天国にいちばん近い町

黒月樹人 (KULOTSUKI Kinohito)

 (ここは長くなります。コリアンダーは「天国にいちばん近い町」の意味を解釈しなくてもよいとしましたが、外の世界での噂の訳が、ここで説明されます。いわゆる、本当の意味での、この小説の答えです。ですから、ここまで読んでもらわないと、この小説は終わりません。いえ、決して終わらないということが、後で分かると思います)

 小説の結末部分で、コリアンダーは、こう言っています。

「この旅では数多くの問題があらわれ、(中略)何の問題もなく消えていった」

「こうして、ぼくたちは、また、少し、天国に近づいてゆくのかな」

「でも、そんなもの(天国)は、どこにもないのかもしれないけれど、(この世界で現われてきた)たくさんの問題が、いつのまにかなくなってしまったのだから、(天国がどこにあるのかとか、この町が天国にいちばん近いとかいうことは)どうでもいいじゃないか」

と。これは、コリアンダーを通じて、ぼくが述べたい答えの一つでもあります。

 でも、外の世界のシナモンたちが、このような考えで、「天国にいちばん近い町」と噂しているわけではないということも、しっかりおさえておくべきです。

 この小説を書いている間に、言葉のデザインをどうするかということのため、色々な資料にあたっていると、この謎に対するヒントが見つかってきました。

 ヒントの一つは「カースト」であり、もう一つのヒントは「雨乞い」です。できれば、この後の説明を読む前に、これらの項目のところの解説を読み直しておいてください。

 準備はよいですか。

 カーストの項で、ぼくは、あえて、ひとつの事実を書かないでおきました。それは、カーストの制度を保存しているシナモンたちが、輪廻転生を信じていて、現在のカーストにみあった生きかたをして、被支配者なら被支配者なりにしていると、今度生まれ変わってくるときには、少し上位のカーストに生まれることができると信じていることです。これもミームの一種なので、なにか適当な名前をつけておきたいと思います。そのまま、カーストミームでよいでしょう。このことがほんとうかどうかということは、ミームにとっては何の意味もありません。単に、このカーストミームがシナモンの中で増殖できればよいだけなのです。現在も、このカーストミームが増殖を続けていることは、ぼくは解説文の中で暗示しておきました。

 「これらの言葉も、しだいに使われなくなってきており、『ヒニン』と『ヒヒニン』の意味は、『ブカ(豚禍)』と『ジョウシ(恕牛)』に移りつつある」

のところです。このカーストミームの戦略として、生まれ変わってからというような、はっきりとしない結果しか生み出せないのでは、広まる力が弱いので、同じシナモン生の間に効果が生じるようにと、

「被支配者であるブカが、それなりのふるまいを、支配者であるジョウシに対してとりつづけてゆくことによって、いつかは、ひとつぐらいはランクが上のカースト(地位)につけるかもしれない」

と変化したわけです。この巧みな変身!

 このミームにも、それにふさわしい名前をつけておきましょう。チイ(地位)ミームというのはどうでしょう。このチイミームには、別の価値体系からのサポートとして、ユーラの増額という強化ミームがくっつきます。こちらも、ユーラミームと呼んでおきましょう。まあ、かなり手ごわい戦士たちです。

 これらは、「天国」を身近なものにするという意味で、考慮しておくべきものです。

 ところが、これだけでは、この町がいちばん天国に近いというこのわけ(理由)がわかりません。予定してあるヒントの「雨乞い」へと行くまえに、幾何学における補助線のようなヒントを、ひとつ出しておきましょう。

それは「スッポニア・スッポン」です。

 某エリアを象徴する鳥である「ニッポニア・ニッポン(トキの学名)」をパロッた「スッポニア・スッポン」という呼称は、この町を象徴するシナモン名なのです。外の世界のシナモンがみんな知っていることですが、この町には、スッポニア・スッポンによく似たシナモンが、わんさかと生息しているのです。生きてゆけるわけです。それらをまとめて表現する言葉をどのようにするかということで、ぼくは悩んでしまいます。かつて、その言葉は、差別用語でした。単に体を示す言葉なのですが、それを言うことで、みずからはヒニンではなく、ヒヒニンのほうであるということを、意識させる言葉でした。さて、どうしましょうか。スッポニア・スッポンは、ちょっと重いので異なるのですが、この小説で、それらについて、ぼくは、ある分野の名前を選んでつけてきました。たとえば、チョンマゲミジンコやオキアミです。だから、それらのことを、抽象的に呼ぶときには、「プランクトンたち」と呼んでおくことにしたいと思います。自分の力だけでは自由に泳いで生活できないというような意味だと考えてもよいでしょう。

 つまり、この町はプランクトンたちであふれかえっているのです。もともと小さな町なので、総数を数えると、そんなに多くはないのですが、比率として、ここは、このあたりでいちばん寒いということよりも、もっともっと知れわたっていて、この町で歩いていると、あらゆるところでプランクトンたちに出会ってしまうのです。そのことは、何も悪いことではありません。このような世界も、どこかにないと、これらの、外の世界では生きてゆけないシナモンたちは、どうすればよいのでしょうか。

 ところで、このようなプランクトンたちだけではシナモン社会は成立しません。これらのプランクトンたちを指導したり、世話したり、仲間として、いっしょに働くシナモンたちが必要です。この町には、そのようなシナモンたちも数多く集まってきています。ときとして、外の世界ではめったに見られないような、みごとな美しさで、その存在を輝かせているシナモンもいます。それは、ほんものの宝石にも劣りません。まあ、こんなことはおいといて、プランクトンたちは、決して見ばえのよい姿をしているわけではありません。スッポニアを旅行につれてゆくとしたとき、スッポニアのめんどうを、どのシナモンがやるのかということで、ミジンコやオキアミは逃げ出し、ジタン・プランクネットは、それをコリアンダーに押し付け、コリアンダー自身も、それをヒイロカキアカに押しつけようとします。だが、ヒイロカキアカも引き受けてくれません。そこで、コリアンダーとヒイロカキアカと、もう一匹、あまり目立ったエピソードがなかったので、名前をつけていないシナモン(センシナガレとしておきます)の一匹が、スッポニアといっしょに行動しようと言うことになったのです。その後、スッポニアは行きたかった遊園地がしまっていたので、タヌキドキアの街を一匹で散策して、途中でコリアンダーとヒイロカキアカと合流しますが、やがて、一匹で行動し、夕方、きちんとホテルに戻ってきたのでした。夜には、パミス料理を食べたいといいだし、やむなく、コリアンダーとセイタカ・オキナクサガメが同行します。これらの珍道中と、もうひとつの、一見するとプランクトンたちに見えない、キメラサウルス・ユーラキョウの「世話」に、コリアンダーはおわれてゆくわけです。キャメル・ブラックボックスが、バスを降りてから、コリアンダーに礼を言うのは、色煙戦争で敗北しても、それなりの価値はあったということもあるかもしれませんが、おそらく、ブラックボックスもキメラサウルスの「世話」をさせられることがあるので、今回の旅行では、その役を一手に引き受けてくれたコリアンダーに対して、肩代わりしてくれてありがとうという意味が、含まれていたのだと思います。スッポニアが何度も何度も、コリアンダーに会うたびに礼を言い、コリアンダーが、そんなことは一度でいいと、スッポニアに教えたということも、すべて、ほんとうにおこったことです。ここは、書いているぼくですら、感動してしまいます。みなさんは、どうですか。

 さて、ここで「雨乞い」のヒントにつなげてゆきましょう。

 「雨乞い」の項のところで、ぼくは、この仕事を補うため、多くの命と心臓が提供されてきたことにふれました。実際、ある種のミームで洗脳されていたシナモンが、逃げることなく、恐れることなく、儀式のための石台に横たわったそうです。このときのミームの内容は、次のようなものです。これをイケニエミームと呼んでおくことにしましょう。

 つまり、イケニエミームの戦略というのは

「飢饉で命をつなぎきれない、他のシナモンのために、雨乞いの呪術の力を高め、見事雨を降らせ、それによって、飢饉を避けて、シナモンたちが生きのびられるように、命と心臓を提供したシナモンは、間違いなく「天国」にゆくことができる」

というものだったのです。これは、記録に基づく事実です。

 このような、プランクトンたちにあふれ、それらの世話に、シナモン生の貴重な時間を費やしている、介護や保護や協力の作業をこなしているシナモンたちの行動は、そんなことは決してやりたくないと考えている、外の世界のシナモンたちにとっては、命と心臓を手渡すにも等しい行為としか考えられないようなのです。だからこそ、そこは、天国にいちばん近い町だと、外の世界のシナモンたちが噂しているのです。

 でも、そこで暮らしている、プランクトンたちも、その他のシナモンたちも、そのような理由がわからないのです。ただ単に、そこは、周囲の世界に比べて、とても寒く、とても少ないユーラしか稼げない、どうしようもないほどの問題をどんどん生み出す(サナダムシやカイチュウのような)やつらも生息している、いわば、最悪の町なのでした。

 だからこそ、ここには、手がかりがあるのです。ほんとうの生きかたを追い求めるための、手がかりのようなものが。

かすかで、分かりにくくて、信じられないようなできごとの中に、こっそり潜んでいるのです。この小説のように。

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黒月樹人(treeman9621.com)「天国にいちばん近い町」より