高速ランニングフォームの研究で分かったこと(1)キックポイント

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「スポーツ解析」という、かなり広範囲の対象を意識したブランチページ名をつけていますが、実際には、数あるスポーツ種目の中でも、「陸上競技」についてのページだけとなっています。しかも、その「陸上競技」にある多くの種目をほとんど無視して、短距離走のページばかりです。おそらく、「短距離走解析」とでもタイトルづけすれば良かったのかもしません。
 高速ランニングフォームという言葉も、私の造語なので、一般的に用いられているものではありません。短距離走において世界のトップスプリンターたちが、日本のコーチや研究者たちがまったく気づいていなかったランニングフォームで走っていたことが、1991年に東京で行われた世界選手権についての研究で明らかにされました [1] 。このとき、このようなランニングフォームについては「膝をロックしたキック」と名づけられていましたが、もうすこし対象としてとりあつかいやすい言葉として「クランクキック」と呼び変えることにしました。さらに、この言葉を使ってランニングフォームを分類してゆくうちに、世界のトップスプリンターたちのフォームだけではなく、より広範囲のフォームを含むことになってしまって、問題とする対象があいまいになってしまいました。このため、あらためて「世界のトップスプリンターたちのフォーム」を、いくらか抽象的に高速ランニングフォームと呼ぶことにしたのでした。
 しかし、高速ランニングフォームによって何故速く走ることができるのかという力学的な説明(メカニズム)は、それから20年以上が経過しているにもかかわらず、あまりよく分かっていないという状態でした。
 高速ランニングフォームのメカニズムが明らかになれば、より速く走るためにはどのようにすればよいのかということが分るはずだと考え、このことを明らかにするための研究を行うことにしたのでしたが、このテーマは、なかなか難しいものでした [2] [3] [4][5] 。このシリーズでは、この研究によって、これまでに分かったことを要約しようと思います。

 キックポイント

 ランニングにおいては、キック脚を地面に接地させて力を作用させます。スウィング脚や両腕の動きも、このときの作用にかかわってきますが、ここでは考えないことにします。キック脚によって地面と接触し、ふたたび地面を離れるまでをキック局面と呼ぶことにします。
 このようなキック局面が始まるとき、空中にあったランナーは、ある速度をもっていますが、接地したとき、すこしばかりブレーキをかけることとなります。しかし、地面に力を作用させることで、ランナーの水平速度は、やがて大きくなりますが、ある大きさになったあと、そのスピードのまま、地面に触れつつ離陸してゆこうとします。このようなキック局面において、ランナーの水平速度が最大値をとる瞬間をキックポイントと定義します。

 キックポイントのフォーム

 高速で撮影できるビデオ画像が得られればよいのでしょうが、私が使える観測装置としてのビデオ画像は1秒間に30コマ撮影できるものです。普通に市販されているものです。しかし、通常、短距離ランナーの1歩の動きは、このようなビデオ画像で7コマから(遅くて)8コマになります。地面に接地しているキック局面をとらえた画像は3コマから4コマにすぎません(図1)。このようなビデオ画像から、ステックピクチャーによるフォームを構成しても、これだけでは、ほとんど何も、詳しいことは分かりません。


図1 キック局面の画像4コマのフォーム

 しかし、このような状況においても、少し工夫をほどこせば、もっと詳しい状況を調べることができます。ランナーというものは、ほとんど長さを変化させることのない、幾つかの部分(太ももやすねなど)によって組み立てられています。また、これらの部分の動きは、ごくごく短い時間に、突然速く動くことはありません。これらのことを考慮に入れて、次のように処理します。
 まず、2つの画像によるステックピクチャーによるフォームから、身体各部の姿勢角をそれぞれ10分割します。そして、それらを分割単位の時間ごとに再構成します。このようにして、1/30秒間のフォームの変化を、さらに10分割した詳細フォームが得られます(図2)。


図2 (図1の)AとBを10分割した詳細フォーム

 詳細フォームの構成法について、かんたんに説明しましたが、実際には、各部分の姿勢角を10分割したものを、キック局面の、すべてのコマ間の詳細フォームについて並べたものをつくり、これを最初から最後まで移動平均(ランニングアベレージ)して、それぞれの姿勢角の変化を、よりなめらかで自然なものとしておきます。
 ランナーのスピードを推定するため、脚や胴体の長さの違いについてのモデル(仮想ロボットランナー)を幾つか決めておきます。このようなランナーのモデルについては、あらかじめ、身体各部の質量分布を決めておきます。これは、ほぼ平均的なものとしてあります。ランナーの観測画像からステックピクチャーを構成するとき、これらのモデルの中から一つを選択します。そして、ランナーの身長を正しく入力します。
 このような、コンピュータシミュレーション上の仮想ロボットランナーの、各部の長さと姿勢角、それらの質量分布から、腕、頭、胴体、脚などから構成される、幾つかのまとまった部分(上半身、スウィング脚、キック脚など)や全体の重心位置を求めます。
 地面に接地しているときの支点を、キック足の拇指球などとして固定し、分析して再構成した詳細フォームのそれぞれについて、身体各部や全体の重心位置の座標を求めます。
 これらの詳細フォームの各重心座標の変化から水平速度や鉛直速度を求めます。実際には、このようにして求めた速度にも、いろいろな誤差が入り込んできますので、これについても移動平均処理をほどこして、なめらかで自然な変化となるようにしておきます。
 図3では、全重心だけを描いていますが、これを求めるためには、コンピュータの処理として、上半身とスウィング脚とキック脚の各重心座標を求めておく必要があります。これらの情報は、プログラム処理の間、コンピュータの内部に保存してありますから、これらについても表示することができます。
 図4は、全重心の水平速度(黒)と鉛直速度(緑)の値をグラフ化したものです。縦線が入っていないところが、図3の詳細フォームと対応しています。図3は、詳細フォームの10番目から20番目を描いています。
 図4のグラフで、水平速度(黒)のピーク位置が、詳細フォームの17番目のところにあります。鉛直速度(緑)の値は、詳細フォームの15番目あたりからマイナスの方へと減少しています。これは、全重心Gとキック足の支点O(拇指球の位置)の距離GOについて調べているので、支点Oが重心Gへと近づこうとしていることを示しています。詳細フォームの15番目から17番目のあたりは、最後のひと押しという状態になっているようです。



 このようにして求めた全体の重心についての水平速度が、このときのキック局面の中で最大値をとるとき(図4のグラフでは、横軸の17番目)の詳細フォームをキックポイントのフォームとします。


図5 キックポイントのフォーム

 (Written by KULOTSUKI Kinohito, April 28, 2013)

 参照ページ

[1] 高速ランニングフォームについてのエピソード(1)
[2] 高速ランニングフォームのメカニズム
[3] 高速ランニングフォームのメカニズム(加筆・推敲)
[4] 「高速ランニングフォームのメカニズム」後書き
[5] より詳しい高速ランニングフォームのメカニズム

 

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