黒月樹人闘病記(v)黒塗りのフォルクスワーゲン

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito 本名◇田中 毅 @黒月解析研究所)

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 黒塗りのフォルクスワーゲン

 入院12日目の今日、驚くべきことが起こりました。
 本来なら時系列に沿って、入院前の数日の、今まさに、このまま死んでしまうかもしれないと思って、痛みに耐えていた日々、入院の日の「田中さん、これは驚くべきことが起こっています」と突然宣告されたときのこと、そして、治癒に向かってゆく日々の、いうことを聞かず、熱ばかりだして得意がっている、自分自身の身体と、さらには、私の要求を聞き入れたり、はねのけたりする、恐ろしく頑固な人々(看護群と医師と食堂の栄養士)との、明らかに心理的な意味での「戦争」についての、いろいろなエピソードなどを記してから、この日の事件へと進んでゆくべきなのでしょうが、どうも、そのような悠長なことをしている場合じゃないわけです。

 とりあえず、入院時の激しい持続的な腹痛はなんとか和らぎ、担当の先生など、私のお腹をまるで小太鼓のように叩いて、患部と健全な部分をたたき、
 「どうですか、違いますか」
と言ったとき、初めはまじめに、
 「違いはありません」
と言うくらいに回復したのでした。
 しかし、翌日その先生に廊下で会ったとき、
 「昨日同じだと言いましたが、厳密には違いがありました。」
 「痛みに違いがありましたか。」
 「いいえ痛みに違いはないのですが、音色が違いました。」
 「ネ・イ・ロ?」
 「はい。音の音色です。先生が患部の上と、大丈夫なほうの腹とを、まるで太古のようにポンポンと叩いていたとき、私は腹の中での音の共鳴に違いがあることに気づきました。つまり、普通の腹の方は、中がいろいろな空洞で満たされていて、音がすっきりしているものの、患部の方はまだ組織吸引の中空の針がさしたままなので、そいつが腹の中で異質なものとして、音の共鳴を濁らせていたというわけです。」
 「音の違いですか?」
 「そうです。私、昔地質調査の技法を開発していたことがあり、そのとき、外に聞こえる音をカオス解析して、内部に空洞があるのと無いのとで、振動波形、音の音色の変化ですよね、それらのある種の指標が、どのように異なるかということを研究していたものですから… すみませんねえ、こむずかしいこと言って。」
 そのようなわけで、
 「表面的にはとても健康そうに見えますが、痛みはなくなったものの、胆のうの腫瘍がガンであるかもしれないという疑いがあり、さらには、初めのCTスキャンでは分からなかったものの、最近のCTでは、腸間膜にあやしげな影がたくさん見つかっています。もしこれがガンの転移したものであったら、あまりに数が多すぎて…」
という先生の説明を聞いて、
 「なんでもあり、ですね」
と私は、ともなく今のところ、どちらに傾くかまだ分からない状態なのです。
 だから、肝っ玉がすわっています。
 頭も髪が抜けていないのに、つるっばげ状態だし、(もと中学校の先生だとあって)眼光は鋭いし、声は大きく、よく響くし、まあ、そのようなイメージを想像して、このあとの物語を読んでいただけると、より実感がわくと思われます。

 台風も近づいており、ときどきは小雨もぱらつく、入院12日目の午後、この日は土曜日だったので、私と(この病院に入ってから知り合った、身体の中にガン細胞をもっている)友人とで、この病院の玄関ホール前の通路に置かれたベンチにすわって、退屈しのぎに、いろいろなおしゃべりをしているとき、その斜め前の、病院にかかわる人々の車(もちろんタクシーも含まれます)からの、人や荷物の乗り降りだけがゆるされた、いわば駐車禁止のところに、黒塗りのフォルクスワーゲンの中型車が止まっていました。
 中には誰も乗っていません。ほかには一台も車なぞ止まっていません(これでいいのですが)。
 友人が
 「さっきから、ずうっと、ここに止めてある。困ったもんだ。ほかの車の乗り降りができない。」
 できないわけではありませんが、4つ並んだ白い地面の箱の、いちばん入り口側にちょこんと鎮座しています。
 ガソリンスタンドでも、直列に二つ並んでいたら、奥のほうから詰めてゆくのがエチケット。こんなところに停めておくことがすでに迷惑な上、一番手前ということで、その前のスペースを使えないようにしてしまっています。
 この病院の玄関前に広がる駐車場は、とてつもなく広く、もともと、古い病院からここへと移転する理由の最大原因が、車を置くスペースがもうないというものでした。
 なぜ古い病院の駐車スペースがそんなに狭かったかというと、車なぞ人々が気軽に利用していなかったころに、すでに病院として機能していたからです。
 古い病院だったら、私が住んでいるところから歩いて五分、自転車なら1〜2分で着きます。昔は自転車やバス、あるいは、大八車のような人力の貨物車(荷物車)で、患者が移動していたのです。
 入院している私は、熱が下がって落ち着いたころ、一日中ベッドでゴロゴロしているせいか、夜になっても眠れず、しかたなく看護師さんに挨拶して、外を歩いてくる、と言い、タバコを吸いに行く先輩方に教わってある、緊急の警備員さんたちが見張っている出口から、顔パスで自由に外へ出、広い広い駐車場を大回りで4周も6周もしていました。
 この、いったい車が何百台入るか数えたこともない駐車場も、まるで、ヒマラヤ地方とインドネシアが、あるいは、クゥェートとモンゴルとが、同じ砂漠っぽい世界でありながら、生活様式や文化の面で驚くほど違うように、北と南、西と東とでは、まったく異なる様相です。
 たとえば、私が夜中に散歩していて気が付いたのですが、西側は道路に面していて街燈が多くあり明るくなっています。その反対側の東側の隣接地帯は住宅地になっていて、その配慮のため、街燈がまったくありません。
 また、駐車場の北には病院の建物が、南側には住宅が並んでいて、やはりこちらも蔵なっています。
 このようなわけで、夜空の星を見るのには、南東のゾーンが最適なのです。オリオン座、双子座、牡牛座などはくっきりと見えますし、カシオペアから北極星へ、もうすこし違う方を見て、白鳥座も確認できました。
 そのような広い駐車場も、月〜金の平日には、隅から隅まで、びっしりと車が埋まります。その南東や南西の端っこしか車を置くスペースが無いとしたら、車を降りて病院入口まで、およそ10分ほども歩かなければならなくなります。
 タクシーなどを利用して来られる人たちのためのスペース、バスの発着所などのため、病院の正面に、山奥の小学校の運動場くらいの無料の場所があるのですが、その向こうはすべて有料です。黄色と黒のバーによるゲートをくぐってゆきます。
 有料地区の料金は、初め1時間以内が無料で、このあと1時間ごとに100円、でも24時間で最大1000円ですから、そんなに高くはありません。
 その無料ロータリー地区の、まさに一等地の一番地のところに、その黒塗フォルクスワーゲンは、そこがまるで自分の家の前であるかのように、まあ、このへんの田舎だったら、人の家の前でだって、「ちょっと置かしといて」と、ことわっておけば、料金を請求されるようなことはありません。

 やがて一つの変化がありました。
 駐車禁止のスペースに人が乗っていない車があることに気づいた警備員の人が、A4サイズの用紙に赤い丸と赤い斜めの線でシンボライズされた駐車禁止の張り紙を持ってきて、その車のフロンドガラスのワイパーに挟みました。
 友人は、
 「ずうっと前から停めてあるんですよ。」
と状況を説明し、警備員さんは手帳のようなものに車のナンバーをひかえて、もとの警備の持ち場に戻ってゆきました。

 すると、いくばくもの時がたたないうちに、まるで舞台のシーンの流れが変わったかのように、私たちの左手の方から、車のキーを右手の指にひっかけて、中年のあまり知性的とは見えない風貌の男が、というより、おっさんが、といったほうが分かりやすいかもしれません。とにかくそいつは、
 「ちくしょう、またやられた」 とつぶやき、車を乗るということを忘れ、フロンドガラスのワイパーにはさまれてあった、警告のための用紙を、まるで警察が貼る罰金つきのものであるかのように持ち、それをつかんで、少し引き返そうとしました。ひょっとすると、これを挟んだ警備員に、自分なりの理由をこじつけて文句を言おうとしていたのかもしれません。

 「こんなところに置かれたら、みんなが迷惑するじゃないですか。」
と声を上げたのは私。友人はまあ、そこまで強く出て、自分の身に何かが降りかかってくるのをされてゆくタイプ。それはしかたがないことです。
 私はというと、もう、ほとんど、何も怖いものはありません。死ぬ覚悟はできていますし、もちろんこのまま生き続けてゆくのだという、強い意志ももっています。
 その男は、少し私に近づいて、
 「なんやと、急いでいたから、しょうがないやないか。」
と言います。
 「急いでいたって、いま直ぐのことじゃない。何十分も前から置かれていましたよ。」
 ここで反論できなくなった男は、突然
 「なんやとぉ〜、殴ったろか。」
と言い切り、ベンチに座っている私の目の前に立ちはだかり、右手に持っていた警告の紙を、はらりと、まるで紅葉の終えた葉のように、地面へ落としました。
 「やれやれ、こんなところに捨てられたら困るんですよね。」
と私は、少しベンチから腰を浮かせて、その男の右手の地面に落とされた紙を広いあげ、そのまま立ちすくんだら、きっと、もっと別の展開になったとおもいますが、何事もなかったかのように、再びベンチに腰掛けました。
 「どこの部屋や」
と男が聞いてきます。やれやれ、部屋の位置を覚えて、襲撃しようという魂胆らしい。
 「あなたのお名前は何というのですか。」
 「そっちから名のれ。」
 「私はあなたの名前を聞いているのです。聞かれて恥ずかしいような名前なのですか。」
 「だまれ、そやから、部屋はどこや、ちゅうとんねん。」
 やれやれ、礼儀というものをまったく知らない。世間でいうヤクザの人だって、幹部なら、もうちっと、ていねいにしゃべる。こんな言い方をするのは、まだよく教育されていない、下っ端見習いくらいのものだ。
 この男は、こういったらヤクザの下っ端見習いの人に失礼かもしませんが、それ以下の、まるで、群れから離れた獣か、ああ、それでも、その動物に失礼だ、こんな愚かなふるまいをするのは、あほな人間くらいのものだ。
 だって、そうじゃありませんか。愚かと言えば愚かだ。自分の物理的な力が、相手の私より上回っていると思っている。冷静に観察すれば分かる。私がどれだけパワフルで危険な男であるかということは。
 私は、いくつかの宗教書などの内容のことを思い出し、もうこんな下等な生き物の相手をするのはやめることにして、まったく違う方向を眺め、まさに、相手が存在しないかのようにふるまうと、その対応が侮辱的だと思ったのか、もう一歩近づいてきて、
 「殴ったろか。」
を繰り返しました。
 しかたがないので、警告することにしました。
 「殴りたいのなら殴ってみなさい。そしたら、あんたは、ただちに犯罪者ですよ。はは、警察に捕まって、留置所から出られず、屈辱の毎日を送る。そうしたかったら、殴ってみるといい。」
 このほかにも、いくつか返す言葉はありました。例えば、「あなたが、かすかにでも私に触れたら、私は正当防衛で、あなたを半殺しの目に合わせることができる。過剰防衛と判断されないかぎり、私は無罪だ。」あるいは、「これまで私は何十人もの人をあの世に送ってきてしまった。いまさら、あんたみたいな人間以下が一人命を落としても、何も感じない。」ずうっと前から決めていたことの中に、「私が本気で腹を殴ったら内臓破裂、すねを蹴ったら骨を折ってしまう。たとえ平手であっても、頭をたたけば、そのまま首を曲げて殺してしまうかもしれない。だからもう、私は、この力を使おうとしてこなかった。あなたがどうしてもというのなら、このことがただのはったりや脅しではなく、ほんとうのことだと知らせてあげます。しかし、そうなったとき、あなたの意識がそこにくっついているかどうか保証はできない。」
 このあと、警備員さんたちに語った内容は、もっとリアルで怖い。ここで語ることはできないものだ。
 このようなとき、実際に私がするとしたら、相手がもう殴ったりけったりすることができないように、組み込んで、地面に抑えつけ、そのまま動けなくなるようにする。その間に、警備員さんたちや警察を呼んでもらいます。これに近いパターンがいちばん多かったかもしれない。世の中には、そんなに、凶暴で間抜けな人間はいない。
 ああそうだ。その一瞬に、次のようなプランも浮かんだ。
 私はそのとき、腹に刺した中空の針から出てくる肝臓の液をため込む袋をつるした(かんたんに外せるもの)、本来は点滴の袋をつるすのに用いることの多い鉄製スタンドを左手に、まるで杖のように持っていました。だから左手がふさがっているとでもおもったのだろうか、もし、そいつが私の動態視力のことを知らずにパンチを繰り出してきたとして、かんたんによけるか払う自信はあるのだが、わざとヒットさせて、証拠を確実に残したあと、仕返しに、そいつをボコンボコンにするのは、ちょっと野蛮なので、スタンドから袋を外し、がらがらとそのスタンドを引きずって車へと向かい、そいつを黒塗りのフォルクスワーゲンのフロントガラスに投げつけてやる。
 実は、私の素手による平手打ちで、フロントガラスくらいなら、かんたんに壊すことができる。以前、うっかり力が入ってしまい、それがこじれて警察の誤認逮捕という失策を呼び込み、12日間警察の留置所に拘留されたことがある。その中で、私は検事と一対一で対峙して、相手を敢然と説き伏せ、弁護士なしで、「不起訴」と叫ばせたことがある。
 鉄製のスタンドを投げつけるというのは、やりすぎとみなされるかもしれない。
 しかし
 「これはあんたを殴る代わりだ。」
と言って、
 「怒りの矛先をフロントガラスに向けただけです。割れてしまっただけで、割るつもりはありませんでした。」
と付け加えれば、まず「不起訴」は得られることだろう。

 私がまったく怖れの様子を見せないので、その男は、一歩また一歩と後ずさりし、
 「どこの部屋や、覚えとけ。」
と繰り返し、それから車に乗り込み、その黒塗りのフォルクスワーゲンのハンドルを切って車を反転させるとき、こちら側の窓を開け
 「覚えとけ、明日また来てやる。」
と言います。ここでびびってはダメです。
 「ああ、待っててやる。周囲に警察の人を呼んでな。」
と言い返しました。
 そして黒塗りのフォルクスワーゲンがバックをこちらに見せたとき、
 「さっさと出てゆけ、もう来るな。」
と、ひさしぶりに、ありったけの大声で怒鳴りつけました。

 それから私は、警告の紙を持って、もとの持ち場へ戻っている警備員さんをみつけ、このときのことをくわしく説明し、相手の車のナンバーを警備員さんがひかえてあることを確認しました。
 「この男は何もしていないと思って出て行ったようですが、私に対して、殴ったろか、と言った時点で、本物の脅迫罪を犯しています。
 友人と、もう一人(ともに入院患者)、別のベンチに座っていた患者さんが、すべてのことを見て聞いて、はらはらしていました。
 車のナンバーが控えてあるようですから、どこのどいつか分かるはずですから、以後、この病院には出入り禁止となるように、上に報告してください。」

 その後私は部屋に戻り、夕食前の血液検査を受けたところ、上の値が軽く200を超えてしまいました。これはちょっとやばいので、看護師さんは、
 「もう一度測ることにしますから、このまま寝ていてください。」
と言って出てゆきました。
 私は今回も、相手を(物理的に)傷つけることなく、やるべきことをやれた、という充実感を胸に、血液の流れを落ち着かせるため、深い呼吸を30分近く続けました。
 明日はとりあえず、念のため、外へは出ないようにします。(翌日のことは別のタイトルで語ります。でも、あまりドラマチックではありません。)
 そして、わずか30分して、女の魅力的な看護師さんが現われたとき、
 「怖かったよう。このままここへ、ほおっておかれるかもしれないと思ってさ。」
と、親に捨てられる子供のシーンを演じて、血圧計の空気ポンプを握る、その人の手をふるわせ(注射針を刺すときには、こんなジョークは言いません。息をつめてじっと待っています。)、腕にきょくたんな圧力を感じて、いっしょに笑い出しました。
 ここにいると、いろんなことがおこる。なんというすばらしい世界なんだ、と、心の中でつぶやいて。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, September 09, 2016)

 

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