風物探査/「経済成長という病」(平川克美著, 講談社現代新書1992)
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経済成長という神話の終焉
 「経済成長という病」とは、社会が発展すると、女性の社会進出が増え、必然的に人口減となって、やがて均衡社会へと移るという、社会全般の遷移についての理解がなされてないため、社会が発展する過程での「経済成長」という局面だけが、永遠に続くという考えに固執してしまう、ある種の精神疾患である。(ここの文責は黒月樹人にある)
溶解する商の論理
 かつてアダム・スミスが「国富論」でのべたメカニズムは、グローバル時代の今では、まったく核心をとらえていない。現在の「株式会社」というシステムでは、資本と経営が分離している。このシステムにおいて、長期的な時間による視点が欠如しているため、現在の株価利益に固執してしまい、将来の会社倒産という危険を過小評価してしまっている。これが2007年の日本で続発した食品偽装問題の、奥に潜むものである。他に、「国際分業システムのリスク」、「ホー・レン・ソウ問題」、「最低の生存ライン」、「等価交換世界の価値ではないホスピタリティ」などが取り上げられている。
経済成長という病が作り出した風景
 「経済成長という病が作り出した風景」と名づけられた、この章では、いろいろな現象のことが述べられている。携帯電話が生み出している人間のふるまい。「社会の正義」という物の見方に潜む、デジタルな判別法への疑問。全米ライフル協会のスローガンの誤り。安部内閣が持ち出してきた「教育再生会議の第三次報告書」における、ビジネス視点の考え方の誤り。テレビコマーシャルの世界に進出する消費者金融のこと。非正規雇用の労働者に自己責任論をもちだす批評家たちの勘違い。中間層を生み出すことなく貧富の二極化へと突き進む中国。秋葉原連続通り魔事件。なるほど、私たちが所属する世界には、あらゆるところに病理現象が広まっている。ただ、これらの「つながり」や「メカニズム」といったものが、あまり明確にとらえられているとは言い難い。文化系の本であるし、論文ということでもないので、このようなものなのだろうか。
本末転倒の未来図
 著者らがこどものころに思い描いた未来図は、そのときに不足していたものごとを満たすことでよかった。周囲の現実の中に、まだまだ満たされていなかったものがあったし、そのときの計画は、それらを満たすように組み上げられていた。しかし、そこから50年ほどして、私たちの周囲の世界には、便利すぎ贅沢すぎるもので満たされている。それなのに私たちの社会では、かつての計画のまま、さらに贅沢を追い求め、成長を続けなければならないとしている。私たちは大人になるにつれて、若さを失ってきたものの、成熟した考え方を学んできたはずだ。社会にも、同じような変化があると認識し、「成熟した未来図」を描くようにならなければならない。
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