高速ランニングフォームのエピソード (82)
世界陸上ロンドン男子100m予選・準決勝・決勝

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 世界陸上ロンドン男子100m予選

 リアルタイムで見ることができなくても、ネットの配信で、世界陸上ロンドン100m予選の動画が見られます。3人の日本選手の予選は、次のところにあります。
 サニブラウン アブデル・ハキーム選手 予選2組
 ケンブリッジ飛鳥選手        予選4組
 多田修平選手         予選6組

 これらを観察して、レース後半のトップスピードになるべきところで、高速ランニングフォームの動きが正しくできているのは、サニブラウン選手だけだということが分かります。
 地面をとらえてキックする位置が、身体重心の直下であることで、地面を下に押す力を水平スピードに変換する効率が高まります。
 これは、幾何学的な意味で、確かなことです。
 これこそが、高速ランニングフォームの本質的なところなのです。
 そして、このような動きができたとき、キックを終えて、後方へと動く足は、自然と、早く前方へと引き出されます。
 しかし、身体重心直下で、地面を下に押すという動きができていなくて、足で地面を払うとか、足首のスナップを効かせようとする動きが生じると、キックを終えた足が、必要以上に後方上部へ大きく回ります。
 2組のサニブラウン選手は、レース後半の走りで、この、身体重心直下でのキックがうまくできており、後方へ動いた足が、比較的早く引き出されています。
 これに対して、4組のケンブリッジ飛鳥選手のレース後半のフォームでは、キックを終えた足が、後方上部で大きく回っています。
 後方上部で足が回ることは、それ自体悪いことではないのですが、ケンブリッジ飛鳥選手のケースでは、キックのポイントが身体重心直下ではなく、後方へとずれているし、地面を下方に押すことで加速するという動きができていないことの、つながりで、後方上部での足の回転ということになっているわけです。

 6組の多田選手は、ボルト選手の隣で、見事なスタートダッシュでした。
 正面からの動画で分かりますが、ボルト選手は、先行する多田選手をちらっと見ています。
 しかし、さほどあわてる様子もなく、ゆったりと、大きく脚を動かし、地面を強くたたくことで、さらに加速してゆけるということを知っていて、いともかんたんにスピードをあげ、トップへ出てゆきます。
 これに対して、多田選手の後半の走りは、単にピッチが速いだけで、地面を強くたたくという動きが見られません。これでは加速が生じないわけです。
 高速ランニングフォームの本質は、ピッチに象徴される「動き」ではなく、地面をどれだけ強くたたくかという「力」にあるのです。
 そして、その「力」を加速力として、効率よく「スピード」へと変換するための、できるだけ短い時間で身体重心直下をとらえる、「タイミング」と「フォーム」が組み合わさります。
 ボルト選手の走りは、スタートからラストまで、この「力」に関する動きが、徹底して磨き込まれています。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, August 5, 2017)

 追記

 言葉だけでは分かりにくいので、ウェブにある動画(上記 予選2組のもの)から、次のワンシーンを切り取ってみました。


図1 予選2組サニブラウン選手のゴール前の、接地ポーズ

 おおよそ重心直下あたりに、キック足のスパイク面が位置しています。そして、反対脚が折りたたまれて、その重心が、身体重心と接地点を結ぶ線を、いまちょうど横切ろうとする位置にきています。このときのキック脚の膝下部分と、足がつくる、くぎ抜き(バール)のような姿勢、そして、適度な高さの、ちょっと中腰気味の腰の位置となっています。ゴール前の、この段階で、まだ加速できるフォームを維持していることが分かります。動画では、これの前あたりから動かして、キック後の足が、余計なロールアップをしないで、脱力後、素早く前方へと引き付けられながら、折りたたまれて、この写真の位置へと引き出されるところを見てください。このような、足の動きが遅れてしまうと、キック足の位置が重心直下より後ろへと移動してしまい、地面を下方に押す力が同じでも、水平スピードへの変換効率は、いっきに低下してしまいます。微妙な、このときの感覚を見つけて、それを磨きあげるというのが、高速ランニングフォームのコツなのです。このコツさえつかめていれば、予選6組のボルト選手のように、ゆっくりと、ローピッチで走っても、じゅうぶんスピードは高められるのです。

 多田選手とボルト選手

 予選6組の動画から、4枚の画像を取り出して、次に示します。


図2 予選6組ラスト(1)


図3 予選6組ラスト(2)


図4 予選6組ラスト(3)


図5 予選6組ラスト(4)

 図2と図3は、ボルト選手のキックポイントのフォームです。ボルト選手はもう重心が高くてもよい段階に入っています。サニブラウン選手の図1に近いフォームは、もっと中盤のところの、多田選手を追い抜こうとしていたあたりで見せています。
 ボルト選手の後方での足の動きは、かなり巻き上げるタイプですが、これは、これで、図2や図3のポーズで、引き出す方の脚の重心を、うまく身体重心の直下を横切るところへもってくるための調整なのです。
 図4は、キックポイントが終わった直後の、力が抜けるところですが、このときの、キック脚のひざ下部分だけが、大きく傾いて、キック足を後方へ送っています。これは、ランナーの立場から見ると、キック足の接地位置に対して、腰あたりにある身体重心が、すばやく前方へと移っているという感覚につながるものです。ただし、このときのフォームは、外から見て、そうなっているというだけのことで、ランナーが意識しているのは、この前の、図2や図3の瞬間だけです。ここのところを理解せず、接地したあと、足首をスナップさせて、後方へと力を加えようとしても、スピードの向上にはつながらないのです。そのような走り方をクセづけてあると、このときの、足首の動きがスピードの上限となってしまい、レースの後半でスピードが高まりません。
 図4で、多田選手のキック脚のひざ下部分が、(ボルト選手と違って)よく写っていませんが、これは、速く動かしているところだからだと考えられます。つまり、接地して、力を下へと加えようとしているのではなく、地面をスパイクで後方へ押しやろうとしているわけです。
 しかし、レースを見て分かるように、多田選手の後半のスピードは高まってゆきません。
 図5でボルト選手はもうゴールしていますが、この、バランスのとれたフォームに対して、多田選手は、ゴールでの前傾を意識しているとしても、後ろにはね上げた足の高さが、完全にアンバランスです。
 図1での中国選手のフォームも、ひどいものです。
 サニブラウン選手やボルト選手は、このままあと何メートルでも走ってゆける、というフォームです。それは、走力があるから流しているということではなく、力をスピードに変換するための合理的な動きができているから、まだまだエネルギーを失っていないということなのです。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, August 5, 2017)

 準決勝

 予選の走りやタイムを見て、サニブラウン選手なら、準決勝を通過して決勝へ進むかもしれないと、私だけでなく、多くの人が思ったことでしょう。
 しかし、サニブラウン選手も分かっていることでしょうが、この準決勝のレースでは、スタートダッシュの何歩目かで、上半身の姿勢とキックとの微妙な調整が狂ってしまい、少し倒れかける、という状態になってしまいました。このときのスピードロスは、わずかなものでしたが、このような、予想外の動きとなってしまったことで、この後の走り方で、重要なポイントを強調してゆくことを忘れてしまい、スピードを上げられないまま走ってしまいました。たとえば、ボルト選手であったなら、このようなミスが生じても、さっと意識を切り替えて、スピードを上げてゆくランニングへと移っていったことでしょう。残念でしたが、これも「経験」と考え、さらにトレーニングを重ねてほしいものです。
 ケンブリッジ飛鳥選手と多田修平選手のレースでは、二人とも、目だったミスもなく走れていたと思います。ただ、二人とも、ランニングスピードを高めるメカニズムに、ある種の限界のようなものがあると思われます。

 決勝

 決勝レースで特筆すべきは、コールマン選手(アメリカ)のスタートダッシュでしょう。これこそが、完璧なロケットスタートだと言えるかもしれません。小さな角度で斜めになっている、全身の軸と、後方での強いキックで、まるでロケットのブースターが爆発しているかのように、前方へと進んでいます。ここまでの動きができるランナーがいたわけです。こうして、口で言うのは簡単ですが、実際にやれるかどうかは、いろいろな能力が必要だと思われます。
 これまで、世界一のスタートダッシュを誇っていたのは、同じくアメリカのガトリン選手ですが、ガトリン選手のスタート技術はロケットスタートというものではありません。もうすこし細かく、すばやく脚を運んでゆくものです。
 この決勝レースでは、まず、先行するコールマン選手を、近くのレーンにいたボルト選手が追いかけるというところに目が行ってしまいました。
 しかし、それらから離れたところにガトリン選手がいて、いつのまにか、最後に追いつき、僅差で逃げ切った、というところを、もう一度見直すことになりました。
 ガトリン選手は、ほとんどアクセントを感じさせない、単調なペースで、しかしハイピッチを続けて走っているように見えますが、そのキックのフォームでは、地面を真下にたたいて進む動きが身についていて、合理的な高速ランニングフォームで走っているのです。10数年前のフォームで詳しく調べたことがありますが、キックするときの足先の動きでは、水平スピードより鉛直スピードのほうが上回っていたのです。これに対して、当時の日本の(ナンバーワンの)選手では、鉛直スピードより水平スピードのほうが上回っていました。つまり、足先で地面を「掃く」とか「なぞる」動きをしていたのです。かるく考えると、こちらのほうが速く走れそうですが、現実は、高速ランニングフォームの、地面を下方に押す動きのほうが、全身を水平に加速するメカニズムに優れているのです。

 

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