TP023 風物探査/「ハチはなぜ大量死したのか」/CCD(蜂群崩壊症候群)
TP023 Fruitless Fall Colony Collapse Disorder
黒月樹人(Kinohito KULOTSUKI

「思考言語のアイディア」(IDEA OF THINKING LANGUAGE)へもどる

 「ハチはなぜ大量死したのか」(ローワン・ジェイコブセン(Rowan Jacobsen)◎著, 中里京子◎訳, 福岡伸一◎解説, 文芸春秋20091月◎刊)についての風物探査を行う。

 図書館で

 谷の図書館で、この本を見かけた。表紙には、おそらくミツバチの頭部を撮影した電子顕微鏡画像。本来白黒のものに、明るめのセピア色が着色されている。巨大な複眼がオレンジ色で、まるでゴーグルの面のようになっている。二本の触覚は、蛾のものとは違って、何の分枝もなく、先のとがったミミズのように伸びている。驚いたのは、頭部や胴体、あるいは脚部に、無数の体毛があることだ。もし、このような生物のサイズが、私たち人間に近いものであったなら、どこかの星からやってきた、6本足のヒューマノイド型知的宇宙人だと思ってしまうことだろう。きっと彼らは恒温動物であり、何度かの氷河期をくぐりぬけてきたため、体毛が発達したのではないか。そして、彼らの言語がダンスであるということに、再び驚くことになるかもしれない。彼らとコミュニケーションするためには、地球でも指折りのストリートダンサーを探してこなければならないかもしれない。


 CCD(蜂群崩壊症候群)

 まるでハリウッドで制作されたSF映画の出だしのような、いくつものシーンで構成された物語から、この本の記述は始まる。「序章 ハチが消えた」での主人公(あるいは狂言回しとしての登場人物)は、養蜂業者のディブ・ハッケンバーグ(58歳)。20061112日のこと。場所は(アメリカの)フロリダ州にあるコショウボクの原野。ハッケンバーグは、蜜蜂の巣箱を調べ、蜂がほとんどいないことに気づく。この章の最後は、次の文でしめくくられている。「2007年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。」

 2006年の秋に起こった、この現象にはCCDColony Collapse Disorderという名前が付けられた。日本語での翻訳では「蜂群崩壊症候群」となるらしい。

 集団としての知性

 「第二章 集団としての知性」では、この事件を詳しく理解するための、蜜蜂についての基本的な知識が説明されている。「蜜蜂狩り」について描かれた、スペインの「バランク・フォンドー洞窟」の壁画のこと。蜜蜂の巣を探すときの「ビー・ライン(bee line)」。ハチの巣の六角形について。養蜂技術の発展過程で生まれた「ラングストロス式巣箱」の図解と、その説明。蜂の視点から見た「蜂の世界と、その一生」についての物語。これは、なかなか見事なファンタジーにもなっている。日本語への訳者の感性も光っている。そして、「群集としての知恵」について解説される。ハチの社会は、群れ全体として、一つの知性を持っている。社会性昆虫と呼ばれるゆえんだ。これに対して、私たち人間はどうだろうか。社会性動物と呼べるほど、全体のことを考えてはいない。国として分かれ、自分たちの小さな世界の主義や利益を主張しあって、資源や領土のことで言い争っている。しかし、私たちの世界は、現在ある種の過渡期であり、インターネットで、それらの国を越えた、全体としての、より高度な次元での意識というものが芽生えつつあるようにも思える。私たちが6本足のヒューマノイドたちと肩を並べることができるのは、もうすぐかもしれない。

 ミツバチヘギイタダニ

 CCDの原因として最初に相定されたのは、ミツバチヘギイタダニの害であった。著者のジェイコブセンは、このことを、私たち人間への比喩で説明している。「やかんのような大きさと形を持つダニに背中に食いつかれた状態で暮らすことを想像してみてほしい」というわけだ。ぞっとする。「今度は、あなたから離れたダ二が子供たちを襲いだす姿を描いてみてほしい。」 まるで、SFホラー映画だ。しかし、CCDの原因が、このダニではないことは、すぐに明らかになった。このダニによる被害は、CCDが始まる2006年より20年以上前から存在していたし、このダニによるものだとしたら、巣の中や近くに、ミツバチの死骸がなければならないのだが、そのようなものは見つからなかったからだ。また、ディブ・ハッケンバーグは、「崩壊した巣」と「健康な巣」におけるミツバチヘギイタダニの数をしらべ、「崩壊した巣」のほうが少ないことを確認している。明らかに原因ではない。

 ハチノスツヅリガ

 「蜂の異常行動よりさらに奇妙だったのは、ふだん蜂の巣を襲う外敵の行動だった」と述べ、巣を守る、毒針をもったハチたちがいなくなったなら、蜂の巣を襲うはずである、ハチノスツヅリガやクマの行動について触れている。クマが、これらの「崩壊した巣箱」を直ちに見つけられるかどうかは良く分からないが、とにかく、クマによる被害は無かったという。もっと確実な証拠として、「崩壊した巣箱」にやってきたハチノスツヅリガは、大好物の幼虫や花粉を食べようとせず、「外側を侵略しはしたものの、巣の中心部には手をつけようとしなかった」と記されている。

 ハチのエイズ?

 ハッケンバーグは真相を究明しようと決心し、「崩壊した巣」を平台トラックに積んで、ペンシルべニア州の養蜂研究官、デニス・ヴァン-エンゲルスドープのもとに持ち込む。

 ヴァン-エンゲルスドープは「死んだ蜂の内臓」を顕微鏡で調べた。すると、蜂の内臓は、本来なら白いはずであるのに、感染症よる茶色の斑点におおわれていた。ほかにも、「翅変形病ウィルス」や「ブラッククイーンセルウィルス」など、多くの病変を見出した。

 これらのことから、「崩壊した巣」に残っていた「蜂の免疫システムが崩壊していた」ということが明らかになった。「蜂のエイズのようなもの」が原因であると確認されたのだ。しかし、これだけでは、まだCCDの原因を突き止めたことにはならない。「蜂のエイズのようなもの」の正体や、それが発病した理由が分からなればならないのだ。

 携帯電話説

 「崩壊した巣」では、多くの「働き蜂」が巣に戻ってこられず、外のどこかで死んでしまったと考えられる。この現象を「異次元へと消えた」とするのはSF小説の読み過ぎだろう。戻ってこられなかった蜂のことではなく、わずかに残っていた巣内の蜂の死体により、「蜂のエイズのようなもの」が発生したと確認されているのだ。これらの現象を説明するのに、携帯電話の普及によってあふれかえった電磁波の影響があるのだということであれば、事態はかんたんに収束したかもしれない。この候補に関しての実験結果について説明されている。電磁波を発する機器を巣箱に入れたものと、入れないものとで、蜂の変化を調べるというものだ。この実験で調べられた、蜂の帰巣時間などの指標で、電磁波放射線をあびた蜂の成績は確かに悪かった。しかし、通常は巣の中に強い電磁波発生源があるということは考えられない。巣の外部での、弱い電磁波の影響で、突然巣が空っぽになってしまうというCCDの現象が生じるとは考えにくい。

 遺伝子組み換え作物説

 遺伝子組み換えトウモロコシには、自然界に存在する土壌細菌「バチルス・チューリンゲンシス(Bt)」のDNAが組み込まれている。Btは昆虫にとって毒性がある。この遺伝子組み換えトウモロコシは、CCDが発生した地域に広く植えられている。だだし、トウモロコシは風媒花であり、昆虫へのサービスである花蜜を作らない。しかし、タンパク質に富む花粉を作り、それを蜜蜂も集めて利用している。

 これらのことから、この説は有力なものと考えられるが、色々な調査による証拠によって、これがCCDの原因ではないことが明らかになっている。分かりやすい証拠は、遺伝子組み換え作物が禁止されているヨーロッパでもCCDが起こっているということだ。

 地球温暖化説

 ここではウルグアイでの蜂のCCD問題が取り上げられている。ウルグアイでは2007年に蜂の50パーセントが死んだ。実は2003年には100パーセントの蜂が死んでいる。ウルグアイのほぼ真上にオゾンホールが開いており、ここでは熱射病が恒常化しているのだそうだ。ウルグアイの蜂は午前11時から午後5時までシエスタ(昼寝)をとっているという。

 コバルト照射

 CCDには何らかの病原菌が関与しているという疑いがある。CCDは伝染するように見えていた。「健康なミツバチ」を「壊滅したCCDの巣箱」に入れると、このミツバチも巣箱も全滅した。

 ディブ・ハッケンバーグは、フロリダの養蜂場から50キロほどしか離れていないコバルト放射線施設へ「崩壊した巣箱」を持ちこんで、コバルト照射を依頼した。この「コバルト照射処理済みの巣箱」に「健康なミツバチ」を入れたところ、蜂たちは正常に生き続けることができた。対照実験として残されていた、コバルト照射を行っていない「崩壊巣箱」では、あいかわらず、ミツバチたちは死んでいった。

 コバルト照射でCCDの病原菌が死滅したのだろうか。エイズの例で考えると、そうとも限らないと分かる。コバルト照射によって生じた無菌環境は、免疫システムが崩壊した生物にとって、無難に生きられるところだからだ。これだけでは、「何らかの病原菌」によるものか、「何らかの他の理由で免疫システムが崩壊した」のかを判断することはできない。

 ウィルス・ハンター/イアン・リプキン博士

 イアン・リプキン博士(コロンビア大学)が、遺伝子解析装置を駆使して、CCDの原因となる要素を調べた。運よく、ミツバチの全遺伝子情報(ゲノム)の解読が、CCD発生の数か月前に終わっていた。壊滅コロニーと正常なコロニーの、それぞれのミツバチをサンプルとして、その遺伝子の塩基配列を調べ、ミツバチのゲノムである配列を取り除いた。残ったものは、ミツバチと共生している、さまざまな寄生虫、ウィルス、真菌、細菌などの配列となる。このような手順により、壊滅したコロニーにおいてほとんど見つかった「容疑者」を、リプキンは見出した。

 それは「イスラエル急性麻痺病ウィルス」(IAPV)というものだった。これは、2004年にイスラエルで初めて発見されたミツバチのウィルスである。このウィルスは、イスラエルからではなく、オーストラリアから輸入されたミツバチによって広まった可能性があるという。

 しかし、これに関する問題点も現れてきた。オーストラリアではCCDが発生していない。これは、オーストラリアのミツバチがCCDの耐性をもっていたからと説明されていたが、壊滅したコロニーには、オーストラリアから輸入されたミツバチが入っていた。

 イスラエル急性麻痺病ウィルス

 イーラン・セラ(このウィルスを同定したイスラエル人の研究者)によると、症状は、「翅が震え」「麻痺が生じ」「巣のすぐ外側で死ぬ」ことだという。CCDの現象とは、かけはなれている。

 200711月に、2002年のミツバチのサンプルから「イスラエル急性麻痺病ウィルス」が存在していたことが発見された。これにより、CCDの原因が、オーストラリアのミツバチとともにやってきた「イスラエル急性麻痺病ウィルス」であるという疑いは晴れた。

 ノゼマ病?

 デニス・アンダーソン(ミツバチ病理学者@オーストラリア)は、CCDの原因が「ノゼマ病微胞子虫」であると主張した。「ノゼマ病微胞子虫」は、ミツバチの消化管に感染して、上皮細胞を破壊する。蜂は栄養素が吸収できなくなって餓死する。これも、CCDが発生したミツバチから発見されたことと、CCD発生前からのミツバチから発見されたことから、決定的な証拠とはなっていない。

 ミツバチたちには、これら以外にも、未知のウィルスに犯されていることが、研究によって分かってきたが、これらについても、詳しいことは明らかになっていない。

 ネオニコチノイド系農薬

 ネオニコチノイド系農薬は、植物が生産してきた「天然の農薬」であるニコチンを模したものである。神経を麻痺させる毒薬。神経細胞の受容体が、神経伝達物質のアセチルコリンとではなく、ネオニコチノイドと結合すると、神経細胞の信号が交錯してしまう。

 その症状は「方向感覚の喪失」「短期記憶喪失」「食欲の減退」に始まり、「震え」「痙攣(けいれん)」「麻痺」と進んで、最後には「死」を招く。人間におけるアセチルコリン受容体の機能不全疾患は「パーキンソン病」と「アルツハイマー病」である。

 「イミダクロプリド」は、ネオニコチノイド系農薬で、世界で最もよく売れている殺虫薬の多くに使われている。ノミ駆除剤の「アドバンテージ」にも含まれている。

 イミダクロプリド/浸透性農薬

 浸透性農薬は、植物の体内に染み込んで、あらゆる組織に現れる。イミダクロプリドに種を浸してから育てることが行われている。

 ハチの集団的意志を狂わせる

 ミツバチに対するイミダクロプリドの亜致死濃度についての実験が行われている。詳しい数値について、ここでは述べないが、ミツバチの食物に含まれたイミダクロプリドの含有濃度が(ppbの単位で)大きくなってゆくと、ミツバチの行動に異常が見られるようになり、方向感覚が狂い、短期記憶が失われて、巣に戻れなくなってしまうものが増えた。これはCCDの現象をうまく説明している。

 狂蜂病

 イミダクロプリドノウヤクの「ガウチョ」が導入された1994年、フランスのミツバチが不可解に失踪する事件が発生しはじめた。フランス人は、この現象に「狂蜂病」という名前をつけた。

 このあと、フランスは、イミダクロプリド系農薬(と、もうひとつの浸透性農薬フィプロニル)の使用を禁止してゆく。

 さらに物語はつづく

 さらに物語はつづいてゆくのだが、全十一章とエピローグのうち第五章までの要約を終えたことになる。CCDに関する原因追求のミステリーは、そろそろ山場へとさしかかってきた。しかし、問題は「犯人探し」だけで終わりはしない。このあと、壊れつつある「ミツバチと人間との共生関係」をどのように復元して行ったらよいのかという、新たな問題へと、この本は進んで行く。何もかも明らかにするというのは、この本の著者や、出版社などの関係者にも失礼なことなので、関心をもたれた方は、本を購入するなり、私のように図書館で借りるなりして、読んでほしい。ちなみに私は、この本を124日(土)に(ぐいぐいと引きこまれて)一日で読み切り、翌5日(日)に6時間ほどかけて、これをまとめた。


(2010.12.05 Written by Kinohito KULOTSUKI [@] KULOTSUKI ANALYSIS INSTITUTION, treeman9621@ray.ocn.ne.jp)
「思考言語のアイディア」(IDEA OF THINKING LANGUAGE)へもどる