黒月樹人闘病記(o17)うつ病にはもう決してなりたくない

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito 本名◇田中 毅 @黒月解析研究所)

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 躁病ではなく躁うつ病です

 胆のうと肝臓の疾患という病気の治療のため、甲賀病院に入院していましたが、あるとき、私の主治医がふと、
「田中さん、躁病ではありませんか」
と聞いてきました。すかさず私は、
「躁病ではなく、躁うつ病です。ひどいうつ病の経験もあります」
と答えると、主治医は
「ご自分でもう分かっているわけですね」
と、いかにも、残念そうに言いました。
 それから私は、かつて躁うつ病だった経験があり、それがどのようなものなのかは、よく知っているので、現在の状況は「少し躁」となっていますが、これは意図的なものであり、「少し鬱」よりは、ずうっといいので、こうしている、ということを説明したと思います。
 その若い主治医は、私を評価して、「社会生活が可能な躁うつ病」と述べていました。
 しかし、私はその後、日を改めて、精神科の医師と話し合う、ということになりました。これは、表現のあやと言うもので、医師側の視点では、精神科の医師による診断を受けるということだったわけです。
 その診断で私は、精神科の医師の質問に応える形で、教師を辞めることになった、最初の躁病についてのエピソードから始まって、それに続く鬱病のことなど、私の人生の、いくつもの、精神的なコンディションにおける、大きな波について、私は、ていねいに説明しました。
 その話し合い(相手の視点では診断)において、その精神科の医師は、薬物によるコントロールという手法の導入について、話の中でいろいろと、ちらつかせてきました。
 しかし、私は、そのことについては、きっぱりと否定しましたし、拒否しました。
 私自身、そのような療法は、まったくとらずに、激しい躁状態や、とんでもなく深い鬱状態におちこまずに、すでに8年も生きてきているのです。
 たとえ、現在の状態が「少し躁」であるとしても、これを薬物で「少し鬱」へと向ける必要があるとは考えられません。
 そして、もう一つの理由は、そのような薬物療法に頼って治療を進めていた、何人かの知人が、まったく「よくなっていない」ということを知っていたからです。
 かつて同じ職場で働いていたN君は鬱病だったので、薬物療法を受けていたということでしたが、まったく変わらずに、長い時期を過ごしていました。
 母方の叔母さんのA子さんは、もう何年も鬱病です。母をつれて一度お見舞いに行って、顔がまったく変わってしまっているのに驚きました。薬の影響で、身体がだるい、と言い、あまり話も通じず、まったく別人です。
 ほんの少し前まで、とても活発で、電話で説教されたりした、あの人と同じとは、とても思えません。精神科の治療を続けているらしいのですが、何年も何年も、そのままなのです。
 こんな状況を見てきている私は、現在の精神科の薬物治療に、大きな疑問を抱いています。
 それは、熱が出ているから解熱剤を投与する、という、私が甲賀病院に入院して、最初に体験した、ばかげた処置と、ほとんど同じではありませんか。
 見かけの症状を変えようとしているだけで、本質的な治療とはなっていません。
 私の発熱に関して言うと、これは、水風呂に入る、周囲に水を撒く、霧を生じさせて、その気化熱で空気を冷やす、体に冷たいタオルをかぶせる、などの、物理的な手法をとるべきだと考えられます。実際に、この病院に入院する前の日、私は夜、水風呂に入ることにより、体温を下げて熟睡することができ、痛みが薄れ、自力で病院まで、自転車でやって来られたわけです。
 精神症状の治療に戻って、これを薬物で何かしようとする前に、もっと本質的なことに取り組むというのが、本物の精神科の医師の態度ではないのでしょうか。
 甲賀病院で対面した、(後から聞いたのですが、滋賀医大から来てもらったのだそうですが)精神科の医師の態度からは、このような治療態度の片りんも感じ取れませんでした。
 甲賀病院でのカルテを、開示してもらって読んでみると、このときの精神科の医師の目的は、私が躁うつ病かどうかを判定するということのようでした。
 私は、「多弁」であり、「多幸感」にみちており、他にもいろいろと、躁病にまつわる特徴が加えられ、この精神科の医師は、私の主治医に、私が躁うつ病であると、診断したのだそうです。
 私が「多弁」なのは、これまでにおけるトレーニングの成果であり、「多幸感」の裏付けは、いろいろな世界の知識を学ぶことにより、宗教的なこと、哲学的なこと、もっとストレートに言えば、バシャールやハトホルなどによる、この地球の知識を越えた、宇宙にあまねく知られている、もっと上位の、ほんとうのことを学んでいるからです。
 このような私から見ると、世間では高い評価を受けているかもしれない、医師たちも、この地球上での、医学的な専門分野の知識に優れているというだけで、もっと大きな総合的な視点からは、まだまだ未熟な状態にしか過ぎないのです。
 しかし、あまりに小さな世界しか見えておらず、自分たちの知識や技量のことを誇らしく思っている人々に、そのことを気づかせる手法は、なかなかありません。

 長生きしたけりゃパンは食べるな [1]

 甲賀病院を「仮退院」した私は、主治医の思い込みと「誤診」による、@胆のうがガンである、A躁うつ病である、という、@とAについて、とても甲賀病院では対応できないので、精神科の医師が常駐していて、手術後の管理も精神科でできる、という考えで、私は、滋賀医大で手術し、そのまま精神科へと移される、という流れになってしまっていました。
 しかし、@については、10月7日に検査してもらったCTスキャンの結果を、自分で開発したゴブリンアイズで調べ、私の胆のうはガンではなかったということを説明し、滋賀医大の医師に認めてもらいました。
 だから、手術する必要がないので、入院する必要もありません。
 私を待ち構えていた精神科の医師(とインターンの若者二人)に挨拶の形で話をして、この病院の精神科病棟で管理されるという危機を逃れたのでした。
 いったん入院したら、きっと薬漬けだったことでしょう。そして、薬の影響で、私自身が変えられてしまうわけです。ドラッグと同じことです。
 A子伯母さんのように、何年たっても、精神科の医師が出す薬に依存し、しかも、まったくよくならない、そんなことになって、たまるもんですか。
 さて、このようなドラマを経験していくときに、私は、ふと立ち寄った(ピアゴの2階にある)百円ショップで買い物をすませたあと、1階へ降りたところ、そこに本屋があって、あとから気づいたのですが、出版日前であるのに、先行して本が届き、平積みされていた本があったのです。
 「長生きしたけりゃパンは食べるな」[1] という本でした。
 これは、今考えてみると、この分野の、ある種の、導入本としての役目をもっているものです。
 著者は、医師でも栄養士でもなく、一般社団法人グルテンフリーライフ協会を立ち上げたという、ちょっとした肩書はありますが、どう見ても、普通の主婦の方です。
 それだからこそ、内容が小難しくなく、すいすいと読め、とても分かりやすかったので、私は、買ったその日に読み切ってしまいました。
 そして、ふと考えたのです。
 もともと私は玄米食で、野菜サラダをたっぷり食べ、各種のイワシ料理を作って来たのではなかったか。しかし、最近何かと忙しくて、食事を、コンビニ食や外食で済ませていた。今私は「肺がやばい」けれど、これって、パンばかり食べてきているからではないのか。
 とりあえず、きちんと玄米をたいて食べてみよう。
 こうして、玄米ご飯を炊いて、その炊き立てを食べたところ、それまで(パンなどによる)食事をとっても続いていた「肺がやばい」という状態が、あれっ、という間に消えてしまったのです。
 エネルギー不足を感じて咳込むという症状だったのが、なくなってしまったのです。
 そして私は決心しました。
 これは試してみる価値がある。
 これからしばらく、すくなくとも、その本に書かれていたように、2週間は、パンや小麦の入った食物、パスタやうどんなどを食べないようにしよう。
 それから私は本屋や図書館へ行き、食事と病気に関する本を調べ、買ったり借りたりして、何冊も読むことになりました。次の本です。
 炭水化物が人類を滅ぼす [2]
 ケトン体が人類を救う [3]
 「がん」では死なない「がん患者」[4]
 病気にならない生き方 [5]
 胃腸は語る [6]
 白米中毒 [7]
 「いつものパン」があなたを殺す [8]

 小麦のグルテンが、私たちの精神疾患を生み出していたのか

 ここでのページが長くならないように、[2] から [7] についての説明は割愛します。
 [8] の「いつものパン」があなたを殺す、という本をしっかりと読んで、私は、これまでの、さまざまなドラマの中に、とても重要な「流れ」というか、「回答」のようなものが存在していることに気づきました。
 「長生きしたけりゃパンは食べるな」[1] が、グルテンフリーについて、最初に読むべき本だとしたら、「いつものパン」があなたを殺す [8] は、まさしく、最後に読むべき本でした。
 このあとは、もう、この問題に関する、論文や医学書へと進むしかありません。
 一般書としては、ここで終わってもよいような本です。
 この本の中にある、あるエピソードについて紹介しましょう。
 次は、著者が診断して治療した患者についての物語について、私が、まるでカルテのように、まとめたものです。

 Aさん(30歳)
 若いころ母と祖母を亡くし、それ以来ストレスの多い人生。
 大学に通い始めたころ、双極性障害(躁うつ病)として、何度か病院に入れられる。
 おしゃべり、誇大妄想、過食、うつ状態になって自暴自棄に。それはリチウムを服用し始めたばかりのことだった。
 Aさんにグルテン過敏症の検査を勧めた。
 過敏症に対する重要な6つのマーカーの値が非常に高く、そのマーカーのいくつかは、平均的な範囲の倍よりも高い値を示した。
 グルテンフリーの食事を指示。
 2か月後のAさんからの手紙
 「…グルテンと縁を切ってから、憂うつな気分になりません。
 一度、誤って口にしてしまい、そのときは、翌日に、また憂うつな気分を味わいました。
 ほかに自分で気づいた変化は、元気になったこと、長い時間集中力を保っていられることです。
 思考力は鋭くなって、決断もできますし、これまでにないほど論理的で自信に満ちた判断ができるようになりました。
 さまざまな強迫的行動からも解放されました。」([1] pp73-75)

 Aさんは双極性障害(躁うつ病)でした。入院もしています。
 著者はAさんがグルテン過敏症かどうか調べ、その通りだと分かった時点で、グルテンを摂らない、グルテンフリーの食事を指示しました。
 何らかの薬を投与するというのではなく、Aさんの症状を生み出している、グルテンという、まさしく毒物に対応するものを遠ざけるという方法を指示したわけです。
 そして、Aさんの手紙から分かるように、双極性障害(躁うつ病)がすっかり治ってしまいました。

 この本で述べられているのは、双極性障害(躁うつ病)のことだけではありません。
 グルテンの摂取により、脳に炎症が生じ、かるい症状としては、頭痛から始まって、双極性障害(躁うつ病)や、各種の神経障害(認知症、アルツハイマー病、統合失調症など)なども生じるということが、(最近の研究や治療によって)明らかになって来たということなのです。

 この本の105ページにある、「グルテン過敏症が引き起こす、主な症状一覧」には、次のようなことが記されています。

 ADHD、アルコール依存症、筋委縮性側索硬化症、不安、運動失調、平衡感覚の喪失、自閉症、自己免疫疾患(糖尿病、慢性リンパ球甲状腺炎、関節リウマチなど)、骨の痛み、骨量減少、骨化石症、頭に霧がかかった感覚、がん、胸の痛み、絶えず気になる、乳製品過敏症、成長遅延、うつ病、消化困難、心臓疾患、じんましん、発疹、生殖不能、過敏性腸症候群、食べ物の吸収不良、偏頭痛、流産、吐き気、嘔吐、神経障害(認知症、アルツハイマー病、統合失調症など)、パーキンソン病、発作、癲癇、糖質を摂りたい欲求

 私はグルテンフリーの食事を試みてから2ヶ月ほどたっています。
 最初に消えたのは「肺がやばい」という状態でした。
 今思うと、アルコール依存症がなくなっています。調べてみないと分かりませんが、糖尿病とは、もう判定されないことでしょう。骨量減少も、あったと思いますが、現在、煮干しを食べて、(X線で撮影してもらってゴブリンアイズで解析して分かった)歯茎の奥の骨密度が小さい領域は、まさに回復中だと思われます。うつ病にはなっていません。嘔吐があったのですが、これこそグルテンの中毒だったと考えられます。もちろん神経障害(躁うつ病)にもなっていません。これは、過去の体験と比較して、私にはとてもよくわかることです。糖質を摂りたい欲求は、入院中にとても感じたことですが、今は、ほとんど感じません。

 提案

 私は精神障害だったので、これに関して提案します。
 私のように社会生活しながらも、いつ発病するかと恐れている人、あるいは、精神科に通って治療している人、可能なら、(これが一番むつかしいケースですが)入院中の人。
 ものは試し、ということわざがあります。私も、そのようにして始めたのです。
 グルテンフリーの食生活を試みてみませんか。
 もっと正当な手順としては、内科医師のところへ行って、グルテン過敏症かどうか診断してもらい、陽性(グルテン過敏症である)と分かった時点で、グルテンフリーの食生活へと進むのが良いのでしょうが、おそらく、日本ではまだ、このような診断は普及していないと思われます。
 「長生きしたけりゃパンは食べるな」[1] で述べられているように、とりあえず、グルテンフリーの食事を2週間続けて、自分の身体が、どのように変わるか、ということを試す価値はあるはずです。
 そのとき、何の変化もなかったということなら、以前の食生活にもどればよいだけのことです。これくらいの症状なら、パンやケーキを好きなだけ食べられるほうがいい、という人は、それでよいのかもしません。(長生きできないかもしれませんが)
 でも、私のように、かつて、躁うつ病だったとか、現在、それに類似する、精神疾患に苦しめられている、という人は、一度グルテンフリーの食生活を試みてほしいと思います。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, December 29, 2016)

 参照資料

[1] 「長生きしたけりゃ パンは食べるな」、フォーブス 弥生(著)、稲島 司(監修)、SBクリエイティブ株式会社(刊)2016-11-15
[2] 炭水化物が人類を滅ぼす、夏井睦(著)、光文社(刊)2013-10-20
[3] ケトン体が人類を救う、 宗田哲男(著)、光文社(刊)2015-11-20
[4] がん」では死なない「がん患者」、東口高志(著)、光文社(刊)2016-5-20
[5] 病気にならない生き方、 新谷弘実(著)、サンマーク出版(刊)2005-7-20
[6] 胃腸は語る、新谷弘実(著)、弘文堂(刊)平成10年7月15日
[7] 白米中毒、白澤卓二(著)、アスペクト(刊)2013年2月5日
[8] 「いつものパン」があなたを殺す、Grain Brain、デイビッド・パールマター&クリスティン・ロバーグ(著)、白澤卓二(訳)、三笠書房(刊)2015年1月30日

 

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