こんなところに落ちてきてしまった
天国にいちばん近い町(1)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 こんなところに落ちてきてしまった。人々は、ぼくのことを流れてきた者だと思っている。しかし、ほんとうのところは、落ちてきたのだ。かつて、天国だと呼ばれていたところから。ぽとん、おぎゃあ、ってね。

 ここはとても寒い。ここはシベリアだとも言われている。シベリアがどこにあるのか、ぼくは知らないけれど、きっと、ここと同じくらい寒いのだろう。磨き上げた金属版に水をかけると、見ている間に、氷の枝が伸びてゆく。とてもきれいだ。

 工場のあちこちに、石のかけらが捨てられている。商品価値のない石は、こうしてほうりなげられる。石を掘り出すのは別のところでだ。入局してすぐ連れて行かれたことがある。海のそばだった。斜めに掘られたトンネルがあって、細い線路が横に敷かれていて、その横を降りてゆく。天井から水がぽたぽた落ちてくる。奥のほうにエンジンのついたトロッコがしまわれていた。どんどん奥に歩いてゆく。さあ、ここだ、と言われたところは、海面からどれくらい離れているのだろう。もう、水は落ちてこない。そのかわり、下がじわっとぬれている。からだが溶けそうなくらいの塩分量だ(エイリアンネイション)。長靴を履いていなかったら、骨だけになってしまっていたことだろう。ビニールの手袋をはめて、そこに散らばっている石のかけらを箱に入れ、トロッコのところまで運ぶというのが、最初に与えられた仕事だった。こんなことは、もう思い出したくもない。ここから逃れるために、ぼくは必死に働いた。こんなところで働き続けさせておくのは、組織にとって損だと思ってもらえるように。

 ようやく地表に出られたと思ったら、今度は、こんなに寒いところだ。まあいいか。寒いくらいなら、服をたくさん着込めばなんとかなる。ひげもできるだけ伸ばしておけばよい。しっぽが凍傷にかかってしまわないように、服の中へとしまっておかなければならないというのが、すこしやっかいだ。

 地表に出られただけではない。仕事が終わったら、自分だけの部屋に戻ることができる。休みの日には、町の中心に出かけることもできる。この町は、とくべつなところだと、町のヒトが言う。何がとくべつかというと、外の世界では役に立たないものが、ここではきちんと生きてゆけるからだという。なるほど、だから、ぼくも、ここに落ちてきたのだ。

外の世界にゆくには、主にバスを使う。しかし、いくらかユーロA(使役交換単位として、A地区で通用するユーロと言う意味だが、続けてユーラともいう)がたまったので、ぼくは自転車を買った。赤いマウンテンバイクだ。赤色は初心者用で、中級者になると青色に乗ることができる。あこがれの上級者に許された色が黄色だ。とても、そんな免許はとれやしない。とにかく、少ないエネルギーで移動できる手段をもてたわけだ。休みの日には、この町を離れることにした。

 外の世界は、大気の濃さが違った。ここでは、惑星大気のことを空気と呼んでいる。だから、流体抵抗のことを空気抵抗ともいうらしい。そいつが、この町と外の世界では、まったく違う。外の世界のものたちが、ほとんど自転車に乗らないわけが、分かったような気がする。とにかく重い。ペダルが重くて、なかなか進まない。それに、ずうっと思っているのだけれど、この惑星の重力は大きすぎる。かつては、もっと速く回転していたため、遠心力が作用して、もっと大きな生き物が歩けたらしい。われわれだって、もっと大きな種族が生きていた。しかも、大きな生き物たちと、いっしょに。そんな証拠がある遺跡のことを聞いたことがある。スルメイカ(イカ?)と言う地域から出土する石に、恐竜と共存していて、恐竜を狩ったり、ペットのように抱き寄せたりしている図が線で刻まれているのだ(アカンバロ恐竜博物館)。ひとつやふたつの石じゃあない。いっぱいあるらしい。とても、誰かが冗談で作って埋めておけるような分量じゃない。このようなわけで、ときどき、そのような記憶が呼び起こされて、風船や泡のようなもので、大きなものたちがつくられるのかもしれない。石や青銅でつくられる場合もあるが、そいつはユーラがたくさんかかる。よっぽどのユーラモチしかつくれやしない。

 ユーラモチというのは、必要以上にユーラを隠し持っているやつのことだ。この惑星の、(物理経済学体制と行動経済学体制の、二つの主な経済体制のいずれをも含む)大部分の部分領域(AからEまでの5つがあって、色分けされていて、ちなみにAは赤だし、Bは黒だったかな、後は忘れたけれど、それらのシンボルマークは、色のついた円である)では、必要以上にユーラを隠し持つことに喜びを感ずるという脅迫観念が、何のウィルスのせいか、広く、まんえんしている。確かノラウィルスだったかと思う。こいつに感染されてしまうと、仕事も家庭も投げ出して、青い擬似布の家に住みたくなるのだそうだ。そうすれば、逆に、あらゆる恐怖から逃れられるのだといううわさもあるが、大部分のものたちは、そのような状況を恐れて、必要量の何十倍以上のユーラを集めておこうとするのだ。さらに悪いことに、このユーラを多くもつほど、生きているものとしての価値が高いという妄想が、こちらは悪性のミーム(ミームというのは、情報の世界において遺伝的な性質をもつ要素で、高度の感染性を有する)のせいだろうと思うのだけれど、じわじわと根づいてきている。何の根拠があって、そのような妄想へと走ってしまうのか、よく分からない。これにもなんらかの恐怖が関与していると思う。なんという世界だろう。なぜ、このように、いろいろな恐怖がはびこるのか。

ちなみに、必要量のユーラをほとんどもたないものは、ユーラナシというのが正式名なのだそうだが、ほとんど何も無いということをレイと呼ぶ地域もあるので、そこではユーラナシのことを、ユーラレイとも言い換えられたが、ラとレが連続するので、いつのまにか、それらが区別されなくなって、ユーレイとなまってしまったようだ。

物理経済学体制の領域では、ユーラモチもユーレイもいないはずだった。しかし、行動経済学体制の領域が、全体として余剰ユーラを多く生み出してしまったので、上記のように、必要以上にユーラを隠し持っても、経済体制に支障が生じなかった。これが正のフィードバックを起こしてしまい、瞬く間に、一部のユーラモチと、多くのユーレイが、集団の正規分布から飛び出してしまったのだ。とまあ、こんなことが、(発禁処分されている)本に書かれてあった。記憶間違いだったら、笑い飛ばしてほしい。

この世界のあらゆるコロニー(地上もしくは地下にはりめぐらされたチューブによって移動することができる領域のことを、この惑星でもコロニーとよんでいる)にあふれている人間という種族は、きっと、移植されてきたのではなく、何らかの理由で追放されてきたのに違いない。たかがバチルス・サチルス・シナモンのくせに、この惑星の盟主だと思っているのだから、おめでたい。そもそも、ターメリック星系の、このパセリ惑星に、もっと古くからいた、クロコッカスや(共生以前の)ミトコンドリアや、有名なシアノバクテリアとか、アメーバやツリガネムシやハネケイソウのおかげで、このように、少々息苦しいが、なんとか活動できる世界が生まれたということを、何とも思っていないらしい。そうして、毒や二酸化炭素や危険な周波数の電磁波をまきちらしている。あきれかえってしまう。

 

仕事の関係で、石を割っていると、ときどき、これらの化石(正確には、顕微鏡で見なければ分からないので微化石)が現れることがある。はじめて見たときは、どんな種類があるのかと、すこしずつポケットに入れて持ち帰り、ルーペや立体顕微鏡で観察していたのだが、体系的に研究をするわけでもないし、あるところには、うんざりするほどあるし、何がめずらしくて貴重なのかも分からなかったので、いつしか、コレクションしておいた石も、捨ててしまった。

ビシャン(石の表面を整えるための、格子状の歯をもっているハンマー)で石を打って、こいつの面を整えなければならない。今朝は、あんなに寒かったのに、いつの間にか汗ばんでしまう。コーネリアスが、石にベンガラ(弁柄)で線を入れている。コーネリアスは博士号をもっているらしい。ところが、研究の仕事どころか、教育の仕事にも就かないで、今では、石の上に図面のようなものを描いている。聞いてみると、他の惑星で取得したものだから、ここでは効力がないのだそうだ。博士号を取得した論文のタイトルは「言葉を話すヒト型シナモンについての解剖学的考察」と言うらしい。なるほど、ここでは、多くのタイプのシナモンが言葉を話している。ミツバチだって、言葉くらいはもっている。音声言語ではないだけのことだ。ヒト型シナモンが音声言語を発達させたのは、たまたま夜行性だったからかもしれないな。

コーネリアスが描いた線に沿って、へこみをつけてゆくのは、ぼくの役目だ。ブラックタフ(そのまま訳すと黒色凝灰岩)は、冬だというのにTシャツで、1トンか2トンばかりの花崗岩を、ころころと転がして、加工すべき面を探している。もちろん、それほどの巨体ではないから、丸太でくみ上げた三脚と、動滑車とロープをたくみにあやつって、一匹で出せるだけの力を使うのだ。吊り上げた石の向きを変えるため、ときどき、呼ばれて手伝わされる。

「ミジンコのやつ。カラカイ病なんだぜ」

と、ブラックタフはTシャツの袖を肩までまくり、浅黒い肌の、ふっとい腕を平たくさせて話しかけてくる。ミジンコというのは、採石場に古くからいるシナモンの一匹だ。本来触覚があるべきところに、毛髪をたばねている。白と薄茶のツートンカラーのやつ。チョンマゲとか言うらしい。

 「ミジンコがどうしたって?」

 ビシャンの柄を肩のところに休ませて、額の汗をぬぐって、聞き返してみる。

 「調べてみたんだ。ミジンコの行動パターンが、カラカイ病に、ぴったりあてはまるのさ」

 「だから、その、カラカラ病って、何かって聞いてるんだけど」

 「ユーウツ病の反対のやつ。カラカラじゃなくてカラカイね。どっちでもいいけど。おれ、ユーウツ病だろ。薬も飲んでるし、だから、調べてみたら、反対の項目が、ケータイから出てきて、特徴を読んでみたら、ミジンコのやつの行動パターンに一致したってこと」

 「どんな?」

 「ユーウツ病がれっきとした病気だってことは知ってるよな。でも、カラカイ病は自覚症状がないし、そいつは結構ハイだから、何も苦しんでなんかいないんだな、これが」

 「なるほど、そうかもしれない。で?」

 ブラックタフの言うことを、こんな調子で書いていったら、次のエピソードに移るまでに、ヤマカガシが3回くらい脱皮してしまうだろう。聞いたことを、簡単にまとめておくと、このようになる。

 登場するシナモンは、ミジンコとスッポニアだ。ミジンコの簡易フルネームはミジンコ・ザビエルといい、スッポニアのほうはスッポニア・スッポンという。本来は夜行性だったらしい。だから、夜に餌を求めて徘徊する性質がある。ただし、それは遺伝子上での形質で、バチルス・サチルス・シナモンの世界の文化の中で暮らしているうちに、餌とユーラを同一視してしまい、ユーラの匂いをたどって、あちこちの箱の中や、その周囲とか、下の隙間などをチェックするのだと、これは、ミジンコが言いふらしていたという。それでは、ミジンコはどこで見ていたのかという謎が生じる。ミジンコは夜行性じゃない。明らかに昼行性で、日向ぼっこが大好きときている。ミジンコとスッポニアは、タラゴン体の発達段階がよく似ている。ところが、ミジンコは、そのように、ひとつにまとめられることが嫌いで、スッポニアのことをはるか下に置こうと、あらんかぎりの罵詈雑言(ばりぞうごん)で、シナモン格を否定し、そんな下位から比較したら、ミジンコがどれだけ浮きあがって見えるかということを強調したいらしい。しかし、どのような理由か分からないのだが、スッポニアはミジンコのことが嫌いかと聞くと、嫌いではないなと答えるし、ミジンコのことが好きかと聞くと、好きやなと答える。何と言う慈悲深さかというと、そのような観点にたてるほど、スッポニアはミジンコより、タラゴンマインドが成熟しているというわけでもない。このあたりも大きな謎である。謎は幾らでもあって深まるばかりだが、ミジンコがカラカイ病だという根拠は、ほんのわずかしか異ならない差異を、あたかも、節足動物と脊椎動物が異なるかのように、過大に評価して、脚の数が多いほうが優れているとか、体が透き通っているほうが高貴であるとか、なんら根拠のないことで、自らの自尊心を満足させるというところにあるようで、カラカイ病の定義リストの項目によると、自尊心(というミーム)が太りすぎるのだということらしい。ミームが太るのか。うーん。想像しにくい。他にも、あてはまる定義がある。とにかくミジンコは動きまわるのだ。クッサクロボット相手に採掘作業をこなしながら、クッサクロボットの動きの隙をとらえては、定位置を離れ、必要以上の用具を回収しにいったり、谷底めがけて、カワラケ状の平らな石を投げに行ったりする。それから、聞き手がいようがいまいが、何か思いついたことでおもしろいことがあると、クッサクロボットだけでなく、石や道具にまで語り始める。そんなに話したかったら、近くで作業しているスッポニアがいるだろうと思うのだが、そいつのことは忘れてしまっているらしい。もちろんミジンコは幸せだと感じている。何度も同じ話をして笑えるらしいし、スッポニアをさげすめばさげすむほど、浮遊感とか高揚感を感じられるのだという。

 簡単じゃなかった。思い出すだけで、エネルギーがたっぷりいる。

 「ところで、そのミジンコだけれど、今度の旅行を、先週突然やめると言ってきた」

と、ぼくが言うと、何か思い出したような様子のブラックタフは、

「オキアミのほうは、何も言ってないか」

と言う。大当たりだ。

 「オキアミも、今週になってから、突然やめると言ってきた。困るよな。ホテルに匹数とか申し込んだ後だし」

 「つるんでやがる」

 ああそうか、と、ぼくは納得した。ミジンコとオキアミは、大の仲良しなのだ。共同体の団体旅行(新春親睦旅行という名目のもの)に行くと、スッポニアの世話を押しつけられると考えたのだろうか。あるいは、いびきがひどい支局長と同じ部屋で泊まったときのことを思い出したのかもしれない。支局長には、同世代の支部長をつけておけばよい。だが、ミジンコとオキアミに逃げられてしまったら、タラゴン体の発達段階がよく似たシナモンとしては、スッポニアだけが3シグマほど、正規分布の中で、中心値から離れてしまう。どのように考え、どのように行動するか、判断できないし、スッポニアも、きっと、何が見たくて、どこへ行けばよいか判断できないことだろう。背中にしょって歩けるくらいなら、どんなに楽だろうか。だが、そんな成長段階ではない。最初にスッポニアに会ったときは、ぼくより年上だと思ってしまったくらいだ。

 急にぼくのタラゴン体がねじりまがって、血流量が増加して、声が上ずってしまった。

「キャンセル料、払わせてやる」

 ぼくは、この旅行のコーディネイターなのだ。ホテルのシナモンはカンジサマと呼んでいたので、ホテルに対しては、カンジで通しているが、プランナーでコーディネイターであり、プロデューサーでもあり、当日はおそらくツアーリストとなるはずだ。

「なめてやがる。シナモン社会における責任というものが分かってない」

 「今なら、まだ、間に合うだろうが」

と、ブラックタフがなだめようとする。

 「そういう問題じゃない。ひとたび出席と申告したことを、突然翻意するには、それなりの理由がいる。ミジンコは先週、ツレのシナモンが来るから案内しなければならないと言っていたが、今週は、アニキが来いと呼んでいるからだといいやがった。ツレの件はどうなったのか。聞きただすのを忘れてしまった。オキアミは、オヤが呼んでいると言うから、何の用だと聞くと、そんなの帰ってみなければわからないよって言いやがる。そんなオヤがいるか? 理由もなしに、突然、局の親睦旅行を欠席させてまで。だろ?」

 「そのとおりさ。見え見えの嘘に決まっている」

 「白状させてやる」

 このように言い放ったが、こんなことにかかわっているのは時間の無駄だと考えることにした。あいつらに社会的責任のことを理解させるということが、どれほど難しいことかということを想像してみたのだ。それに、そんなことを教える義務なんかないということも思い出した。ぼくは、あいつらのオヤ代わりでもセンパイでもない。あいつらは、生物学的にはオトナだ。シナモン社会でもオトナに分類されている。ほおっとけ。問題はまだまだあるのだ。

つづく
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