c05 ただの健康診断をかたづけるだけのはずでした

田中 毅(TANAKA Takeshi @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 一つ前のページからの流れとしては、2018年から2019年にかけて、どう考えても、うつ病になるはずの精神的なショックがあったのに、2019年の4月現在にいたっても、まったく、そのような兆候が見られないということを、これから語ることになります。
 これまで考察した躁病については、発病のための条件として、(1) 不条理な対立者、(2) グルテン中毒による脳機能の変化、これらの2つの要因があると、私は理解することができました。このような条件としての (2) は、ごく最近分かってきたことです。
 それでは、うつ病の条件とは何か。これまで知られている原因の多くは、上記の (1) に対応するものばかりでした。(A) おおきなストレスとなるようなショック、たとえば、転職、リストラ、近親者の死、などなど、これらが平気な人がいる一方で、あっという間にうつ病に陥ってしまう人がいます。この謎を解くのが、うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった [1] という本で示されたことです。つまり、かんたんに言うと (B) 鉄分のきょくたんな不足、これがうつ病(とパニック障害)の要素となっていることが示されたのです。
 2018年から2019年のはじめにかけて、私がうつ病にならなかったわけは、(A) と (B) の要素のうち、(A) のストレスショックはあったものの、(B) の鉄分欠損が生じなかったからだと考えられます。
 (B) については、病院で検査してもらったわけではありませんが、このころの食事体系から、明らかなことだと分かります。とにかく、血液成分を増やしておこうと、レバーやホウレンソウを、たっぷり食べていたのです。
 これらの抽象的な分析について、わかりやすく理解できるように、2018年の年末から2019年の現在まで、具体的にどのようなことが起ったのかを、これから語ります。

 2018年度の健康診断の督促状

 健康診断を受けてくださいという、市からの書類は、確か夏ごろに届いていました。
 しかし、このころの私は、うつ病からも回復していたし、陸上競技のトレーニングはしていませんでしたが、いつからでも始められると思っており、健康状態に問題はないと考えていました。
 その思い方は極端なものではなかったようで、この書類は捨てずに残してありました。
 それから、健康診断を受けてくださいという、はがきになった督促状が何度か届きました。
 2018年の年末が近づいてきたころ、私は昨年のことを思い出しました。2017年の12月にはかんぺきにうつ状態で、何もすることがない、何をすればよいのだろう、ぐるぐると同じことを考えているとき、そうだ年始の準備をしようと思い立って、しめ縄などを買いに行きました。仏さんと呼んでいる母屋の仏壇に供える花や、少し離れたところ(野洲川の近く)にある墓の花も買って、いろいろな準備をしたわけです。
 2018年の今年は、そんなにひどくないとわかっていたのですが、年末なのだから、今年中にすべきことはきちんと片づけておこうと考えました。そうしないと、何かのきっかけで、またうつ病になるかもしないと考えてもいました。
 そこで、食堂のテーブルにポイっと置いてある、健康診断のはがきの督促状が目に入り、シール状に重ねてあるページをめくり、近所で受診できる病院のリストを眺めました。
 かつて入院した大きな病院は嫌だし、一番近い精神科の病院も嫌だから、と消去法で見つかったのが、歩いて数分のところにある内科医です。ここは予約の必要もありません。

 内科医での健康診断

 2018年の12月19日の午前の開始時間ごろに行きました。
 待合室には、すでに何人もおられます。順番をとって、椅子の一つに腰掛け、自分の番を待ちました。

 診察前に、トイレで小便をカップに入れて出しておきます。さらに別室で、看護師さんが血圧を測ってくました。このときの数値は、上が120いくらかで、下が70いくらかだったと思います。看護師さんは「正常値ですね」と言われましたが、私は反論して「こんな値では低血圧です」と主張します。なぜなら、ここにくるとき、歩きながら指先を見て、血色がないと感じていたからです。このような値は、これまでも、これ以降も、一度も記録していないものです。
 体温計で計測してみると、35度のはじめごろの値、35.2度くらいだったかと思います。ときとして34度台になることもある。これがいつもの体温でした。
 今から思うと、これらの値は、血圧と言い、体温と言い、いずれも異常な値でした。

 内科医の先生は、おそらく私より年上で、やや小柄な人でした。
 健康診断にお定まりの、聴診器を使っての検査や、触診、打診など、つぎつぎとこなしてゆかれます。
 やがて、過去の病歴のことが問われ、隠しておくことでもないので、(その時点から)2年前の夏に肝臓に炎症をおこして入院したことを告げました。
 それがきっかけとなって、今度は診察台に横たわり、先生は、みぞおちあたりを調べ始めました。
 そこに何か硬いものがあるというのです。
 このときから、私は、私のみぞおちあたりが、周囲に比べて、やや硬いということを意識できるようになりました。それまではまったく気がつかなかったことです。
 先生は、このあと血液検査のための血液を採取しますが、外部に出して検査してもらうので、その結果が分かるのは翌日以降になるということ、そして、何か問題点があるので、大きな病院でCTスキャンをするか、ここでエコー(画像の診断)をして、さらに詳しく調べる必要があると、私に問いかけてきました。
 私はやはり消去法でエコーを選びました。

 エコー解析と血液検査の結果

 日を改めて、この病院に行きました。エコーは、通常の診察開始時間の30分前から行うということでした。30分前でも、何人か待っておられましたが、この日はあとから来た私が一番です。
 エコーの部屋は小さく、そして、診断中は部屋の照明が落とされます。
 先生はエコーの装置を私の腹にあて、ディスプレイを見ています。
 30分がすぎても終わる様子がありません。
 「たんのうが見つからない」
と先生がつぶやきます。さらに装置を動かして
 「これか…」
とも。
 およそ45分の撮影のあと、しばらく待たされ、いつもの診察室で説明を聞くと、(1) 肝臓のパターンが一様なものとなっていない、(2) たんのうが肥大している、ということです。
 これは、もっと詳しく調べる必要があるので、大きな病院でCTスキャンをとって診察する必要があリ、紹介状を書くから、検査に行ける日を決めてくださいと、一方的に話が進んでゆきます。
 これでは消去する項目がありません。
 私は、仕方がないと腹をくりました。

 このとき、尿検査でプラスが2つ出て、血糖値が223 [mg/dl]、ヘモグロビンなんとか(HbA1c)の値が8.4 [%] でした。明らかに糖尿病です。朝食はもちろんとらずに行ったし、前日の夕食や夜食に何か甘い物を食べたわけではありません。それなのに血糖値が223というのは自己新記録でした。入院中だったら、即インシュリン注射だったことでしょう。
 ヘモグロビンなんとか(ヘモグロビン・エーワンシー)の値の意味は、大きな病院でさらに血液検査を行って、その説明の後で、自分で調べて知りました。6.5以上が糖尿病なのだそうです。8.4なら確実です。

 長くなってしまいましたので、この続きは、次のページで語ります。
 いよいよ、消去法で必ず消していた、かつて入院していた大病院での、CTスキャンとさらに詳しい血液検査です。
  (Written by TANAKA Takeshi, April 25, 2019)

 参照資料

[1] うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった
   藤川徳美・著 光文社新書893

 

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