黒月樹人闘病記(o15)グルテンドラッグマインドからグルテンフリースピリットへ

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito 本名◇田中 毅 @黒月解析研究所)

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 はじめに

 タイトルが分かりにくくてすみません。
 あえて、2つの造語を作り、それらを組み合わせてしまいました。
 つまり、「グルテンドラッグマインド」と「グルテンフリースピリット」です。
 これらのことを説明するには、まず、次にあげる3冊の本の内容について、できるだけかんたんに記しておかなければなりません。

 「がん」では死なない「がん患者」[1]

 この本のタイトルは、なぞかけになっています。
 だったら、「がん患者」は何で死ぬのか、と問い返して、その答えを知ろうとすることでしょう。
 これについての、この本の説明を記述します。

 がん患者の8割は、感染症でなくなっているということです。([1] p13)
 …(中略)…
 ではなぜ、8割ものがん患者が感染症にかかり、しかも亡くなってしまうのか?
 ひと言で言えば、免疫機能が低下しているからです。
 そして、免疫機能の低下は、栄養障害によってもたらされます。
([1] p13)

 それにしても、入院患者が栄養障害になるようなことが、いったいなぜ起こるのでしょうか?
 「病院なんだから、患者に合わせてきちんと管理された食事が出されたり、栄養が投与されたりするのが当然でしょう?」と、疑問を持たれた方が多いと思います。
 ところが、そうではないのです。
 なぜかというと、栄養管理は医療とみなされてこなかったからです。
([1] p15)

 このあたりが、この本の著者、東口高志さん(医師なので先生)の「つかみ」です。
 ここから、いろいろなことが語られてゆきますが、このページの構成の都合で、一気に飛ばして、終章のところへと進みます。
 食事を医療の基本として認識する考えが、すでにアメリカでは確立していて、栄養サポートチーム(NST, Nutrition Support Team)という用語が確立しています。
 東口先生は、このことを強く感じ取り、母校でNSTを立ち上げようとしたのですが、これは却下されたそうです。次に赴任した病院で、このNSTを立ち上げることになったのですが、この時も、周囲の目は冷ややかだったそうです。
 しかし、この取り組みの成果を示すことにより、やがて認識が深まっていったということです。
 このとき、東口先生は「持ち寄りパーティ型式のNST」を導入したとあります。

 …日本でも全科を横断して栄養管理を行うNSTが必要だと、私(著者)は強く思うようになりました。
 しかし、アメリカのように専属メンバーによるNSTを作るのは、日本では不可能だとも思いました。
 専属メンバーを作るほどの余力は、日本の病院にはないからです。
 そこで考えついたのが、PPM(Potluck Party Method, 持ち寄りパーティ方式)です。
 料理を1品ずつ持ち寄って開くパーティのように、病院の各部署から少しずつ人と力を持ち寄って、NSTを運営するのです。
([1] pp211-212)

 おそらく、このようなものは、私が入院した甲賀病院には無かったはずです。
 東口先生の病院がある鈴鹿市と甲賀市とは、車で30分ほどの近くにあるのですが、おそらく、もっと近くても、甲賀病院は、そんな必要性がどこにあるのかと、うそぶくのではないでしょうか。

 白米中毒 [2]

 中毒として有名な、麻薬、アルコール、ニコチンなどは、ハードドラッグと呼ばれます。
 どいうわけか、麻薬類は保持するだけで重罪となりますが、アルコールやタバコ(ニコチン中毒)は、ほとんど野放しです。
 もう少し身体や精神への危険が低いものとして、ソフトドラッグとまとめられている、マリファナやマジックマッシュルームというものがあるそうです。
 このマジックマッシュルームは、カルロス・カスタネダの著作の中に現れる、幻覚を呼ぶキノコなのでしょう。調べてみると、日本では2002年に法律によって規制されています。マリファナについては、あえて言うまでもないでしょう。
 「白米中毒」の著者、白澤卓二先生は、これらの分類と並んで、マイルドドラッグという用語を提案して、これに「見えない恐怖!」という枕詞を添えています。
 マイルドドラッグとは、ハードドラッグやソフトドラッグほど急激な危険性はないものの、強烈な中毒性をもたらし、徐々に人々の身体を蝕んでゆくもの([2] p38)と規定されています。
 マイルドドラッグのサンプルは、塩や砂糖、油などがたっぷり含まれたジャンクフードや甘い炭酸飲料、そして白米など、食べたときに「心地いい」と感じるもの([2] p41)なら、何でも、なのだそうです。
 「塩や砂糖」と記されていますが、もっと具体的には、精製が進んだ「塩と砂糖」です。つまり、塩化ナトリウムとしての塩や、白砂糖(やグラニュー糖)です。
 精製されていない天日干しの塩や、黒砂糖は、それほど「中毒性は高くない」ということだそうです。
 甘味は、麹、甘酒、黒糖などで、塩味は、天然干しした天然塩、しょうゆ、みそでとるとよいそうです。
 このほかに、重要なところを、少し転記します。

 白砂糖が脳にダメージを与える大きな理由としては、白砂糖が生体のビタミントミネラルを使い果たしてしまうことにあります。([2] p44)

 …精製されたデンプンを多く摂取すればするほど、IQが著しく低下、白砂糖を多く摂取する人は、摂取量の少ない人よりも、なんと25ポイントもIQが低い…([2] p45)

 かんたんに言うと、(あえて精白されて重要な成分を削り落とされた)白米や白砂糖を食べれば食べるほど、脳にダメージが生じて、馬鹿(あるいは、阿保、間抜け、ボケ、痴呆症)になる、ということです。
 これ以外にも、成人病や老化にともなう、数々の症状も、どんどん悪化するそうです。

 この本では、「白米中毒」と、お米のごはんを全否定しているように受け止められるかもしれませんが、後半のところで強く主張しているように、玄米ごはんは、ちっとも悪くなくて、むしろ逆に、健康を増進するということです。
 ああ、それなのに、世の中の多くの人々は、玄米をわざわざ精米して、まさに滓だらけとなった白米を食べることに夢中になっているのです。

 玄米は決してまずくはありません。下手に炊いたものは、まずいかもしれませんが、上手に炊いた玄米を一度食べたら、いや、中毒症状の程度にもよりますが、それが軽い人なら、きっと、玄米のほうがおいしいと思うことでしょう。
 玄米を上手に炊くコツは、水に何時間か浸しておくということと、多めの水加減で、そして、きちんと圧力釜で炊くということです。蒸気がシュッシュッと出はじめたら、弱火にして、20〜25分で火を止め、5分ほど、そのままにしておいてから、おもりを外して、中の蒸気を出します。
 もちろん、この炊き上がりを、木のおひつに移せば、もっと美味しくなりますが、私は、適度にパックに入れておき、レンジで温めて食べています。
 玄米ご飯のおかゆやチャーハンも作ります。

 「白米中毒」の本には、これ以外にも、大切な情報がたくさん盛り込まれています。
 ぜひ、この本を手に取って、読み進めてください。
 とくに、私の治療にかかわった医師のみなさん、看護師のみなさん、そして誰よりも、無知蒙昧の姿を私に見せつけたままの、病院食の管理栄養士のみなさん。いろいろと問題解決についてのカウンセリングをさせていただいたところ、残念ながら、忌憚ない意見を述べるとすれば、馬鹿(あるいは、阿保、間抜け、ボケ、痴呆症)に見えてしまっています。
 私が何度も言いたかったセリフがあります。
 「あんたら、栄養士なのに、こんなことも知らんのか。いったい何を勉強してきたんや。自分の身体を使って確かめたんか。つまり、実際に病気になって、こんなまずい食事、食べてみたこと、あんのか、っちゅうことや。それらが、実際、自分の身体を、どのように変えてゆくのか、ってこと、ほんまに分かっとんのかいな。」
 どう考えても、みなさんは勉強不足です。そして、自分の身体を通して、いかに食事が大事なものであるかということを知るための経験が、圧倒的に不足しています。(標準語の文語で述べるとすれば、こんなところでしょうか)

 Grain Brain 「いつものパン」があなたを殺す [3]

 ようやくメインステージです。
 ほかにもいろいろな、食事と健康に関する本を調べ、読んでみましたが、それらの「おおもと」ともいえる本が、この(原題)Grain Brain です。
 これを直訳すると「穀物脳」となりますが、これでは、日本で普及してゆかないと見た出版社か翻訳者が、「いつものパン」があなたを殺す、という、かなり過激なタイトルにしてしまいました。
 ここで「殺す」というところを「殺してゆく」にすれば、うまく言い得ているかも、と私は思います。
 「いつものパン」があなたを殺してゆく、です。
 同じことやんけ。
 同じかもしれませんが、この、じわじわ感が、「見えない恐怖!」としてのマイルドドラッグの性質を表しているのです。
 前著の「白米中毒」では、マイルドドラッグの代表的なものとして「白砂糖」と「白米」をあげていました。「黒糖」と「玄米」は、その逆です。アンチドラッグ、ドラッグフリーとでも呼べるものでした。
 さて、このGrain Brain では、もうひとつのマイルドドラッグとして、小麦に含まれているグルテンを取り上げています。
 グルテンというのは、小麦粉をねばねばさせる成分としてのたんぱく質です。薄力粉より強力粉にたくさん含まれています。このグルテンがないと、生地を練って膜状にすることができないため、発酵によって生み出される二酸化炭素を閉じ込めておくことができず、あの、ふわふわとしたパンになりません。あまり二酸化炭素を蓄えませんが、引っ張ってもちぎれない生地となって、ピザのベースとなったり、餃子の皮となることができません。
 あるいは、中力粉として使う、うどんにはなりません。あるいは、パスタですか。これにもグルテンはたくさん含まれているはずです。

 かんたんにまとめるつもりでした。
 この本は、著者がかんたんに説明しようと言っているほどにはかんたんではなく、かなり学術的な表現スタイルをとっています。きっと、この人の周囲にいる人たちが、みんな 平均以上のIQをもっている人たちなのでしょう。
 むつかしいところは、さっと飛ばして、グルテンの何がよくないのか、ということを説明している部分を探して、次に引用します。

 セリアック病とは、グルテンに対するアレルギー反応によって、とくに小腸へのダメージがあったときに生じる疾患だ。([3] p79)
 その数はおそらく30人に1人に近いだろう。([3] p79)
 4人に1人が遺伝上の理由だけでグルテン過敏症にかかっている。([3] p80)

 みんな気づいていないだけで、意外と多くの人がグルテン過敏症であり、さらに、そのひどい症状としてのセリアック病になっているということが示されています。

 1944年のオランダ飢饉のとき、パンと粉類が不足すると、ディッケ博士(オランダの小児科医、ウィレム・カレル・ディッケ博士)はセリアック病の子供たちの死亡率が大幅に低下したことに気づいた。35パーセントあったのがほぼゼロになったのだ。さらに博士は、再び小麦を食べるようになると死亡率は元のレベルまで上がったことも報告した。([3] p86)

 ここんとこのエピソードは、これまで「炭水化物」が原因として疑わしいのではないかと考えられていたところ、もっと限定して、「小麦」だったということが明らかになったということです。
 それから、小麦のグルテンへと、捜査対象が絞られてゆくのに、そんなに手間はかからなかったことでしょう。

 ◇グルテンは脳に影響を与える
 この節において、具体的な症例についての解説があったあとの、まとめの文章として、次のような一文があります。

 さらにいまや、グルテン過敏症と、何千年にもわたって医者たちにも理解不能だった脳疾患(統合失調症、癲癇、双極性障害、うつ病、さらに最近の自閉症やADHDなど)との結びつきは証明されている。([3] p94)

 ここのところだけではなく、これに関連する症例などのことや、この著者が患者に対してグルテンフリーの食事をとるように指示したあとの、劇的な治療効果のことについてが、あちらこちらで述べられてゆきます。
 とにかく、この先生のところへ来た患者について、グルテン過敏症かどうか検査してみる、そして、それが陽性(グルテン過敏症である)と出たら、なにはともかく、グルテンフリー(グルテンを含む食品をいっさい摂らない)の食事を試みることを、内科医としての指示として出すわけです。何らかの薬を調合して出すのではなく、毒となっていたものを摂らないようにするという指示を出すわけです。これではポイントが稼げないから、お金はもうからないかもしれません。代わりに、患者からの感謝の手紙がたくさんもらえます。少なくとも診断としてのポイントは得られるはずです。

 グルテンドラッグマインドからグルテンフリースピリットへ

 準備が整いました。
 私は、かつて、明らかに双極性障害でした。
 そのことに気がついて、この病気のことについて調べたとき(今から30年ほど前)、これはまだ、躁欝病と呼ばれていました。
 統合失調病(これも当時は、精神分裂症と呼ばれていました)などと同じ分類の、れっきとした精神病でした。
 地方の公立中学校の教師が精神病になったわけです。このまま働き続けることができないに決まっています。私が出してしまった辞表は、何のちゅうちょもなく受理され、そのときの校長は、私の母に、私を精神病院へ入院させることを勧めたそうです。
 今から思えば、他人事で済ませることができる人間としては、それがフツーの判断手続きだったのかもしれません。
 その、最初の発病において、私は激しい躁状態でしたが、いざ4月1日となって、教師でなくなった日を区切りとして、突然、とんでもなく深いうつ状態へと落ち込みました。
 このあとの回復過程のことや、何年か後に、再び現れた、鬱のときのエピソードのこと、2008年の、最後の、激しい躁状態でやったことなどを、私は医大の精神科の医師たちに説明しました。しかし、2008年から2016年までに、どのようにして、激しい躁にも、とんでもなく深い鬱にも落ち込まずに、中央からやや躁の状態を保って、明るく前向きに、しかも、創造的な生き方をしてきたのか、ということを説明したはずなのに、彼らは、そのことについてはいっさい無視して、「あなたは躁欝病です」と、得意げに診断しました。
 (実際に言っていませんが、あほか)そんなことは、精神科の先生に診断してもらわなくても分かっています。(それにやな、現在の私については、どう診断してんのや)
 私は、人の話がきちんと理解できないで、自分の偏った色眼鏡でだけ、患者を見ることしかできない人間が、医師として認められているということに、とても驚きました。
 たとえば、私は、「アインシュタインの特殊相対性理論が空論であることを世界で初めて証明した」ということを、その証明についてのアルゴリズムまで、かんたんに説明したにもかかわらず、彼が書いた(開示された)カルテを読むと、このことを「誇大妄想」と記しています。
 (「妄想」してんのは、そっちのほうやろ。私が記した「幽霊変換」を読めないのではなく、さいしょから読まずに、「誇大妄想」と判断したのは、見え見えや。)
 私が甲賀病院に入院していたとき、かのうるわしき、愛嬌ナンバーワンと名づけた看護師が、私の知能の高さについて質問してきたので、その例証として、「アインシュタインの特殊相対性理論が空論であることを世界で初めて証明した」ということをもちだし、その論証の筋道を説明したところ、翌日になって、愛嬌ナンバーワンは
「読みました。分かりました。」
と言うではありませんか。
 私はこう言い返しました。
 「おまえ、偏微分のところ、よまれへんやろ」
 「そんなん、間違ってたら、何年も主張できませんやん。
 間の論証のところだけ、読んで分かったら、ええやないですか。」
 確かに。偏微分の数式の変形のところは、間違っていない。何度もチェックした。
 しかも、この論文で重要な式の変形は、複雑に見えた式が、さいごには、X=Xという、何の意味もないものになってしまうというところである。
 こんなことくらいなら、IQワーストワンでも分かる。
 精神科の医師は、IQワーストワン(愛嬌ナンバーワン)でも分かったということを、まったく分からず(さいしょから検証しようとしていないことが、見え見え)、愚かにも「誇大妄想」と決めつけたのだ。
 ゴブリンアイズでも組み込んである、ウェーブレット解析でのレリーフ解析などの実用化に関しても、世界で私だけだろうと説明したことについて、彼は、同じく「誇大妄想」として決めつけている。
 これも、いったい何が「レリーフ解析」というものであり、それがウェーブレット解析の実用化という分野でもつ意味についても、まったく分かっていないのが、見え見えだ。

 話が流れてしまいました。
 これも、躁病の指針として指摘されてしまいます。
 でも、こんなことは、誰にだってあること。
 もっと語っておきたいこともあるのですが、それはがまんして、ここでの本筋へと戻りましょう。

 私の人生の中での、精神的な疾患のときのことを、ていねいに思い出すことにしました。
 すると、躁病や鬱病の激しかったとき、かならずと言っていいほど、食生活が、グルテンに満ちたものだったということに気づきました。
 もちろん、ストレスという要因もあります。
 私が、玄米食がいいと気づいたのは、18歳か19歳の頃のことでしたが、それを続けられるというものでもなく、大学に入学して一人暮らしをするや、朝はパン、昼は生協でカレーとか、夕食は外食産業の、おいしい中華丼やラーメンなどなど、という生活を4年間つづけ、卒業して実家に戻ったものの、中学校の教師として、朝練に早く出かけるため、やはり、朝はパン、昼食はもちろん学校給食で、パンもしくは、白米中心の献立だから、どっぶりと、グルテン中毒、白米中毒のまま生きていたわけで、今思うに、これでは、わずかばかりの問題にも、精神と思考のコンディションを乱し、とても正常とは言えない判断をしたかもしれないと、思えてきます。
 東京で地質調査の会社に勤めていたころ、やはり、パンや外食産業の献立を受け入れるしかなく、玄米を炊いて食べるのがよいと分かっていても、これだけ食堂があって、収入もじゅうぶんあるのだから、おいしいものを食べ歩いて、何が悪い、と自分を甘やかしていたのが分かります。
 このころ、とつぜん鬱へと落ち込んだことがあります。回復するまで、会社のみなさんに、とても助けられました。
 この御恩は、と思っていたら、私が治ったのと入れ替えに、今度は社長が鬱病になってしまい、何も決断や指示ができないということになり、これでは自分の身が危ないと、よそから移って来た、位の高い人が、これは大胆なリストラをするしかないと、100人ほどの従業員のほぼ3割を切ってきたわけです。
 私のことへ戻って、地元に帰って陶器製造会社で働かせてもらっていましたが、ここの社長と部長が、かなりおかしな人々で、ここでも数々の物語が展開しました。
 で、私のことを振り返ると、ちょうどこのころ、私は天然酵母パンを焼くことに、はまっていました。
 歯の治療に行ったとき、歯科医の先生が
「いったい何を噛んで、この歯はかけたんや」
と聞いてきたとき、私の応えは
「パンです」
というものでした。
 そのあとの言葉が続かなかったので、ひょっとすると、先生は、私の頭の(論理)構造を疑ったのかもしれません。
 でも、それはほんとうのことだったのです。
 私が焼くパンは、とても硬くて、石のようにも思えるものだったのです。
 かんたんに言うと、発酵の技術が未熟なため、パンをうまく膨らませることができなかっただけのことです。
 このようなエピソードがあったので思い出したわけですが、このころは、せっせと下手なパンを焼いて、硬くなったパンの皮と中身の違いを味わって、これが本物のパンだと、うそぶいていたのです。
 ぜったいにグルテン中毒でした。
 その会社を辞めることになったときの、社長や部長の対応は、とてもひどいものでした。
 それとグルテン中毒が相乗効果をもって、私は、生涯で最高レベルの躁状態へと突入したのでした。
 そのあと軽い鬱状態があって、2008年の「幽霊変換」あたりの状態へと向かい、そこから現在の2016年まで、とくべつ激しい躁状態にも、ひどく深い鬱状態へも向かわずに、ほぼ中間的な状態を維持してきました。
 とくに、2015年の夏に、母の実家を守っていた、母の兄の奥さん(私からすると義理の伯母さん)が亡くなり、その人の遺言で、家と土地が私に譲られることとなって、2015年の12月に移り住み、それから、自分一人だけの都合なので、玄米そのもの、麦や雑穀の混じった白米などを食べるようになり、一日中コンピュータ―に向かって、何も言わず、何にも惑わされず、ずいぶんと平穏な生活をしていたのですが、8月19日に、腐った天ぷらを、単にお湯で煮るだけの処置で食べるという、とんでもなくばかなことをしてしまい、その結果として、ガンだ、ガンじゃない、ということに振り回され、病院中をうろうろしている、ばかなことばかり言っている、などと、分かりもせず、非難ばかりされるという状況に置かれ、主治医がひらめいたのが、「おそらく躁病だろう」というものでした。
 自分の家だったら、自由に水風呂に入って熱を下げられるのに、この病院では、何もできない。一度看護師が投与した解熱剤で、悪寒が激しく起こり、脚にけいれんが生じて、以後、薬は拒否、という宣言をすることに。点滴のせいで、眠ろうとしても、1時間で膀胱に尿がたまって起こされてしまうため、まったく熟睡ができない、だから、このことを、データをとってきちんと説明することとなり、医師と看護師から嫌がられる。このあと、主治医が、点滴は意味がなかった、と、抗生物質の錠剤をのむという治療に変わったが、ここで私は、きちんと冷静になって、怒りを抑えている。この無意味な点滴のせいで、いったい何日私は苦しめられたのか。
 そうそう、このように、とてもふつうとはいいがたい精神状態だったわけですが、家で暮らしていたときは、一日中何も語らなかった私が、病院に入院しているとき、ちょっと躁のつもりが、かなり躁、だったわけです。
 Grain Brain を(日本語版で)読んで、気がつきました。
 明らかにグルテン中毒だったのです。
 あまりに少ない病院食のため、どんどん体重が減ってゆくことに、あるころから危機感を覚え、私は、その病院にある売店へと行き、夜食として食べるパンを何個か買っておくようにしていました。
 とくに、この街で古くからやっているパン屋さんが作っているサンドイッチが、とびきりおいしいので、売店の人が
「(価格が)高いでしょう」
と言うのに反論して、
「一度食べたら、値段なんて、どうでもよくなる。いくら安いからといっても、他のサンドイッチなんか、見向きもしなくなるから」
 この入院のころ、どういうわけか、これまでの生活では見向きもしなかった、各種のグミに、やはり、はまりました。
 甘いものを食べることにより、おそらくたまってきたストレスを打ち消そうとしていたのだと思われます。
 これらの症状こそが、まさにマイルドドラッグの特徴そのものなのです。
 私はマイルドドラッグの罠にはまってしまったのでした。
 私は「砂糖中毒」であり、病院食の(白米)ごはんがうまく炊けるようになってから、このような、おいしい食事を欠かさず食べたいと、自由な時間まで外泊してもよろしいという、医師の勧めを断って、病院食の朝食が食べたいので、朝に戻ってきます、と言っていました。明らかに「白米中毒」でした。そして、夜食ではもちろん「グルテン中毒」です。
 こんな状況で、私の精神が、静かに落ちついていられるわけがありません。
 私は、躁状態の特技として現われてくる、何かが乗り移ったかのような、多彩な才能に目ざめ、「漫才台本」のシリーズのような、これまで書いたことのない表現スタイルのものも手掛けることができるようになりました。
 このような状態が、おそらく、グルテンドラッグマインドというやつです。
 一度コツをつかんでしまうと、このシリーズを続けてゆくのも、朝飯まえって感じなのですが、(今の状況では)どちらかというと、その「朝飯まえ」には、ゴブリンアイズの販売に関わる雑多な事務を片づけなければならないため、そんなことにエネルギーを使っている余裕がありません。
 私は、いたって冷静で、ゴブリンアイズが実際に世の中で受け入れられ、それが収入となって、私の生活が安定するまで、これまで封印していた、「肖像スタンプ」の仕事も副業として始めることにしました。
 するとたちまち、ラジオのニュースで、世の中で、普通の人々が副業をもつということが認められそうになってきたと知り、ああ、なんというシンクロニシティか。また始まった。
 これも、ひょっとすると、グルテンフリーの生活が一週間、また一週間と伸びてきて、グルテンが入っている食べ物に何の関心もなくなり、スーパーやコンビニへ行っても、ほとんど必要なものを感じなくなって、とくに必要な食材以外は素通り、そして、とても老人の域に近づいているとは思えない、記憶力の良さ。もちろん、老眼ではなく、これまで右脳ばかりを使ってきたコンピュータープログラミングのバランスをとろうと、左脳をもっぱら使う、リノリウム版画を始めたのも、この視力がとびきり正常だということにも由来しているわけ。
 自動車も持っているのですが、ガソリン代がもったいないと判断したときは、片道2時間かかろうと3時間かかろうと、行って、ほんの少し用事を片付ければよいときは、自転車で走ってゆきます。もちろん、折り返すポイントで、汗ばんだ下着を着替えるということを忘れないようにして。
 一度、これを怠ったとき、今年の風邪を発病してしまいましたが、それもほぼ3日で回復してしまいました。
 身体と精神を含めて、こちらの状態が、つまりは、グルテンフリースピリットです。
 日常生活では、何も話さないけれど、こうして何か記す機会をもったときには、その反動かしら、こんなに饒舌になってしまうのが、やはり、なんらかの病気なのかと思えることもありますが、他人にめいわくかけているわけでもないし、まあ、いいっか。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, December 27, 2016)

 参照資料

[1] 「がん」では死なない「がん患者」(栄養障害が寿命を縮める)、東口高志(著)、光文社新書818、2016年5月20日初版第1刷発行
[2] 白米中毒、白澤卓二(著)、アスペクト(刊)2013年2月5日
[3] Grain Brain 「いつものパン」があなたを殺す、デイビッド・パールマター&クリスティン・ロバーグ(著)、白澤卓二(訳)、三笠書房(刊)2015年1月30日

 

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