c18 胆のうガンとの闘い (4) 2019年4月1日〜17日

田中 毅(TANAKA Takeshi @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 私がガンと闘うためにどのようなことをしてきているのかを、まとめます。
 平凡な記述ではじまる、三重県ドライブから、石川県の横断旗調査、鳥取県・島根県の横断旗調査へと続き、クライマックスへと進みます。
 このページも、まるで平凡な生活メモのように見えることでしょが、とてもドラマチックな展開となっています。

 2019年4月1日〜7日(三重県ドライブ)

 4月1日(月) 午前 紙ごみ(燃えるゴミ)を6袋まとめて焼却場へもってゆく。これは昨日の新旧区長引継ぎのときの、3年前より古い資料を廃棄するため。区内の個人情報だらけのため直接焼却へ。過去2年分は新区長が参照したいというので、そのまま引き渡す。午後 瀬田のフォレオへ行き、オレンジペコ(紅茶の葉)とコーヒーの生豆を買う。夕方 椿の湯へ。入浴前 36.7度。入浴後 75.50キログラム。体温はやや低く(これは良い傾向)、体重も少な目(こちらは良くない)。夕食 @ひき肉、卵、タマネギ、ショウガ、カタクリ粉でミニハンバーグ。Aボルシチスープに肉団子。
 4月2日(火) 積雪。午前〜午後 離れの部屋(研究室兼生活ルーム)の本棚をひとつばらして、表のツバメ小屋へ。もちろんケース何箱にもおよぶ本も運ぶ。昨年の町代の一人のところに行き、ダントツ長野県の謎についての、調査旅行と警察での会談について話す。合成コンパネ5枚を買いに行く。工作いろいろ。同町代のところにゆき、いらない古材がたくさんあるというので分けてもらう。
 夕方 椿の湯へ。風呂前 36.1度。風呂後 75.45キログラム。
 4月3日(水) 資源ごみの日。5時起床。6時〜14時(8時間) ツバメ小屋の壁づくりや、離れから表への書棚(と本)の移動。14時30分 甲西(湖南市)のナフコへ行き、スクウェアネジと小鳥の餌を買う。夕方 椿の湯へ。風呂前 36.7度。風呂後 75.25キログラム。
 4月4日(木) 午前 7時から @ツバメ小屋の改修、A離れの部屋の内部を整理して、生活空間を広げる。午後 信楽の実家へ行き、DVD「コーヒーが覚めないうちに」を見る。最近の日本の小説家は、SF小説なのか分からない設定を勝手に組み込み、まるでお伽話のような物語をつくる。リアリティに欠け、中途半端であり、あまり感動しない。夕方 ゆらら(天然温泉)へ(これで入浴は4日連続)。風呂前 36.1度。風呂後 75.7キログラム。血圧 142/77(107拍)。私としては、かなりな値の正常値。下の血圧の77は、今までなかったと思う。90台から100くらいだった。
 4月5日(金) 午前2時〜4時半 DVD「あなたの旅立ち、綴ります」(シャーリー・マクレーンとアマンダ・セイフライド主演)を見る。笑えた。老いたシャーリー・マクレーンも、なかなか味のある演技で、力づけられた。この後眠る。
 9時起床 @朝食 A年金のハガキを出す Bツバメ小屋の改修 C本棚の分解と移動(本も) 16時 かなり部屋が広くなった。ストレスが減る。16時37分 36.1度(低い!)
 DVD「Star Trek Discovery(スタートレック ディスカバリー)」(ソネキァ・マーティン=グリーン主演、ミシェール・ヨー助演)の@とAを見た。テレビ放映の1話から4話分(4時間分)。ソネキァ・マーティン=グリーンは船長役ではなく、黒人女性であるという、新しい取り組み。ミシェール・ヨーは中国系マレーシア人で、結婚していたミシェール・キングのころ、ジャッキー・チェンと共演した「ポリス・ストーリー3」を、当時の私は映画館で7回見た。このシリーズでも、後半に技を繰り広げて活躍する。船長あるいは皇帝としての貫禄じゅうぶん。20時45分 37.2度。眠る。
 4月6日(土) 午前3時 36.5度。DVD「小説家を見つけたら」を見る。そのまま5時30分から起き出す。7時まで 朝食準備と朝食。味噌汁やスムージーづくりをまるまる行うと、これくらいかかる。8時 36.4度。午前 本棚の移動と本の整理。午後 食材集め(もちろん買う)を兼ねてドライブ。夕食後 37.2度。あまり高くない。
 4月7日(日) 午前 ツバメ小屋で作業。午後 ドライブ。鈴鹿スカイライン → 国道306号で → 津市 → 国道163号で → 伊賀市 → 信楽で国道307号へ → 水口(家)へ

 2019年4月8日〜13日(石川県の横断旗調査)

 4月8日(月) ツバメ小屋の壁に、文庫用の書棚を作って、そこへ文庫本を整理する。
 JAF調査の、ベスト6とワースト10の府県名をリストアップ。その中で、ベスト5をマーク。3位の石川県 黄色い横断旗ありそう とメモ。2位の静岡県、4位の島根県、5位の鳥取県にも矢印でマーク。
 4月9日(火) 夜 町の会合。水口祭りの警護の順番を決める。今年の私は補欠となり、着物は着なくてもよいかも。会計として、田楽持ちの人に「お礼」(アルバイト代のようなもの)を渡すだけ。
 4月10日(水) 5時30分起床 35.2度 おそろしく低い。1月初期の基礎体温なみ。胆のうの膨らみは手のひらで丸く包めるくらい大きい。つぶれてはいない。布団乾燥機で温めながら布団をかぶってベッドへ。36.4度 ようやく上がって来た。7時30分〜9時00分 朝食準備と朝食 → 36.2度。午前 離れの2部屋のケース内を、表のツバメ小屋(今年は一羽も来ていないが)棚などに片付ける。午後 いろいろな用事。14時51分 35.6度 低い。15時00分〜16時30分 昼寝 → 36.9度。17時 夕食 → 37.2度 少し中から温まった。
 17時〜21時 DVD「STAR TREK DISCOVERY B C エピソード5〜8」を見る。21時 37.3度 リラックス。眠る。
 4月11日(木) 2時00分 36.2度。DVD「500ページの夢の束」(ダコタ・ファニング主演)を見る。ウェンディは自閉症だが、スタートレックの脚本コンテストに参加しようとして、一作書きあげるという、すごい才能を持っている。ストーリーについては、これ以上触れないが、捜索願が出ているウェンディを見つけた警察官の一人とウェンディが、スタートレックに登場するクリンゴン人のクリンゴン語で話し合うシーンがあった。アメリカにはクリンゴン語を学べるテキストがあるのかと驚いた。
 4時〜8時 眠る。8時〜9時 朝食。午前 JAF調査のためのプログラムを書き始める。実家へ移り、11時30分 DVD「プロミス」(韓国映画。女子ホッケーチームの物語。実話にもとづく、すごい感動コメディ)を母と見る。4月14日(日)に、もう一度一人で見る。チームメンバーの顔と名前を確認すると、さらによく笑えた。感動もする。ツタヤには2ケースしかなかった。分かってない。きちんと並べて宣伝すれば、ロングセラーとなるだろうに。(5月11日(金)の夕方ツタヤを覗いたら、2枚の一つをケース表を見せる形にしてアピールしていた。私は何も言っていない。他の人が店員にコメントしたのだろう。このDVDの笑いどころのひとつとして、もと事務員ともとフィギァスケートの選手との、クールなボケの応答がある。主人公以外の、わき役の個性が各所で輝いている。2度以上見て、登場人物の顔と役どころを憶え、ゆっくりと、そのあたりを味わうと、きっと、心が癒されることでしょう。)
 夕方 やぶっちゃ(三重県島ヶ原にある温泉)へ。入浴前 35.8度。入浴後 75.15キログラム。甲南町経由で(信楽経由というパターンもある)帰り、夕食(玄米)。
 4月12日(金) 6時〜7時 朝食 35.7度。
 8時00分 車でスタートし、307号線で彦根へ行き 36.7度、湖岸道路を経由して、長浜市から国道8号線で北上して福井県へ。11時50分 36.9度。目的地は石川県なので、さらに北上する。12時59分 ここから石川県の国道や県道の、信号機のない横断歩道にある黄色い横断旗の調査を始める。写真をとり、位置を記録する。加賀市、片山津温泉、白山市などのあと、金沢市へ。金沢の中心あたり、金沢城周辺は、国道も県道も、すべて左右4車線で、信号化が進み、信号機のない横断歩道が見当たらない。かつてそうだったところも、押ボタン式信号が設置されている。少し郊外の泉野出町でようやく見つける。かほく市へ行くと見つかりだす。志賀町、珠洲市、能登町にもあった。
 20時35分 道の駅に温泉があったので入る。入浴前 36.7度。入浴後 76.4キログラム。
 22時から翌日の午前3時30分まで、この道の駅の駐車場で眠る。もちろん車の中。放射冷却でフロントガラスに霜が降りて見えない。布バケツを取り出し、トイレで水をくんでかける。ワイパーをかけると見えた。ガソリンの残が、あと10キロ分くらいしかない。この辺りは24時間営業のスタンドがなさそう。ここで朝まで待つのは時間の無駄なので、残りのガソリンで輪島市へと向かうことにした。
 4月13日(土) 午前4時 動き出す。7時半 始めているスタンドを見つけ、ガソリンを入れる。輪島市には何もなかった。南下して、七尾市、かほく市で見つけるが、内灘町では見つからなかった。
 石川県の調査は切り上げ、福井県を通りすぎ、滋賀へ。途中から8号線を離れ、滋賀県の湖西を通る国道161号線へ。はじめは正解だったと思っていたが、白髭神社の大渋滞で、堅田で橋を渡ったあと、守山市を走っているとき、横断者がいても、他の車と同じように、すべて無視して走った。交通状況がドライバーの心をゆがめ、歩行者どころではなくなってしまう。自己中ドライバーへと変身してしまうのだ。来た時のルートを逆にたどって、国道8号線と国道307号線で帰ったほうが、はるかに早く、ストレスも少なかったことだろう。
 21時 家で残りものを温めて夕食 → 37.7度(ほっとしてリラックスしたようだ)。

 2019年4月14日〜16日(鳥取県・島根県の横断旗調査)

 4月14日(日) 7時〜 朝食。9時52分 35.8度(低い)。午前 @フィルムを現像・プリントに出しに行く。A資源ごみ(本)を出す。B甲賀市甲賀町(こうかちょう)図書館へ、桂米朝の全集8冊を返却。C今月の町費を集める人に依頼しにゆく。12時17分 36.5度(低い)
 午後 RaN376「ダントツ長野県の謎」をまとめてウェブオン。DVD「プロミス」を見る。カメラのキタムラで、写真を受け取る。DVD返却。(次の調査旅行で使うための)まくらを買う。歯ブラシも。
 4月15日(月) 3時〜5時 DVD「嘘はフィクサーの始まり」(リチャード・ギア主演)を見る。リチャード・ギアが付録の映像で述べているほど、ユニークな作品とは思えなかった。シナリオがほとんど練られていない。見る人にもよるのだろうが、母がこれを見たら、途中で眠ってしまうことだろう。
 6時ごろ出発する。これから、信楽経由で大津へ → 1号線で京都市内へ → 京都五条で1号線に接続している国道9号線に移り、9号線で鳥取へ。調査をしながら、隣の島根県へとゆくことにした。
 鳥取市内では見つからず。気高町で黄色い旗を見つけるが、押ボタン信号化。倉吉市の湯梨浜町にひとつ。しかし、もう使われていない。米子市に入って、米子市淀江町淀江でいくつか見つかる。
 島根県は安来市から。松江市では地下道化。出雲市で見つかりだす。江津市、益田市でも少し見つかるが、押ボタン信号化、ほとんど使われていないビニール旗であり、このあたりでは、横断歩道を渡ろうとしても、車は停まらない。島根県西端の津和野市でも、ほとんどない。小学校前は歩道橋。小学生なら登り降りして利用するだろうが、はたして大人たちはどうするだろうか。
 鳥取県と島根県は横に細長く、南は中国山地である。国道や県道も、あまり伸びていない。中国山地の真ん中を中国自動車道(有料の高速)が通っているが、これはあまり使っていないだろう。それよりも、国道9号線のバイパス(無料)がよく発達していて、調査のため旧の国道9号線を走っていてガソリンスタンドに立ち寄りおしゃべりすると、みんなそっちへ行って、ここは閑古鳥が鳴いているという。鳥取県の観光地も、東端の砂丘と西端の鬼太郎なんとかだけだという。スタンドとして生存の危機が間近なようだ。それらの条件が作用して、私はとても走りやすく、後ろに車がつらなることもなかったので、これなら、横断歩道に歩行者が見えたら、いつでも停まれると思った。
 島根県の津和野市の調査を終えた後、同じ道を引き返す必要を感じなかったので、広島県へと移って、国道2号線で帰ろうと考えた。
 まだ山中から集落が見え始めたころなのに、いったん広島県に入ると、車の流れのスピードが上がり、車間距離が縮まり、まるで全体で競うように、みんなであおり運転をしあっているのではないかと感じた。農村部の道で、横断歩道の横で車の流れが切れるのを待っている農家の女の人を見つけたが、「無理!」と心の中でつぶやき、数珠つなぎの車の中で運転を続けた。広島県のJAF調査を調べたら、1.0パーセントであり、0.9パーセントの栃木県についで全国ワースト2だった。
 広島県は、歩行者だけでなく、車にとっても危険なところだと実感した。
 道路の幾何的な配置のため、少し中国自動車道を利用したが、あまりに高いところを通っており、高低差も激しく、さっさと降りたが料金が高く、しかも、ガソリンの減り方が半端なかった。もう乗らないぞと思った。かつては会社の車で利用していたので、必要経費として書類を出すだけでよく、経済的な痛みは何も感じなかったのだ。
 岡山市から2号線に乗ったが、海岸線に近いところまでひたすら南下しなればならず、もっと北の方にいたのだから、下の道で東へ向かって進んだほうがよかったなあと思った。
 2号線で岡山県から兵庫県に入り、途中でコンビニへそれて仮眠した。神戸市の須磨から阪神高速へ。通行料金が高いのでわけを聞いたら、今や阪神高速は網の目のようになっていて、どこでも降りられるという。1号線につながるところを聞いたら、大阪の環状1号のことを話し出したので
 「違います。国道1号です」
と聞き直す。
 「ああ、東京までつながっているやつね」
 心の中で、滋賀まで、いや、枚方までつながっていればいい、とつぶやきながら聞く。
 「それなら守口だね」
 その守口の出口への道が分からなったが、料金所の後ろがつかえてきたというので、かんたんな地図入りのパンフレットをもらって走り出す。
 大阪に向かっていった。守口への分岐を素通りしてしまい、環状1号をぐるりと回って、大阪駅はこのあたりかと見当をつけて降りたが、大阪市内の下の道路は、私が大阪で働いていたころとは、まるで違っていたし、地名も忘れてしまっていた。夜の10時だというのに、歩行者はうじゃうじゃいるし、タクシーの群れが、まるで群れをつくっている鳥か魚のように、ひょいっと前のスペースへ割り込んでくる。うろうろと走って、ようやく、大阪駅への標識を見つけ、近づく。が、大阪駅で降りて電車にのるわけではない。大阪駅を見つけようとしたのは、その北側に国道1号線があるはずだと考えたからである。ところが、国道1号線と京都という標識があったのは、大阪駅の手前の道で、東に向かっていた。国道1号のマークと京都方面へという標識を見失わないようにと、左折や右折を繰り返し、ようやく駅の北側の1号線に乗れたと思ったところ、完全なバイパスになっており、昔の記憶とはまったく違っていた。守口の阪神高速からの降り口の横を通り、ようやく昔の記憶に近い1号線の風景が現れた。そのまま進んで枚方市にある国道307号線への接続交差点を注意深く確認して、右折した。
 国道307号線も、あたらこちらでバイパス化が進んでいて、とくに、信楽町の朝宮にある裏白トンネルまでのところが、完全にバイパス化されていて、昔見ていた集落などのチェックポイントが見つからず、ほんとうにこれでよいのか不安だった。
 25時00分(翌日4月17日の午前1時)に水口の私の家の車庫に戻った。すぐに眠った。

 2019年4月17日(入浴中の腹痛)

 4月17日(水) 6時起床 洗濯 食事(炒飯)。8時00分 37.1度。〜 @ツバメ小屋の作業テーブルを小さなものに作り替える。A玄米を炊いて、おにぎり2個を手土産に、前町代のところへ行き、古い木材を分けてもらう。B写真のフィルムを現像・プリントに出す。
 午後の3時ごろ 椿の湯へ。入浴前 37.0度 入浴後 76.90キログラム。
 この日の入浴でも、電気風呂(強)で背中ではなく腹を電極のある壁にあてて(近づけて)、電気刺激を鳩尾(みぞおち)の内部にかけた。
 ある程度のところで、外の露天風呂へ移る。
 のぼせてきたのか、体を少し冷やそうと、パイプとキャンバス生地のリクライニングシートに座るが、この日の外気はまだ寒く、とてもここで眠ることができるわけではないので、内部の浴室へ移動。
 浴室内のプラスチック疑似木材で作られたベンチに座り、前かがみに体を二つ折りにした。
 腹部が痛い。
 これ以上動けない。
 顔を支えていていた左手を顔から放したが、左目の視野が真っ暗だった。
 何度も確認したが、やはり左目が見えない。
 体は腹部の痛みで動けない。
 胃がむかついてきた。
 胃の内部をトイレで吐こうと思い立ち、痛みをこらえて、浴室から出たところにあるトイレへ。
 入口前の洗面台に鏡があったので、見えている右目で顔を見るが、左目はまるで見えているかのように、普通の状態だった。これは左目の機能の問題ではなく、それを処理する脳での問題だと考えた。
 トイレの便器のカバーをあげ、かがみこんで、胃の中を吐き出した。指を喉の奥につっこまなくても、なんとか吐けた。が、たいしたものは出てこない。何度もげーげーと吐くことを続けていると、左目の視野が明るくなり始めた。トイレの水を流して立ち上がったとき、両目が見えていることで、とりあえず、ほっとした。痛みはあるがこれなら動ける。
 体が冷えてしまったので、浴室に戻ったが、掛け湯をしただけで、もう一度長椅子の端に座った。
 ここまでたどり着くのが精いっぱいだった。
 119番で救急車を呼んでもらおうかとも考えたが、まっぱだか(真裸)で運ばれるのは恥ずかしい。
 まだ体も洗っていなかったが、気力で体をふき、普通に見えるような態度で、なんとか脱衣場のロッカーの前にゆき、服を着こんだ。
 畳の間までは10メートルもない。そこまでゆらゆらと歩いてゆき、一番奥のほうで横になった。
 横で若い男性が連れの女性と話しているのが聞こえた。男性は自分のものが大きいと言っている。その男性と女性の顔を見てみたかったが、目を開ける気にならなかった。それどころじゃない。
 静かになっていた。目をかるく開けると、近くに若い男性が長座で壁に背をあずけて座っていた。夢の中のように声だけを聞いた男性とは違うのだろう。目を開けて、周囲を見渡し、時計を確認して、16時から17時45分まで横たわっていたことを確認した。1時間45分か。そのほとんどは眠ったのだろう。かなり楽になっている。
 左目は完全に見える。腹痛はほとんど消えていた。しかし、体がまだ考えたとおりに動かせない。胴体はまだ無理。かろうじて自由になるのは腕くらい。なんとか寝返りを打とうとした。
 その様子を見ていた、長座の青年が
 「だいじょうぶですか」
と、私の顔を覗き込んできた。私は苦笑いをして
 「だいじょうぶだけれど、まだ自由に動けない」
と返答。
 このままでは大事(おおごと)になりそうだったので、若者に話し始めることにした。
 「じつは私はガンで、その治療のためここにきたのだけれど、どうやら、ガンとなっている胆のうが破れたらしい」
 「ええっ? ほんとうにだいじょうぶですか」
 「だいじょうぶ。何度もやっているから。いつもは夜寝ているときだったのだけれど。今回のは早すぎた。だからここで横たわって寝ていたんだ」
 「……」
 「だいじょうぶ。もう起きられる」
と私は、自由になる両手で上半身を起こして
 「動きはじめたら、こうやって、立てるようにもなる」
 「……」
 「歩いて帰れるよ。心配してくれてありがとう」
 若い男性の近くに、連れらしい女性がやって来て、そばに座った。何が起っているのか分からないようだ。
 私はさっさと畳の間からでて、番台横を通り過ぎ、げた箱から靴を出して履き、外に出た。
 歩いてではなく、自転車に乗り、今朝出しておいたフィルムの現像とプリントを受け取るため、カメラのキタムラへと向かった。
 自転車でよかった。歩くと腹腔の下の方が振動に合わせて痛む。
 腹を手でなぞってみた。膨らみはない。やはり電気風呂の刺激で、白血球の闘いが激化して、直ちに胆のうの壁を突破したらしい。
 畳の間で目覚めたとき 37.4度だったが、家に帰ってからの18時20分 38.0度だった。これは間違いなく炎症が起こっている。
 この日は早く眠る。
  (Written by TANAKA Takeshi, May 10, 2019)

 参照資料

[1] 「がん」では死なない「ガン患者」、東口高志・著、光文社新書818, 2016-5-20初版
[2] 「がんが自然に治る生き方」、ケリー・ターナー・著、長田美穂・訳、プレジデント社・刊、2014-11-23初版
[3] 「免疫革命」、(元新潟大学大学院 医学部教授)安保徹・著、講談社インターナショナル・刊、2003-7-11初版
[4] 糖類の分子構造
[5] 「炭水化物が人類を滅ぼす」糖質制限からみた生命の科学、夏井睦(なついまこと)・著、光文社新書663、2013-10-20初版
[6] ブドウ糖とビタミンCの科学構造は極めて似ている
[7] 「ケトン体が人類を救う」糖質制限でなぜ健康になるのか、宗田哲男(むろたてつお)・著、光文社新書786、2015-11-20初版
[8] ダイエッター必読!ケトン体で体内エネルギーの大改革を起こせ
[9] 60mまでの(ほぼ全力)ダッシュの反復など、4本×(4〜6)セット
[10] 100mから300mまでの距離の、全速走に近いペースでの反復、本数やセット数は多くない
[11] 免疫栄養ケトン食で がんに勝つレシピ、管理栄養士 麻生れいみ・著、医学博士 古川健司・監修、光文社・刊、2017-8-20初版
[12] 「がんの嫌がる食事」、丁宗鐵(ていむねてつ)・著、三省堂書店・刊、2013-12-25初版
[13] 「はじめてチャクラの本(CDつき)」、矢尾こと葉・著、永岡書店・刊、2016-7-10初版

 

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