冷蔵庫から財布等を取り出すスッポニア
天国にいちばん近い町(5)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)

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 ホテルの夕食でのエピソード。

 昼食を一人で食べなければならなかったことを支局長が語りだす。支局長は、ケータイになかなかでなかったムーンストーンを責めだした。両手で指を突き出して、頭部の横につき立てて、

「プンプン」

と言っている。これはまずいと感じ取り、すぐにぼくは、

「わたくしが解散と言ったのですけれど、支局長がホテルの人と消えたのは、手配しておられた車が来たと思ったからです。すみません。わたくしが解散の指示を出しました」

と、他の発言を制するような声量で言う。つづけて、ふと思いつき、

「だって、待っておくようにとか、何も指示はなかったじゃないですか、あれば、もちろんみんなで待っていましたのに」

と、ダメ押ししてみる。

こうして、責任のすべては支局長のほうにあるということを説明してしまう。

ブラックボックスが、工場での生産品が使用されていることに気づき、そのことで宴が盛り上がる。そいつは、部屋の窓にかざられてあった、宝石板によるステンドガラスのことである。最初、それはドロシーの作品ではないかとブラックボックスは考えたが、そのことをクレオパトラ・タ・タルクに確認してもらおうとしたら、クレオパトラがそれを見て

「これは、あたしの、ですわ。あたしが最初にやった、あれ、ですから、よく覚えています。それに、磨きかたの手の動きの癖から言っても、あたしのものに間違いありません」

と、このとき、クレオパトラは、最初に試みた、宝石の原石からではない宝石作品のことを説明する言葉として、「あれ」という表現しか、思いつかなかった。ブラックボックスは、クレオパトラの隣に座っているキミドリ・キャッツアイにも聞いてみる。

「どうですか、キャッツアイさん?」

 「確かにクレオパトラさんのものです。わたしには出来ない技術の跡が、あちこちに見られます」

と、虹彩をたてに細くせばめて、多すぎる光を調整しながら、傍証した。支局長が、

「それは奇遇だ。このような作品は、一つずつ手作りのもののうえに、中間卸業者に渡してしまうから、どこへ納品されてゆくのか分からない。それが、偶然宿泊するホテルでお目にかかるなんて、めったにないことだ。ああ、うれし(い?)、ああ、うれし」

と、冬だというのに、扇子を広げてあおぎだす。

やがて宴も進み、各地域の名物料理のオンパレード。シシカバブタキリンや、オクトパスヤキ、カンソウダイオウイカノササガキ、ゴキブリノオドリグイなどなどが、現れては、みんなの胃袋に消えてゆく。もし、ミジンコがきていたら、あいつの胃袋で暴れまわるゴキブリの動きを鑑賞できたのに。

このあとカラオケに行こうと支局長が言い出す。それでは全体の費用が増えてしまうので、

「支局長のおごりですか」

と、ぼくは念を押す。メスのシナモンたちは、支局長の気分を害しないため、やむなく参加するという様子。ホテルのシナモンにカラオケ店の手配を、支局長が頼んでいる。

 ホテルを出るとき、キャメル・ブラックボックスとラースト・オブ・モヒカーンは、こっそり、二匹だけで赤水を飲みにゆく。ドロテツ・ドロマイトも、いつの間にか消えている。こちらは、下見旅行のときから聞いていた。久しぶりのタヌキドキアなので、昔の知りあいに会いにゆくのだろう。

着いてみると、

「カラオケ店のイメージが違う」

と支局長が言い出す。赤水が飲めて、メスシナモンが接待するところだと思っていたらしい。それでも、

「せっかく来たのだから、少しだけでも」

と、ムーンストーンらが説得し、みんなでカラオケボックスに入って、歌いだすことになる。

けっきょく支局長も喜んで何曲も歌い、得点の高さを自慢して、ごきげんである。

壁についていた内線デンワァがなったので、ぼくがとって聞くと、

「最初に申し込んでおられた時間がまいりましたが、延長はされますか?」

とフロントから。盛り上がってきたので、ぼくは大丈夫だろうと判断した。

「はい。一時間延長してください」

「かしこまりました。では、もう一時間、お楽しみください」

 隣に座っていたオパール・パラゴナイトは、ここが共同体書記の働きどころだと、みんなのリクエストをカラオケマシーンに、せっせと入力している。オパールは、あまり歌いたくないらしい。これまで歌など聴いたことのないシナモンが歌っている。セイタカ・オキナクサガメが比較的簡単な曲を歌って、支局長より高い点数を生み出す。ぼくが歌うと、みんなうっとり聞いているようなのに、ポンコツマシーンの基準がどうなっているのか、最低点しか出ない。こんなのおかしい、とつぶやくのだが、支局長はうれしそうだ。これが接待というものか、と、ぼくは適当に歌うことにする。得点はやはり伸びない。3曲目を歌おうとしたら、

「おまえは、もういい」

と、支局長からストップがかかる。支局長は、もう3曲以上歌っている。

「まだ歌っていないシナモンが先だ」

と、言って、この場をしきろうとする。せっせと働いているオパールの横顔をちらりと見て、ぼくは沈黙を守ることにした。

メスシナモンたちが(たしか、言い出したのはクレオパトラだったと思うのだが)そろそろホテルに戻って入浴したいと、席を立とうとしたら、支局長もさっさと帰りだす。あっと思うと、ぼくを含む3名だけになってしまった。これではまずいと、ぼくも後を追うが、支局長はフロントのカウンターで、今まさに、カードでの支払いのサインをしようとするところだったようだが、ぼくらが後から出てきたことで、後の分の支払いまでする必要がないと考えたのか、突然手続きをすっぽかしてしまって、帰ってしまう。結局、ぼくが支払うことになってしまう。念のために持ってきておいた2000万ユーラが、ほとんど消えてしまった。もちろん、あとでムーンストーンに領収書を渡して、共同体の支払いということにしてもらった。これは支局長のおごりだと宴会場で確認しておいたのに。

 

 ホテルに戻り、風呂に入ってからのこと。

深夜、セイタカ・オキナクサガメが

「スッポニアがパスタミミズのスープ漬け(略してパミス)を食べに行きたいと言い出してますねやけど、どうしますかねえ」

と聞いてくる。ぼくは、

「スッポニアを一匹で街にだすわけにはいかない。迷子になって、戻ってこなかったら、たいへんなことだし」

と、ここで口ごもる。

 「何かほかにありますかいな」

 「あいつは、夜になったら、ユーラを探して徘徊するという噂があるんだ。こんな街でユーラをあいつが見つけてしまって、勝手に持ち帰ってしまうところを、この街のシナモンに見つかってしまったら」

 「はあ、それはたいへんなことですな。わたしも、いっしょに行きますわぁ。ちょうど小腹も空いてきたし」

 「それは、ありがたい」

ぼくと(スッポニアの仕事仲間の)セイタカ・オキナクサガメが同行してパミス店を探しに、夜の街(洞窟ショップの集合のこと)に出る。

 パミス店でのエピソード。

スッポニアはパミスのスープ漬けの、イグアナ味を注文し、オキナクサガメは同ゲーユ味(鯨油味?)を、コリアンダーはスタンダードな同ホットペッパー味を、それぞれ注文する。

のれんを分けて入ってくる客シナモンを

「おまえは来るな。帰れ」

と一括する店主の行動に驚き、その行動の理由を聞きはじめ、やがて、その店主と話が弾み、

「この街は天国にどれだけ近いのですか」

と、ぼくは聞いてみる。

「天国よりも、迷宮のほうに近いね」

と、パミス店の店主が答える。

「あんたら、同じような店ばかりで迷わなかったかね」

 

 スッポニアの行動に不審な素振りはなかった。夜、こうして、食材を求めて町に出ることも、よくあるそうで、パミス店が閉まっているような深夜だと、コンビニでパンなどを買って帰るのだという。

夜になったら、ユーラを求めて徘徊するというのは、そういえば、ミジンコから聞かされたことだった。あいつの想像力は、このようなとき、天才的なひらめきをみせることがある。さすが、典型的なカラカイ病だ。

こうして、スッポニアを底の泥まで沈めてしまい、ぼくらが深いところでうろうろするのを、水面あたりに浮かんで見るというのが、あいつの望むところなのだ。

へっ、ノーミソカラッポで軽いから浮かんでいるだけの、レイノー(ミソ)・プランクトンめ。帰ったら、池にほうりこんでやるからな。

 

 翌日、冷蔵庫から財布等を取り出すスッポニア。

この部屋には金庫が無かったから、金庫によく似た冷蔵庫にしまっておいたらしい。そのまえ、冷蔵庫には何も入っていなかった。しかし、スイッチはもちろん入っていたはずである。

「スッポニアのユーラなんか、誰も取ろうなんて思わないぞ、いったい、何億ユーラ持ってきたんだぁ?」

 ぼくがスッポニアを叱りとばすと(けっして殴りとばしていません)、スッポニアは首を縮めて、胴体から目から上だけを出して、指を三本突き出して、びくびくしている。

 「三億も? どうやって使うんだぁ? せいぜい一億もあれば、おつりがどんどんもらえるだろうがぁ? さっさとしろよ。バスが出発するぞ」

 

 ミステリーストーンサークル庭園見学の入場料を支払うために、ユーラを解凍しなければならなかったスッポニア。みんなの行動時間を一匹で削り取ったのは、このときのスッポニアだけだった。

 

 ミステリーストーンサークルの由来。

物語はシロ(城?)から始まる。

むかしむかし宇宙から来た巨大な円盤が、このカンブリアヘイヤの片隅に、胴体着陸しようと思ったが、地盤がまだ固まっていなかったので、半分だけを地面に埋め込んで、斜めになってしまったそうな。これが、現在も残っているシロ(城?)の原型ということらしい。

このとき、円盤の機能を失ったのを確認した宇宙人は、周囲にはいずりまわっていたウジムシのような生き物に遺伝子操作を施して、「目」の芽を組み込んだそうな。

するとウジムシたちは、お互いを食いあうことで、エネルギーの利用率を競争するようになり、口を改良するもの、体の外皮を硬くして防御するもの、それらの殻をテコとして利用し、すばやく動くようになるもの、などなど、あれよあれよと言う間に進化して、アノマロカリスなどの多種多様な種族になって、これまでとはまったく異なる生活を始めたそうな。

このような遊びで、時をつぶし、ひたすら救助を待っていた宇宙人が、こころをなぐさめるために、ようやく二足歩行を始めた、原始的なシナモンたちに、ふるさとの星ではスタンダードなスタイルの庭園をつくらせたという。

これが、何万年も(一説によると何億年も)保存されてきた、このミステリーストーンサークル庭園ということらしい。

宇宙人は、いつのまにか、進化してきたシナモンと遺伝的に混じってしまい、今では、どのシナモンが、その宇宙人の子孫なのか分からなくなっているという。

ボランティアのメスシナモンが語る物語は、本当なのかどうかの証拠がじゅうぶんではない。論理性があるのかないのか、これでは判断できない。

ともあれ、周囲に並べられているのがストーンサークルの群列で、中央部分の広場には、何のことはない、ただの麦畑が広がっている。秋になると、この麦畑に、各種の模様をもつ、ミステリーサークルが現れるそうだ。

「このような冬に、ここを訪れると、半分しか見どころがありません。それで、あまりお客さんも集まりませんから、このように、お客さんたちの貸し切り状態なのです」

とかなんとか、ボランティアのメスシナモンが語る。まあ、それでもよいではないか。

「ぼくらは、麦畑の模様のほうではなく、大きな石の立像のほうを見に来たのだから」

とぼくが、そっとつぶやく。

ぼくは、これらの巨石の群像を眺め、

「われわれシナモンは、こんなにちっぽけな存在なのに、どうして、このように大きな石を、割り出して、運び出して、無理やり立てて、ここに並べたのだろう? いったい、そんなことに何の意味があったのだろうか」

と言ってみた。だが、誰かに聞いてみようとしたのではない。ただのシナモンツブヤキ(独り言?)だった。

 

 ミステリーストーンサークル庭園見学での支局長の行動についての矛盾。

支局長は、庭園見学を途中で飽きて、先にバスに戻っておきながら、後で、

「しまった、案内ボランティアのメスシナモンに(おそらくユーラのあるなしを象徴する物質的な)礼をしておくのを忘れた」

と言う。それなら、最後まで案内してもらって、

「ありがとう」

と言えばよかっただけなのに。

 

 二日目の昼食での問題。

とにかく、おいしくなかった。しかも、セルフサービスの場所だということを確認しておかなかった。気まずい昼食だった。まったく口にしないシナモンもいて、黒苦甘湯を別に注文して飲んでいた。支局長は支配人を呼んで、

「料理はおいしかったが、キメラパン(黄、茶、緑の、三種の生地を混ぜて成形し、焼いたパン)はまずかった」

と言ったらしい。料理もまずかったに決まっている。支局長はキメラパンの店も経営していて、キメラパンには少しうるさい。

 

 大理石の加工研修センターの見学でのヒトコマ。

 良質な白色大理石が採れるケララヤーマの露頭は、ケララヤーマの北側にある。バスがケララヤーマに近づくと、採石場の削られた山が見えてくる。あたかも雪が積もっているかのようだが、ここは海にも近いし、緯度も低いので、冬といっても、ほとんど雪は降らない。山に近づくと、階段状に刻まれた山肌の様子がはっきりしてくる。運搬のための道路が山に巻いた紐のように、少しずつはなれて、緑の部分を削っている。

 大理石の加工研修センターは、この山の麓に近いところにある。比較的小さな建物で、受付のところに、見学団体のリストがノートになって記されている。子供たちの団体が多い。われわれも、肉体年齢では平均すると中年あたりになるはずだが、タラゴン年齢の平均値を求めれば、そんなに変わらない。持ってきた恐竜モナカを窓口から中に入れて、

「みなさんでお食べください」

と、渡しておく。タラゴン年齢は子供なみだが、シナモン社会的には熟成組なのだから、子供の見学と同じように振舞うわけにはいかない。

 デンワァで対応してくれたメスシナモンがドロテツの顔を見ると、とてもやさしい表情になった。ドロテツは人気があったようだ。

 案内してくれたのは、アルビノのライアン型オスシナモンだった。ぼくらが、別の町の石元(石の加工局)であることを、すでに知っているので、説明しにくそうだった。いつもの子供たちの説明と同じということにもゆかない。あまり饒舌ではなく、資料を展示した部屋へと案内し、簡単なコメントをして、あとは自由に見学してくれといわんばかりに、立ちすくんでいる。下見旅行のときに、ドロテツから聞かされたことを、質問してみる。ドロテツがニヤニヤしている。ぼくは、あたかもはじめて聞いたかのようにふるまって、解説を聞き、礼を言って、工具や仕上げ段階のサンプルを眺めてゆく。

 建物の裏手に、狭い石切り場がある。ミニチュアの丁場だ。作業の手順を説明するために設けられたものらしい。この建物の深部にも大理石の岩盤はあるのだろうが、そこまで表土をけずってゆくのはたいへんだ。よそから運んできて組み立てたものだそうだ。

説明の途中で、ぼくが、

「へえぇ、これが原石なのですね」

と、前に出て、石に触ってみると、前に出て行っても良いのだと判断したスッポニアが、ぼくの隣に進み出て、原石の破片を拾い上げて、しげしげと見ている。後ろのほうから声がした。

 「これこれ、スッポニアさん、それを食べてはいけませんよ」

と言ったのは、ドロテツだった。見学していた一群の中で、笑いの波が広がった。ドロテツは、やったといわんばかりの、勝ち誇った表情でニコニコしている。

 ぼくは、スッポニアの手から原石の破片を取り上げ、静かに地面に下ろした。解説や見学の一群には知られないような、小さな声で、スッポニアにだけ聞こえるように、

「あとで拾いにこいよ、なぁ、誰もいないときに」

と言っておく。こんなもの拾ったって、罪になるわけじゃない。ここで、これをくださいなんていうと、これを持ち帰って、砕いて食べるということが、見え見えだからだ。

 ライアンの説明が続く。キメラが何かと質問している。誰も知らないような専門的なことがらを質問して、ライアンが説明に困るようにもってゆきたいのだ。そうして、質問したことを相手が答えられないと見ると、われわれのところではこれこれと考えているとか、そこでキメラが博識なことを知らしめるという作戦らしい。これはこれで、想像したとうりだ。周囲に、キメラの栄光をたたえてくれる群集がいるかぎり、キメラのパフォーマンスが見られることになる。

 加工場での見学でも同じこと。サイジングマシーンの形式を聞いてきたり、耐用年数を確認したりと、キメラの専門の知識プールから、思いつくことならなんでも釣り上げてくる。

 加工研修センターでの見学が終わり、当初予定していた、加工作家の工房見学というコースを、時間と参加シナモンの数の関係で省略しようと思っていたのだが、顔が効くドロテツが聞いてみたところ、歩いてゆけるほどの、すぐそばに、見学させてくれる作家の工房があるということが分かり、引き続いて、そこを見学しようということになったが、キメラサウルス・ユーラキョウはバスで待つことにしたという。ははぁん、キメラもいちおう加工作家なので、工房を見せてくださいといって、他の作家に頭を下げたくはないらしい。

 小さな小物も販売しているらしい。キャメル・ブラックボックスが何か買っている。ドロテツが、

「研究のためのサンプルにするのですよ、きっと」

と、つぶやく。せっかく見学させてもらっているのに、ただのひやかしで帰るのは忍びない。ぼくも、実用になるものを何点か買ってゆくことにした。

「それは、いいものですよ。わたくしも何年も使っています」

と、ドロテツが説明してくれる。インスタントのボランティア店員に早がわりしている。ここがドロテツの醍醐味だ。ドロテツはなんにでも化けられる。今は、石の芸術家に化けようとしているところだ。そうして、いつか本物になる。それでいいじゃないか。

つづく
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