黒月樹人のタバスコキメラミーム23「ゴーレムVエディントン」
Tabasco Chimera Meam 23 of K.K. as “The Golem V Eddington”
黒月樹人 (KINOHITO KULOTSUKI, treeman9621.com

 アインシュタインの名が世界中に知れ渡ったのは、A.エディントン(Arthur Eddington)による1919年の日食観測の結果、一般相対性理論の予測値が検証されたというニュースが、世界中の新聞で報じられたからだという。ところが、このときの観測データの解析に大きな問題があったということを、1993年に、H.コリンズ(Harry Collins)T.ピンチ(Trevor Pinch)が「ゴーレム(THE GOLEM)」という本の第V章で紹介した。どのような問題かというと、エディントンの観測データは決定的なものではなく、いくつか(3)の観測データの中から、アインシュタインの一般相対性理論の予測に見合ったものを、恣意的に選択したのではないか、というものである。このTHE GOLEMという名の本は「七つの科学事件ファイル」と名づけなおされて、日本語でも(1997年に)出版された。現在は絶版状態である。英文のものは手に入る。しかし、図書館にはあるかもしれない。調べてみると、書庫にしまわれていたが、借り出すことはできた。この本の第V章には、マイケルソンの実験のことが、科学史として説明されている。理論モデルの検証などの、数学的なことがらには触れていない。こちらの内容は、あまり深く追求していないが、この章の後半におさめられている、エディントンの日食観測の事情については、他の資料には無いエピソードが書かれている。

 アインシュタインの一般相対性理論は、大きな重力場のところでは、質量をもたない光も、その重力に引かれて、進路を曲げると予測している。地球の質量がつくる重力場では観測できないが、もっと大きな重力場をもつ太陽のそばを通る光の進路が曲がる様子なら観測できるかもしれない。ただし、太陽は光り続けているので、日食のときしか、その周囲を通る、遠くの星からの光を観測することはできない。さらに難点があって、日食は地球全体で見られるわけではなく、特定の時間と、特定の領域でしか観測できないものである。すると、観測能力に優れた天文台で、日食を待っているわけにもいかず、とりあえず、運搬できる観測機器をもってゆかねばならない。まだ問題はある。その時間と場所の条件を満たしても、天気が悪ければ観測できない。さらに条件があるが、これはたやすい。最後の条件は、何か月か前か後に、観測した星と同じものを夜空のもとで調べる必要があるというものであるが、これについては、ほとんど制限のようなものはない。あと、細かい条件としては、星の位置を精密に調べるために、その星以外の背景の星も、何個か撮影出来ていないといけないということである。ゴーレムのファイルVの章では、これらのことが詳しく説明されている。それから、「遠征と観測」という節で、観測データの問題点が説明される。

 日食の観測は1918年の3月に行われた。天候のことを考慮したのだろう。二つの部隊に別れて、皆既日食の見える、二つの場所へと向かった。ブラジルのソブラルと、南アフリカの海岸に近いプリンシペ島である。第一部隊のソブラル隊は、持っていったアストログラフィック望遠鏡で19枚の写真を撮ったが、このうち1枚は雲のため不鮮明な写真となった。また、四インチ望遠鏡も持っていったが、これで8枚の写真を撮影した。第二部隊のプリンシペ隊は一台のアストログラフィック望遠鏡を持っていった。これで16枚の写真を撮影したが、曇りだったので、星をとらえていたのは2枚だけだった。しかも、5つの星をとらえていただけであった。数ヶ月後ソブラル隊は、同じ場所へ行って対照写真を撮影した。第二部隊はプリンシペ島ではなく、オックスフォードで対照写真を撮影した。これらの結果を持ち寄って、比較し、解析がすすめられた。

 この本では、もっと前のところで説明されているのだが、一般相対性理論の予測値とニュートン力学の予測値とを記しておかなければならない。太陽のそばで光が曲がることによる、本来の位置から、見かけの位置へのズレは、天文学で用いる角度の単位の「秒」で表される。この「秒」とは、直角の90分の1である「1度」の3600分の1である。この単位で、一般相対性理論の予測値は1.7「秒」で、ニュートン力学の予測値が0.84「秒」だそうだ。ところで、この数値についてのエピソードで、おやっと思ったことがある。A. エディントンの資料を調べていて、次のような記述部分を読んだのである。「特殊相対性理論に基づく光子の質量にニュートン力学の重力場での効果を考慮した際のズレの予測値は、一般相対性理論での値の半分になる」という部分だ。つまり、ニュートン力学の予測値が0.84「秒」だというのは、特殊相対性理論の後に生まれている、質量とエネルギーの等価式を利用しての計算値だということなのである。それでは、これは、すこぶる怪しい。まだ、多くの人に認められていないが、ローレンツ変換が存在理由を失い、特殊相対性理論が幻のようにゆらいでしまったら、質量とエネルギーの等価式も怪しくなってしまう。しかし、問題となっているのは、この0.84「秒」のほうではなく、1.7「秒」のほうである。これらの疑問は、ここでは握りつぶしてしまおう。

 次の表に、観測された写真から解析された、星のズレの数値をまとめよう。これらの解析結果を概観すると、ソブラルの四インチ望遠鏡のデータは、一般相対性理論に近いものの、1.7「秒」という予測値より大きいところに分布している。ソブラルのアストログラフィック望遠鏡のデータは、ニュートン力学の予測値0.84「秒」にかなり近いが、写真の品質がよくない。また、値の分布も広がりすぎている。プリンシペの2枚の写真は非常に不鮮明であった。平均値は1.7「秒」に近いが、これは大きく隔たった0.9442.276の平均値である。標準偏差も大きいだろうし、統計的に処理できるようなデータ数ではない。

ソブラルとプリンシペでの観測写真の状況と、その偏差(ズレ)[]

観測場所

望遠鏡

写真数(品質)

最低値

平均値

最大値

ソブラル

四インチ

8枚(良)

1.713

1.98

2.247

アストロG

18枚(不良)

0.140

0.86

1.580

プリンシペ

アストロG

2枚(不良)

0.944

1.62

2.276

   四インチ ◇ 四インチ望遠鏡,  アストロG ◇ アストログラフィック望遠鏡

 観測データと、そこからの解析値は、このような結果であった。このような状況で、何らかの結論を出そうというのは、かなり無理がある。現代の科学的な判断をすれば、「これらからは明確な結果を得られない」とするべきところだ。それにもかかわらず、「19196月イギリス王立天文学会は、エディントンの実験結果によって、アインシュタインの理論が立証されたと発表した」ということだ。このあと、これらのデータ操作をめぐって、さまざまな議論が巻き起こったそうだ。その内容の一部が紹介されている。しかし、何より問題なのは、エディントンがまとめて発表した論文には、ニュートン力学の予測を支持するソブラルのアストログラフィック望遠鏡のデータについては、まったく触れず、ソブラルの四インチ望遠鏡による1.98というデータと、プリンシペの1.62というデータのみが提示されていたということである。このような数字だけなら、誰でも、つい平均してしまい、1.79という値を想定してしまうだろう。8枚と2枚の重みづけをしても、このような操作は正当化されないだろう。平均値が0.86となる、18枚ものデータを無視して、不鮮明な2枚のデータを取り上げる、はっきりとした理由が、はたして何かあるのだろうか。エディントンは、ソブラルのアストログラフィック望遠鏡のデータには、「一定の傾向をもつ誤差」が含まれているのでデータとして使えないと主張したらしい。このような誤差があるというのなら、そのメカニズムを説明すべきだろう。また、そのことを論文の中で言及すべきだ。しかし、そのようには記述されなかったという。

 この問題は、まだ少し続いてゆく。インターネットで、この問題を調べていると、エディントンの説明ページに、( )に入れられて「しかし最近の科学史の研究によれば、エディンントンの元の観測データは決定的なものではなく、エディントンはデータの中から、どの結果を使うかを恣意的に選択したのではないか、という説も唱えられている。[1]」という記述があった。そこで[1]を調べてみると、Predictive power という項目のページへと移り、その文章の中に、この問題にかかわる4つの論文などの資料が紹介されてあった。その1つは1919年のエディントンの論文。2つ目は  1993年のTHE GOLEM の本。3つ目が2005年のDaniel Kennefickの論文で、PDF30ページあるもの。これには、エディントンの観測データを現代の技術で解析しなおして、新しい数値を求めたということが書いてあるようだ。4つめは、2007年のPhillip Ball のエッセイで、タイトルが「アーサー・エディントンは無罪だった(Arthur Eddington Was Innocent)」というもの。数ページだったので印刷してみたが、あまり科学的な論旨ではなかった。一般相対性理論の予測には、他にもいろいろあって、数多く「検証」されているという。だから、みんな「勝ち馬」に乗りたがるようだ。問題は結果の良否にあるのではなく、そのときの判断が科学者として適切であったかどうかということなのではないだろうか。しかし、偉くなってゆくにつれて、だんだんプレッシャーは増えてゆくだろう。期待もあるだろうし、資金も使ったし、その上で「観測は失敗だった」と判断し宣言できる人は、ほとんどいないのかもしれない。(2008.10.28)