高速ランニングフォームのエピソード(61)
ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手のトップスピードランニングフォーム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手は100m 9秒69、200m 19秒26の、いずれもウサイン・ボルト選手に次ぐ世界歴代2位の記録をもっています。確か、ウサイン・ボルト選手がフライングで失格となった、2011年世界陸上競技選手権大会男子100mで優勝して、ジャマイカには、ウサイン・ボルト選手とほとんど同じ能力をもつランナーがいるということを示しました。2012年のロンドンオリンピックでも、100mと200mで、ボルト選手に次ぐ2位となっています。
 これらの映像などを見ると、ボルト選手より小さく、もっと低い身長なのかと思っていましたが、解析のため、身長を調べてみると、1m80でした。ちなみに、体重は76kgとあります。1989年生まれなので、2061年現在、24歳ということです。
 ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手のランニングフォームを確認しようと、YouTubeをいろいろと探して、目視で観察しましたが、「高速ランニングフォーム」の体系における知識をベースとして眺めるとき、とても「自然なフォーム」と見えます。とくに、スウィング脚を前方へと運んだときの、膝がよく伸びていて、「空手パワーキック」と名づけている動きへと、力強くつながっているように見えます。
 さらに詳しく調べたいと思って検索していたところ、次のサイトに、真横から撮影したスローモーションビデオがあることが分かりました。
   http://www.youtube.com/watch?v=h5J7AbR3WR0
 背景の広告に「2011」の数字があるので、おそらく、2011年世界陸上競技選手権大会男子100mのレースでしょう。最後まで力を抜かずに走りきっていますし、他選手のレベルなども考慮すると、おそらく決勝レースと想定されます。100mレースの後半、おそらく60m付近からゴールまでの画像です。
 このスローモーションビデオを1秒30コマのビデオで撮影して解析をすすめました。およそ、通常のビデオモードに対して5倍速くらいのスローモーションでした。
 このページにおける「解析1歩目」は、およそ60m付近のものです。解析の都合で、向かって右に向かって走っていた画像を、左に向かうものへと変換しましたので、今回の解析では、ステックピクチャーの赤色は左手と左脚に、紺色は右手と右脚に、それぞれ対応しています。

 ステックピクチャーによるフォームの観察

 ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手のランニングフォームについて、ステックピクチャーによる全体の動きを示して、その特徴について説明します。
 これらについての具体的な解析データ値は、「参照資料 [1]  表1 ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手のフォーム解析データ」に示してあります。
 これらの図をクリックすると、拡大ページへと進みます。


 解析1歩目YB(1)のキックポイントでのフォームはデルタクランクキックでした。6から7へ向かうあたりです。このフォームでは相対スウィング速度がdS-dB=5.7 [m/s] となっており、かなり大きな値です。スウィング脚の動きは「跳ね上げダウンスウィング」のパターンです。4のところで、スウィング脚がよく残されており、このあと、キックポイントに合わせて、強く振り出されています。


 解析2歩目YB(2)のキックポイントでのフォームはガンマデルタクランクキックでした。5と6の間のフォームです。かなり腰高です。相対スウィング速度はdS-dB=4.7 [m/s] です。相対トルソ速度がdT-dK=4.6 [m/s] となっており、これはかなり大きな値です。上半身が適度に前傾して、その傾きを維持しつつ運ばれています。


 解析3歩目YB(3)は5と6の間にキックポイントがあるベータクランクキックです。このYB(3)では、3のところで、赤い左脚が長くのばされ、高い位置から地面を踏もうとして5へと向かっています。このように、スウィング脚をしっかりと前方へと伸ばす余地があるとき、腰高重心位置となっていることもあって、ベータクランクキックが生み出しやすくなります。このときの3から7にかけてのキック脚の動きは、「空手パワーキック」と名づけているものに対応しています。意図的に強く地面を蹴ろうとしていることがうかがえます。このときのキック軸加速度比がaGO/g=8.4 と観測されています。ただし、水平速度への寄与はあまりなく、鉛直速度の回復と上への跳び出しのために使われています。相対スウィング速度はdS-dB=5.4 [m/s] です。


 この解析4歩目YB(4)もベータクランクキックです。4と5の間にキックポイントがあります。このあたりでのキック脚の膝があまり曲がっておらず、身体重心が高いままで推移しています。このときのキック軸加速度比はaGO/g=4.8 となっており、あまり意図的に地面を蹴ってはいません。相対スウィング速度はdS-dB=5.4 [m/s] で、これも、大きなものとなっています。


 解析5歩目YB(5)のキックポイントでのフォームはガンマデルタクランクキックです。4と5の間にキックポイントがあります。おおよそ、キック脚のかかとが地面に近いところから、すばやく浮き上がるところの、どこかにキックポイントとなるようです。相対スウィング速度はdS-dB=5.6 [m/s] です。3でのスウィング脚の「ため」が効果的に役だっています。
 なるほど、このYB(5)での、赤い脚を、1で前方へと伸ばしておくと、その動きとバランスをとるために、青い脚が後方で残ってくるのだと考えられます。もし、そうしないで、青い脚も、赤い脚と同じように前に運ぶとしたら、まるで、走幅跳の着地のようになって、ランニング動作を続けることができなくなることでしょう。後方の青い脚を前方へと運ぶとき、身体は、バランスをとるため、前方の赤い脚を後ろへと向かわせることでしょう。すると、接地時の赤い脚の姿勢が変わって、キックポイントのフォームがデルタクランクキックへと向かってしまうことになります。このような理由で、高速ランニングフォームとしてのベータクランクキックやガンマクランクキックを生み出すためには、接地前のポーズとして、両脚を前後に広く離しておき、前脚は長くのばし、後脚は、あとの動きのため、適度に折りたたんでおく必要があるのです。


 この解析6歩目YB(6)でのキックポイントは、4と5の間にあって、ガンマクランクキックです。このときの、キック脚の「すね」の姿勢角が、4ではほぼ垂直であり、ここから5の角度へと変わっています。キック脚の膝が大きく前方へと移動しており、これにともなって、キックベース速度(キック脚重心水平速度)がdK=8.1 [m/s] もの値になっています。他のフォームでは6.4から6.9の値です。このような、大きなキックベース速度のおかげで、YB(6)の全重心水平速度は、他のフォームに比べて、もっとも大きな値となっています。このフォームでは、接地時での鉛直速度の変化も少なく、重心の浮かない、水平に近く跳び出すものとなっています。


 ここに、解析6歩目YB(6)と解析7歩目YB(7)をつなげたものを示します。いずれもガンマクランクキックで、しかも、重心の浮かない、かなり水平に推移するものです。


 解析7歩目YB(7)もガンマクランクキックです。5と6の間にキックポイントがあります。相対スウィング速度はdS-dB=5.6 [m/s] です。5で少し沈んだ姿勢から跳び出そうとしていることと、大きな相対スウィング速度があいまって、キック軸加速度比がaGO/g=7.3 と、比較的大きなものとなっています。ただし、このときの全重心水平速度dGはあまり大きなものではありません。これは、上半身の動きを示す相対トルソ速度がdT-dK=3.3 [m/s] と低くなっていることが原因です。1から5までの、上半身が突っ込んだ姿勢から、6以降で少し反り気味になっているところです。お腹を少し凹ませる姿勢のままで走ることを心掛けないと、このような、運動量の損失をまねくことになります。


 解析8歩目YB(8)は4と5の間にキックポイントがあって、ベータクランクキックとなっています。しかし、このとき、相対スウィング速度が小さく、キック軸加速度比も小さくなっており、積極的にスピードアップしようとする要素が欠けています。このようなため、これまでのスピードを維持しようするフォームとなっています。ランナーとしては、比較的楽に走っている感じがすると思われます。重心が浮かない跳び出しと、やや前傾した上半身の姿勢がキープされており、これらの点ではマイナス要因はありません。

 まとめ

 全体的に、ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手の、これらのランニングフォームの特徴を述べると、次のようになります。

 (A) キックのために前方へと伸ばした脚の膝がよく伸びています。これは、後方にあるほうのスウィング脚と、角運動量や姿勢に関するバランスをとって、スウィング脚を後ろに「ためておく」効果をもちます。また、前方へと伸ばしておいてから接地することにより、高速ランニングフォームとしての、ベータクランクキックやガンマクランクキックを生み出しやすくなります。このとき、キック脚のすねの姿勢角の影響で、大きなキックベース速度dK(=6.4〜8.1 [m/s])を生み出すことにつながります。

 (B) スウィング脚のスピードレベルが高いものとなっています。これは、(A)の技術がうまく関連しています。そして、スウィング脚の動きが「跳ね上げダウンスウィング」となって、重心が浮かないキックフォームとして役だっています。

 (C) キック脚全体の使い方を示すWOL/KOL比が、0.80から1.14の範囲におさまっていて、「真正クランクキック(WOL/KOL=1)」に近いものとなっています。つまり、キック脚の膝や足首の角度をほぼ固定した「道具」として、それを根元に近いところにある、太ももや臀部の大きな筋肉群で振りまわしているのです。ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手が、太ももや臀部を非常に発達させているのは、このような筋肉群の使い方をしてきたからだと考えられます。

 (D) すでに大きなトップスピードに達しているため、ランニングにおける身体重心の位置がかなり高めとなっています。ほとんど腰高フォームです。このようなとき、ベータクランクキックで走りやすくなります。

 (E) 上半身をやや前傾させた姿勢をキープして走るようにしており、相対トルソ速度のレベルが高いものとなっています。ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手の、鍛え上げられた上半身が、ここに生きています。ひきしまった腹筋が、このような、上半身の前傾姿勢のキープに役立ちます。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Mar 31, 2014)

 参照資料

[1]  ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手のフォーム解析データ

表1 ヨハン・ブレーク(Yohan BLAKE)選手のフォーム解析データ


# <=> 解析歩数
KPF <=> キックポイントのフォーム分類
    δ) デルタクランクキック、gd) ガンマデルタクランクキック
    β) ベータクランクキック、γ) ガンマクランクキック
dG <=> 全重心水平速度
dK <=> キックベース速度(キック脚重心水平速度)
dT-dK <=> 相対トルソ速度(上半身重心水平速度 - キックベース速度)
dS-dB <=> 相対スウィング速度(スウィング脚重心水平速度 - キック棒重心水平速度)
 これらの間には、p=2/3, q=1/4として、次の関係が成立します。
   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB)   
aGO/g <=> キック軸加速度比(gは重力加速度)
WOL/KOL <=> クランクキック比
      (Wは腰点、Kはキック脚膝点、Oはキック脚の拇指球、
       LはOより後方への地面における任意の点)
dy <=> キックポイントにおける鉛直速度、
   このときの速度ベクトルは(dx, dy)= (dG, dy)の意味

 

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