ミームは繰り越し可能

黒月樹人 (KULOTSUKI Kinohito)

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 「コリアンダーさん、こっちこっち」

とドロテツがもっと上のほうから呼ぶ。ええっ? あそこまで登るのかよ。ぼくは、途中にある、オウムガイヘッドとサソリファイターの格闘シーンのような壁画を足がかりにして、ドロテツのところまで行く。息がきれる。背後を振り返ると、ケララヤーマの街の全貌がよく見える。加工研修センターだけではなく、出荷のために山積みされた巨大な大理石が、角砂糖のように小さく見える。

 「コリアンダーさん、これ見てくださいよ」

とドロテツが示した先には、等身大くらいの像があった。何の型のシナモンかはわからなかったが、脚を前後に開き、右手には斧を持っている。左手には皮袋のようなものを持っていて、そこから、勾玉(まがたま)のようなものが出ていた。何だろう。勾玉のようだが、穴は開いていない。種を蒔くしぐさにも似ているが、こんな形状の(そして、こんな大きな)種はない。

 「何かをまいているのだろうか」

と、ぼくがドロテツにも聞こえるようにつぶやくと、

「水ですよ」

と、簡単明瞭にドロテツは答え、さらに説明を続けて

「これは、水をまきながら、大地を踏みしめつつ、踊っているところですよ」

と言う。

 「なるほど、そう言われればそうだ」

 「雨乞いの踊りですよ」

 「そうか」

 「このポーズの原型は、あちこちの文明にありますよ。知らなかったのですか?」

 「知らなかった」

 「そんなポーズのことではないんです。わたくしがコリアンダーさんを呼んだのは、このシナモンの顔がコリアンダーさんに似ているからです。そう思いませんか」

「あまり、自分の顔は見ないからね」

「本人には分からなくても、わたくしには分かりますよ。そっくりですよ」

「だから?」

「だからって、不思議だなあって思ったんですよ。これって謎でしょう?」

ぼくは、その絵の右下に、手のしるしが彫られていることに気づく。

「ここにある手のしるしは何だろう」

と、ぼくはドロテツに聞いてみる。

「作者のサインかもしれませんね」

「サイン?」

「こういうの、よくあるんですよ。だって、そのときに持っている名前なんて、死んだら何の意味もないじゃないですか。歴史書に残るような、よっぽどよいことや、よっぽど悪いことをしないかぎり、名前なんて、いずれ忘れ去られてゆくんですよ。だから、大王とか大統領とかが、石像や壁画に、その姿を記させて、名前やなんかも、そのときの言語記号で刻ませるんでしょ」

「石に姿や名前を刻むと、ひょっとしたら、天国に近づけると思っているのだろうか」

「かもしれませんね」

「死んだら、何も残らないんだろ?」

「何もって?」

「ユーラとか財産とか」

「それらは残るでしょうが、死ぬのだから、もう使えませんんね」

「せめて、栄光だけでも残しておこうというのだろうか」

「ひょっとすると、死んでも持ってゆけるものがあるかもしれませんよ」

「死んだら、ホトケは、ガラムマサラ体だけだろう。これも何がなんだかわからないもので、ちっともつかめないし、見えないし」

「ガラムマサラ体が、見えなくても、仮にあったとして、裸のガラムマサラ体が、死体から離れて、どこかへ言ったとしても、ミームはもってゆけますよ」

「ミーム?」

「情報や文化の領域での遺伝子です」

「どんなミームを?」

「つまり、才能のことです。うまく木登りしたり、こんなふうに石に姿を彫りつけたりするときの、能力のエッセンス」

「ああ、分かる。でも」

「でも、何ですか?」

「それは、生まれ変われるとしたときの話だろ?」

「そうですね。まあ、仮定上の話ですが、死んだとき、ユーラや財産は繰り越せないけれど、才能は繰り越し可能だということになります」

「決まった。それ、今日一番のヒット。あるいはホームラン」

「ジョークじゃないんですけれどね」

ぼくらは、そう言って笑いあった。

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