高速ランニングフォームのエピソード(59)
ランニングスピード生成の拡張メカニズムの応用(4)
ランニングにおけるキック軸に沿った力は鉛直速度の回復のためのもの

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 キック軸加速度比aGO/gとは

 ランニングスピードを高めるためとして、意図的に強く地面を蹴るというテクニックを、これまでたびたび提案してきました。「空手パワーキック」とか「弓型ハンマーキック」などの用語を作り、このようなテクニックを意識して走ればよいというものでした。
 物理的にも、速度を大きくするには、加速度が必要となります。加速度を生み出すということは、力を作用させるということです。
 このようなことをふまえ、身体重心Gとキック足の支点Oを結ぶキック軸GOの変化から、キック軸速度dGOを調べ、さらに、これから、キック軸加速度aGOを求められるようにしました。そして、このキック軸加速度aGOを重力加速度gで割ることにより、キック軸加速度比aGO/gというものを考えてきました(図1)。


図1 桐生祥英選手の右脚キックフォームの総合解析

 統計的にキック軸加速度比aGO/gと全重心水平速度dGとはほぼ無関係

 いろいろなランナーのランニングフォームについて、このキック軸加速度比aGO/gが、全重心水平速度dGと、どのような関係にあるかということを調べました。
 上記の「空手パワーキック」や「弓型ハンマーキック」のテクニックを提案しているわけですから、より強くキックすれば、より大きな力が生み出され、地面からの抗力(反作用)を受けて、ランナーに加速度が生じ、より速く走れるはず、と期待したくなります。
 ところが、いろいろなランナーの個々のキックフォームを解析して、キック軸加速度比aGO/gと全重心水平速度dGの関係を統計的に調べたのですが、期待していたほどの、強い正の相関は見られず、どちらかというと、ほとんど無関係であるかのような結果しか得られなかったのです(図2)。


図2 全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gの関係

 鉛直速度とキック軸加速度比とが関係していた

 桐生祥英選手や山縣亮太選手といった、日本のトップクラスのランナーのキックフォームの中に、非常に大きなキック軸加速度比aGO/gのものがあったことから、強いランナーは意図的に強くキックしているのだという考えに突き進んだのでしたが、どうやら、このような考えは見直す必要があったようです。
 「ランニングスピード生成の拡張メカニズム」の研究をすすめてゆく過程で、このような問題について、新たな解釈があるということに気がつきました。
 図3に、その説明のための模式図を示します。左側にある「キック区間」の2つのフォームは、右(重心G1)が接地フォームで、左(重心G3)が離陸フォームと見なすことができます。そして、それらの間に、右側の「キックポイント」のフォーム(重心G2)があるわけです。


図3 キック区間の鉛直速度dyの変化とキックポイントにおける力

 図3の「キックポイント」のほうでは、重心G2に作用する2つの力、ma と mg について描いてあります。m はランナーの質量で、a は加速度、g は重力加速度です。そして、may と max は ma をベクトル的に分解した成分値です。ma と may の関係は、キック軸 G2O の前傾角をθ とおくと、may = ma cosθ となります。質量 m で両辺を割ると、ay = a cosθ となります。
 図1の dGO は、キックポイントの前後10詳細フォーム区間で、おおよそ 2.0 [m/s] の変化を示しています。
 鉛直速度の変化と、これを生み出す加速度においては、次の関係式が成立します。ここで、重力加速度 g = 9.80 [m/s2] です。また、このときの時間 △t は1/30 [秒] です。
   dy3 = dy1 + (ay−g) △t   (1)
 これを ay について求めます。
   ay = (dy3−dy1)/△t + g  (2)
 げんみつには、dy3 はGO軸から外れていますが、dy3 のGO軸に沿った成分を、0.9dy3 くらいと見なすことにすれば、図1における dGO の変化 △dGO は、
   △dGO= 0.9dy3 − dy1   (3)
となります。図1の観測値より、△dGO = 2.0 [m/s] です。よって、
   dy1 = 0.9dy3 − 2.0    (4)
です。これを(2)に代入します。
   ay = (dy3 − 0.9dy3 + 2.0)/△t + g   (5)
 dy3 を 2.0 の4割と見積もると 0.8 となります。
   ay = (0.8 ×(1−0.9) + 2.0)/△t + g
   ay = (0.08 + 2.0)/△t + g      (6)
 これらの両辺を g で割っておきます。
   ay/g = 2.08/(g△t) + 1      (7)
 そして ay = a cosθ でしたが、ここで、cosθ= 0.9 と見積もります。
   a/g = { 2.08/(g△t) + 1 }/ 0.9
 ここへ g = 9.80, △t = 1/30 を代入すると、次のようになります。
   a/g = { 2.08×30/9.80 + 1 }/ 0.9 = 8.2   (8)
 この a/g が、図1における aGO/g に相当します。
 図1での aGO/g の最大値は 7.8 でしたが、ほぼ同じくらいの値を求めることができました。

 図3のモデル図を見ると、ay = a×cosθ で、ax = a×sinθ です。
 キック軸加速度比 aGO/g が大きな値であるとしても、図3のモデルで分かるように、これは、ほとんど鉛直速度 dy を変化させるために使われているもので、θ が小さな角度のため sinθ の値も小さくなって、水平速度を変化させるための ax は、かなり小さなものとなります。
 たとえば、sinθ = 0.1 と見積もって具体的に計算すると、次のようになります。
 a/g = 7.8 のとき、a = 7.8×9.80 = 76.4 で、ax = 7.64 [m/s2] です。この加速度で △t = 1/30 [秒] における速度変化は、△dx = 7.64×(1/30) = 0.25 [m/s] です。体重の7.8倍という、かなり大きな力を加えているものの、わずかに、0.25 [m/s] 速くなるだけです。しかし、見方によっては、1回のキック動作で0.25 [m/s] の速度を加速してゆけるとしたら、これを4回繰り返せば 1.0 [m/s] の速度増となります。
 ただし、このような計算は卓上論であるかもしれません。なぜかというと、鉛直速度のほうは、重力の影響で下方へと増え続けているものを、上方へと変換する必要があるので、確かな加速を行うことになります。これに対して、水平方向での加速は、キック前の、空中動作でもっている慣性速度を上回るような動きができないと、行うことができないわけです。胴体やキック脚の筋肉群による動きが、どのようにすれば、このような動きを生み出すことができるかと考えると、やはり、末端での動きが重要なものとなります。つまり、キック脚の足首の後方への送りやスナップです。もうひとつは、常により大きなスピードで動いているはずの、スウィング脚の動きです。もちろん、これは質量が小さいものなので、全体のスピード増への寄与については、質量比にもとづく係数q(=1/4)を掛けて見積もる必要があります。ここでも、仮に、相対スウィング速度dS-dBの値を4 [m/s] から5 [m/s] へと引き上げれば、係数qを掛けて、q×(5-4)=0.25 [m/s] のスピード増となります。こちらも、このような効果を4回繰り返すことができれば1 [m/s] のスピードアップにつながります。

 これまでの計算では、GO軸の前傾角 θ を小さなものとしてきましたが、この θ をもう少し大きなものと見積もると、sinθ の値も大きくなって、水平加速度も大きくなります。もうひとつの要素である△tが大きくなることで、水平速度が大きくなる可能性もあります。図3のフォームはガンマクランクキックですが、デルタクランクキックだと、GO軸の前傾角 θ が大きくなります。
 このようなことから、図2において、縦軸の、全重心水平速度dGがほとんど変わらないのに対して、横軸の、キック軸加速度比aGO/gが大きくばらついているのは、キックポイントにおけるGO軸の前傾角 θ のばらつきと、それに加えて、接地時間△tの変化が組み合わさっているからと考えられます。このようなメカニズムの中で、キック軸加速度比aGO/gだけを取り出して全重心水平速度dGと見比べていたので、意味のある相関が表れなかったのです。
 おそらくは、もっとげんみつな観測と計算により、キック軸に沿う加速度ではなく、水平方向の加速度axを求め、これと全重心水平速度dGとの関係を調べれば、もうすこし意味のある相関が見出されることでしょう。

 まとめ

 キック軸加速度比に表れる、キック軸に沿った力は、おおよそ、鉛直速度を回復させるために使われているものであり、水平速度を高めるための水平に作用する力は、これとは独立にとらえてゆく必要があります。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Mar 16, 2014)

 

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