黒月樹人のタバスコキメラミーム5「ローレンツの局所時間」
Tabasco Chimera Meam 5 of K.K. as “Lorentz’s Local Time”
黒月樹人
(KINOHITO KULOTSUKI, treeman9621.com)

 「ポアンカレの局所時間」の次は「ローレンツの局所時間」が現れて、それがそのままアインシュタインの特殊相対性理論へと受け継がれてゆく。これがあらすじだった。しかし、この流れを加速するための要因というものがあって、このことを知らないでは、ただの科学史の年表を丸覚えするだけになってしまう。試験を受けるとかクイズに答えるのなら、そのような学習だけでもよいだろうが、このページを読む人の多くは、そのような理由なぞ抱えてはいないことだろう。私もそうである。何十年も前だったら、試験を出すほうの立場だった。でも、今は違う。今は、ほんとうに心から、と言えばカッコイイかもしれないが、単に、何故なのだろうという、純粋な知的好奇心から、この問題に向かっている。

 前回のタバスコキメラミーム4「ポアンカレの局所時間」では、「マイケルソンとモーリーの1887年の実験」が強く影響していたことを見た。そこでは、運動している座標系の速度vと、光の速度cの比v/cのオーダーが、1次と2次とで微妙に影響力が異なるということを簡単に説明した。「ポアンカレの局所時間」では、この局所時間と絶対時間との関係式を導くとき、v/cの二次の項、つまりv2/c2の項を無視して近似式を求めた。ところが、「マイケルソンとモーリーの1887年の実験」では、このv2/c2の項が影響する精度のところまでの観測を行ったというのである。その実験の結果について議論しようとすれば、v2/c2の項を無視して求めた近似式では役に立たない。これではだめだ。誰もが、そう思うことだろう。

 この答えへと進むための、もう一つの要因があるのだ。それについては、ある二人の人間が独立に思いついた。実は、そのプランを思い浮かばせるための源となるものが、「マイケルソンとモーリーの1887年の実験」だった。この実験の意味をもう一度確認しておこう。これは、静止しているエーテルの中を、地球が速度vで運動しているとき、この地球の上で光をつかって、地球の運動の方向と、それとは垂直な方向とで、光の速度cにどのような影響が生じるかということを調べるための実験であった。説明が簡単なため、地球が運動している方向で、一つの光を走らせ、もう一つの光を、それとは垂直な方向で走らせるというプランが1887年の実験の論文でも紹介されている。しかし、もう少し一般的に、地球が運動している方向に対して、小さめの角度θをもつ方向へと一つ目の光を走らせ、もう一つの光はθ+90度の方向へ向かわせるというものが紹介されている論文もあるようだ。ここで用いられている理論式のサインやコサインを使った式が、現代の、ベクトルの成分についての計算式と同じ書き方のものではない。ちなみに、θなどの数値を適度に決めてコンピュータで数値計算してみると、ほとんど同じような数値が出てくるものの、有効数字の桁数を増してゆくと微妙に異なってくる。現代のベクトル算法で求めた式が間違っているとは思えない。とすると、当時のモデルで求められた理論式には、どこかに近似の処理が組み込まれているのではないか。これはささやかな謎である。計算結果は、ある程度の有効数字までのところでは、あっているのだから。しかし、実験結果の意味を持つのは、もっと下の桁のところかもしれない。確認してみないと。これは現在保留してある。マイケルソンとモーリーの実験モデルには、これよりもずうっと決定的な誤りがあるということが分かっていたからである。しかし、ここでは、そのことも、やはり保留しておこう。今回のテーマである「ローレンツの居所時間」のところへと、進まなくなってしまうから。

 ともあれ、当時の物理学の世界では、この「マイケルソンとモーリーの1887年の実験」の結果はショックだったようだ。この実験の理論モデルによれば、一つの光源から出た光線が、装置の中央のハーフミラーで、反射光と透過光に別れて、それぞれ同じ距離を進んだところにある鏡に反射されて、このハーフミラーに戻ってきて、また反射光と透過光になるが、ここで実験には関係のない方向へと逃げてしまうものもあるが、それらの組み合わせの中で、同じ方向へと進み、そこで二種類が混じって観測され、ここのところで、これらの二つの経路に分かれた光が、その経路差に応じで、少し波長をずらせ、干渉するところを観測しようというのである。アイディアとしては、なるほどと思える。しかし、その経路差のモデルに問題があって、古くから議論の的になってきた。この点についても、ここで問題を膨らませてしまうと、このページの目的地へと辿りつけなくなるので、ここでは目をつぶっておこう。

 理論上、光の経路差はあるのに、期待していた干渉縞が現れなかったのである。これが大問題だった。この大問題の解法を、この実験から2年後の1889年に思いついたのが、フィッツジェラルド (G. F. FitzGerald, 1851-1901) だった。これは38歳のときのことで、なんと、1901年に50歳で亡くなっている。まるでライオンのような、見事な顔髭の肖像画か写真かが残っているが、こんなに若かったのだ。

 フィツジェラルドは1889年の「サイエンス」誌への短信 (論文の一種) で、「物体がエーテルに対して運動するとき、その運動方向に、β2(v2/c2) に依存して変化すると仮定するとマイケルソン-モーリーの実験を説明できる」と指摘したらしい。しかし、この論文は無視されたらしい。と、フッツジェラルドが思ったらしいが、このとき「サイエンス」誌は資金繰りが苦しくて、休刊したのだそうだ。それについてフィッツジェラルドは何も知らなかったという。そして、資金繰りが好転して再発行されたときに、フィッツジェラルドの論文も掲載されたらしいが、このことも知らなかったという。

その後、ローレンツ (H. A. Lorentz, 1853-1928) も、ほぼ同じことを思いついて (1892このときの収縮因子は1−β22だったらしいが)、これを論文として発表しようとするとき (1895) に、フイッツジェラルドの研究のことを知る機会があって、これは自分が初めて考えたことではないということを認識し、引用のため、フィッツジェラルドに手紙を出して、この件について聞いたのだそうだ。

 こうして、この収縮仮説は、フィッツジェラルド-ローレンツ短縮 (あるいは、ローレンツ-フィッツジェラルド短縮) と呼ばれるようになった。しかし、最近の科学史家の研究によると、このとき、この二人とは独立に、もう一人別の人間が、この考えを思いついていたということが分かって、この名前が三人連記のものになっていた。これも未確認情報ではあるが。

 このあとは、ローレンツの名だけで代表しておこう。ローレンツの収縮に対応した式は、フィッツジェラルドの収縮に対応した式と微妙に異なっており、現在生き残っているのは、ローレンツのほうの式だからである。ちなみに、この式は、1892年のものとは異なってきている。ジーン・レイナーの「ポアンカレの同期化 ローレンツ群に対する局所時間より」という、科学史の論文に、この式の導き方が詳しく説明されている。

 それはまず、物体の進行方向での収縮率を式として表現した、収縮因子をg(1v2/c2)1/2とおくところから始まる(ローレンツ1904)。これの役割は、たとえば、上述の地球上でのABの間で光を交換して時間を同期化させる物語で、ABの距離がLであるとき、この距離自体も、gLという長さに収縮するということである。

 次の仮定は、二つの未定係数abを用いて、絶対時間tと局所時間t’との間の関係式を、t’atbx とおくことである。これまでの局所時間ではa1となっていたのだったが、この値も見直そうと考えたわけである。

 このあと、二つの条件を想定して、二つの方程式が構成でき、これらからabを消去すれば、「ローレンツの局所時間」の式を求めることができる。このとき利用された二つの条件とは、光がAからBへと進むときの状況と、光がBからAへと戻るときの状況である。この処理における具体的な内容については、上記タイトルの論文を日本語へと翻訳した資料を用意してあるので、そちらを参照してほしい。

 「ローレンツの収縮因子」と「ローレンツの局所時間」の双方を仮定すれば、マイケルソン-モーリーの実験が理解できる。また、このときに得られた「ローレンツの局所時間」は、v/c2次のオーダーの項を無視して求められたものではなく、完全な数理操作によって求められたものである。

 実はポアンカレも、これとは別の方法で、v/c2次のオーダーの項を無視して求めたものではない、局所時間の式を導いている。その結果は「ローレンツの局所時間」の式と同じものになる。このときの別解でも、組み込まれた条件のひとつが、「進行方向での物体の収縮」である。ポアンカレは、収縮因子という形でではなく、球面が楕円体に見えると考えて、論理を展開している。

 ようやく、ここでの議論のための資料が出そろった。これらの物語の中にある、芯とか骨組とか流れのようなものについて考えてみよう。

 「マイケルソン-モーリーの実験」から、エーテルに対する地球の動きについての証拠が、光の観測によって得られなかった。これは、当時の物理学の世界では理解しにくい結果だった。しかも、地球の動きvと光の速度cで求められる比v/c2次のオーダーまで関係してくる精度の実験だった。この実験の状況から、ポアンカレは局所時間の考えを提案したが、このときに求めた式は、v/c2次の項を無視して得られるものであり、説明に耐えられるような論理性に欠けていた。ところで、やはり、この実験の結果を説明しようとして、フィッツジェラルドやローレンツが、収縮仮説を提案し、その後に導かれた「ローレンツの局所時間」と組み合わせると、マイケルソン-モーリーの実験をうまく説明できることが分かった。ポアンカレも、ほぼこのときの条件と同じアイディアで別解を考えていた。

 これらは、単なる「まとめ」か。ここでの意味に潜む、核心の流れを見出すのであった。もちろん、それは、私なりの視点で、ということになる。述べてみよう。

 光速度が不変であるという仮定がある。それに対して、時間を変化させて、「ポアンカレの局所時間」を考えたというところで、次の展開は決まっていた。なぜなら、次元解析の式に似せて、[速度][距離][時間] という式を考えてみると、速度を不変にして、時間の項だけを変化させるというのでは矛盾がある。だから、このときには、近似値しか得られなかったのだ。しかし、分母の時間の値を小さく見積もるとき、これに対応して、分子の距離についても、この値が小さくなるとすれば、これらの関係に矛盾はなくなる。だから、「局所時間」と「長さの収縮」をともに仮定すれば、速度の不変性とは、何の矛盾もなくなるわけだ。現実の処理は複雑に見えるが、抽象的な意味を考えると、このようなことだ。

 そして、ここできちんと確認しておかなければならないことは、これらの「局所時間」と「長さの収縮」は、ただの仮説であるということである。「長さの収縮」についても、これは「仮説」として提案されている。「局所時間」のほうも、絶対時間を基準にして、この時間のことが定義され、まさに仮想されている。実は、光の「行きの時間」と「帰りの時間」を加えた「往復の時間」の1/2は、「行きの時間」と同じにならないから、これらから判断した、「観測時間」と「誤差」の問題は、絶対時間との比較をする限り、残ってしまうのである。だから、この「局所時間」というものは、式の導き方が、どのようにうまくなっても、やはり仮想の概念のままなのだ。

 それが、何の間違いか、いつの間にか、「本当に存在する時間」の一種であるかのように取り扱われている。人は何もかも忘れやすいものだし、あまり複雑なものは、自分で理解するよりも、誰かの考えを信じてしまったほうが楽だと思うし、そして何よりも、生存の理由のためなのか、それとも単なる自己満足のためなのか、どちらかというと、「勝ち馬」に乗りたがるものなのだ。今のところ、その勝ち馬は「アインシュタイン号」と呼ばれている。常勝なので、あまりオッズ (odds) は高くないけれど。

 もうひとつ、これらの構築物が砂に変わってしまう爆弾がある。それは、マイケルソン-モーリーの実験が、光の経路差を基礎としてくみ上げていたモデルに関するものである。この爆弾が完成したとしたら、莫大な量の知識が、砂のようになって形を残さず崩れてしまうかもしれない。(2008.08.28)