高速ランニングフォームについてのエピソード
(9) クランクキックの効率
クランクキックの全重心前傾角の違いによる
水平速度への変換効率

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 デルタクランクキックとガンマクランクキック

 ここで比較する、デルタクランクキックとガンマクランクキックの解析サンプルを次に示します。これらの解析においては、ガンマクランクキックのランナーの身長を、デルタクランキックのランナーのものと同じにしました。


図1 (上)コマ画像ステックピクチャー
(下左)有効キック区間 (下右)キックポイントのフォーム


図2 (上)フォーム分類グラフ (下)総合水平速度グラフ

 図2で黒色のプロットが全重心(G)の水平速度(dG)です。脚や腕については、左が青色で、右が赤色としています。ここで、下の方にプロットされていのが、キック脚重心(K)の水平速度(dK)です。
 上のほうにある、濃い緑色の、中に点がある丸のプロットがGK比です。GK比の定義はdG/dKです。全重心の水平速度(dG)が、キック脚重心の水平速度(dK)の何倍になっているかということを示しています。赤い縦線のあるところが、全重心水平速度のピーク位置で、そのときをキックポイントとしています。このときのGK比の値は、(a)デルタクランクキックでは1.65で、(b)ガンマクランクキックでは1.88です。この大きさの違いを説明するのが、このページの課題となります。これらのGK比が右にゆくにつれて減少してゆくという傾向が認められます。(b)では少し踏みとどまっていますが、(a)では、かなり単調に減少しています。はじめ、これらの減少は、ランナーの慣性モーメントが増加するからではないかと考え、ALLと記号化されてある、全身についての、キック足支持点(拇指球のところ、図1下右のO)からの慣性モーメントを求めるようにし、空白のある黒丸でプロットしました。いずれのフォームでも、これの増加傾向とGK比の減少傾向とが、相反して対応しているように見えます。このことで説明がつくと考え、それを証明しようとしたのですが、このもくろみは失敗しました。
 ここでは、仕切り直して、あらためて別の視点から、このGK比の減少傾向の理由を考え直すことにします。

 「バイオメカニクス」からのヒント

 「バイオメカニクス / 身体運動の科学的基礎」(金子公宥・福永哲夫/編、杏林書院刊2004)という本に、ヒントとなるデータがありました。
 一つ目は「図8-11 速度の異なる疾走における地面反力の変化(a:水平前後方向, b:鉛直方向)」(阿江通良ほか:疾走中の地面反力の変化--疾走速度の増大による影響. 日本体育学会第35回大会, 1984)というものです。これの「高速」として調べられたデータでは、反力の出力は、ほぼ0秒から0.1秒に行われています。水平前後では、最初少しマイナスですが、この時間の1/3から3/3のところにプラスの出力があります。自然な山のような形状で、そのピークの高さは1.0 (F/W)となっています。鉛直方向では全てプラスの値で、0秒から立ちあがり、1/3から2/3くらいの区間にピークがあって、4 (F/W)くらいです。この単位F/Wは、体重Wあたりの力Fということのようです。およそ体重の4倍の力が鉛直方向に作用するということになりそうです。
 このデータは、現在解析しているものに、とても役にたちます。0.1秒というのは、1秒間に30コマを撮影するビデオの3コマ間に相当します。4コマ分のステックピクチャーを描いたときの時間です。これまでの解析結果では、およそ2コマ間としての、詳細フォーム10個分が有効キック区間となっています。上記の1/3としている時間です。
 ヒントの二つ目は、「図8-31 100mの加速、全速、減速の各局面における下肢関節トルクの変化(羽田雄一:私信 2003)」です。ここに示されている股関節のプラスのピークと対応しているのは、膝関節のマイナスへの変化です。そして、それに続いて、足関節もあわせて、3つの関節がプラスの出力を生み出しています。こちらの区間には「50m-on」と「50m-off」の縦線が記されています。この区間におけるトルク出力の源泉は「膝関節」と「足関節」です。
 これらの研究データを読みとって、あらためて考察してゆくべきなのは「クランクキックのメカニズムにおける動きだ」と思いいたりました。

 クランクキックのメカニズムより

 「クランクキックのメカニズム」としてではなく、「高速ランニングフォームのメカニズム」として、以前から提案してあるものがあります。


図3 クランクキックのメカニズム
腰点(W), 膝点(K), 支点(A)

 図3に描いてある腰点(W), 膝点(K), 支点(A)がつくる△WKAについて考えます。このような姿勢でキックをするということは、おもに膝関節や足関節を動かして、辺WAを長くするという動きとしてとらえることができます。
 両脚とも、このときのキック脚の姿勢で、走っていず、静止して、バーベルのシャフトを腰もしくは首にあてて、これを上へと差し上げるとき、膝を少し下げた反動で、一気に上向きの力を生み出します。
 このような動作のときも、△WKAを思い浮かべれば、辺WAを長くしようとしています。この辺にそった力が生み出されるわけです。
 さて、ランニング中においては、ほぼ水平方向で運動しています。このときは、慣性の法則が強く作用し、重い上半身などは、そのまま前方へと動こうとします。このため、腰点(W)の地面からの高さは、容易には変わりません。
 しかし、キックするということで、△WKAの辺WAは伸びようとします。すると、支点(A)が地面に固定されていますので、腰点(W)が高さを保ちながら、前方へと移動するしかありません。このようにして、キック脚で重心直下へと力をこめようとしているのに、前方へと進むということのメカニズムを説明することができます。

 全重心Gと支点A(O)の線GOの前傾角とBK比の関係

 次の図4に描いたGOが、図3のWAと対応します。全重心Gと腰点Wとは実際には異なりますが、近くにあって、それらの相対関係は、ほぼ変わりません。OとAは言葉を変えただけです。


図4 GO前傾角の違い

 図3では辺WAの変化がキックの出力を表わしていました。この図4では、辺GOについて考えることになります。


図5 GO(B, A)前傾角とGK比の関係(1)
※ CB=BA, GC=GD, GB=GE としてある

 図3での辺WAの変化を、図4でのGOと対応づけるため、図5のような模式図を考えました。厳密な値で対応させていませんが、図4の(b)ガンマクランクキックのGO線をGBとし、(a)デルタクランクキックのGO線をGAとして、前傾角の大小で対応づけました。
 図5の注釈に記したように、CB=BA, GC=GD, GD=GE としてあります。このなかでまず、CB=BAというのは、水平距離が同じということです。これらの変化が同じ時間で行われているとすると、これらの距離は速度として読みかえることができます。
 同じ時間において、(b)ガンマクランクキックでは、GCからGBへと変化しました。(a)デルタクランクキックではGBからGAへと変化しました。
 このとき、水平方向の移動距離は同じですが、GO線について見ると、(b)ガンマクランクキックではDBが伸びた長さです。(a)デルタクランクキックではEAが伸びた長さです。同じ水平距離の変化を生み出すために、(a)デルタクランクキックのほうでは、より長くGOを伸ばさなければなりません。
 GOでの出力が同じだとして、GO線を伸ばす長さとしてDBとEAを同じとすると、次の図6のように、BAはCBより短くなってしまいます。GOが傾くほど、GOの長さの変化が同じ(キックの出力が同じ)としても、水平移動距離は短くなってしまい、Oを地面に固定して考えると、Gの水平移動距離が短くなるのです。これがGK比減少の理由です。


図6 GO(B, A)前傾角とGK比の関係(2)
※ GC=GD, GB=GE, DB=EA としてある

 GK比との対応モデル

 クランクキックであれ、ピストンキックであれ、キックの推進力となる動きは、身体重心Gとキック足支点Oとの長さGOの変化です。上記の考察で、「GO線の前傾角の増大にともなって、長さGOの変化が、重心Gの水平速度に対する効率が幾何的に減っていく」(*a)ということが明らかになりました。しかし、これは、「GK比の減少傾向の理由」(*b)ということを直接説明していません。そこで、*aと*bをつなぐため、次のようなシミューションモデルを考えました。


図7 GO前傾角とGK比の関係のためのモデル

 このときのGO前傾角は5度ずつ変化させています。Gは全重心で、Oはキック足の支点を意味しています。Kはキック脚重心を意味しています。必ずしもKはGO線上に乗っているわけではありませんが、ほぼ、この中間あたりに位置していますので、シミューションモデルとして、ここから変化するということにしました。また、キック脚は全重心(G)ではなく、腰点(W)を中心として回転するのですが、全重心と腰点は近くあって、相対的な位置をほとんど変えないことが多いので、これも同一視しました。
 図形の対応を見やすい、右端のAとBの支点位置にともなう変化において説明します。上記*aは、「GOの長さの変化」と「全重心Gの水平速度」についての効率を調べたものです。「GOの長さの変化」はBCで、「全重心Gの水平速度」はABで対応づけることができます。これらの比AB/BCを見てゆきます。GO前傾角の小さな左のほうの関係に対して、OG前傾角の大きくなる右に向かうほど、この比が小さくなってゆくことが分かります。左から2つ目のGO前傾角10度における値で正規化したもの(dOL)が、次の図8における水色のグラフとなります。
 全重心の水平速度をdGとし、キック脚重心の水平速度dKとしたとき、GK比とはdG/dKのことです。図7においては、dGをABに対応づけたとき、dKはDEとなります。このときGK比はAB/DEで表わされます。これは右へと向かってゆくにつれ大きくなりそうです。
しかし、これだけを考えておくわけにはいきません。このようなモデルとして比AB/BCの減少傾向というものが存在しています。その上で、比AB/DEが組み合わさっていると考えることになります。このため、比AB/BCと比AB/DEを掛け合わせたものを求め、これをdOLKとしました。次の図8における黒色のグラフです。


図8 GO前傾角による効率(dOL)とGK比考慮後の効率(dOLK)

 GK比を考慮した後の効率グラフdOLKを見ると、GO前傾角35度から大きくなるにつれて増えてゆくことになります。しかし、現実的には、ランナーのキックは、このような大きな前傾角まで続くことはありません。図4(b)ガンマクランクキックでは10度で、図4(a)デルタクランクキックでは17度でした。図9として示したピストンキックの前傾角は26度です。
 これらについてのGK比考慮後の効率(dOLK)を求めます。
    ガンマクランクキック(前傾角10度) → dOLK = 1.00
    デルタクランクキック(前傾角17度) → dOLK = 0.53
    ピストンキック    (前傾角26度) → dOLK = 0.33
 ちなみに、図2から、ガンマクランクキック(前傾角10度)のフォームではGK比が1.88で、デルタクランクキック(前傾角17度)のフォームではGK比が1.65となっています。1.65/1.88=0.88 です。上記のdOLKの値とは開きがありますが、このような効率の良さをガンマクランクキック(前傾角10度)のランナーがじゅうぶん発揮できていないと見なすことができるかもしれません。
 図8での、GO前傾角が30度あたりまでのdOLKの減少曲線のようなパターンを示している解析例もあります。図10が、そのような例です。


図9 ピストンキックにおるGO前傾角(26度)


図10 GK比が大きく減少しているキックフォーム

  (Written by KULOTSUKI Kinohito, Dec 1, 2012)

 

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