c27 胆のうガンとの闘い (10) 2019年5月24日〜5月31日

田中 毅(TANAKA Takeshi @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 私がガンと闘うためにどのようなことをしてきているのかを、まとめます。
 ここでも、ささやかながら、とんでもないことが起こります。
 その原因は、これまでとは異なることでした。

 2019年5月24日〜5月29日

 5月24日(金) 2時30分 起床 36.4度。
 〜3時42分 c23 胆のうガンとの闘い (9) 2019年5月19日〜5月23日 を書き込み。
 DVD「レッスル」を見る。ドラマの設定から面白く、とても笑えた。涙も出てしまう。心も温まる。6時 36.9度。
 朝食(バナナ1本、あさみや茶)。
 10時〜11時30分 近くの中学校で校長と会談。かんたんに内容を言うと、生徒会活動についての問題点について。私は子供がいないのでモンスターペアレントではない。モンスターシチズン(怪物市民)なのかもしないが、ゴジラのように、本質的には人類の味方だと思う。いろいろなものを壊してしまうけれど…
 昼食(バナナ、野菜ごった煮味噌汁の卵落とし×2杯) 12時15分 38.6度(基礎体温の自己ベスト、これは温かい味噌汁の影響もあるだろう) 少し時間をおいて 37.9度。こちらが本当の基礎体温のようだ。
 午後 1時ごろ maRoom を見学。一般市民が申し込みなく利用できるという、1階の椅子とテーブルがぎっしり並べられているところと、2階のテラス(ほぼ空っぽ)を見るが、まったく魅力を感じない。
 1階の椅子とテーブルのスペースは、まるでカフェのような配置だが、隣接している台所は許可がないと使えない。もちろん、カフェや食堂の施設はない。外の景色が見えるわけでもない。ここのスペースでいったい何をすればよいのだろうか。
 2階のテラスは、外から階段で自由に上がってこられるというが、ここも何をすればよいのか戸惑う。やや遠くに、殺風景な市庁舎が見えるだけだ。下の広場とやらには、平板な芝生があるだけ。この町には大池寺(だいちじ)もあるというのに、庭に関する技術や思想が、これらの公共の施設には、何も生かされていない。
 居心地がよくないので、すぐにここを離れた。
 このあとの行動で、とくに目立ったものはない。
 夕食(ピーナッツ、リンゴ、夏みかん、豆乳) 19時20分 37.1度。
 日誌には記していないが、胃が重く、適度に活動していても、夕食がすすまない。
 5月25日(土) 5時起床 朝食(1)(キュウリ、トマト、あさみや茶)。玄米を乾煎りして圧力釜で炊く。炊き上がったら、ボウルに空けて、蒸すときのガーゼをかぶせて冷ましておく。
 近所の中学校の校長あてのメモを書く。生徒会活動についてのマナー3項目。中学校へ持ってゆくが、土曜日で朝も早いため、体育館で練習の準備をしていた中学生にことづける。
 適度に冷めた玄米を、小さな椀に入れてラップにひっくり返して包む(×6)。残りは食べる。
 朝食(2)(その玄米を少し、ごった煮×1杯、豆乳)。8時00分 36.4度。
 玄米2個を持って、町代のところへ行き、糖尿病が治ったことを報告する。
 同じく玄米2個を持って、隣町の前町代(庭づりくりの先輩)のところに行き、糖尿病のこと、横断旗のこと、市役所での会談、中学校の校長との会談など、おしゃべりし続ける。これは10時〜11時49分まで。
 昼食(豆乳、青紫蘇ラッキョウ、キュウリの酢漬け、キャベツの酢漬け、アボカド、お茶、生のままのキュウリ)。細かく、胃への負担が少ないものを食べる。
 植木に水やり。12時25分 36.7度(安定)。
 午後 あちこちの食品スーパーを回って、(貝の)カキを探すが、どこにもない。もうシーズンは終わったらしい。15時30分 37.3度。カキは無かったが、ドライブしたため、リラックスしたのだろう。
 亜鉛を多く含む食品をネットで調べる。煮干し、アーモンド、卵黄、プロセスチーズ、豚レバー(見たことがない)、いろいろな牛肉、鳥レバー(これはよく食べる)。
 少し昼寝。17時00分 37.1度。
 夕食(イリコ、チーズ4ピース、ヨーグルト、トマトジュース) 17時25分 36.7度。
 〜19時00分 DVD「ガンジスに還る」を見る。これの英語名はHOTEL SALVATION(解脱ホテル)。ここでは、人が亡くなることを「解脱した」と言う。単なる自然死を解脱と言ってよいのだろうか。日本には、ほとんど自然死なぞない。ガンをはじめとして、数多くの病気で死んでゆく。誰一人として解脱なぞやっていない。人の死をとりまく、いろいろな闇のかすみは、日本もインドも同じだ。
 5月26日(日) 3時〜5時30分 DVD「しあわせのパン」を見る。パンを焼いて食べることが、単純に幸せだったころの物語。
 朝食(1)(お茶、ココナッツミルクと豆乳と赤唐辛子を加えたスープ×1杯、リンゴ、夏みかん、キャベツ、バナナ、スムージー×1杯) 6時30分 36.2度(フツー)。
 c23 胆のうガンとの闘い (9) 2019年5月19日〜5月23日 を制作。9時31分 36.9度。なんと! 上がってきた。
 10時〜10時30分 朝食(2)(黒豆と大豆入り乾煎り圧力鍋炊き玄米×1、レトルトのクリームシチュー、お茶)。〜12時 昼寝。
 昼食(スムージー、お茶、チーズ2ピース、カカオ86%のチョコート3片) 12時30分 36.3度。
 がやめばる(という名の魚)3尾を煮る。
 三井アウトレットパークへ行くが、買うべきものはない。14時39分 36.8度。気温は29度くらいであり、涼しいと思う。
 ゆらら(温泉)へ。入浴前 37.1度 73.3キログラム 入浴後 37.6度 72.4キログラム。血圧 122/74(114拍)。入浴中 @片脚ハーフスクワット(各×20回)、A片脚ヒールレイズ(各×20回)、B平地での腕立て伏せ(肘が90度になるまで下げるもの)×20、これらを2セット行う。
 18時30分〜21時00分 DVD「しあわせのかおり」(藤竜也×中谷美紀×田中圭×…)を見る。よい映画でした。中華料理って奥が深い。ただ、藤竜也演じる王(ワン)さんは、脳溢血で倒れて、料理するための中華鍋が使えなかったという設定になっている。ここに問題点が潜んでいる。シナリオ上の唯一の汚点。これはガンでも同じだろう。21時03分 37.4度(良好)。
 5月27日(月) 5時 起床 36.5度(とくに変化なし)。
 朝食(スムージー、お茶、チーズ) 6時35分 36.6度(変わらず)。
 c24 糖尿病を自力で治しました 制作。疲れた。8時10分 36.9度。
 瀬田のフォレオへ行き、コーヒー豆のケニア(200g)、干バナナ、干マンゴー、本3冊を買う。
 フォレオのサイゼリアで昼食(小エビのサラダ、たっぷり野菜のミネストローネ)。11時32分 37.2度。
 車で家に戻る。12時40分 37.2度(変わらず)。
 12時40分〜2時30分(1時間50分) 昼寝。
 2時30分〜3時00分 町の会計の事務。このあと、雑多な用事を4つほど片付ける。
 16時30分〜17時00分 夕食(牛肉・エノキ・ワカメの自家製無糖味醂煮、スムージー、もやし、キャベツのコールスロー)。
 17時〜19時 DVD「鈍獣」を見る。笑える映画らしいが、まったく笑えなかった。この映画の脚本家や監督とは、笑いについての感覚が異なる。
 19時〜23時(4時間) 眠る。
 23時00分〜23時40分 c23とc24を訂正。
 23時40分〜(翌日の)1時45分 DVD「スープオペラ」(坂井真紀×藤竜也×…)を見る。スープはおいしそうだったけど、この映画の見どころはどこだったのだろうか。あまり感動もせず、淡々とストーリーが進んでゆく映画も、悪くはないのかもしれない。
 5月28日(火) 2時30分〜 眠る。4時00分 起床。ビートルズを聞く。
 6時00分〜6時30分 朝食(エノキ・ワカメ・ナメコ・キャベツの味噌汁、日本茶)。6時35分 37.1度。
 静養を心がけているので、胆のう周りはあまり痛まない。また厚みを増しているようなので、腹の中で場所を占め、きゅうくつな胃が、あまり膨れることができず、小食のまま。何回かに分けて食事している。
 c25 2019年5月23日 3回目の血液検査の結果 制作。c11 肝臓マーカー T-BIL, AST, ALT, LDH, ALP, γ-GTPと炎症マーカーCRP定量 の表をベースとして、さらに比較項目を増やした。医療に携わっている医師は、わずか15分の診断で、単なる項目の分類だけを述べるのではなく、これくらいのことは説明してほしい。私は医師ではないが(医師免許をとるという進路には関心が無かったので)、仮に医師だとしたら、おそらくそうすることだろう。
 10時40分 36.9度。
 昼食(玄米ご飯、味噌汁、リンゴ)。11時15分 37.0度(う〜ん、これで良し)。
 12時30分〜14時30分 DVD「50/50」を見る。この映画はリアルだが、おかしなところがたくさんある。正確な病名は主人公も理解していないようだが、脊髄に広がるガンに侵された青年の物語。このようなガンがあるというのに、主人公は普通の生活を送っている。どう考えても、下半身不随とまではいかなくても、何か機能障害があるというのが自然なストーリーではないだろうか。
 抗がん剤で治療しているらしいが、その副作用として、吐き気をもよおすシーンがあるものの、副作用で髪の毛や眉毛が抜けてゆくのではなく、主人公は友人にそそのかされて、自ら髪の毛をバリカンで切り取り、シーンとしては何もないが、ピカピカ頭に剃刀でそりあげている。
 3年前の入院時、私が頭をピカピカにそりあげていたのは、散髪代の節約と、ゾクチェンを意識していたことと、白髪が嫌だったからである。ガンの疑いがあると言われる何か月も前からスキンヘッドだった。
 映画の主人公は……おっと、あまりストーリーの要点にはふれないようしよう。
 私がかちんときたのは、ラストに近いところで、医師が
 「抗がん剤は効いていません」
と、何のちゅうちょもなく発言するところ。
 どうしてここで、医師は、まるで他人事のように話すのか。
 「抗がん剤なんて、どこかの誰かが作って医師に売りつけたものであり、それが効くか効かないかまで責任はとれない」
と言っているかのようだ。
 すべての医師は、ここのとこで、患者に深く誤るべきではないのか。
 そして
 「抗がん剤が効かないので、ガンが脊髄で成長しており、あとは手術でとるしかありません」
と、生きるか死ぬかの手術へと進めてゆく。
 5時間にもおよぶ手術の結果、(ネタばれになってしまうが)ガンは取り終え、主人公は回復するのだが、ここのところも理解しがたい。脊髄の中で、樹木か蔦のように伸びていたガン細胞を取り去るというのだが、それはもともと脊髄の中の神経細胞のはず。手術後の主人公は半身不随か植物人間化していなければ、これは嘘ではないか。
 もうひとつ、この物語では、患者である主人公の免疫力を高めるための行為が、どこにも見られない。セラピーのシーンが2種類あるが、いずれも失敗している。
 ストーリーはハッピーエンドとなっているが、私の体験と考えでは、これではまったく、ガン患者にとって、何の救いにもならない。
 14時30分 37.1度。
 14時30分〜16時30分(2時間) 昼寝。ぐっすり。夢も見たようだが、悪夢でもなく、ごくごく平凡なものだった。このあと雑務が3つばかりあった。
 18時00分〜18時30分 夕食(魚の造り、もやし・キャベツのコールスロー・キュウリ・トマトの自家製サラダ)。 18時30分 37.2度(今日は、このあたりの体温で一定)。
 胆のうの辺りは、とくに痛むわけではないが、まだ違和感があって、圧迫されて胃が重い。夕方の昼寝が効いて、夕食は食べられるようになった。
 夜 DVD「KAMATAKI」を見る。これは信楽を舞台にした映画。穴窯で自然釉の作品をつくる作家の数は減ったが、その一人のもとで修行するカナダ人若者の物語。しだいに日本人のような、礼儀やしきたりの中でのふるまいが自然とできるようになる。
 私は陶器の会社で釉薬を担当していたが、自然釉でなくても、土と釉薬の組み合わせは無限といってもよく、あるいは自然の状態がすっかり変わってしまったため、昔よく作られた、海鼠(なまこ)釉が今では再現できない。現在のわら灰は、過去のわら灰とは、まったく異なってしまっているのだ。
 この映画を18禁としてしまったエロチックなシーンは不要だったと思う。信楽の作家や人間を、あたかも特殊な種族であるかのように表現しているが、私たちにとっては、他国の隠された物語のほうが、異常で特殊だと思えるものがたくさんある。
 見終わった後 36.8度。眠る。
 5月29日(水) 0時 起床 36.8度。
 0時〜1時 翌日の市役所での会談のためのレポートをつくる。重要な項目だけを選び出し、A4一枚にまとめる。これで会談相手はメモをとらなくてよいし、こちらは手短に話を進めてゆける。
 朝食(1)(残っていた味噌汁×3椀)
 玄米を洗って水に浸す。
 シチューをつくる。
 玄米を水切りして乾煎りし圧力釜で炊く。上手くできた。
 4時00分 37.2度。眠る。
 7時00分 起床(2) 朝食(2)(玄米×2膳、豚肉スープ×1椀、豆乳)。
 ガソリンを入れにゆく。洗濯ものを干す。
 8時15分 36.5度。
 三重県(三重郡菰野町菰野)にある片岡温泉へ。入浴前 36.5度 74.65キログラム(増えている) 入浴後 37.1度(ほとんど温まっていない) 73.50キログラム。
 1キログラムほど重くなっているのは、胆のうの分らしい。痛みはないが膨らんでいる。
 11時30分〜12時40分 畳の間で昼寝。36.9度。
 移動。三重県の県道11号線を使ったが、鈴鹿市から亀山市につながる部分が、車1台がぎりぎりの、昔ならリヤカー1台が通ったままの、林に覆われた細い道となっている。三重県として何も対策していないようだ。あきれた。平野部でのバイパスづくりに力を入れているが、その反面、いろいろな点で、この県の交通対策は遅れている。JAF調査ワースト3。
 14時30分 家で昼食(玄米1合をリカマンで買ったレトルトの黒カレーで、野菜のコールスロー、魚の造り、スムージー、豆乳、豚肉スープ)。
 胃が重くない。玄米が普通に食べられる。胆のうの辺りはとくに痛まない。14時55分 37.5度(温かいスープの影響?)。
 14時55分〜17時15分(2時間20分) 昼寝。
 食材を買いに行って夕食(アンガスビーフ、コールスロー、明太子で玄米×1膳、スープ)。スープが美味しくなってきた。鳥のげんこつも出刃包丁で骨のところをたち切って入れた。牛肉も入れた。
 19時21分 37.1度。早めに眠る。

 2019年5月30日〜5月31日

 5月30日(木) 1時起床 朝食(日本茶、スープのみ×2椀)。
 「日日是好日」を読みすすむ。日本文学に、このように深くみごとな作品が生まれたと感じた。さらりと平凡な文章のように見えていて、それでいて、心をゆさぶる。人が歌う歌の中に、よく似たものがある。聞く人の心に染み入って、感情の琴線を震わせてしまう。涙が出て止まらなくなるような…
 2時15分 36.9度(良好)。まだ寒いので眠る。布団乾燥機をかけて体を温めて、ビートルズを聞く。
 4時30分 起床(2) 36.3度。
 横断歩道の横断旗の調査で集めた写真から8枚を厳選して、A3の用紙に両面テープで貼る。
 この日誌の5月24日以降のものをまとめ始める。仮称c29(のちに→c27となる)
 生ごみを捨てにゆく。
 書き込みを続ける。
 8時〜9時 自転車散歩。旧東海道筋から平和堂のほうへそれ、まだ閉まっているブックオフの前を通り過ぎ、地下道で国道1号を横切って名坂側に出て西へ。ここもまだ閉まっているネッツトヨタの前を過ぎ、どんどん進み、ケーズ電気も通り過ぎ、少し行って、伴谷からの中学生が通るだろう、地下道で国道1号を横切り、田畑が広がる柏木地区へと折れる。旧東海道を左折して、家へと一本道。
 9時〜10時 c29を書き進む。このとき、まず、27日にフォレオで買っておいた、コーヒー豆のケニアを挽いて、井戸水を沸かして、コーヒーを淹れる。豆を挽くとき、前の豆の設定のままにしてあったので、かなり細かくしてしまう。ケニアの豆は、甘味、苦み、うまみ、酸味の4要素の面積グラフが、完全なひし形になるほど、すべての要素が強い。粉も細かかったので、かなり濃く抽出したことになる。
 背の低めのカップで3杯ほどだったが、1時間かけて、ちびりちびりと飲んだ。これでは出来の悪いウィスキーをストレートで飲んでいるようなものだ。今度は粗く挽こうと思った。
 この日は午後1時から市役所で会談を予定している。これまでの、市役所職員の業務についての問題点の指摘ではなく、横断歩道の横断旗の問題を市として取り組んでもらうための、担当課への説明である。準備はすでに終えている。
 ただし、これを終えたその足で、信楽の実家へ行き、井戸水を2リットルのペットボトル12本に汲むことと、ノートパソコンで母とDVD(この日の予定は「パディントン」)を見るスケジュールを考えている。
 母へのお土産を買うため、車でバローへ向かう。
 車を止めて歩き出すと、何かがおかしい。
 お腹の痛みで歩けない。かなり痛い。表情に出さず、できるだけ自然な動きで、夏みかんとブドウを買う。
 車に戻って、このままここで動かないかと考えたが、市役所は近かったので、そちらに移動することにした。
 市役所の裏の出入り口の横に、4つの絵ことばが描かれた駐車スペースがあった。空っぽであり、日影だった。ここを通り過ぎ、表の駐車場へ回ったが、どこに停めても日当たりが良すぎた。くるりと回り込んで、裏へ戻って日影のスペースに車を停めた。
 窓を解放しておき、運転席のシートを後ろに倒して、腹部の痛みが最小となる姿勢を探して、静かに横たわった。職員や市民が外を歩いてゆく。なぜここに停まっているのかと、いぶかしく思っているのかもしれない。誰かが声をかけてきたら、病院の担当者へ電話をかけて、私が重病であることを確認してもらおうと考えていた。障害者の手帳のようなものは持っていない。かつて精神疾患であったときも、医師にはかからなかったので、認定はされていない。しかし、ここまでのステージのガン患者なのだ。正々堂々とここに停まっている権利はある。誰かが私の現状を知ったら、きっと救急車を呼んでしまうことだろうが、それは避けたい。病院へ運ばれても、かえって痛みが増すばかりだ。
 やがて1時間ほど安静にしていたら、痛みが薄らいできた。手のひらで腹部を触れてみて、膨らみが消えていることに気づいた。36.6度。
 胆のうにたまっていた大量の胆汁が一気に十二指腸に出た、というあれだ。
 1回目は5月4日(土) マッサージをしていたら、胆管部分で、ぷしゅっという音のような感覚がしたとき。この時はベッドの中にいたので、そのまま安静にしてやり過ごした。2回目は5月18日(土) ウェイトトレーニングルームで台腹筋をして、腹筋が、胆のう部分を、藁納豆の藁のような形で締め上げたとき。これは大変だった。そして、この日の3回目。
 原因は?
 あれしかない。ケニア豆のコーヒーだ。
 こんな方法もあったのか。
 起こってみるまで、何も分からなかった。
 はじめ日影だと思っていたが、太陽の動きのため、車は日向の中に。どうせ同じことなので、車を表の駐車場へ移動させた。
 11時20分 37.3度(じわりじわりと上がってきた)。痛みは激痛ではなくなってきた。しかし、動くのは嫌だ。
 12時10分 37.6度(さらに上がって来た!)。
 市役所の1階入り口近くに、平たい星型のソファがある。そこへ移動しよう。
 歩いてそこまで行ったが、ここで横たわれる雰囲気ではない。1階は人の出入りが激しい。3階までエレベーターであがり、窓際のテーブルとイスの所へ行き、机にうつぶせになって座った。
 12時30分 会談の相手となる担当課の課長が現れ
 「今から始めますか?」
と聞いてきたが
 「(約束どおり)1時からでいいです」
と答えた。昼休みなのに、課長が仕事をしていたら、他の職員が気まずく思うだろうと、説明はしなかった。市役所は一般に交替で昼休みをとっているので、そんな配慮は不要だったかもしれない。それよりも、あと30分休みたかったというのが本音だった。37.7度。
 12時50分 トイレに行く。小便の色はまだ透明だった。37.8度。
 胆汁で色づいた赤茶色の小便が出たのは、翌日の17時00分のこと。胆汁大量放出の今回の事件が起こったのが11時ごろなので、24時間と6時間を加えて30時間後ということになる。
 13時00分 市民活動推進室の課長と話し始めたが、内容が分かりだし、生活環境課も参加してもらうとよいということになる。すでに生活環境課の課長らには話をしてあるが、現れたのは、その課のナンバー3らしき人物。課長と課長補佐はいなかったということで。
 横断歩道の横断旗の問題についての会談は1時間で終わった。
 市民…課の課長とは同郷なので、少し世間話を。
 私が糖尿病を自力で治したことを告げると
 「糖尿病って治るもんなんですか?」
と聞いてくる。これが世間一般の視点なのだということを知らされた。
 15時00分 家に戻る。信楽へ行くのはやめた。腹の中が痛みだしてきた。このまま昼寝。
 17時00分 37.9度(測るたびに0.1度ずつ上がる)。
 19時00分 38.0度(見事に予想どおり)。このまま横になって、眠くないが、眠り続ける。
 23時00分 36.5度。きちんと睡眠したようだ。熱が下がった。
 5月31日(金) 3時15分 起床 37.0度。
 12時間 横になって眠った。胆のう もしくは 十二指腸の痛みはかなり薄らいできた。腹はぺしゃんこになっている。
 4時 朝食(ブドウ、トマト、肉と野菜のスープ×2椀、日本茶)。
 4時30分 37.7度(温かいスープの影響か?)。少し眠る。
 7時〜8時 中庭の改修。36.8度。
 DVD「パディントン」を見る。この映画で熊の子どもが演じている役割は、第二次世界大戦で親を失ったユダヤ人の子どもが象徴されたものだと知った。単なる娯楽映画ではなかった。もちろん、そんなことを知っても、自然と笑える。ほのぼのとしたハッピーエンドも楽しめる。悪人役の結末にも悲惨さがなくユーモラス。
 9時30分 37.5度(これはどっち? リラックスして? それとも 炎症で?)
 胃が重い。まだ消化しきれていない。スープの肉が原因か。胆のうが少し膨らんできたようだ。
 中庭の池に入れる水質浄化剤を買ってきて入れる。カキの貝殻や、竹炭、多孔質の石など。
 さるびの(温泉)へ。入浴前 37.0度 73.45キログラム 入浴後 38.2度 72.25キログラム。
 ほぼ2時間。体重が少な目だが、この状態では筋力増加のための運動もできない。
 ようやく胃の重みがとれてきた。さっそく、胆のうが、やや平たく、お好み焼きのような形で膨れてきている。その部分を押さえると、やや痛い。
 16時15分 夕食(明太子で玄米×2膳、スープ、リンゴ)。
 玄米5kgを買いにJAへ行く。100円割引券の期限が本日までだった。
 16時55分 37.9度(この状況でこれ。明らかに炎症中)。
 17時00分 赤茶色の小便が出る。1日と6時間かかっている。
 深夜 CPP224 ジョン・レナード・ウォルソンの宇宙船団は存在しないを制作。
 翌日の0時22分 36.6度(落ち着いてきた)。
  (Written by TANAKA Takeshi, June 2, 2019)

 参照資料

[1] 「がん」では死なない「ガン患者」、東口高志・著、光文社新書818, 2016-5-20初版
[2] 「がんが自然に治る生き方」、ケリー・ターナー・著、長田美穂・訳、プレジデント社・刊、2014-11-23初版
[3] 「免疫革命」、(元新潟大学大学院 医学部教授)安保徹・著、講談社インターナショナル・刊、2003-7-11初版
[4] 糖類の分子構造
[5] 「炭水化物が人類を滅ぼす」糖質制限からみた生命の科学、夏井睦(なついまこと)・著、光文社新書663、2013-10-20初版
[6] ブドウ糖とビタミンCの科学構造は極めて似ている
[7] 「ケトン体が人類を救う」糖質制限でなぜ健康になるのか、宗田哲男(むろたてつお)・著、光文社新書786、2015-11-20初版
[8] ダイエッター必読!ケトン体で体内エネルギーの大改革を起こせ
[9] 60mまでの(ほぼ全力)ダッシュの反復など、4本×(4〜6)セット
[10] 100mから300mまでの距離の、全速走に近いペースでの反復、本数やセット数は多くない
[11] 免疫栄養ケトン食で がんに勝つレシピ、管理栄養士 麻生れいみ・著、医学博士 古川健司・監修、光文社・刊、2017-8-20初版
[12] 「がんの嫌がる食事」、丁宗鐵(ていむねてつ)・著、三省堂書店・刊、2013-12-25初版
[13] 「はじめてチャクラの本(CDつき)」、矢尾こと葉・著、永岡書店・刊、2016-7-10初版
[14] 「ケトン食ががんを消す」古川健司・著、光文社新書847、2016-10-20初版
[15] 「炭水化物が人類を滅ぼす 【最終解答編】 植物VS.ヒトの全人類史」 夏井睦・著、光文社新書911、2017-10-20初版
[16] 「免疫力を自分で上げる本」、主婦の友社・編、株式会社主婦の友社・刊、2018-12-20発行

 

 

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