c19 胆のうガンとの闘い (5) 2019年4月18日〜30日

田中 毅(TANAKA Takeshi @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 私がガンと闘うためにどのようなことをしてきているのかを、まとめます。
 このページでは、静岡県の横断旗調査が影響して、じわりじわりと胆のうが破れてゆくのが、これまでのパターンと異なります。
 また、このころ、まるで狂ったかのように、ウェブページを作り上げています。これはちょっとストレス過剰かも。
 これが命取りにならなければよいのですが。

 2019年4月18日〜20日

 4月18日(木) 2時 DVD「クレイジーグッド」を少し見て眠り、4時ごろから後半を見て、また眠る。
 7時起床 朝食 ショウガ紅茶、レバー、タマネギ、大根、ホウレンソウ入りの味噌汁。8時 36.8度(普通の体温に戻った。昨夜は38.0度だったのだ。) 少し腹腔の下あたりに痛みがある。胆のうあたりの膨らみは凹んでいる。このまま凹んだままになってくれればいいのに。
 午後 信楽の実家へ行き、DVD「散り桜」を見る。ストーリーがやや複雑で分かりにくい。むりやり作られたストーリー(たいてい、そうか)のようだ。あまり感動しない。
 夕方 ゆらら(温泉)へ。入浴前 37.0度 入浴後 76.2キログラム。入浴後の体温は38.1度であり、じゅうぶんお湯につかっていると、いつもこのくらいにはなる。これは基礎体温とはみなせない。
 夕食後 19時17分 37.9度 これは基礎体温となる。かなり高い。体の中で、炎症は続いている。歩くと腹腔に軽い痛み。歩くのは嫌だと思う。
 4月19日(金) 5時30分起床 DVD「STAR TREK DISCOVERY F」を見る。
 胆のう部分はまだ平らなまま。痛みはやわらいでいる。ガンが弱っていてほしい。
 6時30分 36.6度。朝食(ショウガ紅茶、スムージー)。
 7時30分〜10時00分 ツバメ小屋で作業机の制作。
 10時〜 食事(ショウガ紅茶、スープ、味噌汁と炒飯)
 DVDをツタヤに返却。本を2冊甲南図書館へ行って借り直す。
 13時〜14時 作業机作り。コーヒーを入れて飲む。38.0度(上がった!)
 RaN377 ダントツ長野県のデータを無視して意味のある解析はできない をまとめウェブオン。
 寒いので作業上着を着て水口神社へ → ツタヤで本(FACT FULNESS)を買う。
 夕食(炒飯) 37.7度(まだ高め。炎症はまだ続いているようだ)
 c01 喘息なんか、かんたんに治りますよ を書き上げウェブオン。37.1度(少し下がった)
 4月20日(土) 2時〜3時  DVD「STAR TREK DISCOVERY G」の(おまけの)特典画像を見る。
 3時〜4時 眠る。36.9度(目覚め時にしては、やや高い)
 4時〜7時 c02 躁病の原因物質と治療法 をまとめウェブオン。
 朝食 洗濯 8時00分 37.1度 
 〜9時00分 「FACT FULNESS」を読む(一部) 34.7度→35.1度 (低い!) 足が冷たい。
 10時半〜14時 水口祭。田楽持ちの(同じ町内の)高校生にお礼(アルバイト代)を渡す。
 14時〜17時 c03私のうつ病は何故だか いつも6ヶ月で治る をつくる。
 業務スーパーで食材を買って、夕食(カレー&玄米) 37.5度(少し温まった)
 RaN377に検証を加える。
 静岡県の地図を3枚用意する。

 2019年4月21日〜22日(静岡県の横断旗調査)

 4月21日(日) 2時00分起床 36.6度。
 2時36分 門坂家(私が住んでいるところ)を出発。国道1号線を土山→亀山と進み、国道23号線を探して乗る。ほぼ高速道路状態。深夜だと、まったく混まない。いつのまにか、四日市や桑名を通り過ぎて名古屋へ。
 4時30分 名古屋のファミマでコーヒー(M, 濃いめ)とチーズでイートイン休憩。38.6度→37.8度→37.5度と変化。こんなもんか。
 6時11分 湖西市へ。黄色い横断旗はない。
 7時06分 浜松市。押しボタン信号。歩道橋。歩道橋。歩道橋。国道257号線→国道152号線→国道1号線と、すべてない。
 磐田市 歩道橋×3確認。
 袋井市 歩道橋2つ。地下道2つ。
 掛川市 地下道。地下道。横断旗を入れる缶だけ。旗はない。歩道橋と押ボタン信号がつづく。
 島田市 金谷栄町で見つかる。国道473号線。旗も多数あり、使われている。調査のため、このそばに立っていたら、車が止まってくれた。せっかくなので、ドライバーに会釈をして、横断歩道を渡った。車がいなくなってから、渡り直して調査地点へ戻った。この島田市では、他にも見つかった。
 藤枝市 押ボタン信号。歩道橋。押ボタン信号×4。
 焼津市 押ボタン信号。地下道。横断歩道はあるが何もなし×2。歩道橋×2。
 静岡市 横断歩道はあるが旗らしきものはなし×3。地下道。
 10時11分 36.4度。このあとも、静岡市には、横断歩道があっても旗はない。1か所 牧ヶ谷のセブンイレブンの交差点で見つかる。
 清水市 清水区の国道52号線 小島町と小河内で見つかる。
 富士宮市 西柏原の県道380号で見つかるが、信号化されている。
 沼津市 片浜小学校へゆくところに見つかる。東間門にあったが、押ボタン信号となっている。国道414号線の沼津市馬込にたくさんあった。
 伊豆の国市(まさか独立国か) 県道134号線の和泉屋前にあった。
 伊豆市 まったくない。
 三島市 県道21号線の大宮町 電柱に固定されていた。これを観察していたら、車が止まってくれた。横断歩道を渡る仕草は何もしていなかったのに。とりあえず渡って、反対側も観察した。
 裾野市 押ボタン信号がほとんど。国道246号がバイパスになっている。東京で仕事をしているころ、街中の246号を利用したが、これを進むと、東京へ一本道だ。でも、今回は、そこまで行かない。
 御殿場市 中山諏訪神社入口で、旗を持っていなかったが、サガワの配送車が停まってくれた。さすがプロのドライバーである。次の横断歩道にも旗があった。市街地では、歩道橋、押ボタン信号、横断歩道だけで旗はなし。
 小山市 歩道橋、押ボタン信号、横断歩道だけ。
 市によって、熱心なところと、まったく関心がないところが入り混じっている。
 4月22日(月) ゆうべの22時から、この日の3時まで車で眠る。宇津の谷峠手前のファミマの駐車場で。5時間の睡眠。3時17分 36.0度(低め)。
 島田市の街中の通りを調べると、次から次へと、信号のない横断歩道に黄色い旗が現れた。大井川の下流から上流に向かってたくさん見つかった。この辺りは川根本町となる。大井川鐡道に沿って町が点々と続いている。黄色い横断旗も見つかり続ける。
 とうとう、これ以上車では行けないという、寸又峡へたどり着く。公営の駐車場らしきところへ車を入れて歩く。駐車料500円と表示されていたが、料金ゲートもなければ徴収人もいない。帰る時とられるのだろうと思っていたら、その帰る時、料金箱が見つかった。野菜の無人販売と同じである。そのまま帰ることもできるが、良心が痛むので、500円玉を1つ落とし込んだ。
 すこし戻って、お土産物屋などが並び、ここでも駐車料は500円だった。奈良の法隆寺では、お土産物屋での駐車料は無料で、そのかわり何か買って帰って、という暗黙の了解がある。ここは不思議だ。お土産物屋や休憩所(街道筋のお茶屋のような)でも、駐車料金を500円とる。みんなでそう決めたのだろう。値下げ競争が起こらないように。
 家並みの最後に、冬季は閉まるゲートのようなところがあるが、歩行者は横から入ってゆける。古いトンネルがあって、アーチ型の天井の壁が波板の鉄板だ。こんな工法ははじめて見た。ぽたぽたと水が落ちている。
 トンネルを抜けると、アスファルト道路が続く。葉っぱのゴミを片付ける人が軽トラに乗っていたが、あとはみんな歩き。山肌の露頭を見ると、岩のパターンが一種類。かけらを拾って観察して、石灰岩だと分かる。変成岩化していて、かなり固く、大理石と呼んでもよい白い部分も混じっていた。ここは南アルプスらしいが、ずうっと昔は海の底だったのだ。大理石じみた石灰岩は、海のプランクトンの死骸であり、その石灰分が泥となり、固まって、地球の表面で一度潜って熱変性をうけてさらに固くなり、こうして地表高くまで持ち上げられたあと、雨で浸食されたという物語を持っている。近くを歩いていた家族連れに話したが、小学生たちにはむつかしかったかもしれない。
 寸又峡の谷底にかかる吊り橋は夢の吊り橋と名づけられていたが、ワイヤーで吊られていたし、真ん中の通路の板が原則1枚で、隙間から下の川が見える。これのどこが夢のなのか分からなかった。万が一ワイヤーの手すりを越えて人が下に落ちても、大人なら命はたすかりそうだ。でも、確かめる気はない。対岸まで渡り、引き返す人もいるが、山肌に作られた階段を上って、上の道路へあがり、ぐるりと歩いて戻る。途中の橋はワイヤーではなく、鉄骨だった。揺れはするが、車が通れる。帰り道はとても長く、山肌に黄色い山吹の花が咲いていた。
 車で同じ道を大井川の下流へと下り、国道1号線を見つけて、西へと向かった。
 帰りは、横断旗のありそうなところが分かりだして、他の市でもいくつか見つかった。しかし、浜松市など、まったく関心のない市では、いくら探しても見つからない。と思っていたら、浜松市子安町の蒲体育館横や子安動物病院前で見つかった。市全体ではなく、町単位で活動しているようだ。
 17時30分からは移動(滋賀にむけて)に専念。21時から西尾市のファミマの駐車場で仮眠。
 国道23号線に乗って国道1号線に移り、四日市市内では左右4車線になっていたが、すぐに2車線へ。鈴鹿→亀山→土山→水口到着は(4月23日の)午前2時40分。35.7度(低いので測り直したら) 35.1度(やはり低い!) 布団乾燥機で背中を温めながら眠る。

 2019年4月23日〜4月26日(胆のうが不調)

 4月23日(火) 6時35分 洗濯、植木の水やりをして、また眠る。
 8時35分起床 36.5度。鳩尾(みぞおち)の膨らみは大きく強い。
 今回は何か失敗したようである。@特殊な脂質がうまく摂れなかった。Aやわらかいクッションの上で長時間眠れていない(運転席で毛布にくるまっての仮眠のみ)。B温泉に一度も入れていない。
 これらが悪い要素となっている。実は22日の午後あたりから、深呼吸すると胆のうに痛みがあるようになる。寸又峡で歩き回ったのが悪かったのだろうか。21日の初めから22日の昼頃までは異常なかった。
 9時〜10時 朝食(スムージー、玄米でのカレー)。フィルム3本をカメラのキタムラへ。市役所の保険課へ行き、〇保の2割引医療費カードを発行してもらう。本日4月23日は私の誕生日であり、65歳になったのだ。いよいよ老人扱いとなる。
 12時30分〜14時00分 ゆらら(温泉)へ。入浴前 37.0度。入浴後 76.3キログラム。
 14時〜16時 畳の間で昼寝。
 水口のブックオフでCD3枚買う。ビートルズ2枚セットとカーペンターズ1枚。これらはロック&ポップスの古典として分類されていた。イエス、エルトンジョンなどもすでに古典だ。
 夕食(スムージー、玄米でのカレー)後 17時25分 37.4度(炎症中)。
 今日は胆のうあたりに痛みがあり歩きづらい。胆のうは破れていないようだが、かなり痛めつけられている。寝返りもうちにくい。病状がだいぶ後退したのかもしれない。(あるいは攻撃が進んだのか)
 4月24日(水) ゆうべの17時から今朝の4時まで11時間もベッドで眠ったが、鳩尾の膨らみは丸く突出して大きくなっている。ガン細胞が勢力をばんかいしたようだ。深呼吸すると、肺が胆のうを圧迫するらしく、痛みが生ずる。だから、浅い呼吸しかできない。
 4時35分 36.8度。5時半〜6時半 朝食(スムージー、玄米カレー)
 6時半〜8時40分 c04 躁病は克服したのにうつ病になった を制作。
 8時50分 36.3度。
 今月の担当者から町費の回収分を受け取る。
 近江八幡市へドライブ。横断旗は見つからず。湖南市の下田に1か所見つかるが、他はなし。
 12時30分 ゆらら(温泉)へ。入浴前 36.8度。入浴後 76.3キログラム。
 13時45分〜3時30分 畳の間で昼寝。血圧を測る。168/96(100拍) 高い。
 バローで食材。ツタヤでDVD。家で夕食(豚肉、砂肝、ナスを炒めてからカレーへ。卵8個はゆで卵として保存。2個ほど食べた) 17時50分 37.5度。
 DVD「アンシンカブル(襲来)」を見る。スウェーデンが何者かに侵攻される。雨の中に神経を異常にする物質が含まれているそうで、狂ったドライバーが次々と車を衝突させてゆく。相手国は最後に暗示される。SFとはいえ、こんな映画作っていいのかな。侵攻の理由になってしまうかもしれない。
 4月25日(木) 4時起床 36.3度(フツー)。
 4時〜7時 c05 ただの健康診断をかたづけるだけのはずでした を書いてウェブオン。35.8度。
 食事(ナス入り豚肉砂肝カレーのみ、スムージー、コーヒー) 8時15分 37.6度→37.8度→37.5度と3回測る。
 回収分の町費を郵便局へ(郵便貯金として入金する)。植木の鉢替え。12時00分 36.6度。
 午後 実家へ行き、母と、DVD「ビブリオ古書店の事件簿」を見る。
 水口のコメリでイレクターの部品を買う。
 夕食後 37.5度。
 外注のホームページ更新の修正作業。
 RaN377 ダントツ長野県のデータを無視して意味のある解析はできない の修正。
 夜 DVD「オーケストラ・クラス」を見る。良い映画だった。21時35分 37.3度。良くも悪くもないか。腹の痛みは軽くなってきた。深呼吸はまだ完全にはできないが、23日や24日よりましである。きちんとケトン食を実行して生きのびよう。10時20分 眠る。
 4月26日(金) 5時起床 35.7度。ショウガ入り紅茶。
 5時〜7時 ウェブページの修正。
 7時〜8時 横になって休む。
 この日は鳩尾(みぞおち)の膨らみがなく、平らになっている。しかし、その周囲などに軽い痛みがあり、炎症が生じていそうだ。歩くのはつらい。
 8時36分 35.2度→34.0度(これはおそらく計測ミス)→35.2度(低い)
 8時30分〜10時30分 c06 2019年1月のCTスキャンと血液検査による診断 をまとめる。36.7度(上がってきた)
 甲南図書館へ本を返しにゆく。
 ゆらら(温泉)へ。入浴前 35.9度。入浴後 38.5度で75.5キログラム。2時間入浴すると、38度台になる。
 ツタヤでDVDを借りる。「トランスフォーマーズ @AB」。 ゆららで昼寝をしてから動けばよかった。まだ腹腔が痛い。37.0度。
 温泉に2時間入っていたので、体から水分がなくなっていた。コンビニに立ち寄り、紙パックのオレンジジュースを飲んだ。これが良くなかったらしい。午後5時 腹腔ではなく、腸の内部で腹痛。明らかに下痢であり、トイレで出す。38.0度。体温が上がっている。少し眠って 午後8時10分 37.4度(少し下がった)。
 鳩尾(みぞおち)の膨らみがほぼなくなった。胆のうが破られていたらしい。今回の攻撃は長かった。22日(月)の午後に始まり、完全に破れたのが26日(金)になってから。
 これでいったい何回目だろうか。

 2019年4月27日(今年の役目は代議員だったので)

 3時起床〜4時 朝食(カレースープ2杯) 37.8度。
 4時〜5時 DVD「トランスフォーマーズA」を半分見る。〜7時半 眠る。
 7時30分〜8時30分 洗濯 朝食(2) 36.5度。
 9時から自治振興会の総会。昨年区長だった私は、この区のしきたりにのっとって、今年は代議員である。貴重な意見をたくさん発表した。まさに私の独断場のような状況だった。私に刺激されて、他の代議員も何人か発表し、あとで仲良くなった。前半のころ議長が「手短に」と言ってきたが聞き流しておいた。後半に私は「(意見が)4つあります」と最初に宣言したが、議長がふたたび「手短に」と言ってきたので、反論した。
 「なんて失礼なことを言うのか。私がこれ以上説明を短くすれば、何も分からないでしょう。このようなテーマ一つで、私は30分や1時間は話せる。それを2〜3分にまとめているのに、それが分からないのですか」
 時間を節約したいのなら、無駄なところはほかにいっぱいある。時間が迫っていたので、そこまで説明しなかったが、私は4つのテーマを2つに限定して、問題点を述べた。
 一年間区長として付き合ってきたので、役員たちの表情は、遠目でもよく分かった。神妙になって聞いていた。
 予定の項目がすべて終わろうというとき、私は手を上げたが、無視されそうなので立ち上がり
 「最後に、何故このような黄色い派手な服(南極料理人のDVDで越冬隊員が着ていたものと同じダウンジャケット)を着ていたのかということと、何故こんなに多く質問したのかという理由を説明します。」
 すでに閉会宣言がなされていたので、何人かが席を立って帰ろうとしていた。私はそれを見て 
 「お急ぎの方は、どうぞお帰りください。さて、何故こんなに厚着をしたままなのかというと、基礎体温を下げたくなかったからです。1月にガンと宣告されてから、基礎体温を高くするということにこだわってきました。体の中の免疫細胞がガン細胞と闘うためです。もうひとつ、何故質問を繰り返したのかと言うと、昨年区長としてやってきたときの、ガンの原因となるストレスを、一気に解消しようとしたわけです。ストレスをため込むと、ガンが悪化してしまうからです。
 まったく私自身の都合によるものですが、本日は、私のガン治療のためにおつきあいいただきまして、ありがとうございました。以上です。」
 ここのところで、少し笑いがとれ、座ると、軽く拍手が起った。
 会場の外で市会議員の一人が、お悔やみのような言葉をかけてきたが、医師でもガン患者でもないのに何が分かる。4つ用意していた問題点のうち、会場で話せなかった2つについて解説し、次々と話しているうちに、ほんとうに1時間経過した。前半取り上げた、横断歩道での生徒の見守りについての問題点に食いついてきた。議員として何か取り組みたいのだろう。自分でやれると、やんわりと流しておいた。前半と後半に私が指摘した問題点は、筋の通ったもので、本質的な活動に楔(くさび)をさすものだったが、詳しいことは割愛する。
 14時30分 ゆらら(温泉)へ。入浴前 36.4度。入浴後 73.5キログラム。これはやばい。昨日、ほぼ断食状態で、朝ショウガ入り紅茶を飲んだ後、昼食らしきものはとらず、温泉後のオレンジジュースで下痢をして、そのまま眠ったから、腸内は空っぽだ。おまけに、腹の膨らみも消えている。
 風呂後の血圧 131/74(119拍)。正常値の範囲に入っている。一日断食するとこうなるのか。
 2時半〜4時と、一度目覚めてから、4時〜5時に、畳の間で昼寝をした。
 夕食 豆腐と野菜炒め。18時37分 37.5度(正常値)

 2019年4月28日〜4月30日

 4月28日(日) 6時〜6時40分 朝食 36.4度。
 〜10時30分 c07のための画像準備と下書き。
 1時間10分ほど(歩く)散歩。
 11時40分〜12時48分 c07腫瘍マーカー CEAとCA19-9 を推敲してウェブオン。36.5度。
 自転車でブックオフへゆき、ロック&ボップのクラッシックCD×4組を買う。
 水口小学校のグラウンドへぶらり。縄跳びの練習をしている一年生の女の子とそのお婆さんにであい、縄跳びをうまく跳ぶ技術を指導する。こんなことは初めてだった。昔中学校で陸上競技を教えていたが、縄跳びなんか、生徒は勝手にやっていた。縄跳びでは彼らに勝てなかった。
 家に戻り、c08ガン宣告のあとの診察で私は定期的な血液検査を願い出た を制作。
 17時ごろ 37.6度(意外と高い) このあと自転車散歩。
 19時頃 夕食(チーズ、リンゴ、かんきつ類で)
 c09糖尿病はヘモグロビン・エー・ワン・シーで判定する の下書き。
 21時ごろ布団に入る。
 腹の真ん中の胆のうがまた丸く膨らんできた。痛みはあまりない。深呼吸はできる。せっかく細い胴になって、体重も73キロ台に減ったのに。また太くなりそう。
 4月29日(月) 2時40分起床 36.7度。
 〜3時30分 c09糖尿病はヘモグロビン・エー・ワン・シーで判定する をウェブオン。
 4時〜6時 DVD「トランスフォーマーズB」を見る。
 6時〜7時25分 c10 2019年3月27日の腫瘍マーカーCEAとCA19-9 を書いてウェブオン。
 少し寒くなってきたので、また布団に入る。
 朝食 紅茶、具だくさん味噌汁×2杯。10時10分 37.3度。
 YESを聞きながら、〜14時40分 c11肝臓マーカー T-BIL, AST, ALT, LDH, ALP, γ-GTPと炎症マーカーCRP定量 を制作およびウェブオン。力作!
 夕方 リンゴとかんきつ類を1個ずつ食べる。36.9度(平凡)
 夕食 シチュー×2杯とリンゴ。37.3度。
 夜1時間ほど、c11の追加画像を加え、ページの構成を整える。
 4月30日(火) 5時〜7時 DVD「悲しみに こんにちは」を見る。
 朝食 コーヒーとスープ 8時15分 37.2度。
 12時まで、5つの県についての横断旗調査の写真のフィルムを、デジタルデータとして取り込む。35.8度。
 豆乳を飲む(発酵していた) フタを開けて3日も経つとこうなる。
 午後 RaN378ダントツ長野県の黄色い横断旗はまだ生きている 下書き。
 17時30分 夕食 37.1度。
 RaN378をウェブオン。
 DVD「パシフィック・リム・アップライジング」を見る。菊池凛子が偉くなっていた。驚き。
 11時40分 36.7度(これは睡眠モードの体温)
 さらにこのあと、c12の下書きを始めて、0時45分 眠る。
  (Written by TANAKA Takeshi, May 14, 2019)

 参照資料

[1] 「がん」では死なない「ガン患者」、東口高志・著、光文社新書818, 2016-5-20初版
[2] 「がんが自然に治る生き方」、ケリー・ターナー・著、長田美穂・訳、プレジデント社・刊、2014-11-23初版
[3] 「免疫革命」、(元新潟大学大学院 医学部教授)安保徹・著、講談社インターナショナル・刊、2003-7-11初版
[4] 糖類の分子構造
[5] 「炭水化物が人類を滅ぼす」糖質制限からみた生命の科学、夏井睦(なついまこと)・著、光文社新書663、2013-10-20初版
[6] ブドウ糖とビタミンCの科学構造は極めて似ている
[7] 「ケトン体が人類を救う」糖質制限でなぜ健康になるのか、宗田哲男(むろたてつお)・著、光文社新書786、2015-11-20初版
[8] ダイエッター必読!ケトン体で体内エネルギーの大改革を起こせ
[9] 60mまでの(ほぼ全力)ダッシュの反復など、4本×(4〜6)セット
[10] 100mから300mまでの距離の、全速走に近いペースでの反復、本数やセット数は多くない
[11] 免疫栄養ケトン食で がんに勝つレシピ、管理栄養士 麻生れいみ・著、医学博士 古川健司・監修、光文社・刊、2017-8-20初版
[12] 「がんの嫌がる食事」、丁宗鐵(ていむねてつ)・著、三省堂書店・刊、2013-12-25初版
[13] 「はじめてチャクラの本(CDつき)」、矢尾こと葉・著、永岡書店・刊、2016-7-10初版

 

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