高速ランニングフォームのエピソード(54)
ランニングスピード生成の拡張メカニズム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 これまで述べてきた「ランニングスピード生成のメカニズム」は、キックのとき身体重心Gが地面と平行に動いている(鉛直速度dy=0)という条件のもとで、推定水平速度dJが、キック軸速度dGOと、速度変換比b/aを掛けて、dJ=dGO×b/aとして求められ、この推定水平速度dJが、観測水平速度dGの値を、うまく説明することができる、というものでした。
 しかし、いつも、このような推定式が成立するというわけではなく、キックにおいて身体重心Gが地面と平行に動いていないとき(鉛直速度dy>0)には、推定水平速度dJと観測水平速度dGの値が大きく異なるという結果になります。
 これは、速度変換比b/aを求めるときのシミューションモデルが、キックのとき、身体重心Gが地面と平行に動いているという条件のもとで構成されていることに由来します。
 そこで、今回の解析では、この条件をゆるめ、キックにおいて身体重心Gが地面と平行に動いていないとき(鉛直速度dy>0)の、キック軸速度dGOと推定水平速度dJとの、拡張された速度変換比b/aを求めるアルゴリズムについて説明します。

 鉛直速度dyをもっているキックフォーム

 キックにおいて身体重心Gが水平速度dx(=dG)に加えて鉛直速度dyをもっているフォームのサンプルをひとつとりあげます。KT選手(私)の解析3歩目ということをKT(3)で表わします。


図1 KT(3) ランニングフォーム


図2 KT(3) キックフォーム

 図2は、図1の右から4〜7のフォームについて、キック脚の支点(足底の拇指球位置)を固定して描いたものです。


図3 KT(3) キック区間解析

 図3の右にある2つのフォームは、図2の4つのフォームに基づいて、それらの間を10分割した30の詳細フォームを構成し、そこから、全重心水平速度dGが最大となるキックポイントの瞬間(kp)を求め、その5つ前(kp-5)のキック開始フォームと、5つ後(kp+5)のキック終了フォームとを描いたものです。
 図3左のグラフでは、キックポイントの瞬間(kp)を赤色の縦線で示し、キック開始フォームから終了フォームまでを白く残しています。ここで、黒いプロットは全重心の水平速度dx(=dG)で、緑色のプロットは鉛直速度dyです。キックポイントの瞬間(kp)に、dxだけでなく、dyも大きくなっています。
 ちなみに赤いプロット上半身の前傾角を意味する∠TWN変化です。ほとんど変化していないことが分かります。
 ∠GOLはGO軸の姿勢角です。[キック終了(kp+5) ← キックポイント(kp) ← キック開始(kp-5)]の順に示してあります。重心直下でのキックの理想は、キック開始(kp-5)の値が0となることです。この値がマイナスでも、∠GOL=0となるまで力を加えていなければ問題はありません。
 suneはキック脚のすねの姿勢角です。キック開始(kp-5)での値が90度に近いほうが力学的に有利なフォームとなります。
 WOL(343.5)は、∠WOLについての、キック開始からキック終了までの角速度です。KOL(302.3)は、∠KOLについての、同じく、角速度です。そして、WOL/KOLは、これらの角速度の比です。この比に基づいて、ランニングフォームのタイプを分類しています。WOL/KOLが1.0に近いものが真正クランクキックです。このときの1.14は、これに近いフォームといえます。


図4 KT(3) フォーム分類グラフと総合水平速度グラフ

 フォーム分類グラフより、このときのフォームは、標準(高)のガンマクランクキックとなります。
 総合水平速度グラフに中に、水色で描いてあるプロットがキック軸速度dGOで、同色の実線がキック軸加速度比aGO/gです。このあと使う値としては、キックポイントにおけるキック軸速度の値dGO=2.36が大切になります。スペースの都合でかんたんに表わしてG 6.3 とあるのは、dG=6.3 [m/s] のことです。


図5 KT(3) 鉛直速度グラフ

 図5は鉛直速度グラフです。T(上半身の重心)、G(全重心)、B(上半身とキック脚を合わせたキック棒の重心)の変化のグラフと、K(キック脚重心)、S(スウィング脚重心)のグラフを並べてあります。このときは、青がスウィング脚で、赤がキック脚です。図4などで描いてある脚の色と対応しています。また、黒色が全重心で、濃い黄色が上半身で、緑がキック棒です。実線は、それらの速度変化から求めた加速度を表わしています。
 キックポイントの赤縦点線のところで、いずれの鉛直速度も大きくなっています。のちに示す、カール・ルイス選手のパターン(図11)と見比べると、ここのところが違うことが分かります。カール・ルイス選手では、スウィング脚(赤色)の鉛直速度がマイナスとなっていて、スウィング脚を下方へと振ることにより、全重心などが浮かないようにしています。
 次の図6は、KT(3)のキックフォームについての、ランニングスピード生成の拡張メカニズムをまとめたものです。[1] は身体各部の重心についての水平速度やスピード能力3要素と全重心水平速度などのデータを記したものです。これらは図4の「総合水平速度グラフ」における、キックポイント(赤縦点線の位置)での値です。[2]〜[5] の値について説明する前に、中央のランナー図とその右の三角形の意味について説明します。


図6 KT(3) ランニングスピード生成の拡張メカニズム

 図6中央のランナーのフォームは、向かって右から、キック開始フォーム(kp-5)とキックポイント(kp)のフォームとなっています。地面における支点Oを共通点として描いてあります。キック開始フォーム(kp-5)の全重心をG、キックポイント(kp)のフォームの全重心をPとしています。GVはGPの5倍で伸ばしたものです。GからPへの変化が、この間の全重心速度ベクトル(dx, dy)に対応しています。[2] のdxは全重心水平速度dGと同じ意味で、このとき、6.40 [m/s] の値です。そして、鉛直速度dyは1.32 [m/s] という値です。この鉛直速度が重力の影響で0となるまで、h(dy)=0.09 [m] まで重心が上がります。9cmです。
 Qの位置は、Gと同じ高さを保ちつつ、PO=QOとなるという条件のもとで決めています。@身体重心が水平に動くことと、Aキック軸速度が変わらない、という意味です。GUはGQの5倍として描いてあります。このようにするとdu=11.22 [m/s] という値になります。現実的に、このような速度が得られるかどうかは疑わしいでしょうが、大きな可能性があるということを示唆していることになります。
 dGO=2.68 [m/s] という値は、PO-GO [m] を、このときの経過時間である5/300 [秒] で割ることによって得られます。キック軸における重心がGOからPO へと移動する速度ですが、仮にGOからQOへと変化するときも同じ値ということになるわけです。
 右の三角形が組み合わさった図形は、拡張された速度の変換比b/aを求めるためのものです。GOがBCに、POがBEに、QOがBFに、それぞれ移し変えられています。PGはCEに、QGはCFとなります。POでの拡張変化比はb/a=2.37で、QOでのそれはb/a=4.02という値になります。
 共通するキック軸速度dGO=2.68 [m/s] と、[5] で求まった拡張変化比b/aを用いて、[6] において、それぞれの推定速度dJ=dGO×(b/a) が計算されています。観測速度dG=6.40 [m/s] に対して、POでdJ=dGO×(b/a)=2.68×2.37=6.35 [m/s] と、よく似た値になります。完全に同じ値にならないのは、数字の誤差が積み重なったからで、ほとんど同じ値となるように、拡張変化比b/aを決めたわけです。
 このように、重心の移動ベクトルが地面と平行ではないとき、この状況に見合った拡張変化比b/aを決めることにより、推定速度をdJ=dGO×(b/a)として求めることができます。
 ちなみに、この選手の身体のサイズにおいて、重心が水平に移動するという仮定のもとで9度から14度へと変化するときの、理論的な変換比はb/a=5.0 となります。(dx, dy)=(6.4, 1.32)という上向きのベクトルのときの変換比がb/a=2.37ですから、およそ半分ほどの効果しかないということになります。これでは、いくら大きなキック軸速度dGOを生み出しても、大きな水平速度は期待できず、速く走ることはできません。キックフォームの未熟さが、ランニングスピードに大きく影響しているということが、このような解析によって分かります。
 [3] の値は、[2] での初速ベクトル (dx, dy) のもとでの、画像7コマ後の、時間△t(7)、鉛直速度dy(7)、Gでの高さを基準とした重心高さh(7)を求めたものです。このときの計算では、初速ベクトル (dx, dy) のdy成分が大きいので、h(7)=+0.04 [m] となっており、上に跳び出して、上に凸の軌跡を描いて、もとの高さより、4cm高いところにまで落ちてきていることが分かります。

 水平に跳び出すキックフォーム

 離陸時にかなり大きな鉛直速度dy=1.32 [m/s] をもっているKT(3)のフォームと比較するため、dy=0 [m/s] となる鉛直速度となる、水平に跳び出すキックフォームを取り上げます。
 これには、カール・ルイス選手(LWS)の走幅跳助走の解析6歩目、LWS(6)を取り上げます。世界1のスプリンターは、ここのところの技術がとても優れているのです。


図7 LWS(6) ランニングフォーム


図8 LWS(6) キックフォーム

 図7はLWS(6)のランニングフォームで、図8はキック脚支点(拇指球)を固定して4つのフォームをまとめたものです。
 これらの図と、次の解析グラフにより、カール・ルイス選手は、かなり大きなスウィング速度を生み出していることが分かります。キックを終えた脚を後方へ跳ね上げて、ややおりたたみ、高いことと、後ろに残した位置で、スウィング脚の重心を残しておいて、キック脚の出力に合わせて、すばやく前方へとスウィング脚を引き出しています。


図9 LWS(6) キック区間解析

 図9の左にある解析グラフで注目すべきところは、緑色のプロットによる鉛直速度dyの変化です。キックポイント(kp)のところまで、ほぼ0のライン上にあって、まさに、重心が水平に動いており、キックポイントで水平速度dxを高めたところで離陸し、そこからすぐにキック脚を折りたたみ始めるため、支点Oと重心Gの鉛直距離は小さくなり、dy値が負となってゆきます。
 解析グラフでの赤いプロットは∠TWNで、上半身の前傾角を意味しています。この値の変化が、dyの変化と同じようになっています。これは、キックポイントでの離陸後、キック脚が後方へ逆時計回りに動くことに対応して、上半身が時計回りに動くからだと考えられます。上半身はキックポイントまでは変化せず、キックポイント後に少し後方へと反っているのです。なんと合理的な動きなのでしょう。


図10 LWS(6) フォーム分類グラフと総合水平速度グラフ

 図10のフォーム分類グラフより、LWS(6)は腰高ガンマクランクキックです。
 総合水平速度グラフで注目すべきところは、キックポイントにおけるキック軸速度dGOが+1.50となっているところです。このような値は、世界1のランナーでなくても、かんたんに生み出せるものです。図4のKT(3)では、dGOは+2.36なのです。走るのが遅いKT選手のほうが大きなキック軸速度を生み出しているのです。しかし、水平方向でのランニングスピードは、LWS選手のほうが圧倒的に大きくなっています。


図11 LWS(6) 鉛直速度グラフ

 図11の「LWS(6) 鉛直速度グラフ」は、T(上半身重心)とG(全重心、黒色)とB(キック棒重心)の「TGB鉛直速度グラフ」と、S(スウィング脚重心、赤色)とK(キック脚重心、紺色)の「SK鉛直速度グラフ」の2つから構成されています。
 TGBとKのプロットパターンが、キックポイント(赤縦点線位置)まで0をキープして、そこから負値へと変化しています。ここのところも重要ですが、このような変化に先行して、S(スウィング脚重心、赤色)の鉛直速度がマイナス値で推移していて、スウィング脚によるダウンスウィングで、全重心が浮かないようにコントロールしていることがうかがえます。


図12 LWS(6) ランニングスピード生成の拡張メカニズム

 LWS(6)の速度ベクトル(dx, dy)=(10.67, -0.23)は、dy=-0.23 [m/s] となっており、げんみつには0ではありませんが、中央の解析図を構成するための精度としては、ほぼ0の値として取り扱われています。このとき、Pの高さはGとほぼ同じなので、QはPと同じとなります。
 ここでの解析ではキック軸速度がdGO=1.47 [m/s] となっていますが、やはり、驚くような大きな値ではありません。しかし、身体重心が水平に推移していることにより、図12の右に描いた、拡張した速度変化比を求めるための三角形において、FとEが一致し、拡張する前のモデルとなって、b/a=6.18という値となっています。このような速度変化比を利用できるというところが、カール・ルイス選手のランニングテクニックの素晴らしさです。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Feb 13, 2014)

 

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