高速ランニングフォームのエピソード (68)
XTTY選手の100mレースにおけるランニングフォーム解析

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 2014年5月18日(日)に行われた100mレースにおけるXTTY選手のランニングフォームについて解析します。
 スターティングブロックから跳び出すスタート(S)は、平地を走るものと状況が異なるので、これを「0歩」と呼び、スタートラインを越える1歩から「1歩」と呼んでゆくことにします。

 全スピードとスピード能力3要素の変化

 図1は「XTTY選手の100m(XTTY15)の全スピードとスピード能力3要素の変化」です。



図1 XTTY選手の100m(XTTY15)の全スピードとスピード能力3要素の変化
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 スタートからの数歩について

 スターティングブロックから跳び出す0歩の全スピードはdG=3.1 [m/s] ですが、このときのキック軸GOの速度もdGO=3.1 [m/s] です。スターティングブロックから跳び出すという動きのことを考えると、このようになっていることは当然のことです。このときの「地面」は、水平面ではなく、「スターティングブロックの傾いた面」なのです。ランナーは、それを押して跳び出しているので、キック軸の速度が、ランナーの全スピードとなるわけです。このようなメカニズムから、0歩での全スピードは、キック軸のスピードを大きく上回ることができないということが分かります。
 XTTY選手の0歩でのdG=3.1 [m/s]の値は、まずまずの値だと言えるでしょう。
 今回の解析でXTTY選手はdGOとして、4歩目のところで、dGO=3.6 [m/s]という、非常に大きな値を生み出しています。しかし、これは、ランニング中でのことです。静止状態から跳び出すとき、dGO=3.1 [m/s]なら、かなりのものです。
 スタートラインを越える1歩目では、全スピードがdG=5.9 [m/s] となっています。このときのキック軸速度はdGO=2.1 [m/s] です。
 平地を走るランニングというメカニズムでは、平地に対して斜めに傾いているキック軸GOの速度dGO(=aとおく)と、地面と平行に測定するランニングスピードdG(=bとおく)の、変換比dG/dGO(=b/aと表わす)が、1より大きくなります。
 スタートラインを越える1歩目はピストンキックでしたが、変換比はb/a=2.87でした。
 今回のスタートは、さすがに、レースでのものだけに、トレーニングにおけるスタートでのスピード増加率に比べ、格段に良くなっています。1歩目のピストンキック(P)、4歩目のガンマデルタクランクキック(gd)、11歩目のデルタクランクキック(δ)をなめらかな曲線でつないでみると、ほぼ理想的な(仮想の)スピード曲線となります。
 しかし、その(仮想の)スピード曲線に沿っていない、間にある何歩かのランニングが、このときのスタートダッシュの効果を減らすことになっています。
 3歩目のデルタクランクキック(δ)では、キックベース速度(dK)をいちじるしく減らしています。
 また、5歩目(γ)、6歩目(P)、7歩目(P)、9歩目(P)では、相対トルソ速度p(dT-dK)の値が小さくなっており、キックベース速度dKの増加傾向に、「ブレーキ」をかけてしまっています。
 これらの要因として、このときのランニングフォームにおける、@上半身の姿勢、Aランニングフォームの選択、という2つが考えられます。
 @上半身の姿勢として、XTTY選手は、顔を下に向けて、頭を首から前に出し、背中を丸めて、上半身をアーチ形にしています。これが、ひょっとすると、下半身によって生み出された運動量を、無駄に、振動の形で消費してしまっているのではないかと、(まだ仮説としてですが)考えられます。つまり、腰から上の部分が、腰による「押し」を、うまく受け取っていないと考えられるのです。
 このように、頭を低くして、前傾を保とうとするのは、「スタートでのスピードを、地面を後方に押すことで大きくすることができる」と考えているからでしょう。たしか、モーリス・グリーン選手のコーチが、このようなことを主張していて、スピードスケートの清水選手のフォームを見習えといっていたと思います。
 しかし、これは間違っています。その理由は、XTTY15の4歩目(gd)が示しています。このときのガンマデルタクランクキック(gd)は、もう少しでイプシロンクランクキック(ε)という、中腰より低い姿勢での、中間疾走タイプのランニングで、「地面を後方へと押す」ものではなく、「真下からやや後方へと地面を弾く」という感覚でのランニングです。dGO=3.6 [m/s] という大きな値と、変換比b/a=2.34が組み合わさって、dG=8.4という値となっているのです。8歩目(gd)では、dGO=2.4 [m/s] と変換比b/a=3.76の組み合わせでdG=9.0 [m/s] としています。
 これらの2つのガンマデルタクランクキック(gd)のフォームで、いつものトップスピードランニングのレベルに達しているのです。ですから、これらの、4歩目から8歩目あたりのところで「地面を後方へ押す」というイメージを捨て、「真下からやや後方へと地面を弾く」という、中間疾走のランニングフォームへと、Aランニングフォームの選択を行うほうが、より早くトップスピードレベルへ向かうことができるはずです。
 そのように意識を変え、ランニングの内容を変化させれば、11歩目(δ)のようなトップスピードを、もっと早く、8歩目あたりで生み出せるかもしれません。

 中間疾走について

 これまでのトレーニングなどにおいて、XTTY選手のトップスピードは9 [m/s] 台でした。しかし、今回の100mレースでのランニングスピードを調べてみると、11歩目(δ, dG=10.5 [m/s] )、17歩目(γ, dG=10.3 [m/s] )、28歩目(γ, dG=10.3 [m/s] )、30歩目(gd, dG=10.0 [m/s] )の、4つのフォームで10 [m/s] 台の値が出ています。これらのランニングフォームは、いずれも合理的で、すばらしいものです。
 また、10 [m/s] 台ではありませんが、それに近い9 [m/s] 台のフォームが、レース後半のランニングで何度も生み出されており、これらによって、レース後半のスピードレベルの低下がわずかなものとなり、他の選手を大きく引き離すこととなっていました。
 11歩目からゴールまでのスピードを、おおまかに平均値をとってみる(移動平均、ランニングアベレージ)と、わずかな低下傾向となっています。スタートダッシュのあたりでは、キック軸速度dGOが3.0 [m/s] を越えるフォームも見られましたが、レース後半のランニングでは、キック軸速度dGOは0.5〜2.3 [m/s] あたりを推移しており、0.5はベータクランクキックによって、2.3はデルタクランクキックによって、それぞれ、比較的「楽に」走っているように見えます。
 11歩目からゴールまでのランニングを解析してみると、スピードがわずかに低下していることの理由は、これは、エネルギーシステムが劣化しているからではなく、効率的なランニングフォームの選択や調整がうまくいっていないからではないかと、考えられます。
 18歩目(P)から27歩目(α)のところのスピードレベルが、いわば、プラトー(台地)状態で、少し低いスピードで伸び悩んでいます。ここに現れるP, α, βは、XTTY選手にとって、あまり大きなスピードを生み出すことができていないものですし、 γ, δも、スピードが大きくならないほうのものだと見なせます。
 トップスピードでの中間疾走において、よりスピードレベルの高いランニングフォーム(XTTY選手では優れたγやδ)を、できるだけ多く生み出してゆくことにより、さらなるタイムの短縮が可能となるはずです。
 また、より積極的には、dGの上側に突出している、デルタクランクキック(δ)やガンマクランクキック(γ)の、ひとつひとつのキックフォームをみがきあげることにより、11 [m/s] のスピードを生み出すことができるように目指すことも、目標としてこころがけておくべきです。

 3つのスピードエンジン

 短距離ランナーのスピードエンジンと考えられる要素が3つあります。
 (K) 腰点を前方へ押す、キック脚のバネ
 (A) キック脚の膝点を前方へ押す、(キック足の)足首のバネ
 (S) スウィング脚の重心による水平振り子
 XTTY選手は(S)の要素に優れていますが、スウィング脚と全身の質量比により、q=1/4の係数を掛けて考慮する必要があります。
 (K)と(A)は、合わせて、相対トルソ速度と、キックベース速度へと影響してゆきます。
 XTTY選手のランニングにおいて、大きなスピードが得られているのは、これらの3つの要素がうまく組み合わさったときなのです。とくに、XTTY選手のケースでは、(A)が(K)より遅れるという傾向がありました。デルタクランクキックでトップスピードが生み出されていたのは、そのような傾向によるものですが、ガンマクランクキックでも(K)にやや(A)が組み合わさって、すこし大きなスピードを生み出せるようになってきました。しかし、ベータクランクキックでは、まだ、うまく組みあさったフォームは生み出されていません。

 優れたランニングフォーム

 XTTY15の中から、優れたランニングフォームを幾つか選び、それらの4コマステックピクチャーとランナー感覚の動きを示します。
 上に述べた「3つのスピードエンジン」がうまく出力しているものです。


図2 4歩目(gd, dG=8.4 [m/s] )


図3 11歩目(δ, dG=10.5 [m/s] )


図4 17歩目(γ, dG=10.3 [m/s] )


図5 28歩目(γ, dG=10.3 [m/s] )


図6 30歩目(gd, dG=10.3 [m/s] )


図7 43歩目(δ, dG=9.9 [m/s] )

 (Written by KLOTSUKI Kinohito, May 25, 2014)

 

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