黒月樹人のタバスコキメラミーム11「タキオンとは?」
Tabasco Chimera Meam 11 of K.K. as “What is Tachyon?”
黒月樹人
(KINOHITO KULOTSUKI, treeman9621.com

 「タキオンtachyon」という言葉が、この文明で初めて用いられたのは1960年のことである。日本語のウィキペディアの「タキオン」によると、アメリカの物理学者ジェラルド・ファインバーグが提唱したという。しかし、論文の形で正式に残されていて調べやすいものは、相対性理論」(1962) だろう。英文では、”Meta” Relativity と書かれる。この論文をインターネットで探したところ、PDFで得られたのだが、古い論文だったので、完全なものが残っていなかったらしく、1ページだけ、何か文章が欠けている様子のものであった。日本語へと翻訳してみると、やはり、うまくつながらない。しかし、この欠損は、大意に影響しないように思えた。この論文の存在は、ある本によって知っていたし、その本には、最初の定義だけでなく、タキオンについての、最近のテーマに至るまでの物語が、巧みにまとめられていたからである。

 この本は「科学における9つのおかしな考え (NINE CRAZY IDEAS IN SCIENCE日本語の題名は、トンデモ科学の見破りかた)(By Robert Ehrlich) というものである。これのすべてが「タキオン」にあてられているわけではなく、「タキオン」は、その第9章で取り扱われているだけである。その章のタイトルが印象深い。光より速い粒子「タキオン」は存在する、とある。これが大トリであるのは、この著者が「タキオン」の研究を専門としているからである。この本を私は図書館で見つけて借り出し、しっかり読み込んで、その要約文を思考言語コアで構成してから、あらためて、インターネットでペーパーバックの原典を探して注文した。

 もうひとつ、「タキオン」についての資料を探して、日本語へと翻訳することにした。インターネットのウィキペディアのページである。既に日本語で構成されている「タキオン」のページの内容は、ほんの用語説明に過ぎず、あまり参考にならなかったので、英文でのウィキペディアのページを訳したのだ。「タキオン」のことを、ほとんど理解していなかったときの翻訳なので、全体的に逐語訳になっていて理解しづらいが、知識を参照するには役立つかもしれない。

 これらの三つの資料に基づき「タキオン」について説明しよう。

 真空での光の速度が、この世界での速度の限界であるという仮説がある。これを原則とか原理と呼ぶ場合もあるようだが、とうてい検証できるようなものではなく、現在の科学では、仮説と呼ぶしか仕方がないように思える。しかし、このような視点にたって、真空での光の速度を基準値として、それより大きな速度をもつ粒子を「タキオン」と呼び、同じ速度をもつ粒子を「ルクソン」、そして、よれより小さな速度をもつ粒子を「ターディオン」と呼ぶ。「タキオン」の本来の意味は、これである。しかし、この粒子には、特殊相対性理論の陰がつきまとい、次のような、さまざまな性質があると説明される。

 「タキオンの静止質量は虚数」である。この性質は、特殊相対性理論における、物体の運動量を表現する式から出てくる。この式は、静止質量に速度を掛けたものを、ローレンツの収縮因子で割ったものであるが、光速度より大きな速度の場合、この収縮因子のルートの中が負の値となって、収縮因子そのものが虚数になる。そして、運動量が実数であるという条件を満たすために、分母の収縮因子に対して、分子にある速度と静止質量を掛けた項の中で、速度を実数として考えると、残った静止質量を虚数と見なすしか、打つ手がないということから、このように考えられている。つまり、分母と分子に、それぞれ虚数単位のiがあっても、それらは共通に割って取り除くことができるという論法である。数学というものは、このように想像力を豊かにするための、見事なツールだ。そして、このような発想から、私たちが知りえない世界を虚数の軸で説明づける、異次元への空想が始まってゆく。

 そうそう。これらよりも、さらに不思議な性質がある。これも特殊相対性理論の時間に関する式から導きだされることであるが、「タキオンは過去へと進む」というものである。数式での説明は省略する。このような式での説明で、何か正しい根拠が示されるとするまで、数学を信じるのは、少しおかしいのではないか。それよりも、このようなことが説明されてゆく、根拠としての式のほうの存在理由のほうを疑うという視点をもつほうが、よほど自然なことだと思う。

 この他にも、特殊相対性理論の式から導かれる、不思議な性質も多々あるが、これらを列挙しても、かんじんの「タキオン」の検証が、それほど簡単にできる状態ではないので、とりあえずは、「光速度より速い」ことと「虚数の静止質量」をもっていることと、「過去へと旅する」という三点を仮定しておけばよいだろう。

 「相対性理論」では、これらの性質のことと、「再解釈」という技法について説明されている。この技法は、「タキオン」のかわりに、それと対になって出現するはずの「反タキオン」に着目することによって、速度が光速度より大きいということを除けば、ほぼ普通の粒子が、タキオンが進む向きとは反対のベクトルをもって「未来へと旅する」と考えることができるというものである。なんとも不思議な説明だ。

 Robert Ehrlich の本では、もう少し興味深いトピックスへと進んでゆく。そこで用いられているタイトルが分かりやすい。「ニュートリノはタキオンになりうるか」というものである。そして、ニュートリノについての、タキオンと関連する現象が説明されてゆく。

 現在知られているニュートリノには、@電子ニュートリノ(electron neutrino)、Aミュー粒子 (ミューオンmuon)、Bニュートリノ1(tau particle)、Cニュートリノ2(tau particle)、の4種類があるという。これらの詳しい説明は載っていない。原文を読んで確認したのだが、BとCについては、まとめて、” tau particles” と書かれているだけである。日本語への翻訳時に、訳者がどこかで調べて、書きくわえたようだ。

 ニュートリノは、実際に観測されて分かったのではなく、ある物理現象の謎を説明するため、仮に想定された粒子だった。その謎というのは、原子がベータ崩壊するとき、電子が飛びだしてくるのであるが、その電子のエネルギーの分布が、連続的なパターン (連続スペクトル) となるということである。当時発展し始めていた量子論の視点からは、不思議な現象だったのである。量子論が説明する原子の中で、電子は特定のエネルギーだけを、とびとびの間隔で持っていなければならなかった。しかし、ベータ崩壊で飛び出してくる電子のエネルギーを調べてみると、とびとびの値ではなく、連続したスペクトルのパターンになっていたのである。この現象に対して、W. パウリは、電子とともに、観測にかからない未知の粒子が生じていると考えれば、原子の中で特定の値であったとしても、電子と未知の粒子が受け持つエネルギー分は、飛びだすときの状況に特定のパターンはないだろうから、連続的な値で分割しあうことができると考えた。そして、未知の粒子のほうは観測できず、電子だけを観測して、連続したスペクトルを見出していると。

 このような発想が、ただのアイディアではなくなるのは、実際にニュートリノが観測されたからである。しかし、現在でも、このニュートリノについては、その正体が明らかになったとは言い難く、分からないことだらけなので、観測が続けられている。

 何が分からないかというと、ニュートリノの質量が分からない。かなりゼロに近いようだが、実数の値でゼロに近いのか、虚数の値でゼロに近いのか。

 質量が小さな分、運動量のもう一つの成分である速度が、飛びぬけて大きいらしい。

 加速器で実験的に作られて調べられるが、ここでコントロールされるエネルギーを上回るものも存在するらしく、それらは宇宙線として観測される。Robert Ehrlich がニュートリノをタキオンの候補に挙げる根拠は、この宇宙線としてのニュートリノの観測データにある。宇宙線のエネルギー分布を調べてみると、両対数グラフ上でのプロットで、あるエネルギー [4.5ペタ(1015)電子ボルト] のところで、二本の直線に分かれ、日本語の「ヘ」のようなパターンになる。原文では、この折れ曲がりの部分を ”knee ()” と表現している。この膝に相当する4.5ペタ電子ボルト以上のエネルギーをもつニュートリノは、地球のそばで原子の崩壊を起こす前に、およそ100光年以上の遠くからやってきているらしい。この現象を説明するため、電子ニュートリノ・タキオン仮説が考えられた。詳しい根拠はよく分からないが、この理論の中で、粒子の質量が虚数になって、これの二乗の値が負値となるらしい。そして、観測値から分かるのは、質量の二乗という指標なのだそうだ。

 Robert Ehrlich の説明では、さらに詳しい内容が広がってゆく。それについて紹介するのは、やめておく。ニュートリノについては、まだまだ勉強不足で、あまり理解していないので、間違ったことを流してしまいそうである。ところで、ここで用いられた図表の出典論文のありかも、巻末の「章のノート」に載せられていた。これを見ると、ほとんど論文の出典メモであり、しかも、章ごとに数多く並べられている。本文の文体はエッセイのような雰囲気だが、こうして参照された文献をチェックしてみると、この本文はほとんど学術論文のように思える。これらのリストに従って、タキオンとニュートリノの関係を論じた資料をインターネットで探してみた。すると、図表の出典論文も探し出せて、PDFファイルとして印刷することができた。完全に本格的な論文である。

 英文のウィキペディアの「タキオン」には、現代の科学におけるタキオンの解釈や「弦理論」での「タキオン」の活躍について、概要が述べられている。この分野で「タキオン」を検索用語に組み入れて調べてみると、うじゃうじゃと論文が見つかる。もちろん、正式に受理されているものだ。

世界中の科学者たちは、「ニュートリノ」と同じ資格を持つものとして、「タキオン」について、まだまだ「本気で」研究しているのだ。「光速度より速い」ことは可能かもしれないけれど、「虚数の静止質量」をもって「過去へ旅する」というのは、やはり理解に苦しむ。これらの奇妙な条件は、アインシュタインの特殊相対性理論から出てくるものである。しかし、その屋台骨を支えてきた「ローレンツ変換」の確かさは、やがて、ゆるく、かすかなものになってゆくことだろう。そのとき「タキオン」という言葉は、その最初の定義に戻って、光速度よりも速く動く粒子という意味をもつだけということになるかもしれない。それなら、光より速い粒子「タキオン」が、どこかに存在していても、何の矛盾も生じない。(2008.09.18)