高速ランニングフォームの研究で分かったこと(11)
アルファクランクキックやベータクランキックの加速メカニズム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 11621 ANALYSIS)

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 アルファクランクキックとベータクランキック

 図1として「キックポイントでのキック脚の太ももとすねの姿勢角で定義するキックフォーム分類(イプシロンクランクキックの描写は省略)」(※gdのモデルはGML選手(A.GEMILI)で、他はすべてYMGT選手(山縣亮太選手))を示します。


図1 キックポイントでのキック脚の太ももとすねの姿勢角で定義する
キックフォーム分類(イプシロンクランクキックの描写は省略)
※gdのモデルはGML選手(A.GEMILI)で、他はすべてYMGT選手(山縣亮太選手)

 ガンマデルタクランクキック(2013年に導入)を除く、これらのフォーム分類は、およそ10年前に行いました。
 当時の100m世界チャンピオンはモーリス・グリーン選手でした。そのグリーン選手のランニングフォームの一つから、アルファクランクキックのサンプルを見つけましたが、このころの知識では、このようなフォームは、スピードを維持するだけの、いわゆる慣性フォームとして使われているものであると説明していたようです。
 当時の100m日本チャンピオンは末續慎吾選手でした。末續選手のフォームからはベータクランクキックが見出されました。
 ガンマクランクキックは比較的容易に見出すことができましたが、当時から日本女子長距離選手として活躍していた福士加代子選手がガンマクランクキックだったことを見出して驚いた記憶があります。
 当時の長距離選手のフォームはほとんどデルタクランクキックだったと思います。福士選手と、名前は忘れましたが、日本の企業に所属して活躍していたアフリカ系の黒人選手が日本選手権の10000mで優勝していましたが、この二人だけが、ガンマクランクキックで走っていたように感じ取れていました。
 デルタクランクキックはありふれていましたが、ピストンキックは希少なものです。それでも、当時の七種競技の選手から、ピストンキックのフォームを採集することができていました。
 図1のフォームモデルとして数多く採用した2013年日本選手権100mの山縣亮太選手のフォームからは、ガンマデルタクランクキック(とイプシロンクランクキック)を除く、全てのフォームが見出され、これも驚きの解析結果でした。
 山縣亮太選手は中間疾走において、ついつい、デルタクランクキックやピストンキックへとキックポイントが後ろへとずれてゆく「クセ」があるようなのですが、本人はそのことを認識しているようで、このようになった直後に、もっとキックポイントを前にしなければならないと意識してフォームを修正し、ごていねいにも、アルファクランクキック→ベータクランクキック→ガンマクランクキックの3歩を生み出すのでした。
 しかし、2013年日本選手権100mの山縣亮太選手のフォームの中でもっとも「強力(高速)」だったのはガンマクランクキックだったので、この解析結果をふまえて、私は山縣亮太選手のガンマクランクキックを体得しようと、グラウンドでトレーニングとテストを繰り返しましたが、はじめのうちは、どうしてもデルタクランクキックになってしまい、何か間違った認識をしているのだと考え、いろいろと修正していくうちに、ガンマクランクキックに近いデルタクランクキックのフォームを生み出せるようになり、これを、これまで考えてきた、正真正銘のデルタクランクキックと同じだと判定するのはおかしいと考えるようになり、デルタクランクキックの領域のうち、ガンマクランクキックに近い1/3を、新たに、ガンマデルタクランクキック(gdと記号化)と呼んで区別することにしました。
 やがて、私はガンマクランクキックを意図して走れるようになりました。
 この状態をベースとして、さらに工夫して走ってテストしてゆくうちに、ベータクランクキックを数多く生み出すことができるようになりました。
 このようなトレーニングともテストとも言えるランニングを試みているときのある日、私自身としては、効果的なベータクランクキックを生み出すつもりで、ややスピードを押さえたコントロールスピードでフォームチェックフロートを走ったのでしたが、それを撮影してもらったビデオ画像を解析して驚きました。解析した歩数の4割ものフォームがアルファクランクキックだったのです(図2)。


図2 KLO6(2013-10-12のフロート)におけるキックポイントフォーム

 10年前は、単なる慣性フォームにすぎないと考えていたアルファクランクキックも、私の、そのときのランニングにおいては、加速フォームの仲間として認められる状態のものが存在していたのです。しかも、どちらかというと、加速フォームとして生み出していたつもりの、ガンマクランクキックやガンマデルタクランクキックのほうが、中途半端なもので、あまり堂々と加速フォームとは主張できないものだったのです。これは、コントロールスピードとして、すこしスピードを押さえて走っているために生じた現象だと考えられます。
 ところが、このように、すでに加速フォームとして使えている、ベータクランクキックやアルファクランクキックの加速メカニズムについては、よく分からない状態だったのです。
 次の図3はいちおうベータクランクキックの総合解析ですが、ガンマクランクキックにとても近いベータクランキックであり、KLO6の他のガンマクランクキックのデータより、うまく力学的な特徴を示していますので、ガンマクランキックの代用として示します。これに対して、図4は典型的なアルファクランクキックの総合解析です。


図3 KLO6(5)の総合解析


図4 KLO6(6)の総合解析

 図3と図4での大きな違いは、◇総合水平速度グラフ◇における、キック軸速度dGOのパターンです。赤い点線で示したキックポイントの瞬間に、ガンマクランクキックの代用であるベータクランクキックの図3では、dGOの値が正を示す緑がかった水色のプロットのところにありますが、アルファクランクキックの図4では、dGOの値が負の値を示す濃い黄色のところにあるというところです。図3ではdGOの立ち上がりのところであり、ここでのキック軸GOでの加速が、全体的な速度の加速へとつながっていることが推測されます。ところが、図4のアルファクランクキックでは、dGOの加速としてのaGO/gは、まだ大きくすらなっていないのです。
 キック脚の筋肉群の力の生み出し方として、図3のガンマクランクキックの代用であるベータクランクキックでは、筋線維が縮まろうとしています。これに対して、図4のアルファクランクキックでは、筋線維が引きのばされて、ちょうど、その限界に達したという状態なのです。このように、ランニングフォームに関するメカニズムの、源泉ともなる筋肉群の作用の仕方が、まったく異なっていたわけです。
 そして、アルファクランクキックや、アルファクランクキックに近いベータクランクキックなどのフォームを、加速フォームや慣性フォームあるいは減速フォームへと変化させる要因は、いったい何なのか、これがある種の謎でもありました。

 HOL/KOL比の解析において

 キック棒の3つのジョイント部分である、「腰」「キック脚の膝」「キック脚の足首」の、「キック脚の足首」を調べていたときのことです[1]。
 これは、角速度のHOL/KOLという比をグラフの横軸にとって、縦軸には全重心水平速度dGなどをもってきて調べていました。このとき、ガンマランクキックからピストンキックにかけては、横軸の広がりが大きく、プロットデータの上限ラインも、たとえば、ガンマクランクキックではHOL/KOL=1.0のところにピーク位置があって、どのようなフォームがもっとも適しているかという問題について、論理的な説明がたやすくできてゆくものでした。
 ところが、物語を分かりやすくするため、ベータランクキックを飛ばして、アルファクランクキックについてのみ述べますが、このとき、HOL/KOL比の分布はというと、0から1の狭い領域に集まっていて、上限ラインを想定することもできないというものでした。全てのランナーにとって、アルファクランクキックというフォームは、HOL/KOL比に関して違いはなく、その状態で、全速度dGがグラフの上下に長く散らばっていたのです。このような状態では、(x, y) = (HOL/KOL, dG) のグラフから、これ以上何らかの情報を引き出すことは無理な相談です。
 このとき縦軸の指標としては、dGではなく、明らかに(キック脚の膝下部分だけについて考えている)HOL/KOL比と関係が深いと見なせる、dKをとっていたのでしたが、それでは他の要素ではどうかと調べることとし、dKの代わりにdS-dBをとって調べたのです。そして、けっきょく、これらのときのプロット重心値の、2つの縦軸の値を使って、つまり、(HOL/KOL, dK) と (HOL/KOL, dS-dB) から (dS-dB, dK) のグラフを描くことにしたわけです。こうすると、実は、HOL/KOLの要素はまったく関係なくなってしまいます。さいしょから (dK, dS-dB) そのものを調べようという考えがなかったので、(HOL/KOL, dK) と (HOL/KOL, dS-dB) を経由しただけのことでした。
 すると、(dS-dB, dK) のグラフにおいて、これらの2項目は、やや弱いものの、正の相関をもっていることが明らかになりました。キック脚重心水平速度dKと相対スウィング速度dS-dBに相関があるということは、これまでにも分かっていたのですが、このように、アルファクランクキックについて詳しく調べたことがなかったので、これまで気がつかなかったのです。
 キック脚重心水平速度dKと相対スウィング速度dS-dBにおける正の相関は、アルファクランクキックから、ベータクランクキックになると、少し強くなり、ガンマクランキックで+0.80という、とても強い状態になって、ここをピークとして、デルタクランクキックでは、アルファクランクキックのレベル近くまで低下します。デルタクランクキックでは、スウィング脚を強く振って、推進力を補助するものだと考えられてきたようですが、意外にも、その効果は弱いものでした。それに対してアルファクランクキックでは、さほど重要な作用なぞしていないで、ただ単に、慣性フォームとしてのバランスをとっているだけだろうと予想していただけなのでしたが、この予想は見事に裏切られ、アルファクランクキックにおいてスウィング脚の、タイミングのあった、速く力強い動きが、このフォームを加速フォームとして働かせていたのです。


図5 (HOL/KOL, dK) と (HOL/KOL, dS-dB) のプロット重心から構成した
プロット重心の(dS-dB, dK) グラフ, 相関係数ρ=+0.43

 まとめ

 アルファクランクキックでは、空中からの落下による鉛直速度に対して、図4のdGOグラフで示されているように、キック脚の筋肉群が伸展されてブレーキをかけ、ちょうど打ち消した、dGOグラフのトラフ(海溝, 底)において、水平速度成分については、空中でもっていた水平成分速度に加え、相対スウィング速度によって加速することができて、この加速分があるていど見積もられたとき、加速フォームとなるのです。
 図4のアルファクランクキックにおける解析データを使って具体的に説明すると、dG=6.4, dK=3.8, dT-dK=2.39, dS-dB=3.77, dB=5.5, dT=7.1, dS=9.3 [m/s]ですが、寄与式の係数q=1/4をdS-dB=3.77に掛けて、q(dS-dB)=0.94 [m/s] が、dGの一部として組み込まれたことになります。すると、空中での慣性水平速度は5.46 [m/s] だったということになります。
 仮に、図3のベータクランクキックでのdS-dB=3.17が、図4のときに置き換わっていたら、空中での慣性水平速度5.46に、q(dS-dB)=3.17/4=0.79を加えて、dG=6.25 [m/s] にしかなりません。この差0.15 [m/s] は、100mの加速走に換算すると、例えば、@ 8.00 [m/s] とA 8.15 [m/s] の平均スピードの違いとして、タイムは、@ 12秒50とA 12.秒27となります。これくらいのレベルのランナーで、0秒23のタイム短縮に相当する技術だということになります。これは無視できるものではありません。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct 29, 2013)

 参照ページ

[1] 高速ランニングフォームについてのエピソード(50)
ヒールドライブのためのかかとの浮きは目立たないくらいがちょうどよい



 

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