高速ランニングフォームの研究で分かったこと(10)
キック棒各部の角速度比で見る各ジョイント部の動的な硬さの意味

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 10621 ANALYSIS)

「スポーツ解析」ブランチページへもどる

 キック棒各部の角度変化(角速度)の比

 「キック棒」と私が呼ぶのは、(頭部と両腕を含めた胴体である)上半身とキック脚をまとめて「棒」のように見立てた部分です。このようにとらえると、キック棒と、その腰部に接続して独自に動く、主に膝関節で曲がることのできる複合振り子としてのスウィング脚とが組み合わさったものとして、ランナーの動きを解析力学でとらえられるレベルのモデリングが可能となります。つまり、ランナーは、やや柔らかい構造をもつキック棒と、膝で折りたたむことのできるスウィング脚の動きを組み合わせて走っているということになるわけです。
 ここでは、そのスウィング脚については、すこし忘れておいて、おもに、キック棒の3つのジョイント部の役割について調べる方法を説明します。
 キック棒の3つのジョイント部とは、「腰」「(キック脚の)膝」「(同)足首」です。
 キック棒各部の角度とは、上半身重心(T)、腰点(W)、キック脚の膝点(K)、キック脚の足のかかと点(H)、キック脚の足底にある支点(O, 拇指球のところとしている)、支点Oから地面後方に引いた線の任意の点(L)、これらの座標点を使って構成する、(1) ∠TOL, (2) ∠WOL, (3) ∠KOL, (4) ∠HOLの4つです。
 これらの角度変化(角速度)は、キックポイント前後の動きから求めます。それぞれの角速度は、∠の記号を取り去った、TOL, WOL, KOL, HOLで表わします。


図1 角速度TOL, WOL, KOL, HOLのための角度変化

 そして、これらの角速度の値より、次のような比を求めます。
 (a) TOL/WOL (キック棒硬化比)[1]
 (b) KOL/WOL (キック脚硬化比、クランクレッグ比)[2]
 (c) HOL/KOL (キック脚足首硬化比、K足首硬化比、Kアンクル硬化比)[3]

 このページでは、グラフの解析として、それらのグラフの縦軸を全重心水平速度dGに固定して説明しますが、スピード能力3要素(dK, dT-dK, dS-dB)やキック軸加速度比aGO/gを用いることにより、さらに詳細な分析を行うことができます。

 ランニングフォームにおけるキック棒硬化比(TOL/WOL)の意味

 ランナーのキック棒における「腰」のジョイント部の「動的な硬さ」を、角速度の比TOL/WOL(キック棒硬化比)で調べることができます。これは、キック足の支点O(通常、足底の拇指球部分とします)を回転中心とした、腰点の動きに対する、上半身重心の動きをとらえています。


図2 ランナー(x, y)フォーム分類 = ALL(TOL/WOL, dG)all
※サンプルフォームはOE(大江良一)選手のもの

 図2に示したように、全てのランナー(ALL)の全てのキックフォーム(all)を調べたところ、この比TOL/WOLは、つねに1より小さな値でした。ここで@は(便宜的なものですが)キック開始フォーム、Bはキック終了フォームで、ここには示していませんが、Aをキックポイントのフォームとします。
 このことは、腰点が前に進む動きに比べ、上半身重心がつねに遅れて動いていることを意味しています。ランナーの重心を基準としたとき、キックの瞬間に上半身は、後方へとわずかに揺れているのです。このことを「トルソ振動」と呼んで、TOL/WOL比を調べる以前に、詳しく調べたことがあります。この結果は、この「トルソ振動」が、ランナーのスピード向上に役だっていないということでした。目に見えるくらいのトルソ振動が起こっているとき、見方を変えると、腰部分が相対的に前方へと突きだされることになります。これを「ヒップドライブ」と呼んで、ランニングスピードを高めるための重要な要素だと考えていたことがありました。しかし、この現象を詳しく調べてゆくと、ヒップドライブは、ほとんど意味だということが分かりました。
 腰が前に突き出るヒップドライブは、上半身のトルソ振動と表裏なのですが、これらの動きは、キックによる推進力のエネルギーを、まるで地震の免振構造のように、上半身の後方への揺れによって逃がし、その結果、相対トルソ速度を低下させて、ランナーのスピードを減らしていたのです。


図3 ランナー(x, y)フォーム分類 = YMGT(TOL/WOL, dG)delta-Piston
※サンプルフォームはYMGT選手(山縣亮太選手)のもの

 図3はYMGT選手(山縣亮太選手)の、デルタクランクキック(d)とピストンキック(P)における、キック軸硬化比TOl/WOLと全速度dGの関係を調べたものですが、回帰直線の傾きが+12.257と、非常に大きなものとなっています。相関係数はρ=+0.46と、やや正の相関がみられる程度の関係ですが、それでも、このときの回帰直線(赤い点線)が右上がりになっているということは、キック軸硬化比TOL/WOLの値を少しでも大きくすることにより、全速度dGを高めることができるということを示しています。
 全てのランナーの全てのフォームにおける、データのプロット重心での x(TOL/WOL)の値は0.62であったものが、YMGT選手のフォーム分類(δ, P)では0.57です。YMGT選手の全てのフォーム(all)でも、この値は0.58です。これは、YMGT選手の場合、上半身とキック脚を結びつけている、腰のジョイント部が、比較的「ゆるい」ということになり、過剰なヒップドライブもしくはトルソ振動により、キックのエネルギー(具体的には運動量)を失って、全体のスピードを減らしていたということを示しています。
 この議論は、統計的な、平均値としてのものであり、YMGT選手は、実際として、TOL/WOL=0.58あたりで、最も大きなdG値を生み出しています。トップスピードのランニングフォームを直す必要はないのかもしれませんが、それより小さなスピードでのフォームでは、このときの統計的な考察が、効果をもってくるはずです。
 さらにフォーム分類などを行って、YMGT選手のフォームの特徴や問題点を議論することもできますが、このページは「まとめと要約」ですので、先を急ぎます。

 ランニングフォームにおけるキック脚硬化比(KOL/WOL)の意味

 ランニングフォームにおけるキック脚硬化比(KOL/WOL)を調べるとき、最初に描いたのは、図4のような、横軸として、最初に定義したキック軸硬化比WOL/KOLを使ったものでした。
 ところが、この描写法では、キック脚硬化比の大きな値のデータがちらほらと存在しており、全体的な傾向を見にくくしています。このような値は、KOLが小さい状態で、WOLだけが変化することによって生じています。ハムストリングスを使って、キック脚の太もも部分だけを大きく変化させて走るフォームです。
 しかし、キック脚硬化比(WOL/KOL)の上限ラインのピーク位置は1.0あたりです。
 また、どのような理由かは分かりませんが、1.0より小さな値は、全て、0.5と1.0の間にあります。
 このようなことを考慮して、キック軸硬化比を、WOL/KOLから、その逆数の、KOL/WOLへと変更し、さらに、この値が1.0となるところに鏡を置いたかのように、1.0以上の値を、左に向かってプロットすることにした、図5のような描写システムを導入することとしました。
 このようにすると、上限ラインが、最大値を生み出している1.0に向かって単調増加となり、(見かけの)相関係数や回帰直線を求めやすくなります。


図4 ランナー(x, y)フォーム分類 = ALL(WOL/KOL, dG)all
※サンプルフォームはYMGT選手(山縣亮太選手)のもの


図5 ランナー(x, y)フォーム分類 = ALL(KOL/WOL(1.0鏡像), dG)all
※サンプルフォームはYMGT選手(山縣亮太選手)のもの

 図5のグラフは、上限ラインがKOL/WOL=1.0で最大値をとっており、(見かけの)回帰直線も右上がりなので、キック脚硬化比KOL/WOLが1.0に近づくにつれて、全重心水平速度dGが大きくなるという傾向を示しています。
 キック脚硬化比KOL/WOL=1.0ということの意味は、KOLとWOLが等しいということであり、キック脚の膝の角度が変わらず、まるで、ブリキの一体成型で、曲がったままのキック脚が生み出され、それを利用してキック動作を行っているような状況です。
 仮に、ハムストリングスを使って、キック脚の太ももの姿勢角を大きくしてスピードを増そうとしたときには、WOLのほうがKOLより大きくなりますから、KOL/WOLは1より小さな方向へと向かいます。このとき、観測事実の図5より、条件ラインもの値も回帰直線上での値も小さくなりますから、スピードを増大させることは難しいものとなります。
 サンプルフォームとして描いたYMGT選手が、KOL/WOL=1.0に近い値のキックフォームを数多く生み出しています。クランクレッグ比1.0のキックフォームについしての名手です。

 ランニングフォームにおけるキック棒足首硬化比(HOL/KOL)の意味

 キック脚の足首について調べるには、角速度KOLとHOLを比べます。最初、図6のように、KOL/HOL比をプロットして調べようとしたのですが、かかとの浮きがほとんどないというフォームもあって、KOL/HOL比の値が2.0以上のところで、離散的に広がり、逆に、積極的にかかとを浮かせるフォームが圧倒的に多く、2.0以下のところに密集してしまいました。
 そこで、ここでも、逆の比をとって、HOL/KOL比として調べることにしました。それが図7ですが、図6より一様な分布となって、見やすくなりました。


図6 ランナー(x, y)フォーム分類 = ALL(KOL/HOL, dG)all
※サンプルフォームはYMGT選手(山縣亮太選手)のもの


図7 ランナー(x, y)フォーム分類 = ALL(HOL/KOL, dG)all
※サンプルフォームはYMGT選手(山縣亮太選手)のもの

 図7でも、キック脚のすねがあまり前方へと傾きを増すことのないフォームがあって、HOL/KOL比の値を大きなものとしていますが、回帰直線が右下がりであるように、このようなフォームは、あまり大きなスピードdGを生み出すことができません。
 上限グラフのピーク値は1.0あたりにありますが、それほどきわだったものとはなっていません。しかし、図7は全てのフォーム(all)について調べたものでしたが、次の図8は(高速ランニングフォームの中で効果的に高速を生み出す)ガンマクランクキックだけを取り出したものです。HOL/KOL比の上限ラインは、0.8から2.4あたりのとろに、高い「峰」をもっており、0.8未満のフォームは見られなくなっています。
 キック脚の足首を全く変化させずに用いるのがHOL/KOL=1.0ですが、わずかに小さな0.8だと、かかとの浮きによるHOLより、膝の前方への傾きKOLの方が優勢だということになります。また、2.4だと、かかとの浮きの方が優勢となっていますものの、足首のところで、足底が生み出した運動量が幾分か行方不明となってしまい、キック脚の膝は、じゅうぶんに前へと進むことができないようになっています。もっと簡単に言うと、足首のところが「ゆるい」状態では、「硬い」ときに比べ、同じ効果を生み出すために、より多くのパワーが必要になるということなのです。


図8 ランナー(x, y)フォーム分類 = ALL(HOL/KOL, dG)gamma
※サンプルフォームはYMGT選手(山縣亮太選手)のもの

 解析図が増えてしまいますので掲載しませんが、図7のプロットの中で、HOL/KOL比の値が0.0〜2.0あたりまでを占めているのが、アルファクランクキックやベータクランクキックです。デルタクランクキックのプロット分布は、0.6から9あたりまで広いものとなっていますが、上限ラインのピーク位置は2.5あたりにあります。

 まとめ

 キック棒の3つのジョイント部、腰、(キック脚の)膝、(同)足首の動的な硬さを、TOL/WOL, KOL/WOL, HOL/KOLという、3種類の比によって調べましたが、いずれも、これらの比の値が1.0のときか(KOL/WOLとHOL/KOLのケース)、その値に近いとき(TOL/WOLのケース)、もっとも大きなスピードdGが生み出されています。
 これは、キック脚を膝で曲げたまま、足首の角度もほぼ固定して、全体を、まるで、ブリキで成形された「外骨格」をもっているかのようにキックするということが、より速く走るためのテクニックであるということを示しています。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct 27, 2013)

 参照ページ

[1] 高速ランニングフォームについてのエピソード(48) 体幹を強化して相対トルソ速度をレベルアップしよう
[2] 高速ランニングフォームについてのエピソード(49) クランクキックはブリキの脚で
―― クランクレッグ比WOL/KOLで見るキック脚の硬化度

[3] 高速ランニングフォームについてのエピソード(50) ヒールドライブのためのかかとの浮きは目立たないくらいがちょうどよい


 

「スポーツ解析」ブランチページへもどる