高速ランニングフォームの研究で分かったこと
(6)キック脚の足首のバネと膝下三角形によるヒールドライブ能力

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 スピード能力3要素の、ヒップドライブ dT-dK , キック脚 dK , 相対スウィング dS-dB の中で、全体のスヒードに対する寄与率が60パーセントにもなり、もっとも大きな影響力を持ちながら、そのメカニズムが分からなかったのが、キック脚重心水平速度dK です。
 このページでは、これまでよく分からなかった、このキック脚重心水平速度dK を、より大きなものとして生み出すメカニズムについて説明します。


図1 身体各部の水平速度の関係とスピード能力3要素

 スピード能力3要素寄与式の三角表示を観察して

 ランナーのスピードが大きくなってゆくにつれて、ヒップドライブ速度が大きくなるのと同じように、キック脚重心水平速度dKも大きくなります。
 スピード能力寄与式の三角表示(「エピソード(33)短距離ランナーがさらに目指すべきスピード能力向上のポイント」[4]の図3 また、下記参照資料[4] の図Aとして説明図があります)として、スピード能力3要素と全速度dGの関係を表わした図2では、0-dG線上のプロット値がdG値です。三角形の左上にある点がヒップドライブ速度ですが、これらが、右上がりになって並んでいます。ランナーのスピードとともに増大していることを意味します。これに対して、三角形の左下の点が相対スウィング速度なのですが、こちらは、ほとんど変化していません。この三角形における、左の縦辺の、横座標位置がキック脚重心水平速度dKの値です。ランナーのスピードdGが大きくなってゆくにつれて、このキック脚重心水平速度dKも大きくなっています。


図2 スピード能力寄与式の三角表示(何人かの男子スプリンター)

 全速度dGとキック脚重心水平速度dKが強い正の相関をもっているということは、これらについての統計的な処理でも明らかになっています。このことだけでは、キック脚重心水平速度dKに違いをもたらすメカニズムのようなものがあるのかどうかということは分かりませんでした。
 キック脚重心水平速度dKに違いをもたらすメカニズムが存在するということに気がついたのは、右脚キックと左脚キックとで、明らかに異なるdK値を生み出しているランナーがいるということを見出したことによります [1]
 最初に見出したのは、100mが14秒台だという、ごく平凡な女子ランナーについてでしたが、このように気がついてから、あらためてデータを調べなおしたところ、山縣亮太選手の4歩のキックフォームにおいても、右脚キックと左脚キックとで、明らかに異なるdK値を生み出しているということが分かりました。
 次の図3は図2から山縣亮太選手の4歩だけを取り出したものです。@とBが左脚キックで、AとCは右脚キックについてのものです。三角形の左縦辺の、キック脚重心水平速度dK [m/s] (横軸0-dG での位置)が、明らかに、AとCより@とBのほうが大きくなっています。このとから、山縣亮太選手の@とBの左脚キックにおいては、キック脚重心水平速度dKを大きくするような、AとCの右脚キックとは違う、何らかの原因があると考えられます。


図3 スピード能力寄与式の三角表示(山縣亮太選手の4歩)

 キック脚の足底角(K底角)が違う

 それでは、山縣亮太選手の@とBの左脚キックフォームは、AとCの右脚キックフォームと、いったい何が違っているのでしょうか。
 次の図4は山縣亮太選手の4歩のキックフォームにおけるキック脚の膝下部分を詳しく調べたものです [2]


図4 山縣亮太選手の4歩のキックフォームにおけるキック脚の膝下部分

 図4では、@とBが左脚キックで、AとCが右脚キックです。
 @とBが、AとCに比べて、明らかに違っているのは、∠DCNの大きさです。この∠DCNをキック脚の足底角(K底角)と呼ぶことにしました。
 もう一つ、∠EDCも、AとCより@とBのほうが大きくなっています。これはキック脚の足首角と呼べばよいかもしれません。
 これらの結果として、BCの長さが違ってきます。このBC間に記してある数字(@61, A52, B60, C52)は、図4をペイントソフトで取り込み、画像のピクセル位置を読みとって計測した値です。実際の長さの単位ではなく、相対的な長さの比ということになります。このBCの長さは、キック足の支点(C)に対して、キック脚の膝点(A)が、どれだけ前方に位置しているかということを示しています。
 @〜Cのフォームにおいて、接地のフォームがほぼ同じ状態だと仮定します。優れたランナーのフォームにおいては、おおよそ、そのようになっているものです。そして、たとえば、接地時のキック脚の膝点の位置が、支点(C)の真上にあったとすると、BCの長さが、ほぼ、これらのキックフォームにおけるdKの速度値と対応することになります。げんみつに言えば、もうひとつ、キック脚の膝より上の部分の姿勢がほぼ同じだという仮定が必要ですが、ほぼ、そのようになっていることが分かります。
 キック脚の足首角が、AとCより@とBのほうが大きくなっていることは、キック脚の足底角(K底角)が大きいということと連動していることかもしれません。足首のバネが充分強くなっていて、かかとが地面に着きそうになるか、着いたあと、かかとが反発して跳ね上がるとき、足首の角度を小さなものとしていては、このときの足首のバネによる効果を吸収してしまいます。あるいは、AとCの状態は、@とBの状態へと至る中間状態であり、結果的に大きな力を生み出せなかったものかもしれません。

 キック脚の膝下三角形とヒールドライブ効果

 山縣亮太選手の4歩のキックフォームにおけるキック脚の膝下部分の様子を観察し、キック脚の足底角(K底角)が大きくなり、かかとが跳ね上がることによって、キック脚の膝が前進するというメカニズムがあることが分かりました。
 このことから、これまで私が「高速ランニングフォームのメカニズム」として説明していたものには、このようなことが考慮されていないということに気づきました。これまでの説明が本質的に間違っていたというわけでもないでしょうが、もっと詳しいことをとらえていなかったという点で、正確なものではなかったと考えられます。
 図5は、これらのことを省みて、より詳しく、かつ正しい説明を行うことを試みた、「より詳しい高速ランニングフォームのメカニズム」[3] で用いたものの一部分です。


図5 キック脚の膝下三角形によるヒールドライブ効果

 図5の@は接地時の詳細フォームで、Aはキックポイントのフォームです。@とAの時間差は1/60秒となっています。
 考察と説明を単純化するため、キック脚の膝(K)から足首、さらに、踵(H)を経由して支点(O)の拇指球へとたどる、複雑な折れ線を考慮せず、足首の角度はほぼ固定されているものと見なし、図5に描いたような膝下三角形 KHOというものを考えることにしました。
 接地時の@における膝下三角形は K1H1O です。ビデオ画像としての2コマ間の時間が1/30秒なので、観測にかからないかもしれませんが、実際のランニングでは、踵点(H1)は、一度地面に着くか、ほとんど着くくらいに近づいてから跳ね上がっています。おそらく、そのような動きをしてから、踵点は H2 へと動くことになることでしょう。
 接地時の@から1/60秒後のAで、踵が跳ね上がることにより、膝下三角形は K2H2O へと姿勢を変えます。このことにより、膝点は K1 から K2 へと進みます。
 このような、踵が跳ね上がり、膝下三角形が形状を変えずに前傾することで、膝を前方へと進ませるというメカニズムが存在するわけです。このメカニズムを ヒールドライブ と呼ぼうと思います。
 このとき、同時に、キック脚の太ももが、W1K 1 から W2K 2 へと変化し、この上に上半身が乗って前進します。これが ヒップドライブ です。
 キック脚重心水平速度dKは、キック脚の重心の動きですから、キック脚の膝下部分を変化させるヒールドライブの効果と、キック脚の膝上にある太もも部分を変化させるヒップドライブ効果とを組み合わせて生じるということになります。
 おそらく、そのときの全重心がもっている慣性スピードによって、キック脚重心水平速度dKのベース部分が、あるていど確保されていると考えられます。そして、ヒールドライブとヒップドライブの組み合わせにより、そのようなペース部分にプラスする上乗せ分が生み出され、それが、右脚キックと左脚キックの違いとなっていると考えられます。
 そのような上乗せ分が、どれくらいあるのか。これは難しい問題です。たとえば、図3で示した、山縣選手の連続した4歩では、dKの最小値がAの 6.3 [m/s] で、最大値が@の 7.6 [m/s] です。このときの値から、仮にベース分を 6.3 [m/s] と見積もると、可能な上乗せ分は、7.6-6.3=1.3 [m/s] となります。
 係数が 2/3 のヒップドライブ dT-dK や 1/4 の相対スウィング dS-dB に比べ、ヒールドライブとヒップドライブの組み合わせによって生み出されるdKの値は、全重心水平速度dGの成分として見積もられるとき、係数が 1 として、そのままの速度値が加算されます。上記の、(山縣亮太選手の場合ですが)可能な上乗せ分が 1.3 [m/s] もあります。この値は、相対スウィング速度 5.2 [m/s] に相当するものです。この意味は、いっしょうけんめい努力してスウィング速度を高めなくても、dKの上乗せ分をきちんと生み出すほうが、全体のスピードとして、はるかに効果的だということです。
 日本のトップランナーの多くがキック脚重心水平速度dK=6 [m/s] あたりの値であるのに対して、山縣亮太選手(dK=7.60)と江里口匡史選手(dK=7.50)が dK=7 [m/s] 台の値を生み出しています。2012年度の日本男子スプリンターのトップ2の強さは、このような、大きなdK値を生み出す能力にあったのです。
 ちなみに、2012年の桐生祥英選手の2歩についての解析では、右脚キックでは dK=5.90 [m/s] で、左脚キックで dK=6.60 [m/s] でした。


図6 スピード能力寄与式の三角表示
Kryu→桐生祥英選手, Ymgt→山縣亮太選手

 図2(図6として再録)の赤い Kryuコードの三角形が、2012年の桐生祥英選手の2歩についての解析結果です。それらの赤い三角形の右に、緑で描かれている Ymgtのコードのものが山縣亮太選手のデータです。桐生祥英選手の三角形のdG値が、山縣亮太選手のdG値を追い越すためには、2つのスピード能力を改善する可能性があります。その一つがヒップドライブ能力で、これは p(dT-dB) として、あと 0.5 [m/s] を大きくする余地があります。しかし、もう一つの可能性としての、ヒップドライブ能力とヒールドライブ能力の組み合わせによる dK値のほうは、1.0〜1.5 [m/s] 以上の改善幅をもっています。
 4月に10秒01を出した、2013年の桐生祥英選手が、いったいどれくらいまでレベルアップしているのか、解析できる画像データがあれば調べてみたいところです。おそらく、山縣亮太選手や江里口匡史選手よりも速く走れるようになっているわけですから、dK=7.50 [m/s] 以上の値が生み出されているのではないでしょうか。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, May 8, 2013)

 参照資料

[1] 高速ランニングフォームについてのエピソード(35) 短距離ランナーのスピード最大要因のキック脚重心水平速度の違いを生み出すテクニック
[2] 高速ランニングフォームについてのエピソード(36) 山縣亮太選手のランニングフォームに見るキック脚の足首固定の意味
[3] より詳しい 高速ランニングフォームのメカニズム
[4] 高速ランニングフォームについてのエピソード(33) 短距離ランナーがさらに目指すべきスピード能力向上のポイント


図A スピード能力3要素寄与式の三角表示(説明図)

 A(ヒップドライブ速度)、B(キック脚重心水平速度)、C(相対スウィング速度)、D(全重心水平速度)の4つの値を表示しています。Aは縦軸の0より上へと測ります。Cは縦軸の0より下へと測ります。横軸ではBとDを測ります。Dは三角形の一つの頂点ですが、BはAとCを結ぶ辺の横軸での位置ということになります。

 

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