高速ランニングフォームの研究で分かったこと(4)スウィング脚

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 高速ランニングフォームの研究を始めたころは、主にキック脚の動きに着目していました。そして、キックポイントにおける、キック脚の太ももやすね(脛)の姿勢角を調べ、これに基づいて、スプリントランニングフォームの分類を行いました。2012年になるまで、スウィング脚のことは、まったくといってよいほど、まったく考慮しませんでした。しかし、ランニングというものは片脚だけで行っているものではありません。キック脚のことだけでなく、スウィング脚のこともいっしょにして考えないと、ほんとうのメカニズムを明らかにできないはずです。このように気づいて、スウィング脚のことを調べることにしました。

 スウィング脚のさまざまなタイプ

 スウィング脚の何を調べるかというとき、あまり細かなことにとらわれると、実際のランニングとの対応が分かりにくくなります。そこで、ごくごく大雑把に、スウィング脚を後方から前方へと運ぶときの幾つかのパターンに着目して、図1に示した4つを区別することにしました [1]
 (1) 後方巻き上げ型
 (2) 跳ね上げダウンスウィング型
 (3) 直下引き付け型
 (4) 直線引き出し型
 ただし、これらの4つのタイプには、厳密な定義というものがあるわけではありません。おおよそ1から4に向かって、連続的に変化しているようです。


図1 スウィング脚の運び方における4つのタイプ

 後方巻き上げ型直下引き付け型は40年以上前から指導されていました。
 後方のスウィング脚を膝で折りたたみながら、お尻の後方へと巻き上げ、回転モーメントが小さくなったスウィング脚を、すばやく前方へと回転させて運ぶというものが後方巻き上げ型です。
 直下引き付け型は、膝で折りたたんだスウィング脚を、お尻の後方ではなく、下方へと引きつけるタイプです。
 直線引き出し型は2000年ごろのモーリス・グリーン選手のランニングフォームを真似ようとしていたとき、スウィング脚の動きについての詳しい観察がおろそかになったために生まれたものかもしれません。あるいは、トム・テレツ氏が「日本人(スプリンター)の脚はターンオーバーしていない」[2] と指摘したことにとわれすぎていたのかもしれません。
 しかし、ウサイン・ボルト選手のランニングフォームを観察すると、後方でスウィング脚の重心がするどく反転するターンオーバーしつつ、その後、スウィング脚の重心が最短距離を通って、直線引き出し型で前方へと引きだされているのではなく、後方巻き上げ型に近い動きをしていることに気づきました。また、高速ランニングフォームが、「すり足走法」とか「脚引きずり走」と名づけられていること [3] についても考えました。
 このような名称は、スウィング脚が、これまで考えられていたイメージに比べ、より地面の方へと向かっていることを表現しているのではないか。このように気づいて観察し直しました。高速ランニングフォームにおいては、後方巻き上げ型と直線引き出し型の2つの要素を持ちながら、それらとは異なるタイプのスウィング脚の運び方が使われているようです。これが跳ね上げダウンスウィングでした。

 スウィング脚の役目(1)全重心水平速度の成分として

 全体のスピードに対するスウィングの役目の一つは、全身の部分としてのスウィング脚が、全体のスピードより速く動くことにより、スピードアップ(加速)する効果をもっているということにあります。
 ランナーの質量をMとしたとき、スウィング脚の質量は、およそM/4くらいです。キック脚は上半身とスウィング脚の重みを支えているので、自由に動きづらいものとなっていますが、スウィング脚は、スウィング脚だけの重みを感じつつ動けばよいので、比較的動きやすいものとなっています。
 スウィング脚を腰からぶら下がっている振り子と考えて、回転モーメントなどを考慮するという視点があります。作用する力について考える必要がある走高跳や三段跳などでは、このような視点のほうが分かりやすくなることがあります。しかし、ランニングフォームにおいては、力よりもスピードの要素が重要になります。そのため、もっと単純に、スウィング脚の重心が移動する速度ベクトルを考えることにしました。
 スウィング脚の質量と速度に着目し、全体の運動量(質量×速度)について考えると、全体に対するスウィング脚の寄与率は、およそ10パーセントくらいだということが分かりました [4]。意外と少ないものでした。

 スウィング脚の役目(2)全重心速度の鉛直成分の調整として

 全体のスピードに対するスウィングの役目の二つ目は、キック軸によるバネを効率よく水平速度へと変換するため、重心速度ベクトルの鉛直成分を打ち消すことです [5]
 図2で理想的なのは、接地時Lにあった重心がGへと水平に進むという状態です。このとき、キック軸LOはGCだけ伸びて、GOへと変化します。
 ところが、キック軸の伸びが同じようになっていても(GC=BD)、Lにあった重心が水平にGへと向かわず、幾らかの鉛直成分をもってBへと向かったとすると、このときの水平移動距離はABとなって、LGより、ずいぶんと短くなってしまいます。


図2 GO軸のバネがスピード鉛直成分へ使われたとき(B←A)

 このように、キック軸のバネを水平速度へと効率よく変化するためには、できるだけ重心が水平に近く動くようにしなければなりません。
 Lにあった全重心が、Bへと向かわず、Gの方へと進むことを、スウィング脚で調整することができます。そのためには、スウィング脚の重心が、このような変化のときに、幾らか下方へと向かう必要があるのです。ここに、跳ね上げダウンスウィングの重要な機能があります。

 スウィング脚の役目(3)スピードアップの他要素をリードする

 もう一つ、見逃してはならない、スウィング脚の役目に、スピードアップの他要素をリードするというものがあります。図3は高速ランニングフォームにおける、キックポイント前後の、およそ1/30秒についての動きです。キック脚の支点Oに対して、キック脚の膝がRからSへと前進しています。これと同時に、キック脚の太もも部分が、PRの傾きからQSのように、立ちあがっており、腰の位置をPからQへと動かしています。そして、上半身は、ほぼ、この腰の上に乗って前進しています。
 このようなキック脚の膝上部分の前進を、スウィング脚を速く動かすことによってリードしていると考えられます。


図3 腰の前進をスウィング脚でリードする

 スウィング脚の4つのタイプの特徴

 図1で説明したがあります。中間疾走のランニングではおすすめできないのですが、直線引き出し型は、スターヘダッシュのような、最短経路でスウィング脚を前方へと引き出したいときには役立ちます。また、直下引き付け型も、中間疾走のときには、全重心の鉛直成分を生み出しやすいので問題がありますが、低い重心で、かつ、前傾して走っているスタートダッシュのときには、これも役立ちます。
 「スウィング脚の役目(2)全重心速度の鉛直成分の調整として」に最適なのは、跳ね上げダウンスウィング型でしょう。また、「スウィング脚の役目(1)全重心水平速度の成分として」や「スウィング脚の役目(3)スピードアップの他要素をリードする」においても、効果が期待できます。
 後方巻き上げ型も、現時点では、日本の多くのトップスプリンターによって用いられているタイプで、「跳ね上げ」の効果をもっていますし、スウィング速度も上げやすいものです。しかし「ダウンスウィング」の効果は、やや弱くなっています。
 後方巻き上げ型と跳ね上げダウンスウィング型は、スウィング脚の膝を極端に折りたたんでしまう(後方巻き上げ型)か、軽く折りたたむだけにとどめておく(跳ね上げダウンスウィング型)か、というくらいの違いしかありません。また、脚の太さや太もも部分の柔軟性によって、これらの違いが生じることもあります。これらを特別に区別する必要はないかもしれません。要は、上記の、スウィング脚の役目(1)〜(3)が、ほどよく効果を生み出していて、全体のスピードを高めるために役だっていればよいということです。

 跳ね上げダウンスウィングの見本となるランニングフォーム

 跳ね上げダウンスウィングの見本となるランニングフォームを2つ紹介します。一つはウサイン・ボルト選手のもの [6] で、もう一つは桐生祥英選手のもの [7] です。


図4 ウサイン・ボルト選手のランニングフォーム(赤→左、青→右)


図5 桐生祥英選手のランニングフォーム(赤→右、青→左)

 跳ね上げダウンスウィングのテクニック

 @ キックが終わってスウィング脚となった脚を、後方から前方へと向かわせるとき、軽く膝で折り曲げまげます。スウィング脚の踵はお尻へと向かうことになりますが、お尻の後ろにぴったりとくっつけようとはしません。また、お尻の下方へと向かうわけでもありません。スウィング脚の踵がお尻から少し離れた状態で、スウィング脚が少し後方で跳ね上がる感じとしておきます。
 A 前方へスウィング脚の膝を引き出すとき、この膝を意図的に高く上げようとしないで、自然な状態で前方へと突きだします。このときの動きのタイミングをキック脚が地面を押す動作と合わせ、これらのキック動作とスウィング脚の引き出し動作を一つのものとして(シンクロキック)、できるだけ素早く動かします。
 B このとき、スウィング脚の膝の角度を固定したままにしておくのではなく、膝から下の部分に力を入れないようにし、自由に下方へと振り出てゆくようにすることで、ダウンスウィングの効果を生み出します。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, May 5, 2013)

 参照資料

[1] 距離ランニングフォーム解析 (26) スウィング脚による加速効果(内容改正)
[2] 高速ランニングフォームについてのエピソード(6)文献調査(2) 日本人(スプリンター)の脚はターンオーバーしていない
[3] 高速ランニングフォームについてのエピソード(5)高速ランニングフォームは「すり足走法」でも「脚引きずり走」でもありません
[4] 高速ランニングフォームについてのエピソード(31) スピード能力3要素のランニングスピードに対する寄与率の式
(速く走るためにはどのような能力を伸ばすべきか)

[5] 高速ランニングフォームについてのエピソード(20) 重心の高さ / (全)重心の高さの変化とキック力の水平変換効率の関係
[6] 短距離ランニングフォーム解析 (25) 2011年ウサイン・ボルト選手の200mランニングの詳細重心解析
月刊陸上競技2011年11月号掲載の連続写真による解析
[7] 短距離ランニングフォーム解析 (28) 桐生選手 / 桐生祥英選手のスプリント中間疾走の詳細重心解析
月刊陸上競技2012年11月号掲載の連続写真による解析

 

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