c09 糖尿病はヘモグロビン・エー・ワン・シーで判定する

田中 毅(TANAKA Takeshi @ 9621 ANALYSIS)

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 糖尿病も尿検査でプラスが二つでていた

 2018年の年末に健康診断のため訪れた、町の内科医のところで、尿検査が行われ、後で先生が看護師さんに確認をとるため
 「ほんとうにプラスが2つ出ていたのか」
と言っていました。このときのプラス・プラスの意味は、よく分かりませんでしたが、当日行われた血液検査の結果の表に、223とあったのを見て、まずい、新記録だ、と心の中でつぶやいてしまいました。
 なぜだろう。入院中にはまっていたグミは一粒も食べていないし、砂糖の入った食品類はまったくといってよいほど摂っていませんでした。

 この糖尿病問題は、大きな病院でしばらく意図的に忘れられ、後回しになっていました。
 「ガンの影響があるかもしない。そちらの様子を見てから考えることにしよう」
と担当医が言っておられました。
 これに優先する胆のうガン問題の治療方針が決まりました。と言っても、病院側としては、何もしないという流れです。ただし、患者の依頼で血液検査をするということで、様子を見る、というスタンス。
 そこで担当医は糖尿病問題のことを思い起こし
 「この病院の糖尿病の担当に行ってもらって、治療の薬を出してもらいましょうか」
と聞いてきました。私は
 「要りません。私は極度の薬品アレルギーです。これまでほとんど薬は飲んでおらず、せいぜい赤玉(漢方常備薬)か葛根湯(これも漢方薬)くらいのものです。このまえの入院中のとき、解熱剤をうっかり飲んでしまい、激しい寒気に襲われ、足もけいれんしてしまい、苦しい目にあいました」
 「そうですか。では糖尿病はどうしますか」
 「様子を見ます。これまで何度も克服してきました。直し方は分かっています」
と自信たっぷりに言い切りました。
 患者にここまで言われて、それでも糖尿病の薬を強要すれば、医師の立場のほうが追い詰められると考えたのでしょう。この問題は、これで終わってしまいました。
 ちなみに、2019年の1月に行われた、大きな病院での血液検査の結果、血糖値は211となっています。もちろん、朝食や昼食は抜いたうえでの血液です。この状態での血糖値211は、じゅうぶんに高いものです。尿検査は行っていませんが、もちろんプラス・プラスであることでしょう。

 ヘモグロビン・エー・ワン・シー(HbA1c)

 2019年3月27日の血液検査の説明で私は初めてヘモグロビンA1cが、糖尿病のレベルを判定する指標だということを知りました。
 この日は13時43分に内科の受けつけに行き、手続きをして、採血室で小さな試験管5本分の血液を採取してもらい、1時間ほど待って、その分析結果がでたころ、内科の担当医の診察を受けるというものでした。
 診察室で担当医は、前回の自分の発言に忠実であろうと、胆のうガンの腫瘍マーカーであるCEAとCA19-9の値を無視して
 「ヘモグロビン・エー・ワン・シーの値が落ちています。糖尿病の治療効果が出ています」
と言い出し始めました。これまでになく声に張りがありました。
 「ヘモグロビン・エー・ワン・シーって何のことですか。どこにあるやつですか」
と、弱弱しい声で私は訊ねます。
 これを探して見つけ、2018年12月27日採取の血液検査の表の値が8.8で、今回の2019年3月27日(正確に3ヶ月間だった)の値が7.7だということを確認しました。
 どうやら、この差1.0の値減少がハイトーンの理由らしく、担当者はしきりに、この値のことを取り上げました。

 血液検査の間隔は正確に3ヶ月でしたが、初めの1ヶ月目は、ガンの告知や、近親者を呼んで確認をとることなど、まだ私自身の治療方針がはっきり定まっていませんでした。
 あとでまた詳しく説明したいと思いますが、このとき私は、本屋や図書館をめぐり、ガンを治療する方法についての本を集め、それらを読み込んでいたのです。

 およそ2ヶ月目に試みたのは、とにかく免疫力を高めるため、食事や生活内容を改善し、自分の基礎体温を上げることでした。
 12月から1月のころ、私の基礎体温は35度前後でした。これがあたりまえだと思っていた私の固定観念をさいしょにハンマーで打ち砕いたのです。
 およそ20年前に神奈川県の川崎市に住んでいた頃買い求めた体温計を、当時の薬箱から探し出し、中の小さな電池を取り換え、ことあるごとに左の腋(わき)の下に挟んで、ぴっぴっと鳴るのを待ちました。
 そして、日々の体温の変化をグラフに表し、ある診察の機会に、この担当医に
 「基礎体温が1度以上上がりました」
と言ったら、まるで、そのことが困ったことのように、担当医はふるまいだしたのです。
 おや、これは違うぞ、体温が上がるということは、まるで悪いことのように思われている。
 このお医者さんは、基礎体温と免疫能力の関係や意味のことが、まったく分かっていないと理解した私は、体温の変化グラフを片付け、以後、このことについて、何も言わないことにしました。

 血糖値は150でした

 血糖値は150でした。
 もっと下がっているかと思ったのですが、これでじゅうぶん普通でしょう。
 血糖値は、いろいろな条件で変化しますが、このヘモグロビン・エー・ワン・シーという指標は、そのときの糖尿病のレベルを安定して示してくれるものなのだそうです。
 検査項目のHb(ヘモグロビン)は、このHbA1c(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)とは違うようです。
 2016年の入院時の血液検査の表には、HbA1c(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)の項目はありませんでした。でも、若い担当者から
 「田中さん糖尿病ですよ」
と言われたことがあったので、きっと、それなりに高い値だったと考えられます。
 2018年12月20日づけの、町の内科医が示した血液検査の表では、血糖値が223 [mg/dL] で、HbA1c(NGSP) は8.4 [%] でした。
 2018年12月27日の血液検査では、血糖値が211 [mg/dL] で、HbA1c(NGSP) は8.8 [%]です。
 今回の2019年3月27日、血糖値が150 [mg/dL] で、HbA1c(NGSP) は7.7 [%]です。
 なるほど、この病は確かに治癒の方向へ向かっているようです。

 糖尿病の薬はいりません

 実は、基礎体温を高める試みを2ヶ月目にとりくみ、次の3ヶ月目には、さらに別の対策をとって来たのです。これがガンだけでなく糖尿病にも効く対策でした。だから、ほぼ1ヶ月分の試みで1.0下がるのなら、このあと(次の血液検査までの)2ヶ月もあれば、おそらく、糖尿病の範囲から逃れることができることでしょう。
 私は
 「順調です。(糖尿病の)薬はいりません。自分で治せます」
と言い切りました。
 カルテを打ち込むためのコンピューターのキーボードの上に、両手の指を広げて、担当者が聞いてきました。
 「少し痩せましたか」
 「1月までは82キロでしたが、今は77キロくらいです」
 「落ちてきたのですか」
 「意図的にこの体重までしぼりました」
 「カロリー制限をしたのですか」
 「まったくしていません」
 「……」
 「好きなだけ食べています」
 「……」
 「食べるものを変えただけです」
 ここまで自信満々と答えているのに、これに対する謎解きをしないで、担当医は話題を表の中へと戻し、血液についての検査項目を4つばかり、右閉じ丸かっこでまとめ、その横に貧血と記しました。

 リンパ球と顆粒球の数も知りたかった

 なるほど、少し貧血気味の値になっていますが、この診断の前、待合室の装置で測った血圧は155/101で、それほど悪くありません。きっと、ここ何日かレバーを摂っていなかったことが、ここに現れていたのでしょう。ホウレンソウもしばらく利用していませんでした。(その後の4月24には168/96でしたが、4月27日には131/74と、まったく普通の状態でした)
 私はこれらの値の中で、赤血球に対して白血球の割合が増えていたことを読みとりました。
 前回は、赤血球数467で白血球数が76なので、白血球数/赤血球数=0.16でした。
 今回は、赤血球数408、白血球数が82、ゆえに白血球数/赤血球数=0.20と、およそ1.25倍になっています。絶対数も相対値も増えています。
 免疫力を高めるという試みは。おそらく良い方向へ向かっていそうです。
 白血球の中での、リンパ球と顆粒球の数も知りたかったのですが、今回の血液検査の項目では外されていました。同じ項目について検査してもらえるものと思っていたのに、ああ、この手抜き。
 知りたいことを具体的に、もっと、はっきりと伝え、正確な情報を知らせてもらう必要がありました。
 (Written by TANAKA Takeshi, April 29, 2019)

 

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