高速ランニングフォームのエピソード (73)
山縣亮太選手のスタートはイプシロンダッシュぎみのデルタダッシュ

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「高速ランニングフォームのエピソード (72) ジャスティン・ガトリン選手のスタートを誰でも真似られるわけではない」において、スタートラインを越えてからの1歩目から10歩目に現れるフォームに基づいて、多く現れるものや、数量化の値を定めての平均値により、ダッシュフォームに名前をつけることを提案しました。
 このようにして、ピストンダッシュやデルタダッシュなどの名前を持ち出してきたわけです。すると、多くのランナーでは、デルタダッシュとなっていましたが、R10さんにおいては、ガンマデルタダッシュとなっていました。
 それでは、ジャスティン・ガトリン選手のスタートは、どのような名称となっているのか。このことを調べたいところですが、ウェブを探したところ、ガトリン選手のスタートを、ほぼ真横から撮影したビデオが見つかりません。
 アサフア・パウエル選手のスタートで、スターティングブロックから跳び出す0歩についての画像はあるのですが、この後のものが見当たりません。
 もう一人、山縣亮太選手はどうかと調べたところ、スタートラインから10歩目あたりの、ほぼ真横から撮影してあるビデオ画像がありました。

 山縣亮太 男子100m予選1組目 織田記念陸上2013

 これを4倍速スローで動かしたものを私のビデオで記録してから、必要な画像を選び出すことにより、原画像の、1秒間に30コマで撮影されたものを並べることができました。これに基づいて解析することにします。

 スティックピクチャーによる動き(RUN)







図1 スティックピクチャーによる動き(RUN)

 ロケットスタートにおいて、キック脚を左右に移動させるときの、キック脚を斜めに表示することが、解析システムの都合で表現することができません。このため、YSD(0)〜YSD(3)あたりの腰の高さが、実際のものより高く表示されてしまっています。実際は、もっと低いものとなっています。

 スピードの変化

 図2は「山縣亮太 男子100m予選1組目 織田記念陸上2013」のスピードの変化をプロットしたものです。
 スターティングブロックから跳び出すものを0歩としてYSD(0)と表わし、スタートラインを越える1歩からYSD(1)などと表わします。
 6歩目のフォームについては、監察員の影になっていましたので、解析できませんでした。後で示す速度変化のグラフにおいては、6歩目の値として、5歩目のものと7歩目のものの平均値をプロットしてあります。フォームの種類は分かりません。
 dGは全重心水平速度(ランナーのスピード)、dKはキック脚重心水平速度(キックベース速度)、p=2/3としてp(dT-dK)は相対トルソ速度、q=1/4としてq(dS-dB)は相対スウィング速度です。これらの速度要素は、次式を満たします。
 dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB) (スピード能力寄与式)
 ピンク、黄緑、水色、藤色などでプロットした値は、XTTY選手のXTTY15におけるものです。山縣亮太選手の特長を読みとるために、背景データとして組みこみました。


図2 「山縣亮太 男子100m予選1組目 織田記念陸上2013」のスピードの変化
※薄い色はXTTY選手のXTTY15によるもの

 山縣亮太選手のスタートダッシュにおいては、0歩目と1歩目と3歩目にピストンキックが現れているものの、(不明の6歩目を除く)他はすべてデルタクランクキックとなっています。
 これは少し意外でしたが、これまでいろいろと調べてきたXTTY選手やTK選手などのデルタランクキックとは違って、身体重心の低いフォームが多く、2歩目と4歩目は、走幅跳の踏切1歩前に現れるものとして、異なる名称とした、イプシロンクランクキックに近いものでした。

 全スピードdGのスピード変化をXTTY15と比較すると、XTTY15では5歩目から7歩目のところでスピードが低下していますが、山縣亮太選手のほうは、上昇傾向を保っています。
 XTTY15では11歩目で10 [m/s] 台のスピードが生まれているのですが、山縣亮太選手は9歩目で10 [m/s] 台のスピードに到達しています。
 XTTY15では1歩目のところで大きなスピードを生み出していますが、山縣選手では、それほど大きくありません。

 キックベース速度dKの変化は、よく似ています。

 相対トルソ速度p(dT-dK)の変化を比較すると、3歩目まではXTTY選手のほうが大きいものの、5歩目から9歩目あたりでXTTY選手は、このスピードを低下させてしまっています。

 相対スウィング速度q(dS-dB)の変化を見ると、山縣亮太選手は安定して高レベルなものとなっていますが、XTTY選手は5歩目と6歩目で低下しています。

 これらのことから、山縣亮太選手は、1歩目で大きなスピードを生み出そうとしておらず、比較的軽く跳び出したものの、順調にスピードアップしてゆき、XTTY選手などで見られる、スタートダッシュのランニングフォームのシステムから中間疾走のシステムへと変化するときの、「つなぎ」の区間をもたないことが分かります。

 男子100m予選1組目で、いっしょに走っているランナーは、XTTY選手よりいくぶん速いレベルです。精密に解析してはいませんが、画像を目視で観察すると、キック脚の膝をしっかりと伸ばす、ピストンキックが目立ちます。頭から胴体とキック脚が一直線になるという、これまでのスタートダッシュでの理想的なフォームとなっているランナーが、山縣亮太選手の左右に並んでいるわけです。おそらく、他のランナーの全スピードは、それほど遅くないようです。
 しかし、画像を観察すると、山縣亮太選手は、他のランナーをわずかに押さえ、先頭で走っています。  比較的ゆるく跳び出しているのに、山縣亮太選手が先行しているのです。
 そして、山縣亮太選手のフォームはデルタクランクキックがほとんどで、スピード変換比b/a(=dG/dGO)の値も、あまり大きなものではありません。
 ここに、ひとつの謎があります。つまり、スピードがそれほど目だって大きくないのに、なぜ先行して走れているのかということです。
 このことについての、さらに詳しい解析を行い始めましたが、内容が増えてしまいますので、次のエピソード(74)以降で説明することにします。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Jun. 24, 2014)

 

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