高速ランニングフォームのエピソード(55)
ランニングスピード生成の拡張メカニズムの応用(1)
もっと速く走るためには重心の浮かないキックフォームを目指す

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 若いころの私は、まるでバッタの化身であるかのように、身体のバネを使って、走高跳や三段跳でピョンピョンと自在に跳ねまわっていました。スタートダッシュも、最初の何歩かだけは、かなり速かったと思います。しかし、そのあとのスピードの乗せ方がよく分からず、リレーを含めて、短距離走でチームの選手として活躍することは、めったにありませんでした。脚のパワーやバネなら負けていないのに、走るときは、うまくスピードにつなげることができなかったのです。
 それから40年以上たってから、ようやく、その理由が分かりました。私は走るときも跳んでいたのです。走るということは、小さなジャンプを繰り返すことだと思いこんでいたのかもしません。もちろん、それは理論的に間違っていません。しかし、速く走るためには、どれだけ跳べばよいのかという、このときの加減がよく分かっていなかったのです。
 ここ何回かの「高速ランニングフォームのエピソード」において「ランニングスピード生成の(拡張)メカニズム」を見出すことができました。それまでの解析方法は、長い、永い、迷路のような、試行錯誤の繰り返しでした。どのような要素をとりあげて調べても、ランニングスピードと強い相関をもつものを見出すことができませんでした。身体重心Gと地面での支点Oとを結ぶ「キック軸」に着目したものの、この軸に沿って生み出される力にとらわれてしまいました。これはニアピンだったかもしれません。このときの力を調べるため、自分の身体を使って実験ぎみに走って、あるいは、多くのスプリンターのランニングフォームを撮影して、これらのサンプルフォームを解析したのですが、ニアピンではあるものの、当たりではなかったのです。正確に言うと、外れでした。キック軸に沿っての力の大小を統計的に調べたのですが、ランニングスピードを説明する要素とはならなかったのです。
 「ランニングスピード生成の(拡張)メカニズム」を見出すための手がかりの一つは、世界の一流スプリンターが使っている、(キック脚の)「膝をロックしたキック」フォームです。これを短く「クランクキック」と呼び変えて、具体的な手法を組みこんで、ランニングフォームを分類して研究してゆきました。このようなランニングフォームの違いによる、ランニング効率について考察してゆくことで、キック軸に沿った重心の速度が、地面で水平方向へと変換されるときの、幾何的な違いがメカニズムの中に潜んでいるということが分かってきました。そして、かつて、力にこだわっていたとろを速度におきかえて、幾何的な速度変換効率の違いという要素と組み合わせることにより、「ランニングスピード生成のメカニズム」が見つかったのです。さらに、これでは説明できないランニングフォームについて考察してゆくことにより、キック時における鉛直速度成分を組みこんだ、「ランニングスピード生成の拡張メカニズム」へとたどりつくことができました。
 ここで問題となる「キック時における鉛直速度成分」が大きいということが、若いころから、ほとんど老いかけている現在にいたるまで、私が速く走れないということの、もっとも重要な欠点だったのです。ああ、そういうことだったのか、ということが、今になって分かります。かつて、速く走っていたチームメイトやライバル選手たちは、タイムトライアルや競い合ってのスタートダッシュなどのトレーニングによって、経験的に、スピードがよく出るフォームを見つけていたのでしょう。それはつまり、重心の浮かないキックフォームなのです。
 キックで離陸するとき、ほとんど水平に進むとしたら、いつも作用している重力の影響で、重心軌跡が下へと曲がって進みます。すると、早く地面に着くことになって、どうしても、ピッチが早いランニングフォームとなります。速く走るスプリンターたちのピッチが早いのは、生まれ持っての神経機能の違いなどではなく、スプリントランニングフォームにおける、キックフォームの感覚としての違いによっていたのです。
 このようなキックフォームの感覚の違いが、実際に、どのようなランニングフォームとなってゆくのかということを調べるため、これまで使っていたランニングフォーム解析プログラム(runa.exe)の機能を新たに加えることにしました。

 キック離陸後の重心軌跡

 図1は「カール・ルイス選手のLWS(6)フォームとキック離陸後の重心軌跡」です。これまでの解析に加えて、1/30秒ごとの「キック離陸後の重心軌跡」を黒丸でプロットし、そのデータを [3] に示しました。str[m] はストライドを意味します。支点Oからの重心水平距離です。△h[m] は重心高です。このときの基準位置はGの高さとしています。点線で表示した水平線の高さです。dy[m/s] は重心の鉛直速度です。重力が常に作用していますので、重力加速度gに時間△tを掛けた分ずつ、鉛直速度が下へと減ってゆきます。
 [3] の 6) 0.200 2.40 -0.23 -2.15 は、重心がPの状態から0.200秒後に、ストライドが2.40 [m] で、重心高が水平点線より0.23 [m] 下がって、そのときの鉛直速度が下向きに2.15 [m/s] であることを意味します。
 このときの重心高が水平点線より0.23 [m] 下がってしまうというのは、すこし変化が大きすぎるように思えます。これだけ重心高が下がってしまうと、ランニングフォームが大きく変化してしまうはずですが、次のLWS(7)のフォームを観察してみると、あまり変化していません。
 このような疑問について調べるため、次の「重心高解析ランニングフォーム」で示す、新しい解析システムを構成しました。


図1 カール・ルイス選手のLWS(6)フォームとキック離陸後の重心軌跡
(画像をクリック → 拡大ページへ)

 重心高解析ランニングフォーム

 これまでのランニングフォームについての表示では、腰の高さを同じにして、等間隔で並べていただけでしたが、これらのランニングフォームを上下に調整して動かせるようにしました。そして、キック脚の足底が地面に接しているフォームを、下に描いた点線にそろえて表示し、重心高がどのように変化するかを調べました。さらに、このような、接地時の変化に基づいて、空中へと跳び出したあとの変化も、重力の作用を考慮して調整しました。
 図2は「LWS(7) ← LWS(6) の重心高解析ランニングフォーム」を調べたものです。地面を示す水平な点線の下に、h(G) [m] とあるのは、地面を基準位置としたときの重心高です。また、dy [m/s] は鉛直速度です。


図2 LWS(7) ← LWS(6) の重心高解析ランニングフォーム
(画像をクリック → 拡大ページへ)

 図1の解析ではLWs(6)で水平に離陸していることになっていますが、これは、水平速度が大きくなるキックポイントにおける状態について調べたものでした。図2における解析で、右から5番目のフォームあたりの様子についての解析です。
 しかし、図2の解析での、右から6番目のフォームのところで、鉛直速度はdy=0.58 [m/s] となっています。わずかながらも、上向きに鉛直速度をもっていることにより、完全に水平方向へと跳び出すときほど、次のキックにおける重心高を下げないですませるようになっているようです。
 地面からの重心高の最低値は右から11番目のフォームでの1.13 [m] で、最大値は7番目のフォームでの1.18 [m] です。およそ5cmの変化です。実際のランニングにおける動きは、これくらいになっているものと考えられます。

 まとめ

 もっと速く走るためには、図1に示したカール・ルイス選手のLWS(6)フォームのような、重心の浮かないキックフォームを目指すのが合理的です。キック軸GOでの速度を水平速度へと変換するとき、鉛直速度をdy=0とするように心がけることにより、水平速度を大きなものとすることができます。
 しかし、実際に、このことをかんぺきにやりすぎてしまうと、次のキックにおいて、重心高を下げすぎてしまいます。走幅跳の踏切1歩前のフォームでは、このようなメカニズムがうまく利用されているようですが、通常のランニングにおいては、同じようなフォームを繰り返してゆくことになります。このための、ささやかな工夫として、どうやらランナーは、水平速度を高めてから実際に離陸するまでの、わずかな動きのところで、dy=0.5 [m/s] くらいの、わずかな鉛直速度を生み出しているようです。
 このようなことは、おそらく無意識に行われていることだと考えられます。あまり高く跳びださず、また、きょくたんに下方へ向かってゆくこともせず、わずかに高く跳び出すことによって、スピードも大きくして走ってゆけて、同じようなフォームをくり返すことができるという感覚を、速く走れる、優れたスプリンターは、経験的につかんでいるのでしょう。
 ところが、私のような、速く走ったことのないランナーは、このような感覚を知らずに、ピョンピョンと、身体のバネを無駄に使って走っていたのでした。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Feb 22, 2014)

 

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