黒月樹人のタバスコキメラミーム4「ポアンカレの局所時間」
Tabasco Chimera Meam 4 of K.K. as “Poincaré’s Local Time”
黒月樹人 (KINOHITO KULOTSUKI, treeman9621.com)

 ポアンカレのことについて書くのだった。つい最近まで、ポアンカレは数学者だと思っていた。確かにポアンカレは数学者であり、いろいろな業績を残している。こちらの分野のことは、さらに抽象的になるので、何を説明してよいのか、とまどう。無理はしないでおこう。

 ポアンカレが物理学にもかかわっていて、アインシュタインの特殊相対性理論や一般相対性論につながる、多くの基礎的な概念を研究していたということを知って、あらためて驚いた。しかし、本来、数学者たちは、そのようにして、現実の世界での問題を考えるために、いろいろな数学の手法を生み出してきたのだ。そのようなことの枝分かれとして、四色問題とか、素数の性質や、空間のトポロジーとかの、さまざまな分野が発展していったのだった。いけない。ついつい、かつて、あこがれていた数学の世界のことへと流れてしまいそうだ。物理学の、しかも、今回のテーマである「アインシュタインの特殊相対性理論の問題」へと戻ろう。

 アインシュタインは特殊相対性理論の原論文で、数学的に成立しない論理を組み込んでいるということに私は気がついた。そして、そのことを短い論文の形にまとめ、英語に翻訳して、この分野の世界に問うてみることにした。しかし審査に時間がかかるのか、その結果は、どちらとも分かっていない。

 ここで私が述べようとしたことは、とても簡単なことで、A=B という式とA≠Bという式を組み合わせて用いることはできないはずだということである。アインシュタインは、これらの式を組み合わせた、ある式を起点として、そこから偏微分方程式を生み出し、それを利用して、あれこれと操作し、ついには、ローレンツの変換式群を導きだしてしまったのである。(ここのところは、論文なら、具体的な式を並べて説明することもできるが、ここではエッセイの基準を貫くために、このような言葉だけの表現にとどめておく。)

 それは一種のトリックにすぎない。そのような表現は論文で用いなかったが、このような処理操作は数学的に成立するものではないことを、数式を使って説明したのだった。それなのに、これが容易に認められないし、ひょっとしたら無視されているというのは、いったいなぜなのだろうか。これが「あらたな謎」になった。

 そして、「アインシュタインの特殊相対性理論への歴史」というウィキペディアのサイトの文章を思考言語コアで分析して、これはアインシュタインだけの誤りではなく、この時代の科学者のすべてと、その後の科学者のすべてが陥った「迷路」なのかもしれない、ということが、すこしずつ分かってきた。

 だから、これまで、アインシュタインの特殊相対性理論について、何度も反論が繰り返されてきたにもかかわらず、それらの多くがはねのけられ、また、無視されてきたのかもしれない。

確かに、アインシュタインは数学的な誤りを犯している。そして、それを「トリックの種」として、「ローレンツ変換群を証明した」というパフォーマンスを演じている。そのことは明らかなことであり、「トリックの種」を暴きさえすれば、この「手品」は、もう再演することができなくなるはずだ。私は、そのように考えていたのだけれど、この「手品」は、いつまでも「ほんとうのことだ」と信じ込まれている。

 この問題は思っていた以上に複雑なものらしい。ただの「手品」と集団催眠の現象としては理解できなくなってきた。それでは、ここには、どのようなカラクリもしくはメカニズムがあって、このような「トリック」が受け入れられてしまうのか、ということを考えなくてはならない。

 そして、アインシュタインの特殊相対性理論にかかわる資料を、いろいろと調べてゆくうちに、アインシュタインが組み込んでいた、A=B という式と、A≠Bという式を組み合わせて生み出した式と、まったく同じ形をした式 [τ1(τ2+τ0)2] を、特殊相対性理論が生み出される少し前に、ポアンカレが使っていたということが分かったのである。アインシュタインは特殊相対性理論の原論文を書き上げる時、マイケルソンとモーリーの実験のことは知らなかったと言っていたそうだが、ポアンカレの何らかの論文は読んでいたらしいということが分かっている。すると、ここに何らかの「手がかり」が潜んでいそうだ。

 アインシュタインもポアンカレも、同じ形の式を使って「時間」の問題を解こうとしていた。「時間が普遍的なものではない」という問題だ。いや、まてよ、時間は普遍的なものではなかったのか。日本では「明石」の時間を標準時間として使っている。それは、「北京の時間」とは異なっている。これらの標準時間の「ずれ」というのは、地球と太陽の関係で決まるものだから、地球の上の、いろいろな地方で異なっているのはしかたがないことだ。たとえ、標準時間がずれていても、マラソン中継はライブ放送で見ることができる。放送のための電波が伝わる時間などの関係で、数秒程度のずれはあるが、「現在」という瞬間は、地球の裏側でも、今まさに存在していて、そこでの「現在」と、こちらの「現在」は、明らかに同じ瞬間だ。そのように考えるのはあたりまえのことではなかったか。

宇宙の彼方からやってくる光が、100万年前のものだとしても、そこにも「現在」があって、その星が爆発していない限り、「現在」も光を出しているだろう。このように考える、この時間のことは、「絶対時間」と呼ばれている。特殊相対性理論と一般相対性理論が、この「時間」のことを複雑にしてしまったけれど、一般相対性理論によれば、星などの質量が集中している領域での時間に対して、そこから遠く離れた場所での時間として、「遠方時間」というものが考えられている。この「遠方時間」は、ほとんど何もない宇宙空間の「宇宙時間」とも呼ぶことができそうであり、これがかつての「絶対時間」と等しいのだろう。

 ところがアインシュタインの特殊相対性理論によれば、「動いている物体の時間」は「静止している物体の時間」と、進み方が異なるのだという。また、一般相対性理論によれば、質量が集中している星などの周囲では、重力の影響で空間が曲がっていて、それらの「場」の様子に応じて、「異なる重力場の時間」は、やはり、進み方が異なっているのだという。このような、運動状態や重力場の違いによって、それぞれが区別される時間のことを「局所時間」と呼んでいる。

 私たちの星の、現在の文明においての、科学史での、この「局所時間」の起源は、アインシュタインの特殊相対性理論だろうと思っていたら、そうではなくて、ローレンツの研究のほうが先んじていて、さらに、その前に、ポアンカレがすでに唱えていたというのだ。

 ポアンカレが「局所時間」というものを考え出して、それを式の形で表現したのは1900年のことであったらしい。その式が表わすものを「ポアンカレの局所時間」と名づけておこう。このあと、「ローレンツの局所時間」という名称で表現できる式が現れるが、ここでもポアンカレは、この式の誕生にかかわっているらしく、これについても「ポアンカレ」の名前をつけてしまうと混乱するので、こちらはローレンツに所属するものとしておく。

アインシュタインも特殊相対性理論で「局所時間」を唱えたのだが、これは完全に「ローレンツの局所時間」のコピーであった。特に区別して名づける必要はない。ただし、一般相対性理論のほうの「局所時間」は、まったく別物であるから、こちらにアインュタインの名前をつければよいだろう。しかし、ここでは、これについて議論しない。

問題はおそらく、「ポアンカレの局所時間」から、「ローレンツの局所時間」を経由して、アインシュタインの特殊相対性理論での局所時間へと至る道のりにある。混乱を呼ばないために、アインシュタインが取り扱った「局所時間」も、式の差異にはこだわらず、「アインシュタインの特殊相対性理論における局所時間」を「ESR局所時間」、「アインシュタインの一般相対性理論における局所時間」を「EGR局所時間」と呼んで区別しておく。

 「局所時間」のスタート地点の描写へと戻ろう。

 「ポアンカレの局所時間」のことが詳しく分かってきたのは、ごく最近のようだ。アインシュタインの特殊相対性理論の根幹である、「相対性原理」というものも、実はポアンカレが言い出したことだという。「光速度不変の原理」という「仮説」も、「ポアンカレの局所時間」の議論が源になっているのかもしれない。それではいったいアインシュタインは何を生み出したのか。ここでは、まだ、そのことを論じる準備が整っていない。

 「ポアンカレの局所時間」の内容を説明しなくてはならない。しかし、その前に、マイケルソンとモーリーの1887年の実験のことについて触れておく必要がある。これについての詳しい説明は略すが、その結果について述べておくべきだろう。この当時の科学の世界においては、光の媒体としてエーテルというものがあると考えられていた。現在でも使われている化学物質としてのエーテルと区別するため、こちらのエーテルのほうを「光学的なエーテル」と呼ぶこともあるが、物理学の論文であるので、このことは自明だと考えて、単にエーテルと呼ばれることが多い。また、化学物質のエーテルと、物理の世界でのエーテルとは、日本語では同じ綴りであるが、英語のスペリングでは異なっていると、私は辞書などで調べて説明したことがある。しかし、過去の論文を読んでみると、それらの二種類のスペリングが、「光学的なエーテル」に対して、どちらも同じように使われているので、このような区別をするのを、私はあきらめることにした。

 この「光学的な(以下略)」エーテルは、もちろん宇宙空間に広がっていると考えられる。なぜなら、光は宇宙空間を伝わるからである。すると、地球は、このエーテルで満たされた宇宙空間の中で動いていることになる。地球の動きとしては主に自転と公転があるが、エーテルの海の中を泳ぐというイメージで問題になるのは公転のほうだ。また、公転のほうが自転より大きな速度を、地表面にもたらしている。

 そこでマイケルソンらは、宇宙空間のエーテルの中で地球が動いているとき、光は、そのエーテルの影響を受けて、伝わる速さを変えるだろうと考えた。地球がエーテルの中を進むとき、その向きと同じ方向に進む光は、エーテルの向かい風を受けて、光の速度は遅くなるに違いない。一方、その逆の方向へと光が進むときは、エーテルの追い風を受けることになって、光の速度は速くなるに違いないというわけだ。しかし、これだけの情報では、光とエーテルの風の関係を明らかにするような実験を考えることは難しい。そこで、もう一つの条件を組み込むことができるはずだということに気がついた。このエーテルの風の向きとは、垂直な方向に進む光は、その速度に関して、エーテルから何も影響を受けないはずだと、きっとマイケルソンは考えた。そして、有名なマイケルソンとモーリーの実験となるものが生まれた。1887年の実験以前にマイケルソンは、同じ考え方で、何回かのテスト実験のようになるものを行っている。しかし、この1887年の実験が有名になったのは、結果の衝撃だけではなく、この実験が達成した、測定精度のオーダーのことが、あとあと重要な問題になったからでもあろう。

 このような実験において、宇宙空間で静止していると考えられているエーテルに対して、地球の動く速度をvとし、光の速度をcとおこう。このとき、これらの速度の比が問題になる。v/cの形の比である。これに対して、v2/c2という項が問題になることがある。これらの比はとても小さい。地球の速度vに対して、光の速度cがきょくたんに大きいからである。だから、v/cはとても小さな値になる。0.10.1を掛けると0.01となって小さくなるように、v/cv/cを掛けたv2/c2は、とてもとても小さな値となる。このようなv/cに何らかの係数がついているものと、v2/c2に何らかの係数がついているものを比較しても、このような、「とても小さな値」と「とてもとても小さな値」の違いは、大きく変わることはない。とにかく、係数の桁が極端に大きなものや小さなものでない限り、これらの関係は似たりよったりなのである。そこで、小さな桁の数を生み出すv/cだけを含む式を、「v/c1次のオーダー」と呼び、小さな桁の数を生み出すv2/c2を含む式を、「v/c2次のオーダー」と呼んで区別している。この2次のオーダーの式にはv/cが入っていてもかまわない。これはもう、小さな桁に対する影響力を持たないからである。

 マイケルソンとモーリーの1887年の実験は、この「v/c2次のオーダー」についての精度を達成した実験だったのである。そして、この実験では、このような精度の観察においても、地球とエーテルとの相互関係は検出できなかったと、されている。いや、マイケルソンらは、そのような表現ではなく、検出された値が非常に小さなことをのべただけだった。それの意味づけについては、物理の世界の科学者たちがおこなったようだ。そして、光は、エーテルの追い風を受けようが、エーテルの向かい風を受けようが、同じ速度で伝わるという「仮説」が、広く世界中で支持されるようになったのである。

 ポアンカレは、この問題について考えた。そして、「ポアンカレの局所時間」の式を生み出す論証へと進んだのだ。これは、正式な論文としてまとめられ、広く公表されたわけではないらしい。ポアンカレが残した研究資料は膨大なもので、正式な論文や本も豊富だが、大学教授としての授業の内容や、いろいろな場所での講演内容や、ローレンツに宛てた手紙などから、この「ローレンツの局所時間」のことが調べられている。これらについての物語は、科学史家の論文などにまかせて、ここでの問題に絞って説明を続けることにしよう。

 ポアンカレは、宇宙空間で静止しているはずのエーテルの中を、地球が動いているところを想像した。そして、マイケルソンとモーリーの実験の結果から、光を使った実験において、地球がエーテルの中を進んでいることの証拠を得られなかったということをしっかりと頭に焼きつけた。そして、ある思考実験を考えた。

 静止しているエーテルの中で、速度vで運動している座標系を考える。この座標系の原点をAとしよう。そして、この座標系のX軸を、運動している方向に合わせておき、X軸上で、AからDだけ離れた所にB地点をおく。ポアンカレは、このABを、場所 (局と訳されていることもある) の名前と、そこにいる観測者の名前と、そこに置かれている時計の名前として使っている。「A地点にいる観測者Aが読み取っている時計Aの時間」ということになるが、不思議と、このような違和感はない。議論が、少しずつ変わってゆき、初めのころは場所だけが出てきて、次に観測者が考慮され、最後に時計と時間だけになるのだ。

 さて、このような舞台配置で、光の信号による、時計の時間の調整という、「時間の同期化」とでもタイトルづけできそうなドラマが始まる。これらの物語と数式については、別の資料で詳しく述べているので、ここでは本質的な流れだけを説明したい。

 まず、この状況でさらに空想する。仮に、これが運動系ではなく、エーテルに対して静止している座標系でのことだとしたら。このとき、Aから光が出て、Bに到着後、ただちにAへと送り返され、Aへと再び到着したとすると、光がAからBへと「行く時間」と、BからAへと「戻る時間」は等しくて、これらの「往復時間」の1/2は、「行く時間」と等しくなる。もちろん、ここから、「戻る時間」とも等しくなることは、容易に計算することができる。

 それでは、少し戻って、運動している座標系ではどうなるのか。実は、こちらの状況のほうが、動いている地球上にいて、これらのことを観測している、私たちの状況を言い表したことになる。このとき、Aから出た光が、距離Dを進んでも、そこにあったはずのBは、少し遠くに離れてしまっている。だから、すべてが静止しているときの時間に比べて「行く時間」は、少し大きくなる。そして、BからAへと光が戻るときには、A地点が近づいてくるので、「戻る時間」は小さくなる。このように考えられるのは、エーテルが静止しているとし、光はエーテルを媒体として進むと見なしているからである。このときの「往復時間」が、すべてが静止しているときの「往復時間」と正確に同じになるかどうかということは議論されていない。問題は別のところにあるからだ。ちなみに、このモデルで計算してみると、分母が1より-v2/c2だけ小さくなるような係数が掛かるので、動いている座標系の「往復時間」のほうが、少し大きくなる。ここにも実は矛盾が潜んでいそうだが、論点がずれてしまうので、この議論は、ここまでにしておこう。

 ポアンカレは、このときの観測者Aの立場を想像して、このように考える。AABがエーテルの中で動いていることを「知らない」のだから、光はどの方向にも同じ速度cで進むと考えるだろう。そして、このときの「往復時間」が、分かっていない座標系の速度vの効果を差し引きすることができるから、「往復時間」の1/2を、「観測された行きの時間」の代わりに、この世界での「ほんとうの行きの時間」と考えることにする。こうして、この値をAの時計から引いた時間でBの時計を調整すれば、この二つの時計は、同じ時間を表わしていることになるだろう。これが「光を信号として使った同期化」の物語である。

 しかし、ポアンカレは注意深く考えていた。このときのAが採用した、「中間値」としての「観測された往復時間の1/2」は、「真の中間値」ではないということを、数式を使って明確に表した。これは簡単な分数式の変形で求めることができる。そして、ポアンカレは、このときの「観測された中間値」と、そのときの「真の中間値」との「差」を出し、これを「誤差」と呼んで、この値を詳しく調べた。そして、この「誤差」の式を、最初に定義した式の変形として、簡単な式へと整理できないので、少し妥協することにした。

そして、最初に定義した式の中のv2/c2の項を0に近いものとして無視すると、これらの関係式が簡単な形になって、誤差の近似式として利用してもかまわないものとなることを説明した。(このあたりの説明は、実際の式を書いて説明したほうが分かりやすいのではないかと思える。)

このような誤差を含んだ、絶対時間とは異なる進み方をする時間を「ポアンカレの局所時間」と呼ぶ。結果を見てもらうだけであるから、この式を引用しておこう。

 t’tvD/c2

ここでtは「絶対時間」で、t’が「ポアンカレの局所時間」である。この局所時間の式は、ABが時計の時間のずれを調整するプロセスにおいて、このABの世界での時計の時間を、こっそり、エーテルの世界での時計の時間と比較したときの、違いを式として表わしたものである。移動速度vが一定であるとき、距離Dに比例して、差の項 (vD/c2) の絶対値は大きくなる。

 ところが、ここでささやかな問題がある。この式は、正確に求めたものではなく、もともと求めていた式の中のv2/c2の項を0に近いものとして、無視して求めた「近似式」なのである。そして、マイケルソンとモーリーの実験では、このv2/c2の項の値までを考慮したものだったのである。すると、この近似式では十分な説明になっていないということになる。このささやかな問題が、このあとの物語に、強い「圧力」をかけてゆくのである。

 そして、ここには、ささやかではない問題も隠れている。いつのまにか忘れられてしまうのだが、ここで考察された「ポアンカレの局所時間」は、ABが仕方なく採用した、「誤差」を含む、単なる「観測値」としての時間なのであり、「本物の時間」ではないということである。ポアンカレは、このことについてしっかりと認識していた。少なくとも、この考察を進めていたときには。(2008.08.27)