黒月樹人のタバスコキメラミーム26「ローレンツ-ポアンカレ変換」
Tabasco Chimera Meam 26 of K.K. as “Lorentz-Poincaré transformations”
黒月樹人 (KINOHITO KULOTSUKI, treeman9621.com

 ローレンツ変換の最終形は誰が生み出したのか? これは少し悩む問題だった。1905年のアインシュタインの特殊相対性理論の論文「運動している物体の電気力学について」の中に、その最終形が書かれているが、アインシュタインは、有名な二つの原理を組み合わせて、この変換式を導く方法を示しただけで、それ以前に、既に存在していたものであると、どこかの資料に書かれていた。ローレンツ変換という名前なのだから、ローレンツなのだろうと思って、1904年のローレンツの論文を調べてみたが、局所時間を示す式の形が、微妙に異なっていて、最終形へと数学的に変形することができない。いろいろと調べてゆくと、どうやら、この最終形が史上初めて発表されたのは、1905年のポアンカレの論文らしい。これは、1905年の65日に刊行され、アインシュタインの特殊相対性理論の論文が提出される日より、何週間か前のことである。ポアンカレは、この最終形を導くとき、ローレンツの考察を参考にしたということで、この最終形に「ローレンツ変換」という名称をつけたのだという。

 このような知識は、インターネットで調べた幾つかの論文のほかに、図書館で借りた「アインシュタイン、特殊相対論を横取りする」(ジャン・ラデック[] 深川洋一[] 丸善株式会社[] 2005)によって知った。この本では、上記のエピソードが紹介されてから、この変換式のことを、「ローレンツ-ポアンカレ変換」と表記している。ポアンカレは、この最終形の速度の単位を、光速度が1であるとして記述している。運動座標系の移動速度はεで表されており、ローレンツ因子はk=1(1-ε2)1/2である。速度の単位を通常のものに戻せば、ε=v/cとなる。

 著者のジャン・ラデックはフランスの大学で理論物理学を専攻する教授である。同じフランスのポアンカレの資料をたくさん読みこんで、この本のタイトルの証拠を、それらの文献の中から探し出して記載している。この本を読んで、読者が自分で判じてくれればよいという、余裕をもった主張をしている。実際に読んでみると、アインシュタインの特殊相対性理論の、特に「運動力学の部」に記載されている、ほとんどの考え方が、ポアンカレによって、既に発表されていたことが分かる。アインシュタインは、これらの論文などを読んでいたはずだから、参照文献のリストをつくり、そこに、これらの論文のことを書くべきだったのだが、アインシュタインは何も書かなかったのだという。

 アインシュタインは特殊相対性理論の論文を書いたとき26歳で、特許庁で勤めながらも、いずれ教授になろうという野望を抱いて、大学などへも論文を提出していたらしい。このような状況の、くわしい背景の様子が、この本では紹介されている。1912年に、チューリッヒの工科大学がアインシュタインに正教授のポストを提供しようとしたとき、教授陣はポアンカレに意見を求め、ポアンカレはアインシュタインを薦める返事をしたという。ところが、それより少し前の191111月にブリュッセルで開催されたソルヴェー会議のとき、ローレンツがアインシュタインと議論したとき、ポアンカレがアインシュタインの意見に反論するシーンがあって、このとき、ローレンツが中に入って、アインシュタインを助ける側に回ったが、ポアンカレは反論をつづけた、ということが、発言の内容まで語られて、ドラマチックに描かれている。このときのセリフが、本格的な論文調であり、通常の議論とは、少し異なっていて面白い。

 ところで、私の関心事として、この本から、幾つかの知識を得た。その一つは、ローレンツ変換を導く方法が、アインシュタインのものとは違うものとして、あれこれと見出されているということである。この本の「はじめに」のところに、1976年に、ジャン・ラデックの同僚であるジャン=マルク・レヴィ=ルブロンが「ローレンツ変換の別の導出法」という論文を発表したとある。これは、「光速の不変性に関するアインシュタインの公準なしでローレンツの式を導きだした」という意味をもつらしい。しかし、これは1937年にラランが発表していたアイディアを再発見したものという。ただし、これらの知識がきっかけとなって、ジャン・ラデックは、特殊相対論についての、ポアンカレの業績を詳しく調べるようになったそうだ。

ともあれ、このラランとレヴィ=ルブロンの導出法が、どのようなものであったのかが、私は気になる。ダランベルシアンを利用した方法と同じなのか、それとも、これとは異なる手法なのだろうか。ダランベルシアン法については、矛盾がどこにあるのかを、私は見出した。アインシュタインの方法についても、矛盾がどことどこにあって、どのようにローレンツ因子を生み出したのかということも分析した。ミューオンの寿命という証拠があるということで、これらの解析は、なかなか認めてもらえないが、はっきりとした矛盾が存在していることは疑えない。

しかし、ジャン・ラデックは、これとは少し異なる視点を持っている。ジャン・ラデックは、アインシュタインの方法もしくは論法を否定するけれども、ローレンツ-ポアンカレ変換は成立すると考えているのだ。「最終的にポアンカレもアインシュタインも、ローレンツ-ポアンカレ変換を一般的に証明すること」がなかったと記している。ジャン・ラデックの主張を、本の文章から抜き出して整理すると、次のようになる。

ポアンカレ(P)は、相対性原理(*a)を公準にして、マクスウェル方程式の不変性(*b)と光速度の不変性(*c)がローレンツ-ポアンカレ変換(*d)によって満たされることを示した。

一方アインシュタイン(E)は、光速度が一定であること(*c)を公準にして、光速度が一定であること(*c)とマクスウェル方程式が不変(*b)であることだけを示す変換としてローレンツ-ポアンカレ変換(*d)を得た。

  表現が微妙で分かりにくいので、思考言語コアを用いて、この主張の内容を構造化してみた。

   P ---do>> *a ---do>> *d ---satisfy> *b & *c []

   E ---do>> *c ---do>> *d ---satisfy> *c & *b []

すると、ポアンカレとアインシュタインの違いは、まず、公準の立て方が異なるということがある。もうひとつ、大きな違いがある。ポアンカレのコア表現では、*a, *d, *b, *c の要素が独立しているのに対して、アインシュタインのコア表現では、*cが二度使われている。しかも、論理の二番目の要素と四番目の要素のところに現れる。これは循環論である。結論のところの*cを、原因になるところに置くのはおかしい。だが、アインシュタインは、*aの相対性原理も公準として使っていたはずである。これについては、どのように考えればよいのだろうか。

 ジャン・ラデックは、ローレンツ-ポアンカレ変換を生み出すときの公準として、アインシュタインが光速度不変の原理を使ったということを問題視している。

時空についての性質を表わすローレンツ-ポアンカレ変換を、光という物理現象の一つに過ぎないものが既定するのはおかしい。時空についての性質は、もっと根源的なものを公準として得られるべきである。

このような考えにのっとって、次のような公準の体系を提案している。

 まず、三次元の空間と一次元の時間からなる四次元の数学的空間を時空と呼ぶ。この時空に関して、次の公準を考える。①時空は均一である。②空間は等方である。③互いに一様な並進運動をする座標系が存在し、それらの座標間では物理法則が同じ形になる。④因果律が守られる必要がある。

 ジャン・ラデックは、これらの四つの公準があれば、「速度に上限があることを証明し、ローレンツ変換を得ること」ができると書いている。このとき、初等的な代数演算だけを使うそうだ。ただし、その詳細については、ジャン・ラデックの著書[Hl4]を参照してほしいと記している。ところで、インターネットで、この本を探したところ、フランスのアマゾンで売られていたが、既に絶版になっているようだった。フランスの図書館を探せば見つかるだろうが、日本のどこかの図書館にあるかどうかは分からない。どうやら、この解法のアイディアは、レヴィ=ルブロンが再発見した[1]という、ラランの証明[2]に関係していそうだ。これらも、インターネットの世界には存在していないようだ。

 ジャン・ラデックは、四つの公準におけるローレンツ-ポアンカレ変換の証明において、「時空の構造定数」という、「速度の逆二乗の次元をもつ定数」を導入するという。この定数が、時空のあらゆる座標系にとっての「速度の限界」として現れるのだと記している。ここのところの論理が、少し変だ。これも公準の一つになるのではないか。しかも、アインシュタインが公準とした、「光速度が一定であること」と、非常によく似ている。このような考え方も、論理の表現を変えているだけで、本質的に新しいものではないという可能性がある。

 このような疑問点はあるものの、アインシュタインの特殊相対性理論には不必要な公準が含まれているが、ジャン・ラデックらは、それを含まずにローレンツ変換を生み出し、このポアンカレ-ローレンツ変換は正しくて物理的な意味もあると考えている。このことを尊重すると、次のような可能性も、あるかもしれない。

ローレンツ-ポアンカレ変換は正しくて、特殊相対性理論も正しいものが存在するのだが、それぞれについて、間違っている偽物のバージョンもあって、アインシュタインの方法やダランベルシアンの方法は、ただ、こちらの側に含まれているものである。だから、まだ、はっきりしていない、本物の特殊相対性理論が自然を支配していて、ミューオンの寿命が延びているという現象を、この理論にしたがって理解することができる。

 はたして、ローレンツ-ポアンカレ変換を生み出す、ほんとうの特殊相対性理論があって、ミューオンの寿命を延ばしているのだろうか。それとも、そんなものは存在していなくて、これとは異なる何らかの理由で、ミューオンの寿命が延びているように見えるだけなのだろうか。時間が遅れると観測されることがあるとして、それは、時間が実際に変化しているのではなく、時間を計測するのに用いられている原子のリズムが、単に変化しているだけだという視点も、あるわけだ。ミューオンの寿命の伸びについても、それは時間と無関係の、ただのミューオンの性質だという可能性もあるのではないか。ミューオンなどの素粒子のことも、時間そのものについても、まだまだ分からないことが多くある。問題は、さらに複雑になってきた。(2008.11.14)

参照文献

[Hl4] Hladik Jean et Chrysos Michel, Introduction à la Relativité restreinte, Dunod, 2001.

[1] J. M. Lévy-Leblond, American journal of Physics, ns°44, p.271, 1976.

[2] V. Lalan, Bull. Sci. Math. France, 65, p. 8, 1937.