肖像スタンプ(モアディブ工芸)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ デザインエピソードムラ


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  さいしょ「肖像スタンプ」はウィスキーと交換していました

 さいしょに作ったのは、私自身の自画像でした。自分自身のポートレイトを見て下絵を描き、リノリウム版に彫りました。そのとき私は中学校の教師だったので、生徒への連絡ノートやプリントに、ポンポン押して楽しんでいました。それを見た同僚の先生たちが、自分のものも作ってほしいと頼んできました。地方公務員だったので商売をするわけにもいきませんから、ウィスキーの瓶1本(もちろん中身が入っているものです)と交換ということにしました。




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  教師をやめたあとも、いろいろとあって、「肖像スタンプ」を作りました

 私が教師を辞めたのは31歳のときでした。辞めたとたんに自分では何も決められない状態が続き、あろうことか、病気で休むことになった先生の、いわば代用教員として、半年だけ働くことになりました。このときも、周囲の先生たちから求められ、ウィスキーの瓶1本と交換で、たくさん「肖像スタンプ」を作りました。





  知り合いの先生たちのところへ注文をとりにゆきました

 「肖像スタンプ」で商売をしようと決心し、「モアディブ工芸」という名の屋号を決めて、チラシなども作って、知り合いの先生たちのところへ注文をとりにゆきました。
 「モアディブ工芸」という名前は失敗でした。電話で注文を受け取るとき、こちらが「モアディブ工芸です」と言っても、きちんと聞きとってもらえなかったのです。「モア工芸?」とか聞き返されていました。この「モアディブ」というのは、デューンのSF小説(から映画となった)「砂の惑星」における、異星の空にかかる月の名前だったのです。ひょっとすると、地球のアラビア語あたりからの名前かもしれません。私が言うときですら、ときどき舌がもつれていました。



  1年間だけがんばりました

 営業がたいへんでした。この地方では有名な「はんこ屋」と提携もしましたが、中間利益をとられてしまうので、こちらの利益が少なくなってしまいます。きちんと利益をだすには、自分で営業することです。当時はコンピュータで画像処理できる時代ではなく、たよりになるのは、リバーサルで撮影する肖像画像と、小さなスライド投影機と、縮小機能があるコピー機でした。あれこれと、いろいろな手間がかかって、リノリウム版を彫っている時間へとたどりつくまでがたいへんなのでした。
 1年間だけがんばりましたが、こんな田舎では、とてもやっていられないと考え、この仕事を辞めて、この地方にある、美術関係の工場で働くことにしました。





 


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