雨乞い(呪術)

黒月樹人 (KULOTSUKI Kinohito)

 まずは「呪術」の説明から。この言葉の定義は必要ですか。やめておきましょう。この言葉を定義すると、何をどれだけ知っているのかが明らかになってしまうから。

 「呪術」は「魔術」もしくは「魔法」と混同される。それもしかたがないことである。なかみ(原理のようなもの)はほとんど同じなのだろうから。おそらく、言葉の違いは、手段の違いに由来するものと考えられる。以後、「呪術」の用語について説明を展開してゆく。

 「呪術」の原則は、目に見えない力を利用するということにある。目に見えない力というものが、いったいどのようなもので、どこまで(科学的に)解明されているということについては、まだ資料がそろっていないし、呪術を使えるシナモンが、このような研究に協力してくれるかどうかということも、すこし考えてみると、分かってくる。つまり、呪術が科学的に解明されてしまうと、かなり、やばいことになるので、法体系からは分かれているものとして、利用できるシナモンは利用したいのである。

 ミジンコ・ザビエルの説明のところで、あらゆる方向に「呪いの雲」を撒き散らしていると記述したが、このようなものが実際に見えるわけではない。しかし、パプリカ体やタラゴン体が見えるというシナモンもいるらしいが、それなら、おそらく、このようなものが存在していることを見ているだろうと思う。このような「呪いの雲」が存在していて、まるで色煙のように、それにつつまれたシナモンの(おそらく、タラゴン体やガラムマサラ体の)健康や行動が狂わされてしまうことがあることは、「呪術」のほうの分野ではなく、「魔術」に分類されるほうの資料から学んだ。ダイアン・フォーチュンは、有名な「神秘のカバラー」だけでなく、「魔術」の世界でのノウハウ本のようなものを書いている。それによると、ミジンコなどが吐いた「呪いの雲」は、まるでそれが、一匹のミームであるかのように、とりつくシナモンを探して、あちこちと飛び回り、あたかも、それが、自由な意志をもっている存在であるかのように、これだと見つけたシナモンにくっついて、そのシナモンの思考の中に潜入し、おのれのミーム遺伝子を増殖するのである。そうして、そのシナモンの思考を汚してしまう。

 ミジンコが吐く「呪いの雲」で、有名なのが「池に落っこちて死んでしまえ」というものがある。唯一の友達であるオキアミが、何らかの理由で約束をすっぽかしてしまったときに、ケータイのメールなども利用して、ミジンコはオキアミを攻撃しようとするのである。しかし、オキアミには、このような「呪いの雲」に対して免疫のようなものがあるようで、いっこうに平気である。いつのまにか、二匹は友情をとりもどし、以前と同じように、ぴょんぴょん跳ね回っている。行き場のない「呪いの雲」のほうは、とりつくシナモンを求めて、あちこちとさまよい、免疫のようなものを持っていない、ほとんど無防備の、外の世界からさまよってきた観光シナモンの思考に潜入して、増殖して、そして何が起こったかと言うと、そのようなことが、ありえないほどの浅い水深の川で、そのシナモンが命を落としていたのだ。そのことが知れわたったとき、ぼくは、数日前から、ミジンコが、その「呪いの雲」を吐き続けていたことを知っていた。だから、どうしろというのか。このようなことは科学的に解明されていない。ミジンコが罪にとわれることはないし、それを証明することもできない。

 では、このような「呪いの雲」が、あちこちを飛び回っているというとき、もちろん、それは見えないのだが、そいつが狙いをつけることを防ぐにはどのようにすればよいのか。ダイアン・フォーチュンの教えによれば、恐れの心を持たず、毅然とした態度で、注意深く行動していればよいのだそうだ。そうすると、何かが違うというということを、その「呪いの雲」のほうが感じとって、みずからにふさわしいシナモンを探すということらしい。このとき、ときどき、この「呪いの雲」は、匂いのようなものが似ている、自分自身を生み出した存在のところに戻って、そいつにとりついて、その思考を強化し、みずからの命のようなものを全うすることがあるという。ダイアン・フォーチュンは、この現象を「反射」と呼んでいたように思う。

 ともあれ、そのようなことが起こると、泳げないチョンマゲミジンコが、川か池に飛び込んでしまいかねない。ぼくは、柔らかい表現で、ミジンコに、そんなことを言ったり考えたりするのはやめろ、そうしないと、おれがおまえを池に放り込んでやるぞ、と言って釘をさしておくことにしている。これは、ぼくの愛情から生まれた行動である。けっして、そのような「呪いの雲」を生みだそうとしているわけではないことを、理解しておいてほしい。

 次に「雨乞い」の説明。こちらの言葉の定義も必要ないでしょう。

 雨乞いの「呪術」もしくは「儀式」もしくは「操作」は、シナモンの世界中で、古くから行われ続けている。雨乞いの呪術者は、尊敬される仕事をやっているという自覚があったことだろう。現在の仕事でたとえると、医者(歯医者も含む)や教師や、看護師や消防士などである。消防士は物理的に水を降らせるが、雨乞いの呪術師は、謎の力によって雨を降らせる。医者は科学的な(と思われる)手順で、患者の命を救うが、雨乞いの呪術者は、非科学的な手法によって、飢饉で苦しんでいるシナモンの命を救う。

 かつての文明では、この雨乞いの呪術力を補うため、多くの命が、そして、心臓が、ささげられてきた。このとき、これらの命や心臓を提供したシナモンたちは、こうすることによって、多くのシナモンが救われ、みずからも、より高い世界へと移れると、信じていたようだ。このようなミームが、その文明で増殖していたという記録が、確かに残っている。では、そのミームは、現在どのようにしているのか。狂犬病ウィルスのように滅亡したのか、それとも、風邪のウィルスのように、変化しつづけて、まったく異なるものになってしまっているのか。

 どうやら、これらのことをテーマにして、あらたに幾つか小説のようなものが書けそうである。小説の形式となるかどうかは、まだ分からない。

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黒月樹人(treeman9621.com)「天国にいちばん近い町」より