高速ランニングフォームのエピソード(60)
山縣亮太選手のガンマクランクキックでは強いキックが大きなスピードとなる

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 身体重心Gとキック足底の支点Oを結ぶキック軸GOに沿って生み出される力が、体重の8倍を超えるような値で現われることがあります。このような、キック軸GOでの大きな力(キック軸加速度比aGO/gに対応するもの)は、山縣亮太選手や桐生祥英選手といった、日本のトップスプリンターのランニングフォームにおいて出現していました(図1のaGO/g Max=7.8)


図1 桐生祥英選手の右脚キック総合解析(aGO/g Max=7.8)

 キック軸GOに沿って大きな力を生み出すランニングフォームの謎

 キック軸に沿った大きな力は、身体重心が空中にあるときから意図的に地面を蹴ろうとすれば生み出せるのではないかと、私は考えました。
 そして、そのような動きを自分自身の身体で試し、それをビデオ撮影してもらって解析しました。
 こうして、身体重心が空中にあるときから意図的に地面を蹴ることにより、大きなキック軸加速度比aGO/gの値を生み出すことができるということを確認しました。


図2 KL選手(私)の2013年2月2日の2本目RUNにおける
左脚キック総合解析(aGO/g Max=5.8)

 身体重心が空中にあるときから、意図的に蹴る動作を強調することによって、ランニングスピードが高まるに違いないと、私は予想しました。
 このようなテクニックについて、「空手パワーキック」という用語をつくることにしました。この用語の意味は「地面に空手の蹴りで割るべき板があるとイメージして強いキック動作を試みること」です。
 そして、この用語を使いながら、このようなテクニックを他のランナーに指導しました。
 次のIH(3)は、強いキックが行われたランナーの総合解析です。


図3 IH選手の解析3歩目としての右脚キック総合解析(aGO/g Max=7.8)

 しかし、その後、このようなテクニックは、はたして効果があるのかどうか、よく分からないという状況へと迷い込んでしまいました。
 なぜかというと、空中にあるときから意図的に強く地面を蹴って走るということを何度も試み、それをビデオで撮影してもらって解析してみたのですが、想定していたような成果は見られなかったのです。
 キック軸GOの長さの変化dGOから求めた加速度aGOを重力加速度gで割った、キック軸加速度比aGO/gの値を調べることによって、キック軸GOに沿って生み出される力を推定できるのですが、山縣亮太選手や桐生祥英選手はaGO/g=8くらいのフォームを生み出していました。
 これに近い値や、上回るような値を、他のランナーのランニングフォームから見出すことができましたが、そのときのランナーのスピードは、まったく遅いものだったのです。
 たとえば、次のSO(20)では、Max値でaGO/g=7.7が生み出されていますが、このときの全重心水平速度はdG=7.2 [m/s] となっており、とくに速いというものではありません。


図4 SO選手の解析20歩目としての右脚キック総合解析(aGO/g Max=7.7)

 このSO(20)のキックフォーム(や私自身のもの)を詳しく調べることにより、このとき、重心の水平速度に対して、無視できない大きさの鉛直速度が生み出されていることが分かりました。つまり、このときSO選手(や私)は、キックの離陸時における身体重心高の水平線(点線)より上のほうに軌跡をもって「跳んで」いたのです。


図5 SO選手の解析20歩目のキックベクトル解析
(V(dx, dy)が実際の速度ベクトル, U(du, 0)は水平に跳び出したとき)

 もちろん、ランニングというものは、ある種の、小さな跳躍の連続なのですが、そのような「小さな跳躍」の軌跡の描き方には、いろいろなパターンがあるということに気がつきました。キックの離陸時における身体重心高の水平線(点線)より上のほうに軌跡をもつものに対して、水平線に接するように跳び出して、下の方へと落下するような軌跡をもつものがあるわけです。
 また、それらの中間状態のパターンもあります。わずかに上へと跳び出して、水平線を横切り、下方へとわずかに落下して、次のキックのための接地へと戻るというサイクルです。
 このような視点から、これまで観測してきた、キック軸加速度比aGO/gの大きなピークの原因は、変化の激しい鉛直速度のために生み出されているのではないかということに気がつきました。
 全重心の鉛直方向の速度成分dyは、常に作用している重力の影響で、下方へ変化してゆくわけですが、地面に接地した瞬間とも言えるほどの、短い時間で、再び上方へと戻そうとすると、大きな力となるわけです。
 「空手パワーキック」と名づけていたテクニックを使って速く走ろうとしていた私は、キックの瞬間に、鉛直速度成分を必要以上に大きくしていたため、キック軸のバネを水平スピードへとうまく利用できていなかったということが分かりました。
 私のように、速く走れないランナーのフォームを調べると、このような欠陥を持っているケースが数多く見られるということが分かってきました。私、SO選手、Y57選手の3名は、ピョンピョンと跳び上がるようにして走るクセをもっていて、そのため、強く地面を蹴れば蹴るだけ、スピードが高まらないという、泥沼に落ち込んだような状態になっていたのでした。あまりひどくはないのですが、XTTY選手も、少し跳び上がるようにして走っていました。
 そこで私は、ランニングスピードを高めるために、もっとも初めに意識しておかなければならないことは、重心の浮かない、水平に跳び出すように目指すキックフォームとすることだと理解しました。

 ところで、キック軸に沿って大きな力を生み出すこととランニングスピードの関係は、いったい、どのようなことになったのでしょうか。
 図2の私(KT22)と図4のSO選手はピョンピョンと跳び上がるようにして走っていましたが、図3のIH選手はそれほどではありませんし、図1の桐生祥英選手においては、そのような欠陥はありません。

 多くの選手では強いキックが大きなスピードとなるとはかぎらない

 「多くの選手」と記しましたが、それらについてのデータを列挙すると煩雑になってしまいますので、解析データ数の多いKLO選手(私)のデータを用いて調べたものを示します。
 図6は「KLO(私)のランニングフォーム分類についての全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gとの相関(相関係数ρ)」です。
 アルファクランクキック(α)からガンマデルタクランクキック(gd)までの4種のフォーム分類については、全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gとにおいて、ほとんど相関がありません。デルタクランクキック(δ)において相関係数ρ=+0.66 の弱い正の相関が認められます。


図6 KLO(私)のランニングフォーム分類についての
全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gとの相関(相関係数ρ)

 私は「高速ランニングフォーム」で走れば、速く走ることができると、何度も主張してきたのです。「高速ランニングフォーム」という言葉は、解析の初期に生み出したもので、現在の解析用語では、アルファクランクキック(α)とベータクランクキック(β)とガンマクランクキック(γ)を含むものとなります。
 さらに私は、「空手パワーキック」と名づけたような、身体重心が空中にあるときから、意図的に強い蹴りの動作によって、大きな力を生み出せば、速く走ることができるとも主張してきました。
 ところが、実際の私のランニングは、それらの主張を裏切るようなパフォーマンスしか示せていないのです。これでは、まったく説得力がありません。

 山縣亮太選手のガンマクランクキックでは強いキックが大きなスピードとなる

 図6のような統計解析グラフを調べるページにおいて、いろいろな選手のデータを調べました。すると、次の図7に示すように、山縣亮太選手の統計解析グラフでは、「高速ランニングフォーム」の中の主力となるガンマクランクキック(γ)において、全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gとで相関係数ρ=+0.89 という、強い正の相関を示していたのです。
 これは注目すべき解析結果でした。


図7 山縣亮太選手のランニングフォーム分類についての
全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gとの相関(相関係数ρ)

 大きなキック軸に沿った力がランニングスピードに結びつくかどうかは何によって決まるのか

 次の図8は、図6と図7から、フォーム分類γのものだけを取り出して並べたものです。


図8 全重心水平速度dGとキック軸加速度比aGO/gの相関

 私(KLO)は山縣亮太選手(YMGT)のランニングフォームを詳しく調べ、その速さのテクニックを実証しようと、細部の動きを真似て走るようにトレーニングしたはずでした。ところが、本質的なところが、まったく真似られていなかったということになります。
 同じガンマクランクキックのフォームなのに、キック軸加速度比の意味が、まったくなぞれていません。
 図8の(a)は速く走ることができないランナーの代表としてのサンプルであり、(b)は速く走ることができるランナーの代表としてのサンプルと見なせます。
 速く走ることができないランナーと、速く走ることができるランナーとでは、力学的な効果に結びつく、何かが本質的に違うのです。
 このページの図5はSO選手についてのキックベクトル解析ですが、私(KLO)のランニングフォームについても、同じ欠陥が数多く見られます。
 私(KLO)やSO選手など、速く走れないランナーの多くは、キックのとき、必要以上に鉛直成分を生み出して、重心高の水平線より上のほうで、小さな跳躍を繰り返すようにして走っていたのです。このとき、キック軸のバネが水平速度へとうまく変換されず、ランニングスピードは低い値を維持するばかりなのでした。
 キック軸に沿って大きな力を生み出すことは、図2や図4で示したように、私たちにも可能なことでしたが、それは主に、身体重心の鉛直速度dyを変化させるためのものだったのです。これに対して、速く走れる山縣亮太選手(YMGT)たちは、重心の浮かない、ほぼ水平に跳び出すようなキックフォームであり、キック軸に沿って生み出された大きな力は、身体重心の水平速度dx(=dG)を変化させるためにも使われていたのです。
 つまり、キック軸に沿って生み出される大きな力は、身体重心の、鉛直速度dyの変化へと向けられるか、水平速度dx(=dG)の変化へと向けられるかによって、図8の(a)と(b)の違いが生じていると考えられるのです。

 山縣亮太選手のガンマクランクキックとはどのようなものか

 山縣亮太選手のガンマクランクキックを(私や)他のランナーのガンマクランクキックと比較すると、次のような違いがあるということが分かりました。

 (A) キック時の身体重心がかなり低い。
 (B) キック脚の動きが真正クランクキックとなっている。
 (C) スウィング脚重心の水平速度が大きい。

 これらのことについて、解析図を示し、力学的な説明を加えてゆきたいところですが、これには、さらに時間と労力が必要となりそうなので、あらためてページタイトルを変えて論じることとします。
 このページでは「山縣亮太選手のガンマクランクキックでは強いキックが大きなスピードとなる」ということを意味する、図7の解析結果を示すことを中心として構成しました。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Mar 21, 2014)

 

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