ブラックジョーク
天国にいちばん近い町(2)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 エピソードはつきないのだけれど、ぼくたちの仕事について、少しくわしく説明しておこう。ぼくが所属しているところは、パセリ星のA地域にある自然鉱物局のイザナミ支局だ。局といっても、ここは行動経済学体制の領域なので、余剰ユーラを生産しなければならず、そのような余剰ユーラを資本として投資した支局長が、事実上、この支局をユーラ的にも支配している。だから、支局長は、他の星の言葉で言いかえれば、王さまとか支配人とかに相当する。支局長のことは、もっと後で述べることになるだろう。この自然鉱物局の仕事の内容について説明しよう。

 もっとも簡単な仕事は、地中にある石を切り出して、そのまま出荷するというもの。石のカキワリ支部と呼んでいる。どこにでもある、ありふれたものだ。さっき出てきた、ミジンコやスッポニアだけでなく、6脚ホイールローダーに乗って、石や岩をかき集めて運ぶ仕事をもっぱらやっているのが、セイタカ・オキナクサガメ。「仕事かげんはどうですか」と聞くと「ボチボチですわぁ」と茶煙を吐き出して応えてくれる。ときどきそれが土煙に変わる。「ゴホンゴホン、吸い込んでしまいましたわぁ」と言って笑っている。楽しそうだ。

ぼくたちがやっているのは、これを加工して、いろいろなものをつくるという分野で、石の表面を平らにしたり、絵文字を掘りこんだり、物語の絵をかたちづくるというものだ。石加工支部と呼ばれている。これも、もう何千年も行われてきた伝統的な仕事で、やり方に流儀があって、いちいち細かいことを言われる。絵文字のスタイルも、時の経過によって変化してきているので、それらを識別したり、AからEまでの地域によって、微妙な変化があって、同じ絵文字に組み込む顔についても、鼻の高さや耳のとがりぐあいなど、こまかくチェックされる。こういうのを方言というらしい。

 あまり大きな声では言えない(小さな声でもほんとうは言えないのだけれど)仕事がある。宝石磨きという分野だ。磨き磨き支部という。磨くという言葉を反復するのは、腕を右に動かすときに磨くのではなく、左に動かすときにも磨くということを強調するためであるらしい。ここには名人格のドロシーが働いている。ドロシーはメスのシナモンで、かなりの高齢なのだが、少し曲がり気味の背中を、ときどき伸ばしながら、せっせと石を磨いている。実は、宝石磨きというのは、表向きの言葉で、本物の宝石の原石を磨いているシナモンもいるにはいるのだが、ほんとうは、にせものの宝石もつくっているらしい。ドロシーが磨いた石は、専門の鑑定士をだましてしまうらしい。きっと魔法をつかっているのだという噂もある。ドロシーのことは、これも後回しにして、どんどん仕事の説明を続けよう。

 これも何千年前から続いている仕事なのだけれど、石を細かく砕き分けて、たとえば、花崗岩だったら、長石と石英と黒雲母のこまかな粒子にしたものを袋詰めして、現場に持ってゆき、そこで混ぜあわせ、秘密の薬で、それらを固めてしまって、もう一度ほんものの石に戻してしまうというものだ。石が、いちど細かくヤツザキにされてから、ふたたび大きな石になって生き返るわけだ。なるほどゾンビ石支部である。このときに使われる秘密の薬は、植物の汁や特殊な土からつくるのだそうだが、何が使われているのかは、もちろん分からない。もし、ぼくなんかが知ってしまったら、まちがいなく生き埋めにされてしまう。それはごめんだ。

 こんなところかな。あんまり自由に歩き回ることができないので、特殊な仕事のことは分からない。なんでも、石で空気を変えたり、暑さ寒さをかげんしたりするものをつくっているところもあるらしい。これもきっと秘密なんだろうな。生き埋めされるのもいやだし、沼に沈められるのもいやだ。

 沼で思い出したけれど、池だったらどうかというと、ぼくならたぶん平気なんだろうけれど、あのミジンコ・ザビエルは恐れている。このあいだ、ミジンコのことを調べたら、シナモンじゃない、ほんとうのミジンコは、左右の腕(おそらく第一脚のこと)を同時に振って泳ぐので、つまり、バタフライがとくいなんだとか。支局の工場の裏にある田んぼに、春先になると現れるカイミジンコという種類だと、カイガラのような外骨格の覆いの中で、両腕を交互に動かしているので、これはジユウガタで、大きな湖なんかにたくさんいる、ケンミジンコだったら、特別に長い腕がないらしく、ごちゃごちゃと何本かの腕を腹部で動かしているので、これはイヌカキという泳法なのだそうだ。これらの泳法のことは、よく分からないのだけれど、それで、シナモンのミジンコ・ザビエルはどうかというと、ブラックタフが言っていたのだけれど、どうやらミジンコ・ザビエルは泳げないらしい。

「だって、考えてみろよ、あいつが泳げるのだったら、どうして、この町に流れてきたんだぁ? あいつは、外の世界で泳げないから、ここにやってきたんだろうが」

ブラックタフの説明は説得力がある。

「あいつが、何か悪さしたときの、殺し文句があるんだぜ」

「なになに? 教えてくれよ」

「池にほおりこんだろかって言うんだ。びっくりして、逃げ回りやがる」

このような証拠で、ミジンコ・ザビエルに遊泳能力がないということを明らかにできるのだから、ブラックタフはすごい。

流れてきたというと、コーネリアスも、そうだ。もっとも、コーネリアスのほうは、川や海や、外の世界のコロニー(でも少し流れたらしいが)ではなく、宇宙なのだから、これもすごい。宇宙ではなく、時を逆流してきたとも、コーネリアスが言っていたかもしれない。でも、時を逆流するって、いったい何のこと? 

コーネリアスが博士号を持っていることは、もう言ったよね。でも、シナモンは、ここでは、みんな話している。ときどき、あいさつしても、おぅ、とか、あぁ、とかしか発しないシナモンもいるから、単語の音数には、いろいろと制限があるのだろう。3つ以上の音をもつ単語をつかう能力がよく発達していない(退化したという噂もあるし、チホウという病気だという説もある)シナモンが、他のシナモンを認識しようとして発する言葉が、オイ、だ。これには、ぼくも慣れた。ぼくの名前は、ダルマン・アルバトロス・コリアンダーといって、とても長いから、発音できないらしい。ダルマンは頭蓋骨の形状から名づけられたもので、前頭葉付近が角(つの)のように盛り上がっていることから名づけられた。このことをプレデター(サソリ型シナモンの戦士タイプ)に知られると、頭蓋骨をコレクションされる恐れがあるので、頭髪でカモフラージュしてある。あとの名前の由来は、おっと、こんなこと言ってられない。コーネリアスのことだったっけ。

コーネリアスは、シナモンの発声機構を調べることの無意味さに気がついて、その後、今度は、言語そのもののことを研究するようになったそうだ。言語といっても、発音がどうの、アルファベットがどうの、といった線形言語のことではなく、もっと思考にむすびついた、非線形の言語のことを調べたのだそうだ。コーネリアスは、さらりと、思考言語という言葉を持ち出す。

「思考言語って、何のこと?」

と、ぼくがたずねると、コーネリアスの回路にあるスイッチか何かが入ってしまったらしく、えんえんと思考言語のことを語られてしまった。それを、コーネリアスのアクセントをなぞりながら説明するのは不可能だ。覚えていることを、かんたんにまとめると、このようなことだったかと思う。

 思考というのは雲のようなもので、フラクタルな構造をもっていて、対象とするイメージを雲に投射したとき、別の雲が、別の対象のイメージをもってきて、その間に、それらのイメージとイメージの関係を表現するイナビカリが発生して、ふたつの雲をくっつけてしまうのだそうだ。このとき、雲は線形につながる必要はどこにもなくて、高層のイワシ雲や、低空の雨雲、あるいは、地表をなめまわしている霧とかの間に、関係語というイナビカリがつながるから、ほんらいの思考をちゅうじつに表現しようとしたら、必然的に、非線形の思考言語が発生して進化するという。

こんな感じだったかな。でも、いったい、何のことか、誰か分かる? かんたんじゃないね。コーネリアスのひげもじゃの顔と頭の中には、いったい何が詰まっているんだろう。コーネリアスは、画鋲かな、って言ってたけど、きっと嘘だろうな。

 そんなコーネリアスが、あるとき、石に書き入れるベンガラの道具を片づけながら、こんなことを、ぼくとブラックタフに聞いてきた。そうだ、その前に、ぼくが、こんなことを聞いたのだった。

 「コーネリアスは、どうして、この町に流れてきたの? ここで生まれたのならしかたがないけれど、こんなに寒くて、つまらなくて、どうやったら、こんなに低額のユーラでシナモンを働かせ続けられるか分からなくて、テイノーと病気もちと、死にそこないしか暮らしていない、こんな町にさ」

 「外の世界で、ある噂を耳にしたからです」

 「どんなぁ?」

 「この町が、天国にいちばん近いところだという噂です」

 それを聞いて、ぼくとブラックタフは、一瞬顔を見合わせて、そして、大声で笑った。

 「けっさくなジョークだな」

と、ブラックタフが言ったので、ぼくも

「すごい。笑える」

と言うと、コーネリアスは、ニコリともしないで、

「わたくしは、その噂がほんとうかどうか知りたくて、ここに来たのです」

 「そんなの、嘘にきまってるぜ」

 「嘘。嘘。コーネリアスは引っかけられたんだよ。ひょっとして、この局の勧誘員じゃあなかったのかい」

 「まじめなかたでした。それも、一人や二人ではありません。あちこちで聞きました」

 「へえぇ、すごい。みんなで、ぐるになって、この町のことをからかっている」

 「おれは聞かなかったぜ。コロニーには何年もいたけどな」

 ブラックタフは、この町を一度出ている。でも、色々なことがあって、どうも、うまくいかなくて、ユーレイ(ユーラナシのこと)になってしまったので、この町に帰ってきたのだ。

 「それでは、わたくしが、ここで働いている意味がぁ・・・」

 「そんなこと、知るか」

 「でも、仮に、天国にいちばん近かったとしたら、どうなのさ」

 「コリアンダーやブラックタフは、天国にゆきたくはないのですか」

 「どこに、あんだ(あるのだ?)、それ」

「わかりません。でも、どこかにあるということは、何千年も前から言い伝えられています」

「何千年も昔からって、この石の仕事みたいだね」

「そんな昔から、おれらはだまされてきたのかよ。さあ、さっさと道具を片づけて、フロへ行こうぜ」

仕事のあとは、たまたま岩盤の割れ目から噴出してきた温泉に入っても良いことになっている。この支局ならではのサービスだ。

 

コーネリアスが、あんまりまじめだったし、すっかりしょげていたので、ぼくは、宝石磨きの材料となる石ころを箱に入れて、ドロシーのところに運ぶ用事があったので、そのとき、ドロシーに聞いてみた。

「ドロシーは、この町でうまれたの?」

「いいや。外の世界さねぇ」

「どこ?」

「カン? カンサ? もう忘れちまったねぇ」

「じゃあ、どうして、この町に来たの?」

「タツマキに乗ってきたねぇ」

「乗りもののことじゃなくて、理由のことだよ」

「だから、飛ばされてきたんだから、理由なんてないねぇ」

「でも、この町に永くいるんだろ?」

「何百年になるかねぇ。これも忘れちまったねぇ」

「色々なこと、聞いたり、見たりしてきただろ?」

「まあ、そうだねぇ」

「じゃあ、教えてほしいんだけれど」

「何かいねぇ」

「コーネリアスが、言ってたんだけれど、この町が天国にいちばん近いって」

「天国? あたしゃ、地獄の閻魔さまのことしか知らないねぇ」

「天国でも、地獄でもいいけど、どこにあるの?」

「行ったことないから、知らないねぇ」

「まあ、それはいいよ。問題は、この町がいちばん近いって言われているわけさ」

「わけかい?」

「わけさ」

「わけなんて、わからないねぇ」

そう言って、ドロシーは背中についているネジをまくような動作をした。ドロシーの両腕は、かんたんに背中に回るのだ。

「メスのシナモンの体って、柔らかいんだね」

「体は、まだメスのまんまだねぇ」

「体は、って、そしたら、心とかの中身は何なのさ」

「中身かい? 中身はもう、半分メスで、半分オスになっちまったねぇ」

「ははっ、それって、もしかして、ホトケっていうやつ? ホトケって、両性具有のガラムマサラ体だって、どこかに書いてあったよ」

「外見はシナモンでも、中身はだんだんホトケになってゆくんだねぇ」

「もうすぐ、ぜんぶホトケになるんだ」

「そうかもしれないねぇ。ああ、ホトケでなんだか分かりかけてきたよ」

「何が?」

「わけさねぇ」

「わけって?」

「さっき言ってたろ? 天国がなんとか、かんとか? かんとか、なんとか?」

「この町が天国にいちばん近いっていうやつ?」

「おそらく、そうだねぇ、この町が、このあたりでいちばん寒いってことは知ってるねぇ」

「もちろん」

「だったら、お年寄りは、冬になったら、眠るように、あっちへゆけるじゃないのかねぇ」

「それが、どうかしたの?」

「それに、お迎えがくるまで、この町じゃあ、やることが色々とあるし、寝たきりになる心配もないし、あたしのように、芸があれば、ユーラだって稼げるじゃないか」

「だから?」

「だから、天国にいちばん近い町っていわれてるんじゃないのかねぇ」

「ああ、そうか、そうかもしれない」

「そうかもしれないねぇ」

「ありがとう。ドロシー」

ドロシーのところから戻ってきたぼくは、コーネリアスに、このことを告げてみた。ところが、コーネリアスは首を斜めに傾けたものの(この動作が何を意味するのか分からない)、何も言わずに、仕事に戻っていった。ブラックタフが

「そういうのは、ブラックジョークって言うんだぜ」

と教えてくれる。

なんだ、違うのか。いいかげんだな、ドロシーも。魔法を教わったって言ってたくせに、何にも知らないんだ。

知らないのはドロシーだけではなかった。ぼくだって知らないのだし、そもそもコーネリアスが知らないから、そいつを知りたいと思っているのだ。こんなブラックジョークなら、ぼくだって簡単に思いつくぞ。

この町は、クルマの運転が荒っぽいということでは、外の世界とは別格だということが言われている。だったら、とうぜん、事故も多いはずで、あちこちに、自然な世界から迷いだしてきた,非シナモンのベニイロシカやキイロモモンガなどが、車にはねられて、つぶれた、しっぽを地面に貼りつけて、天国からの使者が来るのを待っている。このようなことは、確率現象なのだから、とうぜん、シナモンの事故も多いはずで、こっちの場合は、天国からの使者が来る前に、某局の処理チームが、しっぽまでていねいに取りさって運んでゆく。これなんか、完全にブラックジョークのひとつだろ?

まだまだあるぞ。この町のホトケの扱いなんか、びっくりするくらい、ていねいに取り扱われている。何がびっくりするかっていうと、外の世界でも、ホトケの七回忌なんてまつりごとがあるらしいのだけれど、なんと、この町では、一〇〇回忌というまつりごとまであるんだ。最近、ツレアイの七回忌を終えたばかりの、寮のマカナイシナモンの老メスシナモンに聞いてみたら、

「そりゃあおかしいね。せいぜい五〇回忌までだと思うけれどね」

と言う。ぼくは、開いた口がなかなか動かせず、しばらく閉じるのを忘れてしまったよ。

「おや、コリアンダーさん、あごが外れたのかい」

なんて、聞かれてしまった。あわてて、両手であごをはめなおすフリをして、ドングリの甘味噌煮を食べつづけた。

「五〇回忌って、そこまで生きるつもりですか?」

と聞いてみたら

「あたしかね? 無理だろうね」

「だったら、どなたが五〇回忌をやられるのですか」

「ムスコシナモンやムスメシナモンだろうね」

「そういうシナモンがいなかったら?」

「困るよねえ」

「どうするのですか?」

「だから、コシナモンをたくさん産んでおくんじゃないのかね」

 死んでホトケになった、シナモンのガラムマサラ体は、こんなにていねいに弔われるのだ。この町でホトケになったら、天国から遠いはずがない。

この説も、きっとコーネリアスは首を斜めに傾けて、何も言わずに立ち去るんだろうな。あまり、よい出来のブラックジョークでもないし。

つづく
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