高速ランニングフォームのエピソード (76)
スプリントランニングスピードを高める空手ガンマ走法(Karate γ)の勧め

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 100m走や200m走といったスプリントランニングにおいて、より大きなスピードを生み出すランニングフォームというものがあると想定し、それを高速ランニングフォームと名づけ、これまで色々と調べてきました。
 最初に調べた基準はキックポイントでした。ひとつのキックフォームにおいて最大速度を生み出す瞬間をキックポイントと呼んで、これを調べたのです。おそらく、これ以降は離陸しているものと推定されます。
 このようなキックポイントと、キック脚の膝の角度変化をともに見比べ、ランニングフォームを、アルファクランクキック、ベータクランクキック、ガンマクランクキック、(のちに設定した)ガンマデルタクランクキック、デルタクランクキック、ピストンキックに分類して、いろいろな要素を調べました。
 スタートダッシュ区間においては、デルタクランクキック、ピストンキックが有効に作用しますが、トップスピードを高めるべき中間疾走においては、ベータクランクキック、ガンマクランクキックが効果的だということが分かってきました。
 このようなベータクランクキック、ガンマクランクキックについても、ベータクランクキックは腰高フォームで、ガンマクランクキックは中腰フォームで、よりスピードアップの効果を生むということが分かってきました。
 このような性質から、スタートの始まりのところではピストンキックであるものの、デルタクランクキックで加速をつづけ、このままで走り続けるのではなく、ガンマクランクキックでさらに加速してゆき、さらに大きなスピードを求めてベータクランクキックへと変化してゆくのが合理的な走法であると考えられるようになりました。
 しかし、これらの変化は、あくまで卓上論の理想的なものにすぎません。このようなプロセスで推し進められるのは、ピストンキックよりデルタクランクキックのほうが速く走れ、デルタクランクキックよりガンマクランクキックのほうが速く走れ、ガンマクランクキックよりベータクランクキックのほうが速く走れるという、理論的な予想を実現できるランナーだけです。
 さらに、もうひとつの問題は、スピードアップ出来るかどうかは、これらのフォームによる力学的な効率だけではなく、力学的な出力にもかかってくるというということにあります。
 つまり、より大きなパワーを生み出してキックしたとき、それが水平スピードとして反映されるかどうかということも、重要なファクターとなるわけです。
 スタート区間においては、キックのパワーとスピードとは、かなり結びついて作用していました。だから、ピストンキックやデルタクランクキックにおいて、力をこめてキックするというのは、何のためらいもなく行われるべきこととして唱えられてきました。
 しかし、中間疾走においては、事態がもっと複雑になっていて、いつもいつも力を込めてキックしていれば速く走れるというものではなかったのです。
 このことを詳しく調べてゆく過程でも、ランナーによって技術の違いがあって、一般的な法則のように規定することはできないのですが、何人かの特殊なランナーにおいては、中間疾走において、力を込めてキックしたとき、それが水平速度を高めることができるという状況が見出されました。そのときのランニングフォームがガンマクランクキックです。
 つまり、ガンマクランクキックは、それだけではスピードアップに役立つものではないものの、キック力をうまく水平速度へと変換できるようにすることができるものであるということなのです。

 空手パワーキック

 この空手パワーキックという言葉を提案して、意図的に地面を強くキックすればスピードアップすることができると唱え出したのは、2013年1月のことでした。
 ところが、単純に、このような、地面を強くキックするだけでは、スピードアップすることができないという事例が現れてきました。
 やがて、このような空手パワーキックという言葉のもととなった、身体重心Gとキック支点Oを結ぶキック軸GOに沿ったキック軸加速度比aGO/gが、他のキックフォームに比べて大きくなるという現象は、水平スピードアップにつながるものではなく、何らかの理由で下がった重心を引きあげるために必要な鉛直速度の増加に由来するものだということが明らかになりました。
 このことは問題を複雑化させ、本質的な物語を隠してしまうこととなりました。
 キック軸加速度比aGO/gが大きくなるという現象は、鉛直速度の増加に由来するというケースだけではなく、水平速度の増加に結びつくものもあるのだということに気がつくまで、しばらく時間を費やすこととなってしまったのです。

 空手パワーキックとガンマクランクキックの組み合わせ

 空手パワーキックとガンマクランクキックの組み合わせが有効なものであるということをデータで示したランナーが2名存在します。一人目はYMGT選手(山縣亮太選手)で、二人目はXTTY選手です。
 二人とも、全スピードdGとキック軸加速度比aGO/gにおいて、大きな相関係数を生み出しています(図1と図2)。
 げんみつに述べると、XTTY選手の場合は、全スピードdGと大きな相関をもっているのはキック脚のかかと角速度(HOL)で(図3)、全スピードdGとキック軸加速度比aGO/gの相関係数の値はやや低下します(図2)。
 少し蛇足ぎみなデータとなりますが、YMGT選手はスタート区間において、ほとんどデルタクランクキッですが、全スピードdGとキック脚のかかと角速度(HOL)において、大きな相関係数を生み出しています(図4)。
 しかし、このような、ガンマクランクキックというフォームにおける、全スピードdGキック軸加速度比aGO/gやキック脚のかかと角速度(HOL)における強い正の相関関係は、他選手には見られないものでした。


図1 YMGT選手のガンマクランクキック dG <ρ=+0.89> aGO/g


図2 XTTY選手のガンマクランクキック dG <ρ=+0.58> aGO/g


図3  XTTY選手のガンマクランクキック dG <ρ=+0.89> HOL


図4 YMGT選手のデルタクランクキック dG <ρ=+0.93> HOL

 キック軸加速度比aGO/gが大きいということは、より強く意図的にキックしていることを示唆します。それが空手パワーキックなのです。おそらく、山縣亮太選手のような一流スプリンターにおいては、さほど意図的なものではなく、速く走るために、「自然と」行っていることなのでしょうが、XTTY選手のような、より初歩的なランナーにおいては、強く意識して行わなければ、なしとげられないことのはずです。
 そして、そのような、より強いパワーを生み出すキックが、うまく、ガンマクランクキックと組み合わさったときに、より大きなランニングスピードが生み出されるということなのです。

 (中間疾走での)空手ガンマ走法(Karate γ)の勧め

 図4で示されているように、スタート区間においては、強い前傾姿勢の影響もあって、デルタクランクキックとなるようですが、中間疾走の区間では、ガンマクランクキックにおいて大きなスピードが生み出されます。
 そのとき、より大きなスピードを生み出すための要素というのが、キック軸加速度比aGO/g、もしくは、かかと角速度(HOL)なのです。
 これらの定量的な意味づけはかんたんに説明できませんが、言葉で表現すると、次のような動きとなります。
 つまり、ランナーが身体重心の真下方向へ強く力を作用させているのですが、そのランナーは反作用として真上へと進むのではなく、水平方向前方へと加速されるというものです。
 ランナーの意識としては真下へと力を加えているつもりなのですが、その力は、水平方向の後方へと向けられるのです。
 このような力の向きの変換を行っているのが、ランナーの特殊なキック脚の使い方なのです。YMGT選手やXTTY選手のフォームを調べると、キック脚の膝が、ある程度曲げられつつ、その角度を変えずに動かされています。足首の角度は、わずかに変化しますが、意図的なものではないようです。
 このようなキック脚の使い方から連想されるのは、自転車や自動車のタイヤです。
 それらはちょうど、重心直下で地面と接していて、その瞬間に、地面を後方へと押しています。
 たとえば、自転車に乗っていて、ペダルを真下に強く漕ぐとき、その力が、ペダルからチェーンを伝わって後輪へと伝えられて地面を後方へと押すように、力の向きが90度変換されるのですが、これと同じことが、中間疾走のガンマクランクキックにおいて実行されているわけです。
 ランニングにおいて、より強く地面を押すということを意識するため、空手パワーキックという言葉を提案してきました。ただし、それは、スタート区間におけるデルタクランクキックにおいてうまく作用してくれましたが、もっとスピードが高まる中間疾走においては万能なものではありませんでした。
 中間疾走においては、デルタクランクキックでは(幾何的なスピード変換効率のため)役だつものではなく、アルファクランクキックやベータクランクキックでも重心を高く浮かせるだけで、水平スピードをより高めることには結びつくものではありませんでした。
 しかし、ちょうどそれらの中間に位置するガンマクランクキックにおいては、たくみに(真正)クランクキックの効果が作用して、鉛直への力が水平へと変換されるのです。
 このようなメカニズムを応用するためには、空手パワーキックガンマクランクキックを組み合わせる必要があります。
 このため、空手ガンマ走法という言葉を示すことにしました。身体重心直下を真下に押して力を加えているにもかかわらず、水平方向へと進むというのが、上手なガンマクランクキックの走り方です。まるで地面に空手で割るべき板があるかのように、地面を蹴る瞬間にだけ力を込めるのが空手パワーキックです。そして、これらを組み合わせるのが空手ガンマ走法です。
 具体的なトレーニング法などは、また別のページで。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Oct. 1, 2014)

 

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