高速ランニングフォームの研究で分かったこと(3)キック軸 GO と GO前傾角

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 キック軸 GO と GO前傾角

 高速ランニングフォームの研究において、ランナーの全重心 G が、どのような作用を受けて、どのように動いているのかということを知るため、キック軸 GOGO前傾角を定めました [1]。このとき、支点 O はキック足の拇指球位置とします。L は GO前傾角を説明するためのもので、支点 O の鉛直上方の一点です。


図1 キック軸 GOとGO前傾角

 キック軸速度 dGO とキック軸加速度 aGO

 キック軸 GO という長さに着目し、この長さ GO の変化を調べました。キック軸 GO の向きに沿っての、支点 O に対する全重心 G の速度をキック軸速度 dGO と名づけて求めることにしました。
 速度が分かったら、これの時間変化を調べることによって、加速度を求めることができます。キック軸速度 dGO の時間変化からキック軸加速度 aGO を求めました。ただし、これをそのまま表示するのではなく、重力加速度 g(g=9.80 [m/s2])で割った、キック軸加速度比 aGO/g を考えることにしました。このようにすると、体重の何倍の力として作用したかということが分かります。
 図2の右は「全重心水平速度 dG とキック軸速度 dGO と キック軸加速度 aGO」のグラフです。左の3つの詳細フォームが、グラフ中央の、縦線のないところに対応したものとなっています。このときのキックフォームにおいては、全重心水平速度の最大値が dG=10.9 [m/s] となっています。左の3つの詳細フォームの中央のものが、dG=10.9 [m/s] に対応したキックポイントのフォームあたりのものです。


図2 全重心水平速度 dG とキック軸速度 dGO と キック軸加速度 aGO
(キック軸速度 dGO の負値は暗い黄色で正値は水色で示してあります)

 キック軸速度 dGO のグラフにおいては、縦軸の原点が (0) で示されてあるところにあって、負値 (-) は暗い黄色で、正値 (+) は水色で、それぞれプロットしてあります。左の詳細フォームにおける右端 10[d] でのキック軸 GO は、わずかに短くなってから、長くなってゆき、左端 22[d] あたりでピークを迎えています。グラフの下に表示してある dGO +1.27 は、キックポイントを示す点線位置での値です。速度値としての 1.27 [m/s] です。左端 22[d] あたりのピーク値でも 2.0 [m/s] ほどです。このような変化が、全重心の水平速度として、どのように変えられるかということは、もう少しあとのところで考えます。
 キック軸加速度比 aGO/g は実線で描いてあります。グラフの下にある aGO/g KP=5.2 Max=6.4 の意味は、キックポイントでの値が 5.2 で、ピーク値が 6.4 ということです。キックポイントでの値より、一般的に、その前に現れるピーク値のほうが意味をもちます。このキック軸加速度比 aGO/g は、キック軸 GO に沿って作用した力の大きさを意味しています。力が作用することによって加速度が生じ、それによって速度が変化しますから、このときの速度変化の原因として、この力を考えることになるわけです。
 しかし、色々と調べてゆくと、このキック軸加速度比 aGO/g が大きければ、必ず早く走れているというわけでもないということが分かってきて、ランニングフォームのメカニズムというものが、それほどかんたんなものではないということに、あらためて思い知らされたのでした。

 キックポイントのフォームにおける GO前傾角には最適角がある

 図1に戻って、GO前傾角について考えます。
 キックポイントのフォームについて、キック脚の太ももとすね(脛)の姿勢角を求め、これらの組み合わせパターンによって、スプリントランニングフォームを分類しました。キックポイントのフォームにおける GO前傾角に着目することによって、このような分類を、もうすこしおおまかな視点で見直すことができます。
 図3は全重心水平速度 dG と GO前傾角の関係における各フォームの分布です。ここから、各フォームが、おおよそ、GO前傾角のどのあたりに分布しているかが分かります。


図3 全重心水平速度 dG と GO前傾角の関係における各フォームの分布

 図3の左上は、全てのフォームについてプロットしたものですが、上のほうのパターンを見ると、GO前傾角の 14度あたりのところにピーク値があるということが分かります。
 図3の左下にガンマクランキックの分布があります。GO前傾角の 10度あたりを中心として分布しています。
 デルタクランクキックの分布における上のほうのプロットを見ると、GO前傾角が 14度のところにピークがあって、GO前傾角が大きくなるにつれて、いちばん上のプロット値が小さくなっています。ここから、デルタクランクキックにおいては、ガンマクランクキックに近いフォームのほうが大きなスピードを生み出しているということが言えます。
 ベータクランクキックでも、ガンマクランクキックに近いフォームのほうが大きなスピードを生み出しています。
 これらのことから、より大きなスピードを生み出すためには、ガンマクランクキックが分布している、GO前傾角の 5度から 15度あたりのフォームを目指すべきだと言えそうです。

 キック軸のバネとGO前傾角にかかわる幾何的な法則

 ランナーの全重心 G とキック足の支点 O を結ぶキック軸 GO というものを考え、これの長さの変化としての、キック軸速度 dGO を調べたところ、上記の解析例では最大 2.0 [m/s] ほどの、小さな値となっていました。実際のランナーの水平速度は、もっと大きなものです。
 このような、キック軸 GO に沿った重心速度が、ランナーとしての水平速度へと変換されるメカニズムを考えてゆく過程で、キック軸のバネと GO前傾角の間には、ある幾何的な法則が成立するということが分かってきました。
 このことは「エピソード(9) クランクキックの効率」[2] で詳しく説明しましたが、「エピソード(12) GO前傾角の統計調査」[3] にある図のほうが分かりやすいものとなっているので、これを図4とします。


図4  GO前傾角とキックの水平変位変換効率

 図4の左はGO前傾角が20度で、右は30度のフォームです。それらの間に、キック軸 GO の対応モデルを示してあります。同じ色の辺が平行となっています。
 左のフォームでは、重心直下の C に支点 O があるところから、B へと移ったとします。このとき、キック軸は GC から GB へと、DB の分だけ長くなりました。キック軸に沿った DE の変化に対して、重心の水平方向での変化は CB となります。およそ 3.6倍となっています。上記の例では、キック軸速度 dGO=2.0 [m/s] という値でした。これを 3.6倍すると 7.2 [m/s] となります。トップスピードとしては充分なものではありませんが、スタートダッシュあたりのスピードとしては妥当なものかもしれません。
 ところで、右のフォームでは、左のフォームにおける DB の変化に対して、同じ長さを EA として、キック軸が GB から GA へと変化したという状態を示しています。時間を同じと見て、伸びの長さを同じとしたので、キック軸速度 dGO が同じということになります。このとき、水平距離としては BA の長さしか変化していません。BA/EA=2.0 となります。上記の例でのキック軸速度 dGO=2.0 [m/s] を 2.0倍すると 4.0 [m/s] にしかなりません。
 このようなことから、キックポイントにおける GO前傾角が 90度に近いほうが、キック軸に沿った速度が水平速度へと変換されるときの効率がよいということが分かります。図4のモデルでは、GO前傾角として 20度と 30度のものを比較しましたが、10度のものでは、もっと効率が良くなります。


図5 GO前傾角とGO軸変化が生み出す水平距離
(GO=GS, GP=GT, GQ=GU)

 図5は「GO前傾角とGO軸変化が生み出す水平距離」についてのモデル図です。このとき、GO=GS, GP=GT, GQ=GU となっています。図4の中央にある「対応モデル」に、GO前傾角 10度の状況を加えたものです。図4に基づいた解析では、GO前傾角が 20度のとき PQ/TQ=3.6 で、30度のとき QR/UR=2.0 でした。これらに、図2の観測データからの dGO=2.0 [m/s] を、TQ や UR の速度として組み込むと、GO前傾角が 20度のとき 7.2 [m/s] で、30度のときには 4.0 [m/s] となりました。それでは、GO前傾角が 10度のときには、どれくらいになるのでしょうか。図5の図形に基づいて調べてみると、OP/SP=12.3 になります。SP が dGO=2.0 [m/s] に対応していると見なすと、OP の速度は 24.6 [m/s] となります。これでは大きすぎます。
 図2のグラフの下には dGO +1.27 とありました。これはキックポイント(点線位置)での値です。dGO が 0 から 1.27 まで変化しているので、平均値として0.64 [m/s] を考え、これを 12.3倍すると 7.9 [m/s] となります。もう少し大きく見積もって dGO=0.8 [m/s] なら水平速度は 9.8 [m/s] で、 dGO=0.9 [m/s] なら水平速度は 11.1 [m/s] です。現実的な値となりました。
 キックポイントにおける GO前傾角が 10度というのはガンマクランクキックとなります。20度だとデルタクランクキックで、30度だとピストンキックです。ピストンキックだと、dGO=2.0 あたりの動きを利用することも可能ですが、それでも、変換効率が悪いので、水平速度は 4.0 [m/s] くらいです。これでは中間疾走において加速することができません。GO前傾角が 10度のガンマクランクキックだと、水平速度への変換効率が良いので、dGO=0.8〜0.9 [m/s] を生み出していれば、中間疾走においても加速してゆくことができます。
 GO前傾角が 5度くらいのベータクランクキックなら、さらに効率は良くなるわけですが、GO前傾角 0度からキックを始めなければならないので、この間の時間が短すぎると、力を作用させて加速効果を生み出すことが難しくなるわけです。GO前傾角が 10度くらいのガンマクランクキックなら対応しやすいということになります。

 注意

 ここでの考察は、キック軸 GOの変化に基づいたメカニズムに基づいています。このようなメカニズムは、主にスタートダッシュのときのような、より大きな力を利用するときに用いられています。これとは異なるメカニズムのときには、ここでの考察は当てはまらなくなります。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, May 1, 2013)

 参照資料

[1] 高速ランニングフォームについてのエピソード(18) キック軸加速度 キック脚の伸張反射を調べるためのキック軸加速度
[2] 高速ランニングフォームについてのエピソード(9) クランクキックの効率 クランクキックの全重心前傾角の違いによる水平速度への変換効率
[3] 高速ランニングフォームについてのエピソード(12) GO前傾角の統計調査 ランナーの身体重心直下でキックすることの効果を検証する
「ランナーの身体重心直下でキックすることが効果的な理由」の「図1 GO前傾角とキックの水平変位変換効率」

 

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