます。そして、私のような、どうやったらもっと速く走ることができるのかが分からないランナーは、ただなんとなく、後方へとキックをしていたり、途中で力を逃がしていたり、無駄に上へと跳び上がってしまっていたということなのでしょう。もっと柔らかい接地の感覚や、そこで生まれた力によって、身体重心が前方へと加速されてゆくという、力が速度へと変換される感覚のことなども、まったく経験していなかったわけです。これまでは「ランニングスピード生成のメカニズム」というものが分からなかったのですから、無理もないかもしれません。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Feb 8, 2014)

 

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