高速ランニングフォームについてのエピソード(8) スピード効率
ピストンキックとサバンナキックの
フォームの違いによるスピード効率

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 「全重心の速度が減らない可能性」があるかもしれないという疑念

 前回のページ「高速ランニングフォームについてのエピソード(7) キックの効率 / ピストンキックへと向かうほどキックの効率が悪くなる」の「ピストンキック」のところで、ランナーのフォームによって、慣性モーメントの値が変化し、「角速度の減少」や「回転の接線方向の速度ベクトルが下を向く」ことなどにより、全重心の水平速度として、いくらか減少するということを説明しました(この説明は間違っていましたので消してあります)。
 この原稿を書いている間に、「キックの支点(キック足の拇指球)から身体重心までの距離」×「角速度」=「全重心の速度」という関係を思い浮かべました。このときの「距離」が大きくなることで、「角速度」が小さくなっても、「全重心の速度が減らない可能性」があるかもしれないという疑念がわいたのですが、「回転の接線方向の速度ベクトルが下を向く」ことで、意味のある全重心水平速度の減少が生ずるということで、まとめてしまいました(これらも消してあります)。
 ここでは、上記の可能性についての、定量的な考察を行います。

 注意点

 前回と同じように、私がこれまで「高速ランニングフォーム」と呼んできたものについて「サバンナキック」と呼び変えることにします。キックポイントにおけるキック脚の姿勢角による分類では、ベータクランクキックとガンマクランクキックを含みます。ここでとりあげるサバンナキックは、それらの中での、中腰ガンマクランクキックとなっているものです。
 ピストンキックのランナーに比べ、今回のサバンナキックのランナーの身長は、かなり低いので、比較しやすいように、ピストンキックのランナーと同じ身長として解析しています。解析に用いるシミューションロボットの手足の長さや重みづけなどのタイプも、まったく同じものです。質量については、現在の解析システムでは、ランナーの全てで同じ値としています。具体的には、mass=1.0 としてあります。絶対的な力などを見積もるときには、ランナーの体重を入力することになると思いますが、いまのところは、そのような解析については行っていません。

 ステックピクチャー


図1 ピストンキックとサバンナキックの接地時ステックピクチャー

 有効キック区間


図2 ピストンキックとサバンナキックの有効キック区間

 ピストンキックとサバンナキックの解析

 図3に示した「ピストンキックとサバンナキックの解析」において、今回の解析に用いる指標を、次の表1にまとめます。

表1 ピストンキックとサバンナキックのキックポイント解析指標





図3 ピストンキックとサバンナキックの解析

 キックポイントのフォームにおけるGO線のデータ


図4 ピストンキックとサバンナキックのキックポイント

 ここで利用する物理的な関係式

 慣性モーメントを大文字のIで表わします。具体的には、ランナーの質量をMとし、ランナーのためのシミュレーションロボットの身体各部にとりつけた「小質量(m=M/36)」のそれぞれについて、図4でOとして図示した、キック足の支点(拇指球)からの距離rの2乗を加えていったものです。

    I = Σmr2    (1) ※Σの演算に使う添字の表記は略します

 角速度をωとし、角運動量をJ とします。角運動量(J)は慣性モーメント(I)と角速度(ω)を掛けたものとなります。

    J = I・ω    (2)

 もうひとつ、角速度と、ふつうの速度との関係を知っておく必要があります。ある質量点Pがあるとします。線分POをr(PO)とし、これの角速度をω(P)とします。このとき、質量点Pの速度V(P) は、次のようになります。

    V(P) = r(PO)・ω(P)    (3)

 キックポイントのフォームにおける慣性モーメント値の影響

 さいしょの「疑念」に関する考察をすすめてゆきます。
 「キックの支点(キック足の拇指球)から身体重心までの距離」×「角速度」=「全重心の速度」という関係があります。上記(3)式でPをGとしたときのものです。このときの「距離」が大きくなることで、「角速度」が小さくなっても、「全重心の速度が減らない可能性」があるかもしれないということを調べる必要があるということです。
 しばらくピストンキックのランナーについてだけ考えます。図3(a)の「総合水平速度グラフ」にプロットした「慣性モーメント(ALL)」の値の変化を読みとります。右端のキックポイントでは1.09でした。左端の有効キック区間のはじまりでは、およそ0.96と読めます。
 有効キック区間のはじまりのフォームは、ほぼ身体重心直下に支点Oがあるものと見なせます。図4(a)のLのところに全重心Gがあって、キックのスタートをしていると考えることができます。
 このランナーが空中にあったとき、質量Mと速度Vによる運動量MVをもっていたとします。このランナーの全重心が図4(a)のL位置でOを支点とした回転運動を始めます。このときのランナーの慣性モーメント(I)は0.96です。すると、式(2)によって、次の式の中で角速度ω(L)が決まります。

    J = 0.96・ω(L)    (4)

 重心がLからGへ、フォームを変えることによって慣性モーメントを変えつつ、変則的な回転運動で移動するとき、角運動量Jは保存されているものとします。このとき、次の式が成立します。

    J = 1.09・ω(G)    (5)

 (4)と(5)より、次の(6)となります。

    ω(G) = (0.96/1.09)・ω(L) = 0.88・ω(L)   (6)

 つまり、角速度はさいしょの0.88倍の遅さになっているのです。
 このときのGOの長さは0.96 [m] と求められています。GOの前傾角が26度なので、LOの長さは、0.96・cos(26) = 0.96×0.90 = 0.86 [m] となります。
 (3)をLとGについて代入すると、次のようになります。

   V(L) = r(LO)・ω(L) = 0.86・ω(L)             (7)
   V(G) = r(GO)・ω(G) = 0.96・0.88・ω(L) = 0.84・ω(L)    (8)

 わずかに小さくなりました。0.84/0.86=0.98です。
 上記の「疑念」に対する答えは、かなり微妙なものとなります。「角速度」が0.88に小さくなるのですが、回転の半径は0.86から0.96へと1.116倍となりますので、けっきょく、0.88×1.116=0.98 というわけです。
 これは、角運動量が保存されているということから、身体重心の速度へと値の意味を変えたとき、この速度がほぼ保存されるということなのだと思われます。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 29, 2012)

 まとめ

 慣性モーメントが大きくなることにともなって、「距離」が大きくなることで「角速度」が小さくなっても「全重心の速度が減らない可能性」があるかもしれないという疑念は、ほぼ、そのとおりでした。このことにより、慣性モーメントの変化は、全重心の速度に関して、重要なファクターとはならないということが分かりました。
 ここで論じようとしてた「ピストンキックとサバンナキックのフォームの違いによるスピード効率」ということの確かな理由は「エピソード (9) クランクキックの効率 / クランクキックの全重心前傾角の違いによる
水平速度への変換効率」
で説明しています。

 

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