c06 2019年1月のCTスキャンと血液検査による診断

田中 毅(TANAKA Takeshi @ 9621 ANALYSIS)

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 2018年12月27日の診察

 健康診断を受けた町の内科医の手はずに従い、大きな病院の内科医へゆき、診察を受けました。
 かつて私が入院していたときの内科の担当医の名前は、町の内科医の診察室に貼ってあった、大きな病院の医師リストの中にはありませんでした。このことは、すでに私は知っていました。糖尿病の検査のため、ときどき入院する、近所の知人が、内科医の布陣ががらりと変わったと、以前知らせてくれていたからです。
 町の内科医が指定された、私の新しい担当医の名前は、すでに私は知っていました。ゴブリンアイズのセールスをしていたとき、別の町で開業している医師のかたが、このようなシステムが良いかどうかは、私が入院していた病院の、その人が認めるかどうか確かめた方がよいと忠告して下さったからです。しかし、このあとの展開はぷつりとキレてしまいます。大病院の医師というものは、15分刻みの診察や、他の日は何か別の検査室につめていて、たとえもと患者であったとしても、とくべつに時間をとって話を聞く、などという時間はないようです。

 すでに名前を知っていた、新しい担当医の先生の描写をここでするのはやめておきます。現職のお医者さんですし、今でも私の担当医だからです。
 大きな病院の内科の待合室で順番を待ち、番号を呼ばれて、診察室に入りました。
 さいしょに聞かれたのは、3年前、この病院を仮退院して、ほぼ1ヶ月後に、大学病院へ行って、手術と入院をする予定だったが、そのとき大学病院へ行ったのかどうかということです。
 「もちろん行きました。行きましたが、入院も手術もしなかったのは、その大学病院の内科の先生が、私の胆のうはガンではないと判断されたからです」
と私は答えました。このとき、4回目のCTスキャンの画像で、胆のうがいびつな形ではなく、ごくごく自然な丸い形に戻っていたことが決め手でした。
 この問題は、それ以上広がらず、とにかく大学病院へは行ったということで、話は現在のことに戻りました。
 私はこの日、ただちにCTスキャンが行われるものと思っていたのですが、年末も押し迫っており、急な依頼であったので、すぐには無理だということで、年明けの1月10日にCTスキャンをするということになりました。さらに、担当医の先生は、100枚以上もある画像を、すぐに読み取って判断するのは難しいということで、CTスキャンの内容についての診断結果は1月16日に行われることとなりました。自分の体の中を撮影したCDを4枚も持って、これまで分析してきた私には、このあたりの事情は理解できました。
 ただし、この12月27日には、町医者での血液検査では不十分なので、ここでも血液を採取して血液検査にまわすということです。
 採血ルームへ行き、あの小さな試験管で5本ほど、血液が採取されました。
 この日の診療費は、初・再診料が282点で、検査が1088点の合計1370点で、3割負担の私の場合、保険診断負担額は4,110円でした。これを0.3で割ると13,700円となります。

 2019年1月10日のCTスキャン

 この日は診察がありません。CTスキャン専用の部屋へ行き、生涯5度目のCTスキャンを受けるだけです。
 はじめに造影剤なしの撮影が行われ、途中のあるとき、あらかじめ腕に差し込まれていた注射針とチューブを通して造影剤が体に送り込まれます。これの効果はすぐに現われ、とくに顔周りが熱くなります。
 検査が終わったあと、注射針とチューブを取りのぞくため、準備室へ行き、椅子に座って処置を受けいれます。このときの看護師さんが、3年前の私のことを憶えていて、すこしおしゃべりをし、造影剤の影響をへらすため、水をたくさん飲みました。
 この日はまあ、これだけのことです。
 初・再診料が73点で、画像診断が3358点もあり、合計3431点。3割負担の金額にすると10,290円。これを0.3で割ると34,300円です。

 2019年1月16日の診断

 この日の診察料を先に述べておきます。初・再診料が73点で、3割負担で220円。これを0.3で割ると733円となります。別の領収書で、保険外の療品料として1,620円、これはCTスキャンの画像をファイルとしてCDに焼き付けたものです。1,500円とその消費税120円を足したものです。

 診察室に入って、担当医はただちに、一週間前のCTスキャンの画像をディスプレイに表示し、12月末の血液検査の結果の表を見せ、たんたんと診断結果を述べてゆきます。
 「これを見て分かるように、明らかに胆のう癌です」
 「……」
 「肝臓のパターンから、すでに肝臓にも転移しています」
 「……」
 「これだけの状態になってしまったら、手術は無理です」
 「……」
 「抗がん剤で治療するとしても、生きられる時間をのばすだけです」
 ここで私は発言し、私の経済状況から、抗がん剤を使って入院治療すると、生活費があっという間になくなってしまうので、生きてゆくことができないと告げました。
 口には出しませんでしたが、この病院に入院して、食事体系を管理されてしまうと、治ってゆく可能性がどんどん小さくなるということも、胸の内にありました。
 入院してしまうと、生きがいのようなものからも引き離されてしまいます。
 担当医は
 「残された時間を自由に使って、やりたいことをやってゆくほうが良いでしょう」
と言ってくれました。
 表現を換えれば匙(さじ)を投げたと言うことです。
 このとき私は、すこしほっとしました。
 私自身で治療へと向かってゆくという可能性を閉じられてしまわなかったからです。

 診察を終えて、受付に出す書類をもらおうというとき、そばにいた看護師さんが
 「もってゆきますから、外でお待ちください」
と言います。
 そのとおり外の待合室で少し待つと、その看護師さんが書類を持って現れ
 「とつぜんのことで、今は何も考えられないと思います…」
と語り始めます。
 やはり私は
 「……」
と無言でしたが、予測していたことでもあり、何も考えられないほどのショックを受けたわけでもなく、これからすべきことのリストを心の中で数え上げていました。
 簡単な挨拶をすませ、診察の書類を持って内科の受付へゆき、さらに、玄関入ってすぐ右のところにある、医療費支払いの待合室へと向かいました。
 この日も、おそらく私は、ここから自分の家まで歩いて帰ったと思います。
 この日の主な出来事は、このようなものでした。

 家に帰ってから、今回のCTスキャンの画像CDを開き、何枚か重要なところをビットマップでコピーして保存し、ゴブリンアイズや、今まさに改良中のゴブリンアートで適度に色づけ、私の患部の様子を観察しました。
 ここで、この画像を提示すると、このページの関心が、一気にそちらに向かうことでしょうが、ここでは控えておきます。
 言葉で述べておきますが、とにかくひどい状態です。胆のうは、まるで別の臓器であるかのように、大きく肥大し、その形を変えていますし、肝臓の比較的広い範囲に、細かなまだら模様があります。
 この2年半の間に、私には何も知らせず、胆のうのがん細胞は、ありったけ分裂して、この袋を膨らませてきたわけです。

 タイトルに血液検査を入れましたが、ストーリーの都合上、これについての説明は、次のページに送ります。
  (Written by TANAKA Takeshi, April 26, 2019)

 

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