高速ランニングフォームの研究で分かったこと(8)
身体各部の角度変化で見るランニング動作の意味

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 きっかけはA.GEMILI選手のトルソ振動

 A.GEMILI選手のランニングフォームを調べていたとき、上半身がキックごとに動いていることに気がつきました。東京オリンピックの100mで優勝したポブ・ヘイズ選手がやっていた上半身の振動とよく似ています。これを私は「トルソ振動」と呼ぶことにして、これを定量的に調べることができないかと考えました。
 図1はA.GEMILI選手の解析5歩目(GEMILI(5))のキック区間(キックポイントを中心とした前後5詳細フォームの区間)における解析データを表示したものです。


図1 GEMILI(5) キック区間の解析データ

 Fに示したTが(両腕と頭部と胴体からなる)上半身(これを勘違いしてトルソと呼ぶことにしましたが、トルソの本来の意味では、両腕は含まれません)の重心です。Wは腰点で、NはWの鉛直上方Tの水平後方に位置する点です。このように規定したときの△TWNの∠TWNを調べることにしました。
 1秒間に30コマのビデオ画像の2コマの、身体各部の角度変化を10等分して再構成した「詳細フォーム」について、∠TWNを計測したものが、グラフのDで(Bは重心Gの水平速度dx(=dG)、Cは鉛直速度dy)、それらの値がAで示されています。Dの、赤い○のプロットが右下がりになっています。これは、∠TWNが小さくなっていることを意味します。つまり、A.GEMILI選手は、このキック区間において、上半身を後方へと振動させているのです。
 Fがキックポイントのフォームで、Eが-5詳細フォームの「キック区間開始フォーム」、Gが+5詳細フォームの「キック区間終了フォーム」です。これらの詳細フォームでの∠TWNを、それぞれ、∠TWN(F)、∠TWN(E)、∠TWN(G)と表わしたとき、Aの下にある、∠TWN → 32.8 [度/秒]という値は、次のようにして求められます。

   ∠TWN(角速度として)= (∠TWN(E) ― ∠TWN(G))×3 

 3倍するのは、詳細フォーム30が1秒で、ここで求めた角度の差が、詳細フォーム10分のものだからです。スローモーションの画像のときは、この係数を変えることになります。ちなみに、A.GEMILI選手のスローモーション画像は1秒間に50コマなので、詳細フォーム10は1/5秒となり、∠TWNの角速度を求めるとき、5倍とする必要があります。

 トルソ振動TWLと全重心水平速度dG

 トルソ振動について調べるため△TWNを求め、その∠TWNを調べることにしましたが、次の図2では、トルソ震動を調べるための角度が∠TWL(トルソ姿勢角)となっています。最後のNがLに変わったのですが、Lと言う記号をここでは、一つ前の点に対して水平後方の、任意の距離の点という意味で使っています。このとき、∠TWL = ∠TWN + 90 ということになるので、開始フォームと終了フォームの差をとると、ここでの定数項 +90 は消えてしまうので、トルソ振動のための角速度を求めるときには、∠TWNと∠TWLから求めた、TWNとTWLは、まったく同じ値となります。ただし、図2での、右のサンプル図では、△TWNを描いています。これは、直感的に違いが分かりやすいという理由によるものです。


図2 GEMILI選手のALL(TWL, dG)

 図2の左にあるグラフは、A.GEMILI選手の、フォーム分類における全てのフォームについて(ALL)、横軸をTWL(トルソ姿勢角の角速度)、縦軸を全重心水平速度dGとして、現在解析した全てのフォームについての値を、薄い色で背景として、GEMILI選手のデータをプロットし、それらの相関係数(ρ{x,y}=+0.44)を求め、回帰直線(Y=+0.029X+9.30)を赤点線で描いたものです。
 他選手のデータと見比べることにより、A.GEMILI選手の評価が決まってきます。次の図3は飯塚翔太選手についての解析結果です。相関係数ρ{x,y}=-0.06となっており、ほとんど相関はありません。
 これに比べると、A.GEMILI選手の相関係数ρ{x,y}=+0.44は、TWL(トルソ姿勢角の角速度)は全重心水平速度dGに対して、幾らかの関係をもっていると考えられます。


図3 飯塚翔太選手のALL(TWL, dG)

 次の表1は、いろいろなランナーの(TWL, dG)に関して、相関係数と回帰直線の係数aを調べたものです。

表1 いろいろなランナーの(TWL, dG)



 表1によれば(TWL, dG)に関して、弱いながらも、正の相関をもっているのが、A.GEMILI(200m)、山縣亮太(100m)、福島千里(200m)のケースで、KI16選手は、弱い負の相関をもっている唯一のケースとなっています。
 DASHはスタートダッシュの局面のランニングフォームについてのデータを集めたものです。相関係数は+0.26と、あまり強い正の相関ではありませんが、回帰直線の係数a=+0.055 と、他に比べて、回帰直線の勾配が大きなものとなっています。このことは、スタートダッシュにおいて、トルソ振動を表わすTWLの動きが、全スピードdGに強い影響をもっていることを意味しています。
 RUNという記号は中間疾走を意味します。DASHとRUNを合わせたものがALL(分類せず)となります。このRUNにおいては、(TWL, dG)に関して、相関係数が+0.58で、回帰直線の係数a=+0.079と、さらに強い正の相関が認められています。個々のランナーでは、それほど強い相関ではなかったものの、速いランナーや速くないランナーのデータを集めると、このように強い相関となるわけです。これは、ランナー全体としての、一般的な法則となるものです。
 強いトルソ振動(TWL)はランニングスピード(dG)を高めるために有効な技術だったわけです。


図4 中間疾走(トルソ振動, 全スピード)= RUN(TWL, dG)

 いろいろなランニング動作を示す角速度

 トルソ振動を調べるために設定したトルソ姿勢角のように、身体各部の動作を調べるため、次の図5のような、いろいろな角度を設定し、それらの角速度を求めることにしました。
 この図5では、大江良一選手のデータとフォームを参照例として用いています。












図5 いろいろなランニング動作を示す角速度

 フォーム分類による解析

 次の図6は、疾走状態(縦軸, 横軸, フォーム分類)= RUN(dG, HIP, ALL) という解析ユニットについて(RUNは中間疾走)、フォーム分類のところを、@α,β, Aγ, gd, Bδ, P の3種類に分割して調べたものです。





図6 疾走状態(縦軸, 横軸, フォーム分類)のフォーム分類に関する分解

 この、図6の解析では、興味深い現象が現れています。フォーム分類のALL(分類せず)では相関係数が+0.59であるにもかかわらず、@α,βでは+0.68, Aγ, gdでは+0.70, Bδ, Pでは+0.69と、いずれも、より強い正の相関となっています。これは、3つに分けたフォーム分類ごとに、固有のプロット位置があって、微妙にずれているものを、分類しないでまとめてしまうと、もともとあった強い正の相関が弱められてしまったと考えられます。統計処理で男女を区別するとか、年齢層で分割すると、いろいろなことが見えてくるのと同じことです。これまでの(他の人による)ランニングフォームの研究では、このようなフォーム分類を行っていません。スプリントランニングフォームを、幾つかのクランクキックとピストンキックに分けて調べることにしたのは、私が始めたことだからです。
 これまでの私の研究からも、これらのフォーム分類ごとに、ランニングにおける力学的なメカニズムが異なっているということが分かっています。
 上記の例では、3つに分けたとき、それぞれの相関係数の値が、いずれも大きくなりましたが、他の解析ユニットでは、Aγ, gdでだけ強い正の相関がみられるという現象も生じています。
 たとえば次の図7は、RUN(dS-dB, KAL, **)のフォーム分類(**)における分解ですが、ALL(分類せず)での相関係数が+0.10と、ほとんど相関が認められないものですが、@α,βでは+0.35, Aγ, gdでは+0.50, Bδ, Pでは+0.15となっています。この解析結果を解釈すると、スウィング脚の速い動きと、キック脚のすねの前傾角速度とが、Aγ, gdの、ガンマクランクキックとガンマデルタクランクキックにおいては、強く連動しているということになります。意外にも、Bδ, Pでは、ほとんど連動していません。@α,βでは、これらの中間状態となっています。
 このときの、KALという角速度は、スピード能力3要素の中で大きな寄与率を持っている、キック脚重心水平速度dK(キックベース速度)と、強く結びついています。このことから、ガンマクランクキックで走るように心がけ、そのとき、キック脚とスウィング脚の動きをシンクロさせつつ、大きなパワーを生み出して地面を押せば、キックベース速度と相対スウィング速度が大きくなり、全体のスピードdGを高めることができると考えられます。
 速く走るための秘密は、まだまだありそうです。ランナーごとに動き方が異なっているケースがあることも分かってきました。さらに詳しい解析結果は、ページタイトルを変えて説明しようと思います。





図7 RUN(dS-dB, KAL, **)のフォーム分類(**)における分解

 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Sep 15, 2013)

 

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